アーキバスの襲撃を退けたザイレムは、そのままアーレア海上空を旋回。徐々に高度を上げていき、現在は高度80km、中間圏の最上部、中間境界面まで到達していた。
621が出撃を言い渡されたのは、このときであった。
『……仕事の説明をしよう、ツーリスト。ザイレムはカーマンラインのちょっと内側、宇宙空間との境目を掠めたところにいる』
カーマンライン──高度100kmに引かれた、目には見えない、しかし大きな意味を持つ線。ここから先、翼は意味を成さない。
『……一方、アーキバスはルビコンの封鎖システムをまだ完全には掌握できてない』
「まだ何か残っていたのか?」
『衛星砲があるだろう? あれを使えない以上、ここらが最後の防衛ラインということさ』
ルビコンへの密航時、621の前に最初に立ちはだかったのがこの衛星砲だ。掠めただけでカプセルが空中分解した。
「なるほど。それで、敵は?」
『要撃艦隊さ。空中での戦になるが……まったく駄目ということはない』
そこでカーラが持ち出したのは、コーラルの分布図。かなり大きな反応がそこかしこに見受けられた。
『この宙域にはアイビスの火による残留コーラルが分厚く漂っている。コーラルの流れに飛び込めば、無尽蔵のエネルギーが得られるはずだ』
これはつまり、アサルトブーストやクイックブーストが使い放題になることを示していた。その気になれば、近接攻撃を利用した超機動を延々と続けることだって可能だ。
こうなると部品自体の耐久性が気になるが、そこはトップエンジニアでもあるカーラが太鼓判を押した。
『以上だ、ツーリスト。艦隊を突破すれば、バスキュラープラントはこっちのもんだよ』
「そうだな。621、出撃する」
最後にカーラが気合いを入れた。
『……やるかやられるかってとこだね。だからこそ笑ってやろうじゃないか』
出撃した621は、ザイレム上層街区まで上がってきた。
『メインシステム、戦闘モード起動』
『さあ始めるよ!』
「所詮ラストダンスだ。刺激的にやろう、チーフ」
薄く広がる夜光雲をかき分け、アサルトブーストに点火。
HMD下のエネルギーゲージが減らないことを確かめつつ、上空の強襲艦めがけて突き進む。
『そいつは良いアイデアだ。ちょっとばかし撃墜競争といこうかね』
カーラは言うや否や、ザイレムのレーザー砲を発射。極太の青白い閃光が、621の狙っていた強襲艦を貫く。一撃。轟沈だった。
『ほい! 先制点はもらったよ!』
621は黒煙の中を突き抜け、別の艦を一直線に目指す。
『バスキュラープラントへの接近を阻止します。メインフリート、防衛ラインを堅持──』
プラズマミサイルとライフルを浴びせ、弱点である艦橋からジェネレータに致命傷を負わせる。
『そっちもひとつ喰ったのかい? これで1対1だ』
621は次の目標へ向かう。前方遠くに見える主力艦隊から、レールキャノンが矢のようにザイレムへ飛んできた。
『安心しな、あの距離からじゃ傷ひとつ付かないよ』
『例の独立傭兵がいます。レイヴンを優先射撃』
『やい、ツーリスト。連中はあんたから始末するつもりらしい。ツイてないね。有名税だと思ってしのいできな!』
「なに、慣れたさ」
621は強襲艦左舷上方から高速で突入。プラズマミサイルと、今度はパルスブレードで艦橋を溶断した。
『2点目……悪くないよ、ツーリスト! ──ファンの皆があんたに会いたがってるね』
前方には10隻を超える艦隊が迫っていた。大きく4群に分かれ、防護ラインを形成している。
「綺麗だ……」
上を見れば青を通り越してダークブルーの空。紅いグラデーションがかかり、端の方ではすっかり灼けた色をしていた。
うっすらと漂う夜光雲が、周囲の物理的に澄んだ空気を、この空間が人間の限界などとうに超えた領域であることを621に知らしめる。
眼下には真っ白な雲海が広がっていた。さっきまでいた対流圏から、随分と上がってきたものだ。
『ならもっと芸術的にしてやろう。赤い花も青い花も好きだろ? 打って出るよ!』
「了解した、チーフ」
目指すは主力艦隊先鋒をつとめる3隻。アサルトブーストは焚きっぱなしで距離を詰める。
『ヴァンガードがロストしました。メインフリートは陣形を維持してください』
621はその中で最も前方の艦にレティクルを合わせ、遠くからプラズマミサイルをノーロックで発射。
なおも接近を続け、バーストライフルの有効射程に入った瞬間、発砲を始めた。
『要撃艦隊を撃墜、今ので3隻目』
直後にザイレムから閃光が放たれ、もう1隻が消し飛ぶ。621は残った艦を狙った。
左舷を見据え、ロケット砲の射角を見ながら接近。十分近づいたところでホップアップ。斜め上から猛攻をかけ、撃破。
