彼らに安息を与えたまえ
世の罪を除きたもう神の子羊よ
彼らに安息を与えたまえ
世の罪を除きたもう神の子羊よ
彼らに永遠の安息を与えたまえ
621はザイレムの格納庫に帰投。自動整備を受けるACの中で、視界が紅く染まるのを意識した。
《レイヴン》
エアからの「交信」。すっかり慣れ親しんだ感覚を621は味わう。
《衛星砲を撃ったのは私です》
つとめて冷静に発せられるそれに、隠しきれない優しさが含まれていた。
《分かってはいます……あなたは選択した》
エアが言葉を切る。621も黙って待った。
ややあって、彼女が再び声を発する。
《ならば、私も応えるのみです……ひとりのルビコニアンとして》
「感謝する、エア」
何も言わず、ザイレムを墜とすこともできたはずだ。それをせず、ただ己に覚悟を示そうとしたエアの姿勢は、621にしっかりと届いていた。
《……指定する封鎖ステーションに来てください。待っています、レイヴン》
その言葉と共に、「交信」が切られた。
そしてエアの言ったように、座標が送られてきた。低軌道封鎖ステーション31。
日時通りに来れば、ちょうど衛星砲もバスキュラープラントも近い、というわけだった。
621は衛星を止める手段があること、そのために自分が出ることをカーラに伝え、彼女もそれを二つ返事で了承した。詮索は一切なかった。
ザイレムはゆっくりと、着実に高度を上げていき、やがて熱圏の只中、高度350kmまで到達した。
地上は無機質な白と真紅に支配され、青いところはなかった。宇宙空間の方は……無数のデブリが周回している。
結局のところ、ルビコンとはそういう惑星だった。
『……船がかなり傷んでる。自動操縦も駄目……昔ながらのやり方でいくしかないね』
このタイミングで621もザイレムを飛び立つ。もう、戻ることはない。バスキュラープラントは目の前にあり、衛星砲の妨害をなんとかして、あとはカーラが突っ込むだけ。
「621、発進する」
『衛星砲は任せたよ、ツーリスト』
そう言って、カーラがくつくつと笑う。だけどそれは、どこか寂しい笑いにも感じられた。
『あんたは……
最後にカーラは言った。
『幸運を祈るよ』
「ああ。チーフも」
621はそれに返答し、頭上にあるLOCSを目指す。カーラの目からは、やがて621がオレンジの光点になっていくのが見えることだろう。
そして封鎖ステーションとザイレムを見下ろす、衛星砲の紅い眼光も。
621は約束通り、低軌道封鎖ステーションへとたどり着いた。
超遠距離通信用の柱のようなアンテナが立ち並ぶ向こうに、そびえ立つバスキュラープラントが主星に照らされ光っていた。
着地すると、小さく塵が舞った。
『……レイヴン』
声が聞こえた。いつものように頭の中ではなく、無線機から。
『あなたは今も視えているはず……コーラルたちの声が』
そう。このような超高高度にあっても、コーラルは漂っていた。621の周囲にも紅い粒子が漂っていたし、バスキュラープラントの方もかすかに紅いものに覆われていた。
そして、衛星砲にも。球状の巨大なレーザー砲台の上に、ひときわ紅い光が集まっている箇所があった。よく見ると、人型の機動兵器が立っている。
『それでも私たちの可能性に目を向けず……』
白い機体だった。脚部のロックが外れ、ブースタが位置を変える。
『私たちを永遠に黙らせたいのですね』
白い機体が飛び上がる。脚を翼のように広げ、ステーション31に向かってきた。ブースタからコーラルの炎を噴き出しつつ、何度かローリングし、人では耐えられないような加速を繰り返して接近してくる。
斬られる。そう思った621は後ろへクイックブースト。その目の前を翼端がえぐり、ほじられた破片がどこかへ飛び散った。
621は機体が飛んでいった方を見やる。火花の軌跡があった。煙の中で、人型に戻ったそれが立ち上がる。紅いパルス──コーラルアーマーが機体を覆った。
背の高い機体だった。鎧のような重厚感がある一方、四肢はスリムに伸びている。
