メインシステム、戦闘モード起動   作:留式

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ベリウス・夜

 ベリウスに夜が来る。

 

 監視部隊の一番忙しい時間は夜だ。暗闇が視界を奪い、夏でも降り続く雪が応援に加わる。

 通常モードの色あせた視界に包まれながら、その中に紛れる不審な影を見つけるべく目を光らせるのだ。比較的明るい、機体の光学センサを頼りにして。

 

 アーキバスグループ強化人間部隊「ヴェスパーズ」第7隊長・兼主席会計責任者・兼再教育センター長・兼調査拠点「壁」駐留部隊司令、コールサイン、V.Ⅶ スウィンバーンは、いつものように夜間哨戒を行っていた。

 今夜も視界は良くない。ブリザードではないが、「壁」は吹雪に見舞われていた。明日の除雪は楽だといいが、とスウィンバーンは思う。

 

 封鎖機構の実力行使によって一時的に補給が滞り、除雪機用の燃料がカットされたのだ。ベイラムほど深刻ではないし、既に復旧の目途も立っていたが、やはり原始的な除雪作業は身体に堪える。

 それでも部下との繋がりを作るにはちょうどいい機会だから、スウィンバーンにとっては悪いことばかりではなかった。

 

 人間関係とは、見えないものだ。今の視界と同じように。雪と霧が鈍く輝いて、残りは闇。何が出てくるか分からない。

 敵対する者の足音は風にかき消され、目の前に突然現れる。あるいは背後から突き刺してくる。

 

 ぶすり。

 

 降り積もった雪と共に、折れた枝の落ちる音。流石に見なくても分かるぞ。勘弁してほしいが。出来の悪いホラーにもならない。今直面しているのは現実の恐ろしさなのだ。

 暗闇に閉ざされた視界の中、スウィンバーンは己の過去を思い出してしまう。

 

「アイビスの火」以降コーラルが失われ、強化人間を生み出すには代替手段を見つけるしかない状況に企業は陥った。

 

 早々に諦め、よっぽど腕の立つ化け物か、裏ルートで強化手術を受けた人間を探すようになったベイラムと異なり、アーキバスは愚直に代替技術の開発を始めた。

 

 スウィンバーンの先代たち、狭間の世代──第5、第6世代は、脳深部コーラル管理デバイスを用いずに、強化人間とは何かを知ろうとした世代だ。

 その結果は──ヴェスパーズにこの世代から一人もいないことを見れば明らかであろう。

 

 持ち出された僅かばかりのコーラルに、何かの拍子で火が点いた。それが再教育センターの更に下、旧ファクトリーの末路だ。

 強化人間スウィンバーンの出生地、今のファクトリーは2代目になる。

 

 多大な犠牲を払いながらも、知覚を増幅する理屈をつかみ取ったらしい上層部は代替技術を開発した。これが第7世代だ。成功率は旧世代型と大差ない。予後も。

 療養中も、そして訓練中も、同期たちは次々とおかしくなっていった。

 

 見えないものが見え、聞こえないものが聞こえるようになった彼らの狂気は、スウィンバーンをも取り込んだ。

 やめろ。そんなもの見たくない。聞きたくない……。でも──。

 

 見えないのは、怖い。

 

 抜擢された第7隊長という地位も、会計責任者だのセンター長だのという役職も、みな目に見えないものばかりだ。

 部下たちだって、何を考えているか分かったもんじゃない。小心者と嘲りを受けたところで、今更どうこうというわけではないが。それでも背中から殴られでもしよう日には、それはそれは傷つくことだろう。

 

 だからこうして、「壁」の外まで哨戒に出ているのだ。外敵が多いから。

 

 あの不法者どもはいい。姿さえ捉えることができれば、迷う必要がない。連中は敵意を隠さない。だから指導して、再教育センターにぶち込み、また指導すればいい。駄目ならファクトリーがある。スネイル閣下も喜ばれるだろう。

 

『サー! AC1機が侵入しました。座標を送ります』

 

「よくやった。処理は私がやろう」

 

 早速来た。やはり壁の外だな。

 

