薄暗い部屋で、スクリーンだけが光っていた。部屋の中には4人組がいて、その中のある女が口を開いた。
「ミッションの概要を説明します。今回は私たち「ブランチ」の任務になるわ」
彼女らは独立傭兵とそのオペレータだった。今はブリーフィングの真っ最中である。
「目標は強化人間C4-621の撃破。そう、「レイヴン」を名乗るトップランカーよ」
スクリーンに映し出されたのは、1機の探査AC。
「ほう、これが例の……」
ある男が口を挟む。自身に満ちた、どこか高圧的な口ぶりだった。
「最近は解放戦線との繋がりが深いみたいね。だからそこを突く。ちょうどアーキバスからガリア多重ダムの襲撃依頼が来てるわ」
「ふうん……それで、手筈はどうすんの?」
また別の女が話の進行を促した。こちらも戦士の口調だった。
「キングとシャルトルーズが先行、ダムの襲撃も2人でやってもらいます。目標の到着を確認したら、
オペレータが落ち着いた声音で言った。
「いいんじゃないか。前座で終わったら興醒めだがな」
「はあ……キング。そんなこと言って、死んでも知らないからね」
全く気負うところのない2人をよそに、オペレータはもうひとりにも話しかけた。
「レイヴン、この方針でいくわよ?」
こくり、と頷きが返ってきた。
「……よし。それでは、解散」
彼らの動向は依頼を出したアーキバスに潜む密偵を経由して解放戦線に流れ、やがて621の知るところとなった。
『レイヴン、貴方に引き受けてもらいたい任務がある。内容はベリウス地方にあるガリア多重ダムの防衛だ』
解放戦線から急きょ飛んできた依頼のブリーフィングを、621はエアと眺める。
『予想されたことではあるが、アーキバスは封鎖機構と戦いながらもルビコニアンへの弾圧を強めている』
表示されたのはルビコンにおける各勢力の戦力比だ。ただし、一般的に知られている、という条件が付く。
封鎖機構とアーキバスだけで3分の2は占めている。解放戦線は1割と少し。実際はもっと多いが。
『この
話が本題に入る。
『奴らはダム強襲に対して2名の上位ランク独立傭兵を呼び寄せた』
あまり見覚えのないAC2機が表示された。
『この両方のACを一度に相手する必要がある、アスタークラウンとアンバーオックスだ』
1機は以前Sランク帯にいた機体だ。現在は両方ともAランク帯である。
『……知っての通り、この段階で大規模な損害を出すことは避けたい。虫のいい話だが、貴方の助力が得られることを願う』
ブリーフィングが終わり、エアが話しかけてきた。
《なかなかに苦しい状況のようですね》
「この状況にはおれも関わっている。彼が言った通り、今は損害を抑えたいんだ。向かうとしよう」
《……アリーナ上位の手練れが相手です。気を引き締めて行きましょう、レイヴン》
「もちろん、そのための装備で行くつもりだ」
ベリウスの大地に、最上位の独立傭兵たちが集おうとしていた。
『メインシステム、戦闘モード起動』
《始めましょう、レイヴン》
午後、傾きはじめた柔らかい日差しのもと、621はガリア多重ダムに降り立った。
場所はかつて破壊した、ダムのコントロールタワーだ。今では完全に復旧して元の姿を取り戻している。
『こちら第2区画! 現在独立傭兵AC2機と交戦中! 消耗が激しい。増援を要請する!』
『くそっ! 強すぎる……手に負えん!』
『被弾した機は下がれ! まだ死ぬには早いぞ!』
それが再び叩き潰されようとしていた。
621はアサルトブースト。以前とは逆のルートでダムを下っていく。
《アスタークラウンのパイロット、コールサイン、キングの作戦成功率は89.6%。その技量の高さは完成された傭兵と謳われるほどです》
その間に、エアが敵の情報を伝えてきた。
《アンバーオックスの方はシャルトルーズが搭乗、無類の火力を誇る攻撃的なブルドーザーです。その仕事ぶりから「見つめ合うと死ぬ」女と称されています》
高台の下からレーザービームが、そして時折爆炎が見え隠れする。浮遊する四脚と流線形のタンクACの影も、そのうち大きくなってきた。
《目標を迎撃してください》
「よし、花火の中に突っ込むぞ」
着地してエネルギーを一気に回復、再びアサルトブースト。621は最初の標的にアンバーオックスを定め、岩の影から飛び出した。
『お出ましね。作戦を続けて、キング。こいつの翼は私が
『1機でやるな。今回はブランチのミッションでもある──言わんこっちゃない。援護しよう』
621はプラズマミサイルを発射。着弾と同時にショットガンを両腕発砲。そのままブーストキックしてスタッガーを取ると、流れるようにパイルバンカーのチャージ攻撃を叩き込んだ。
『こいつ普通じゃない……』
エネルギー切れ。着地して回復した後、リペアキットを使用したばかりの敵機に再び猛攻撃。たまらず敵機がパルスアーマーを発動する。
それは621が待っていた行動だった。
『だって第4世代よ! AC乗りじゃなくて、博物館行きの!』
アサルトアーマーを発動、強引にパルスアーマーを引き剝がす。
そこへショットガンをぶち込み、再びパイルバンカーを突き刺そうとしたが、エネルギーが残っていなかった。
「おっと」
アンバーオックスの装備する大口径グレネードキャノンが621をひっ叩く。スタッガーしたところにレーザーキャノンが浴びせられたが、621は耐えきった。