左右の腕と肩にはブースタを兼ねていたのだろう、発振装置と連装のキャノン兵装が搭載されており、621を睨んでいた。
『レイヴン、あなたは私が止めます』
バシネットヘルムのような頭部は複眼カメラが搭載されており、その配置は陽光を思わせた。
『ルビコンを焼かせはしない』
彼女の顔が、紅く灯った。
『メインシステム、戦闘モード起動』
ゆっくりと歩いて前に進むエアに対し、621はアサルトブーストで突撃した。
『あなたを止める、そしてザイレムも。翼に乗せた人々とコーラルの意志と共に、このマシンで』
プラズマミサイルを放つと、避けられた。交錯する。背後から放たれた紅いミサイルを621は回避。
『共生。共に生きるって。私はあなたにそんな未来の可能性を見たのです。あなたとなら……ともに歩めると』
コーラルの砲撃は速度が遅く、通常のブーストだけで避けることができた。621は攻撃を重ねてアーマーを剥がし、スタッガーを取った。
「……エアと面と向かって話すの、初めてだったな」
ブレードを振りながら、621は思いの丈をぶつける。
「おれは戦いでしか生きられない。だが、ルビコンにこれ以上血を流すわけにもいかん」
エアを、敵機を蹴り飛ばす。
「きみと、そしてチーフで終わりにする」
『……レイヴン、あなたは強い。危ない。私の……全力で当たります』
アーマーを張りなおした敵が紅い刃を振るう。621は後ろに飛んで回避。柱が切り倒された。
しかし2発目をもらう。若干の硬直。そこに砲撃が入ると、少なくないダメージを受けた。
『AP、残り50%』
621は慌てることもなく、ただ冷静に攻撃を続行した。ライフルとプラズマミサイル、ついでに蹴りでアーマーにダメージを与える。
剝がれた。ブレードで切りつけ、やはり蹴りとばし、ライフルとミサイルを浴びせかける。ジェネレータにダメージが入ったのか、小さく紅い爆発が起きた。
『……今なら分かります、あなたが何者か』
しかし、機体はまだ動いていた。
『争いの火種……』
敵機が猛スピードで離脱。物凄い加速だった。そして右腕から刃を伸ばし、振りかぶる。
『「
その言葉と共に放たれた斬撃を、621はクイックブーストでかわす。
続いて放たれた高出力ビームは柱を盾にした。
ならばと、敵機が変形した。脚を翼のようにした飛行形態。急加速して621に突進してくるが、これも避ける。
『リペアキット、残数2』
オーバーシュートした敵機をアサルトブーストで追いつつ、621はリペアキットを使った。
「そうだ……この火種で、火を点ける」
『させません!』
突っ込んできたところをアサルトアーマーで迎撃しようとしたが、外れた。
かわりに飛んできた太いビームを、621は自由落下で回避。しかし距離を詰めたところで、ミサイルに囲まれた。
硬直したところに飛んできたのは、機体が置き去りにしたコーラルの残滓。分身攻撃だった。
『リペアキット、残数1』
続いて敵機は上方からビームをぶち込み、地面で爆発させた。621の装甲がじりじりと焼かれる。
それでも621は動きの激しい敵機に追従し、スタッガーまで持ち込んだ。
『そんな……兄弟が、姉妹が……!』
ブレードを叩き込み、とどめにもう一度アサルトアーマーを使ったが、これも急加速で逃げられた。
『人間たちは全てを燃やす! ルビコンのぜんぶを!』
素早く、そして鋭い斬撃と共に、嗚咽混じりの声が紡がれる。
『そんなことさせない……あなたの火はここで終わらせます!』
「進む……やり遂げる……絶対に」
621は最後のリペアキットを使い、周囲で弾ける紅いエネルギーの中を突き進む。
発射したプラズマミサイルが、敵機を硬直させるのが見えた。
「『火を点けろ』」
パルスブレード起動。左腕に刃が伸びる。ブースト出力、近接攻撃。
「『燃え残った全てに』」
全てを終わらせるべく、621は刃を振り下ろした。白く、しかし損傷し、オイルで汚れた機体に向かって。
『レイヴン……私はそれでも……信じます……』
パルスブレードの一閃は確実に敵機のコアを捉え、ジェネレータごと斬った。機体から紅い光が漏れ、どんどん強さを増していく。
