メインシステム、戦闘モード起動   作:留式

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脱出

 621はどこかも分からぬ下水の中で戦闘復帰。エアに聞けば100日振りとのことだった。

 なんでも、リハビリの必要がないよう、エアが調整したという。

 

「感謝する、エア」

 

《どういたしまして、レイヴン》

 

 生身──とはいえ視覚も人工だが──と違って、ACはセンサの性能が良い。暗い下水道が、今はそれなりに明るかった。

 周囲には瓦礫が山のように積み重なっており、よく見ると、その全てが「バショー」フレームのパーツだった。かき集めて作ったのかもしれない。

 

《機体に何箇所か座標が入力されています。彼の……脱出の手引きです》

 

「なるほど。では行こう」

 

《ええ……なんだか元気ですね、レイヴン。疲れているかと思いましたが》

 

「すごく……目が覚めた感じだ」

 

 移動を開始する。621はルビコンに降りたときを思い出した。小さくジャンプし、脇の配管を伝って別の区画へ。

 

「機体が重い」

 

 すぐに違和感が来た。

 

 BAWS「バショー」フレームはMTのような見た目にそぐわず、現行ACにも劣らない優秀な中量二脚フレームだ。

 水平跳躍性能は高く、垂直のそれも中量二脚の中では高い。にもかかわらず重いということは、内装が貧弱なのだろう。

 

 外から見えるブースタは「バショー」向けにBAWSが開発したモデルのように見受けられた。

 これは近接攻撃推力こそ非常に秀でたものがある一方、基本的な性能は621愛用のファーロン第1世代を下回る。

 今の機体は近接兵装がないから、単純に低性能なブースタになる。

 

 先ほどのジャンプだけで感じたが、ジェネレータは更に問題を抱えていそうだ。

 ルビコン密航時に621が搭載していた、BAWSの「ジョソー」だと思われたが、あまりにも出力が低すぎる。

 

《戦闘は極力避けることを推奨します、レイヴン。流石にこの機体では……あなたの技量に追いつきません》

 

「ハンドラーには悪いが、同感だ。とはいえ……」

 

 621は正直に、言葉にして、電子声帯から声を発する。

 

「ACに乗っていると、おれは生きている、それを実感するよ」

 

 事実、ACに乗っていないときの621は、活動時間、範囲ともに短かった。

 それは()()に由来する性質でもあったが、621が単にそうする必要を感じなかったということも大きい。

 

 すべてはガレージとACで完結していたのだ。ガレージ以外の外界を生身で見たのも、この下水道が初めてだった。

 そんな記念すべきヘドロにまみれた管の向こうから、声がした。

 

『……まさか下水まで目を光らせろとはな』

 

『ケッ。連中はいにしえのクソよりも心配ごとがあるらしいぜ』

 

 スキャンで2機の二脚MTを捉える。一般的なBAWSの機体。

 

 2機とも出口左側に歩いていったタイミングで、621は区画に飛び出した。そのまま右へ進む。

 

『こいつ、AC⁉ どこから出てきた⁉』

 

『スクラップが生きて──技研の技術なのか⁉ ちくしょう、ECMだ! ロックオンできない!』

 

 連中の背中に左腕のジャミング弾を撒き、追撃を防ぐ。土管を進むと、正面に立ちふさがる四脚MTの姿が見えた。

 

《……分が悪そうな相手です。迂回しましょう》

 

「オーケー」

 

 右に抜け道がある。621はそちらに入りこんだ。しばらく進むと、今度は左への曲がり角。

 この先はT字路で、621は右から歩いてくる歩哨を捕捉。そのまま拡散バズーカを命中させた。

 

『おい、持ち場を──』

 

 左に進むと迂回した道に合流する。挟み撃ちを避けるため、一撃で消す必要があった。

 

《ここから地上に脱出しましょう》

 

 音を聞きつけた別の二脚MTを排除し、621は四脚MTの背後から、地上を結ぶ縦穴の底に出た。

 

《上昇推力はちょうど過不足なしといったところです》

 

「厳しい。正直、不足気味だ」

 

 621は壁沿いの足場を使って、複数回に分けて穴を登る。上には夜空が見えた。

 

《ここは……技研都市の郊外?》

 

 技研都市は昼夜の再現もやるらしい。

 上にも堀りかけの半地下トンネルがあって、奥にMTやサーチライトを積んだドローンが見えた。621は闇夜に紛れ、構造の右脇を進む。

 