「この機体は……ベイラムか。このところずっとだな……」

 

 あの斜陽グループからは毎晩のように不法者がやってくる。指導が必要だ。

 

 スウィンバーンは戦闘モード起動、アサルトブーストに点火し、部下がキャプチャカメラの画像と共に送ってきた座標へ急ぐ。

 

 目印があるというのは幸せなことだ。自分の機体があるということも。ガイダンスはスウィンバーンにとって手足に等しい。決して裏切らない安心感。

 敵機のもとへ向かうこの瞬間ばかりは、雪風を切って飛ぶ感覚も心地良いものだった。

 

「見つけたぞ、不法者」

 

 やがて、スウィンバーンは侵入したACを捕捉する。何の変哲もない、「メランダー」一式で構成された機体だ。

 ミサイルで先制攻撃。相手の撃ってくるマシンガンをヴェスパーズ御用達のパルスシールドで防ぎながら、近づいてきたところを回し蹴り。

 

「指導してやろう」

 

 スタンバトンで連打してやる。相手のACSに負荷と余計な電荷が溜まり、蝕んでいく。やがて、ささやかながら放電を始めた。強制放電だ。

 同時に不法者はACS負荷限界。硬直したところに右肩の大口径グレネードキャノンを見舞ってやる。

 

 消耗していたのか、これだけで相手はあっさりと崩れた。

 

「貴様は生まれ変わる機会を得た、不法者。再教育センターへ行くのだ! タ・タ(ではな)!」

 

 ひと仕事こなしたスウィンバーンは不法者の回収を命じ、元の哨戒ルートに戻ろうとする。

 

『スウィンバーン隊長、侵入機体を捕捉しました』

 

「アイ、サー。直ちに向かう」

 

 どうやらまだ終わらないようだ。今度は壁に近いところ、外堀のすぐ外だった。

 

 スウィンバーンはアサルトブーストに点火、再びマーカー地点を目指す。高性能カメラによって明るいはずの視界が、暗い。朝はまだ遠い。永遠にこないかもしれない。視界を流れる雪だけが、前に飛んでいることを教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

『レイヴン、貴方に引き受けてもらいたい作戦がある。ベリウス本部では陽動作戦として、アーキバス占領下の「壁」へ対し攻撃を行う。貴方にはその起点となる重要な一手を頼みたい』

 

 ルビコン解放を目論む強化人間、C4-621は解放戦線から送られてきた2件目の依頼を確認する。見覚えのある内容だった。

 

『目標は駐留部隊の指揮官、V.Ⅶ スウィンバーンの暗殺だ。陽動作戦の安定遂行、およびヴェスパーズそのものにダメージを与えるため、協力してほしい』

 

 以前と若干経緯が異なる。今回は「壁」奪還が主目的とはならず、陽動作戦の一環となるようだ。

 

『貴方にはこの作戦の本命を明かせることになっている。操業停止したBAWS第2工廠の設備を回収、移設するのが狙いだ……くれぐれも慎重に頼む』

 

 ブリーフィングは以上だった。

 

《随分と信頼されているようですね、レイヴン》

 

「……まったくだ。ここで裏切られたらこと(・・)だろうに」

 

 前回の仕事において、621は同じ依頼を放棄した。作戦中に。

 これがきっかけで、その後解放戦線からの依頼が途絶えた。

 

 あの時は、目標撃破に時間をかけすぎたという自らの落ち度もそうだが、封鎖機構に対処する上でアーキバスの力が必要だろうと621は考えていた。

 今はもう、アーキバスの力が多少弱まってもなんとかなることを、621は知っている。

 

「まあ……今回はやり遂げるさ」

 

 

 

 

 

 

『メインシステム、戦闘モード起動』

 

《ミッション開始。提供された情報から目標の位置を推定しました。送信します》

 

 深夜。吹雪の中、621は「壁」へと降下。低く垂れ込めた雲でも隠せない、灼けた空を一瞥して、アサルトブーストに点火した。

 

 ルートは覚えていた。基本的にビルの合間を縫い、何もないところはスピードを頼りにする。

 誰もいないマーカー地点にたどり着くまで、1分もかからなかった。

 