それにまるで気付いていないかのように。
彼女は。
その白い手を伸ばしていた。621に向けて。
『私たちの……夢を……』
それが次の瞬間、見えなくなる。強烈な光がHMDを埋め尽くした。
光が収まる。傷つき、所々焦げた白い機体が漂っていた。僅かに灯っていた顔のカメラアイが、消える。
同時に衛星砲の紅い目も閉じる。エアとの戦闘中、ザイレムと盛んに砲撃戦が行なわれていたが、それも今終わった。
沈黙した衛星砲の脇へザイレムが進んでいき、交錯し、削っていった。大きな目玉のような構造があっという間にバラバラになり、破片は軌道上の迷子と化した。
もはやザイレムを阻むものは何ひとつなかった。
そしてついに、ボロボロになった船体が巨大な円筒に触れる。衝突地点は衝撃に耐えきれず簡単に穴が開いた。
中から紅い光が、液体のようなものが漏れ出すのが見えた。
中は増殖を制御するためか、加圧状態になっていたのだろう。穴が開いてバランスが崩れ、至るところからコーラルが噴き出す。
ザイレムはなおもプラントに突き刺さっていき、コントロールタワーの辺りまで突入した。その瞬間。
紅が、プラントの頂上とザイレムを飲み込んだ。
炎と嵐がステーション31まで迫ってきた。621はエアにさよならを言って、アサルトブーストに点火。戦闘モードを解除し、持てるエネルギー全てをブースタに送り込んで離脱した。
星々の海へ飛び出していく。しかし所詮は探査AC、ロケットのような加速はできない。通常モードの緑がかった景色が、白く覆われていく。
意識を飛ばされるわけにはいかない。621は顔の筋肉が使えないことも忘れ、顎に力を入れようとする。
『……アンロック状態を確認。メッセージを再生します。差出人、ハンドラー・ウォルター』
圧倒的なエネルギーによって機体が揺さぶられ、薄れていく意識の中、621はCOMの音声と、優しげな声を聞いた。
『……621、仕事は終わったようだな』
「……ハンドラー?」
ここ数日聞かなかっただけで、ひどく懐かしい感じがした。
『お前は俺たちの遺産を背負い、罪を精算することを選んだ』
そうだ、罪は精算された。燃え残ったものはきっとないはずだ。
『すまない……そして感謝しよう』
あなたが謝ることじゃない。おれの選んだことだから。
『621』
なんだ?
『お前を縛るものはもう何もない。これからのお前の選択が……お前自身の可能性を広げることを祈る』
そうするよ……付き合わせてくれて感謝する、ハンドラー……
全てを焼き尽くす炎と嵐の中で、ある1機のACが忽然と、完全に消滅したことなど、誰も気付かなかった。
コーラルを巡る争いに勝者はなく。全てが終わった後には、かつての開発惑星の痕跡のみが残った。
形無しにされ、死に体となった企業勢力は、惑星封鎖機構との共同声明を発表。
ルビコンの放棄が合意された。死んだ
そして……。
星系を焼いた怪物は……炎の中に消え──。
それ以降消息を絶った。
今はただ、二度目の災禍として……その名だけが歴史に刻まれている。
──レイヴンの火、と。
……
『登録番号Rb23、コールサイン、レイヴンによる認証を確認。
仕事を終えたはずの621は、目の前の光景が信じられなかった。
『傭兵支援システム「オールマインド」へようこそ。レイヴン……貴方は帰還……。──貴方の帰還を歓迎します。オールマインドは貴方のさらなる活躍を期待します』
『認証は通ったようだな。随分と丁寧な歓迎だが……まあ、これはこれでいい。「レイヴン」、それがルビコンにおけるお前の身分となる。早速だが仕事を取ってきた。確認しろ、621』
了解、と反射的に飼い主に返答し、依頼を確認する。受信の日付は密航したときのものだった。
たった今焼き払ったばかりの、この
だまして悪いが、プレイ日記なんでな。
ループものだったのさ。(地雷だったら本当に申し訳ないです)
ここまで読んでいただきありがとうございました。ほぼ初めて書いたやつに1万UAもついて驚いています。
2周目はちょっぴりオリジナル展開入れます。