『こちらV.Ⅵ ペイター。警備部隊各員に通達します。再教育中の独立傭兵、レイヴンが、脱走しました』

 

「……ふむ、V.Ⅵか」

 

『技研都市周辺に潜伏している可能性があります──各員は警戒を厳としてください』

 

《V.Ⅷから格上げになったようですね──レイヴン、アーキバスが厳戒態勢(ハイアラート)に入りました。この先も戦闘は避けましょう》

 

「承知した。こちらから見て市街右手を進行する」

 

《そうですね。隠密作戦です》

 

 断層を乗り越え、崩れ、あるいは傾いたビルの合間を通り抜けたところで、621は一度足をとめる。

 

《サーチライトです。見つかったら大変ですよ》

 

「少し、もどかしいな」

 

 スキャンにも距離と方位の指定がある。背中までは見れない。今はウォルターのデータリンクもない。エアを除くと、621は戦術的にも、完全に孤独の身だった。

 

 できる限りビルや隆起した道路の影に隠れるよう進む。やがて、621は垂直カタパルトを見つけた。

 周囲には敵影がなく、マーカーで示されたビルの屋上まで一気に飛べそうだった。

 

「飛ぶぞ、エア」

 

 その垂直カタパルトに621は飛び乗り、射出。

 残り670mを、アサルトブーストで一気に飛ぼうとした。

 

「燃費も悪いのか」

 

 BAWSのブースタはアサルトブースト時のエネルギー消費が低い。はずなのだが。

 621は途中で息切れ。目標200m手前のビルに着地する。

 

《……そう遠くありませんよ、レイヴン。──ウォルターのメッセージ……彼はもう……》

 

「エア」

 

 621は彼女を遮った。

 

「言わなくていい」

 

《レイヴン。あなたはやはり、変わりましたね……悪い意味ではありませんよ》

 

 エアは感慨深そうに言った。

 

《出会ったばかりの頃、人の生死に注意を払っていなかったでしょう? あなたは》

 

「そうだろうか?」

 

 これでも、621はそれなりに気をつかっていたつもりだったのだが。特に雇い主の生存性に関しては、最大限の注意を払っていたはずだ。

 

「確かに、口数が増えた自覚はある。どうにも収まらない」

 

 言いながら、621は残りの200mを飛ぶ。

 

《これは?》

 

「クラスターミサイルのようだが」

 

 目的地のビルの屋上には、ドローンを下敷きして、RaDのクラスターミサイルがぽつんと置いてあった。

 

《……確認しました。罠ではありません》

 

「了解。アクセスする」

 

 すると、側面のパネルが開き──弾が出るところではない──迫撃砲のようなものが飛び出した。

 ぽひゅーんと、やや気の抜けた音と共に、IRフレアガンが放たれる。

 

『緊急ビーコンを受信』

 

「……チャティ?」

 

『……久しぶりだな、ツーリスト。まだ暴れる元気が残っていたようで何よりだ』

 

 聞こえてきたのはRaD頭目、カーラを補佐するAI「おしゃべり(チャティ)」スティックの声。

 

『チーフがあんたを拾いに行く。合流地点に向かってくれ』

 

「了解した。合流地点に向かう」

 

《彼はRaDの……》

 

「ああ。喋り屋だ」

 

《カーラ……。彼女はウォルターの使命とやはり関係がある……》

 

「そういえば、彼女はアイスワームをよく知っていたな──移動する」

 

 合流地点はMT3機を挟んで850m先。寸断され崖になった、広い道路の上だった。

 621は同じ断層の上までアサルトブーストで移動、ビルの裏を抜けてマーカー座標に到達した。

 

《ここが合流地点です》

 

 直後に聞こえてきたロータの風を切る音を、621は聞き逃さない。エアが息をのむ。

 

《敵性反応!》

 

『レイヴンを発見したぞ! 囲い込め!』

 

 中身を出される前に墜とす。621はヘリに拡散バズーカとマシンガンを放った。半分しか削れない。

 MTが複数降下。自機のみが捕捉している敵機の数は……11か?