《目標はいない、ようですね。もしかしたら夜警に出ているのかもしれません》

 

「当てはある。外堀を越えるぞ」

 

 スウィンバーンの本当の位置も知っているため、621は即座に外堀近くの垂直カタパルトまで飛んだ。

 カタパルトで大きくジャンプ。すぐ目の前を、別の侵入者を狙ったグレネードが掠めていった。

 

《……確かにいました。戦闘状態にある機体反応を検出。おそらく目標のスウィンバーンでしょう》

 

 一度着地し、エネルギーを完全に回復。続いてアサルトブースト点火。1000m近い距離を一気に詰める。

 

『次から次へと不法者……いい加減学んでほしいものだ』

 

 400を切ったところでアサルトブーストを解除。ほんの数コンマ、ふわりと621は浮き上がり、直後に自由落下を始める。目標へアプローチ。

 

『フム……これはベイラムの機体構成では──っ⁉』

 

 100m手前でプラズマミサイルを発射。その音を聞いたのか、敵機がクイックターン。振り向いた眼前、11mのところに621は着地した。ミサイル着弾と同タイミングに、それも背部カバーを開けながら。

 

『あぐぁ⁉』

 

 アサルトアーマーが発動。敵AC「ガイダンス」に直撃する。既に左腕はパイルバンカーを握っていた。クイックブーストでなおも詰め寄り、チャージ攻撃。

 鋭い音、次いで爆発音。引き絞られた杭が炸薬によって射突される。

 

 敵機のAPが大きく吹き飛んだ。が、まだ動いている。目の前でパルスの光が回転して、消えた。

 パルスシールドだった。馬鹿なタイミングで使いやがった、と621は思う。再びクイックブーストで接近すると、敵機も後ろに飛んだ。

 

『なっ、何ごぉ──』

 

 ガイダンスのブースタはクイックブーストの性能がそれほど高くない。敵機は逃げ切れなかった。

 

『まっ……たっ、助けっ!』

 

 タイムラグなく621の両腕から放たれたショットガンが、コアに致命傷を与えたのだ。

 

『おあああ゛あ゛っ!』

 

 青白い花が咲き、散った。断末魔と共に。

 

《目標の撃破を確認》

 

 あまりにあっけない戦闘に感嘆したのか、それとも呆れたのか、エアが気の抜けたような息を吐いて、言った。

 

《帰りましょうか、レイヴン》

 

「そうだな。ミッション完了、帰投する」

 

 621がプラズマミサイルを発射してからガイダンスのAPが0になるまで、僅か5.56秒。

 脱出ポッドが作動する様子もなかった。おそらくスウィンバーンは……なにが自分の身を襲ったかわからないまま、即死したことだろう。

 

 

 

 

 

 

『レイヴン、スウィンバーン排除遂行に感謝する。同志の中には貴方が敵方に懐柔されることを危惧する者もいた。やはり余計な心配だったな。我々はこれより陽動作戦を開始する。幸運を祈っていてほしい』

 

 解放戦線からこのメッセージが届いた数日後、621は作戦の成功を知った。壁は荒すだけ荒らされた後、アーキバスもろとも封鎖機構に占領された。

 そして解放戦線はBAWS第2工廠の設備を抜かりなく回収し、今後に必要な生産力の目途を立てた。夜を渡り、灼けた空を羽ばたくに足る武器を生むだけの。

 

 ベリウス、夜。スウィンバーンに朝は来ない。




 文書データ:独立傭兵の任務報酬
 
 遺棄された瓦礫に残っていたデータ。独立傭兵の金に関する記録と思われる。
 
 依頼名:V.Ⅶ排除
 
 収入:200,000
 
 基本報酬:200,000
 報酬加算:0
 
 支出:1,000
 
 修理費:0
 弾薬費:1,000
 報酬減算:0
 
 収支:199,000
 
 行動評価:S
 
タイトルで察した方はFAFシステム軍団・再教育部隊でお待ちしております。今ならマース勲章もプレゼント!
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