休息用のタンクカプセルが開き、ベッドがせり上がる。そのまま背上げ。
上体を起こした621は、ガレージの隅に映る杖をついた人影を、網膜投影式の視覚センサ越しに見つけた。
ウォルターだ。なにやら通信をしているらしい。
『やあやあ、久しいな、ハンドラー・ウォルター! 貴様の猟犬にはクソほど煮え湯を飲まされた。よくも抜け抜けと連絡してこれたな』
荒々しい声が聞こえてきた。その手の独特な訛りは、いかにも歴戦の軍人という風貌を621に想起させた。
「ミシガン、こちらの提案だが……」
『うちの役立たずどもと同じ扱いで構わんのだな?』
「第4世代は感情の起伏に乏しい。すると外からの刺激が必要だ」
『ならば決まりだ。うちからはヴォルタとイグアスを出す。貴様の新しい猟犬、紅銃の流儀で迎えよう』
彼らの会話は、近々大きな仕事が舞い込んでくることを621に予感させた。
『仕事だ、621。ベイラム本社の作戦に参加する。……ブリーフィングを確認しろ』
今までは系列の大豊から依頼が来ていたが、本社となると、やはりそれなりの規模の仕事になりそうだった。
621は指示通りブリーフィングを確認する。
『ウォルターから話は聞いているな⁉ よし! では作戦内容を説明する。お座りしてよく聞け!』
聞き覚えのある声だ。ウォルターがこの間話していた相手。ミシガンといったか。
『今回ベイラムはガリア多重ダム、解放戦線の治水拠点を叩き潰すことにした。目標はライフラインの破壊──クソどもが慈悲を乞う損害を与えてやることだ!』
『我らがレッドガン部隊からは2匹の能なしウジ虫が出撃する、G4 ヴォルタとG5 イグアスだ。貴様はその下、うちの間抜けに付けられた安いおまけにすぎん。おまけである貴様にはコールサインG13──空きが出たばかりのラッキーナンバーを貸与する』
ミシガンがここで言葉を切った。
『G13、復唱!』
突然音量が小さくなった。あまりにもミシガンの声量が大きかったので、人工聴覚のカットフィルタが掛かったのだ。
「G13 レイヴンであります、サー」
電子声帯ゆえに大声は出せない上、相手が聞いているわけでもなかった。それでも621は復唱した。
『結構。では支度を始めろ! 愉快な遠足の始まりだ!』
ブリーフィングが終わる。ご丁寧にG13のエンブレムが送られていた。
青いベイラムのエンブレムを赤く染め、銃にも見える崩した十字型に変形し、横にステンシルで13と書かれている。
621は早速、機体の左腕にそれを貼った。
こうして遠足の準備が整う。乗るのはバスではなく、ヘリだ。
『……G13、か。俺は変わらず「621」と呼ぼう』
ウォルターの声に、複雑な感情が込められていた。621には理解できなかったが。
『レッドガンズの流儀を堪能してこい。だがあまり毒されるなよ』
『メインシステム、戦闘モード起動』
『これよりベイラムグループ専属AC部隊、レッドガンズによる作戦行動を開始する』
レッドガンズ所属のAC3機が、ガリア多重ダムに到達した。編成は中量二脚が2機、タンクが1機。
二脚機は正規隊員のG5 イグアスと、臨時加入でG13 レイヴンを名乗る621だ。
イグアスのACは、レッドガンズらしくベイラム製フレーム「メランダー」のカスタム仕様で構成されている。直線を多用したシンプルで量産に向くデザインが特徴的だ。
武装は右腕が速射型リニアライフル、左腕がマシンガン。肩は4連装ミサイルと円形パルスシールド。
内装はブースタがファーロン第2世代、FCSはベイラムのバランスモデル。ジェネレータは大豊製「明堂」を搭載する。
ヘッドブリンガーと名付けられたこの機体は、621もよく利用しているVRテスト空間のトレーナーACに近い。機体のバランスも良好で、実弾系中量二脚として模範的な機体構成のひとつだ。
621はいつも通りの機体、ローダー4.1。RaD製探査AC「C-2000」に、バーストライフル、パルスブレード、4連装ミサイル2基を搭載している。
内装はブースタにファーロン第1世代、FCSにファーロン第2世代のミサイラー向け。ジェネレータに大豊製軽量モデル、「霊台」を採用し、エネルギー負荷を抑えた扱いやすい機体となっている。