 

『こちらV.Ⅵ ペイター! V.Ⅱ スネイル閣下よりご指示を頂きました』

 

 再び広域放送でペイターの声が聞こえてくる。

 

『目標が抵抗した場合、殺害も許容されるとのこと。あらゆる策を講じレイヴンを止めるように。これは命令です!』

 

「切り抜けるぞ」

 

 621は手近な2機に拡散バズーカをぶち込み、ブーストキックをかまそうと……使えない。

 

「キックも駄目か」

 

 その隙に集中砲火を浴び、いとも簡単に621はスタッガー。MTのマシンガンは威力が小さいため、大ダメージの心配はない。

 しかし、鬱陶しいのは確かだった。621はジャミング弾を活用しつつ、小刻みにジャンプを繰り返す伝統的な機動で弾の回避に集中。

 敵がまとまったことを確認すると、拡散バズーカをぶち込んだ。

 

 スタッガーしたMTたちにマシンガンをばら撒き、とどめを刺していく。これだけである程度減らすことができた。

 

「チャティ、そちらのチーフに伝言を要求。急がないと品切れ。以上だ」

 

 

 

 

 

 

『そうはいかないよ!』

 

《新たな機体反応です!》

 

 待ったをかける声と共に飛んできたのは、情熱的な色で塗装された重量二脚機。その名もフルコース。

 

『ヘイ、ツーリスト! てこずっては……いないようだね』

 

《カーラ……⁉》

 

『ウォルターから……あんたの世話を頼まれてる。だがひとり占めは許さないよ』

 

 621は全部たいらげるつもりだったが、そうはさせじとフルコースが全速力でやってくる。

 

『新手だ! ACがもう1機!』

 

『識別は……RaD⁉ ドーザー(ヤク中)のジャンク屋じゃないか──』

 

 MTの集団に飛び込んだカーラはアサルトアーマーを発動し、まとめて消し去った。

 

《カーラのAC……救援です、レイヴン!》

 

『私は兵器の設計ばかりじゃないんでね。そいつをお見せしよう──ミサイルカーニバルだ、派手にいくよ!』

 

 フルコースの武装は全てミサイルだ。カーラは時間差をつけてそれぞれの目標にミサイルをぶちまけ、綺麗な花火に変えていった。

 621は仲間外れにされた哀れな奴を狩る。戦闘はすぐに終わった。

 

『数は多かったが、チーフ、ただのMTだ。俺を使うべきだったな。RaDには無事なあんたが必要だ』

 

 スティックがカーラを窘める。俺が出たかったと言っているようにも、621には聞こえた。

 

『分かってないねえ、チャティ。我らがツーリストの大脱走──劇場で見ないでどうすんだい!』

 

 さてツーリスト、とカーラは621に話しかけた。

 

『この辺りは片付いたようだね。団体さんが来るまえに引き揚げるよ』

 

『ヘリを回そう。ツーリストのACも取り戻してある』

 

「本当か?」

 

 621は喜び、そして安堵を覚えた。彼は自分の仕事道具に、いつの間にか愛着を抱いていた。

 

『……一息ついたら、話をしよう』

 

 声のトーンを落とし、カーラが言った。

 

『ウォルターのことさ』

 

 

 

 

 

 

 飛んできたのは、当たり前だがカーラたちのヘリだった。型式は同じだが、それが却って、もうあのガレージに戻る日は来ないのだということを621に強く意識させた。

 

『強化人間C4-621、通常モード移行』

 

 回収された探査ACと、最後の依頼メッセージ、そして集積コーラル到達任務の報酬。ウォルターが物理的に遺したのはこれだけだった。

 

『通信が入っています』

 

 早速元の機体に乗り込んだ621のもとに、カーラから通信が入った。

 

『元の機体はどうだい? あんたのためにあつらえたみたいだが』

 

 そう言うと、カーラは深いため息をついた。621には決して分かり得ぬ、長き時を共に背負い、戦うことでしか生まれない郷愁があった。

 

『あんたは生き残った、ウォルターは賭けに勝ったってわけだ。いいだろう。あんたには私らが戦う使命を知る資格がある』

 

 使命──ウォルターが「友人」たちから受け継ぎ、621に託した依頼。

 

『次の任務はそのための布石だ』

 

「……分かった」

 

 621は相槌を打ち、返答する。

 

「聞かせてくれ」




 文書データ:独立傭兵の収支記録
 
 遺棄された瓦礫に残っていたデータ。独立傭兵の金に関する記録と思われる。
 
 依頼名:集積コーラル到達
 
 収入:520,000
 
 基本報酬:520,000
 報酬加算:0
 
 支出:87,960
 
 修理費:47,160
 弾薬費:40,800
 報酬減算:0
 
 収支:432,040
 
 行動評価:S
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