『ツーリストは4点目だ!』
『メインフリートⅡ──ラインを維持!』
ダイヤモンドを組んでいた4群のうち、手前の1群が消滅した。敵はその穴を埋めず、このまま前進するようだ。
『……陣形が横に広い。私は向かって右側を片付けよう。あんたは左を!』
「ウィルコ」
621はカーラの指示通り、向かって右、単横陣を組む3隻に向かう。
警告音。HMDに射点が表示。
「多いな。これは……SAMか」
艦橋の手前がVLSになっており、そこからオレンジの光点がわらわらと飛び出した。一斉に向かってくる。
621は相対速度も考慮したうえで十分に引きつけ、クイックブーストでスライド。回避する。ミサイルが風を切り、ロケットモータの音を鳴らして掠めていった。
そのまま621は一番右の艦に突入、撃破した。
『メインフリートⅡの被害が拡大、維持してください!』
『これで5隻! 連中でかい砲を持ち出すからね。当たるんじゃないよ!』
「今のところ見切っている。いくぞ」
砲弾を掻い潜り、艦橋の側面から毟るように構造を破壊する。
『よくやるね、ツーリスト! 6点目だよ!』
残った1隻にとりつき、艦橋を真横から脚でぶち抜く。誰かが叫んだ。
『第2艦隊がやられた! こいつらどうなって⁉』
左翼の艦が丸ごと消滅していた。
『7対5……! 追いつかなきゃね。最終ラウンド──後衛をとっちめるよ、ツーリスト!』
「了解した。勝つのはおれだ、チーフ」
『傾注、メインフリートⅢ! 艦底レールキャノンをACに集中させてください!』
空力圧縮によるオレンジの尾を引き、鋭い音と共にレールキャノンが雨あられと飛んでくる。621は回避しながら上昇、まんまと射角外に逃れる。
『あんなぶっ飛んだ、ナンセンスな奴らに!』
乗組員のこぼした言葉に、カーラが応える。
『おお、こっちは本気だよ。そうだろ、ツーリスト?』
「まったくだ」
ミシガンが、ウォルターが、チャティが、621の脳裏に思い出された。
『そうさ、まともな奴から死んでいく──だから体だけでも遊んでみせるのさ』
「目標上空に到達。突っ込むぞ、花火にしてやる」
621は急降下、プラズマミサイルとライフルで最初の1隻を狩る。横をレーザービームが駆け抜けていった。
『要撃艦隊、8隻目を撃墜! こっちは2点追加だ。まだ終わらんよ!』
すぐ上の強襲艦に向けて急上昇。敵の狙いをつけさせず一方的に攻撃し、艦橋を潰す。
『9!』
残るは1隻。621は艦橋の上にライフル弾とプラズマライフルを注いでやる。青白い光が漏れ、勢いを増していった。
『10!』
『そんな……要撃艦隊が!』
あれほどの陣容を誇った艦隊。その全てが爆発し、炎上しながら墜ちていく。
離脱しながら、舷側に大きく描かれているはずの封鎖機構のエンブレムが、アーキバスのそれに変わっていることに、621は初めて気が付いた。
彼らはもう、手出しできまい。
あとは格納庫まで戻るだけだ。仕事を終えた621を、カーラがねぎらう。
『よくやった。これでこのセクターは片付いた』
「そうだな。作戦終了、帰投──」
『待ちな、何だこりゃ──敵襲だと⁉』
一瞬緩んだ空気が瞬時に引き締まる。
『ツーリスト! ザイレムに所属不明AC! 戻ってくれ、急いでだ!』
621は10km離れたザイレムまで急ぐ。上層街区の辺りで爆炎が上がっているのが見えた。
その中から、ACが飛び出してきた。甲板に火花を立てて着地したようだ。621はカメラを最大望遠。機体を確認しようとする。
ジェネレータは内燃式。それ以外は不明。まったく見覚えのない機体だった。
見た目はオーソドックスだ。中量から軽量の二脚。角張ったラインの中に僅かな曲面が織り込まれている。
紺と黒の塗装も相まって、随分とヒロイックな印象を感じさせた。
武装も右の腕と肩は見たことがない。腕は銃身が短く、口径の大きなタイプ。おそらく実弾。肩は連装のミサイルポッド。高誘導に似ているが、もっと細長い。
左肩は発売されたばかりのベイラム製実弾オービット。そして左腕はレーザースライサーを装備していた。
レーザースライサーだと? 左腕の武装と機体の塗装を見て、621は襲撃者に思い当たる。
左肩に目をやる。エンブレムが貼られていた。
『来たな……
パイロットが621に呼びかける。
この
『私はずっと正しかった……』
何度か機体を並べ、一度は斬り合った関係の男。
『君はルビコンにとって脅威でしかない』
621の側で捉えたコールサインには、ただ「ラスティ」とだけあった。
彼の機体が背部カバーを展開、アサルトブーストで621に向かってくる。621もアサルトブーストで飛行していた。
灼けた空の上で、猟犬と狼は向かい合った。
──戦う理由は見つかったか?