G4 ヴォルタはタンクAC、キャノンヘッドを駆る。
フレームは脚部にベイラム製タンク「ボルネミッサ」を用いている。上半身はかのテスターACと同じ、大豊の「天槍」だ。
武装は右腕に大豊製ハンドグレネード、左腕に長射程ショットガン。肩は右に6分裂ミサイル2基、左に小型連装グレネードキャノンを搭載している。
内装はベイラムの近距離特化FCSと、イグアスと同じ大豊製ジェネレータを積んでいる。
装甲はもちろんのこと、火力と機動力を両立させたバランス型の構成だった。
この2機のコンビであれば、多くのミッションをこなすことができる。そう621は判断した。敵に回すと厄介だろう。幸いにも今日は味方だ。
『
ミシガンの無線を聞いた621はアサルトブーストで先行、ミサイルで汎用兵器を蹴散らす。
『凄えな、独立傭兵かよ。野良犬の世話をしろってのか? レッドガンズも舐められたもんだ』
無線からはイグアスの声が流れてくる。軽薄そうな男の声だ。
621は変電施設を守るMT2機を片付ける。
『関係ねえ。俺たちで終わらせればいい』
低めの、ガラの悪い声。これはヴォルタだ。イグアスに比べると口数が少ない印象がある。
『目標、1基破壊だ』
ふたりが残ったMT1機と交戦している間に、621は最初の変電施設を破壊した。
次の目標は川の対岸。備え付けられた砲台が睨みを利かせていた。
『よう、野良犬。お前のような木っ端は知らんだろうがな』
凍結した川を渡って対岸へ。3機は行き掛けの駄賃に砲台とMTを潰していく。
『俺たちレッドガンズは「壁越え」にアサインされている』
正面は正規パイロットたちに任せ、621は陣地後方に回りこみ、仕掛ける。
無線は聞き流していた。
『この仕事は慣らしだ。終わったら土着どもの要塞を落としにかかるのよ』
『G5! おまけとの交流に余念がないようだな。ついでに仲良く手芸部でも作って、そのクソを垂れ流す口を縫い付けておけ!』
ひとり口を開いていたイグアスを、ミシガンが怒鳴りつけた。
『目標、2基破壊』
2基目の変電施設を破壊。まだ敵が残っている。621は付近の掃討に取り掛かった。
『やるじゃねえか。ズブの素人ってわけでもねえな』
『G4! 一体いつ貴様が素人でなくなった? 批評家はレッドガンズにはいらん。改めろ! さもなくば荷物をまとめろ!』
最後のMTを撃破する。周辺に敵性反応はない。
『前線のMTも片付いたようだな』
ウォルターに続き、ミシガンから無線が飛んでくる。
『準備運動は終わりだ。ぐずぐずするな! ウジ虫ども!』
『変電施設はあと2基だ。先に進め、621』
621は目標から少し離れたダムの付近に、四脚MTを見つけた。電灯に吸い寄せられる蛾のごとく接近し、苛烈な攻撃を加えていく。
『遠足はここからが本番だ。漏らすんじゃないぞ!』
『チッ、いちいちうるせえな……』
『G5! 手芸部とは縁がなかったようだな。貴様の悪態がルビコンでも続くか見ものだ。腕の方が手芸より上だといいが!』
僚機がお喋りをしている間に、621は四脚MTを撃破。本来の目標地点へ向かう。
良い準備運動になった、ここまで被弾はない。
今度はタンクのヴォルタが単独で攻撃を引きつける。その間に621とイグアスがMTを撃破、そのまま変電施設を破壊した。
『目標は残り1基だ、621』
最後の目標へ向かう途中、無線機が知らない声を発した。
『聞こえるか、企業の略奪者ども! 我々ルビコニアンが屈することはない。鉄の棺桶で送り返してやる。「灰かぶりて、我らあり」!』
スローガンらしき言葉を叫ぶ男。解放戦線のメンバーらしかった。
『
『MTと大差ねえ。時代遅れのジャンクだ』
正規隊員がMTに混ざるACを確認した。621も視認する。四角い造形こそ似ているが、少しばかり頭身が高い。確かにACだった。
『G4! 貴様の性能も大差はない。スクラップになりたいのか?』
敵機はBAWSの第1世代、「バショー」フレーム一式を使用していた。
ヴォルタの言う通り、MTから派生した最初期のACである。フレーム自体の性能は現行型と遜色ないが、通常パッケージだと内装が貧弱──まさにMTと大差なかった。
先に近くのMTを排除し、621は相手の武装を観察する。
右腕はバーストアサルトライフル、違う。バーストマシンガンだ。左腕は小型のハンドバズーカ。肩は4連装ミサイルを装備している。
敵機の腕部パーツは近接格闘戦を得意とするが、近接武器は見当たらなかった。
621は交戦方針を定める。
相手のFCSとジェネレータ次第だが、3対1だ。近距離中心、かつスピードで揺さぶればいい。
既にヴォルタとイグアスの手によって、敵機のACSに負荷が溜まっていた。
621はターゲットアシストを起動、アサルトブーストで突撃。急接近してブレードを振る。
『そこの独立傭兵……、走狗となって満足か? 殺し奪うだけの企業に与し……戦士としての誇りはないのか?』
しばしば不可解な被弾があった。気がつけばAPが2000ほど削られている。
ダムのコントロールタワーから敵が放ったグレネードだった。先に消しておくべきだったか。
警告音。621は前にクイックブーストし、機動を誤ったことに気付く。
直線運動するACを敵機は見逃さなかった。ハンドバズーカが直撃し、ACS負荷限界。機体が硬直する。
敵機はミサイルによる追撃を選択。幸い621の硬直はすぐに解けた。
機動を開始。ミサイルの誘導に対し、緩急をつけた動きで振り切る。
そのままブレードで攻撃、スタッガーをとる。しかし、ここまでの機動によって機体はエネルギー切れを起こしていた。
追撃ができない。ミサイルは左右共にリロード中だった。
バーストライフルのチャージがなんとか間に合った。命中させる。
621は続けてミサイルを発射。これは命中せず。
更にライフルを撃った。1発。これがとどめとなった。
『クソッ……略奪者……どもめ……』
AP残量50%。621はリペアキットを使用し、回復。
『帥父ドルマヤン……申し訳……も……』
『敵ACの撃破を確認した』
621は仕事を続ける。独立傭兵に向けて放たれた言葉の数々は、ついぞ記憶されなかった。
『G13! おまけにしては悪くない働きだ! あとはカビの生えたダム施設を破壊しろ。家に帰るまでが遠足だ!』
最後の目標は高所にあった。621は垂直カタパルトで上昇し、ミサイルを放つ。
『全目標の撃破を確認』
『役立たずも役立たずなりに役立つことが証明された。遠足はここまでだ!』
最後にミシガンから声をかけられた。
『G13! 貴様のラッキーナンバーは空けておいてやろう』
この日、ガリア多重ダムは大損害を被った。
解放戦線の面々は泣いて詫びる羽目になったと、後世にて出版されたミシガンの伝記に書かれている。
『新着メッセージ、1件』
遠足から帰宅した621に、メッセージが届いていた。イグアスからだ。
621はメッセージを再生する。
『……ケッ。調子に乗るなよ、野良犬。てめえなんぞ、数合わせで呼ばれただけだ』
イグアスの口調がどこから来るのか、621には理解できなかった。ミッションの目標は達成した。行動評価は最高のSだ。何か問題、あるいは過失があっただろうか。
『俺たちレッドガンズは「壁越え」を果たす。せいぜい指をくわえて見ていろ』
ベリウス北西部の半島からベリウス東部にかけては、ルビコン解放戦線が築いた要塞線が存在する。
中でもベリウス中部の区間は、山間部からベリウス北部の人口密集地へ抜ける最短ルート上に位置しており、一層強固な防衛ラインが敷かれていた。
この堅牢な要塞はいつしか「壁」と呼ばれるようになり、ルビコニアンにとっては心強い防壁として、企業にとってはコーラル調査領域拡大に立ちはだかる障害として君臨していた。
そしてもうひとつ。企業、特にベリウス西部を中心に展開しているアーキバスグループにとって、悩みの種となる存在があった。
「壁」が盾ならば、こちらは矛。
解放戦線の巨大兵器、武装採掘艦「ストライダー」である。
基本報酬:190,000
報酬加算:0
支出:33,708
修理費:9,108
弾薬費:24,600
報酬減算:0
収支:156,292
戦闘に集中していると、無線を聞き逃しがち。感情が希薄なのでしょうがない
※レッドガンを英語版の名称「レッドガンズ」に変更しました
ヴェスパーもヴェスパーズです。でも惑星封鎖機構はPCAじゃなくて封鎖機構にしてます。