『しぶといね。これまでのレイヴンも──こいつなんなの……⁉』
硬直を脱した621はリペアキットを使用。プラズマミサイルとショットガンでスタッガーを取り返し、持ち替えたパイルバンカーを炸薬なしで押し出した。これがとどめだった。
『シャルトルーズ! 脱出しろ! 機体を捨てるんだ!』
『こちら第2区画……凄い、敵があっという間に……』
『援軍が来た? 誰だ?』
『識別コードを確認中……レイヴンだ。援軍はレイヴン』
息を吹き返し始めた友軍をよそに、621は残りの1機を狙う。
『……あいつはそんな生易しいもんじゃない。お前にその名は名乗れない』
600mを一気に飛翔し、コンクリート構造の上にいたアスタークラウンに吶喊。アサルトブーストを焚いたままショットガンをプレゼントする。
交錯する際に蹴りを放とうとしたが、かわされた。
「……以前なら、名前など関係なかった」
振り向いたところに飛んできた3連装レーザーキャノンが当たるのも構わず、621は距離を詰め、ショットガンを撃ち、脚を入れる。
敵機もクイックブーストで振り切ろうとするが、全く足りなかった。スタッガーに陥る。
「だが、今は違う」
炸薬によって射突されたパイルバンカーが、アスタークラウンのコアを貫いた。衝撃で敵機が浮き、杭から抜け、吹き飛んだ。
『強いな……見誤ったか。名に恥じぬ、戦い……』
《AC、アスタークラウンを撃破》
『あの独立傭兵、一人でひっくり返しやがった』
『あれが噂のトップランカーだって? うちのバックに付いているという』
『……ああ。今回は味方で良かったよ』
全ての敵性反応が消え、引き締まった空気が緩む。
《迎撃目標を撃破。ミッション完了──待ってください! 新たな機体反応!》
それが再び引き締まった。周囲の雪景色と同じように。
『聞こえる、レイヴン?』
ガリアの空を、1機のACが飛行する。
『あなたの偽物、あのふたりを同時に相手する凄腕みたいね』
胸のところの装甲が突き出たコア、それを挟む肩。丸みを帯びた背中には第1世代のブースタが備え付けられ、オレンジ色のバーナーを吹かす。
コアからは中量級の、決して太すぎない2本の脚が伸び、肩からは簡素な腕が生えている。
腕には高火力アサルトライフルとパイルバンカー、肩には小型連装グレネードと3連双対ミサイルを装備した、探査AC。
戦闘モードが起動。武装が持ち上がり、殺意を漲らせる。
『どこまで飛べるか見せてもらいましょう……』
探査ACの頭部だけが、隻眼の専用パーツだった。後頭部からバイザーが回転してきてロック、複眼のカメラアイが点灯する。
アサルトブーストに点火。背部カバーが開き、バーナーが後ろへ長く伸びる。
『……借り物の翼で、ね』
5000m以上離れた距離から、高空侵入してくる機体。それを捉えた621もアサルトブーストに点火した。
鴉と、鴉になろうとする猟犬は向かい合った。
『強化人間C4-621、レイヴンの名を返せとは言いません。ただ……あなたにその資格があるか見極めさせてもらいます』
《あれは本物の「レイヴン」のライセンス、その持ち主なのでしょう……おそらく偶然ではありません》
621は敵機と同高度まで上昇、空中でのヘッドオンに持ち込む。
『……あのふたりを退けている。注意してください、レイヴン』
「任務続行、交戦する」
両腕のショットガンで衝撃を溜め、蹴りでスタッガーまで持っていこうとした621だったが、相手の脚が先に飛んできた。
攻撃失敗。こうなるとこちらが不利だった。エネルギーが残っていない。
ショットガンの射程から抜けていくレイヴンが、双対ミサイルやグレネードを撃ち下してくる。
621はそれらを丁寧に避け、着地。エネルギーが回復するのを確認してから、もう一度アサルトブーストで突撃した。
リロードが終わって飛んでくるミサイルをすり抜け、グレネードは平行移動でかわし、ショットガンを叩き込む。
続いて621は脚を振ったが、自由落下で避けられた。プラズマミサイルを降らせてダメージを与えてやる。
着地したレイヴンにやはりアサルトブーストで詰め寄り、蹴る──レイヴンが後ろにクイックブースト。ふわりと浮き上がる。警告音。
621もクイックブーストで前へ移動するが、遅かった。グレネードの爆風が襲い掛かる。
他の攻撃をくらっていないのが幸いした。621はスタッガーになることもなく、反撃に出る。ショットガン、ミサイル、蹴り。全てを使ってスタッガーに持ち込み、あとはパイルバンカーを突き刺すだけだった。
命中寸前に敵機の硬直が解け、横にひらりとかわされた。リペアキットで回復される。
その動きは621に対し、お前に「レイヴン」はまだ早いと言っているようだった。
「……『翔び続けろ』。それが意志でなければ何だ?」
追いかける。振り切られ、グレネードの爆風に再び絡み取られた。HMDに表示されたACS負荷ゲージがオレンジに染まり、限界が近いと主張する。
しかし621は気にも留めない。クイックブーストで距離を詰め、敵機がミサイルを発射する隙を突いて蹴りを入れた。
そこへショットガンを合わせる。敵機が空中でスタッガー。その硬直時間は短く、すぐに地面へ降りた。
敵機は動かなかった。機体を限界領域まで使っていたのは、621だけではなかった。ジェネレータが息をつく。
その様子を、621はパイルバンカーを引き絞りながら眺めた。一瞬だけ。
「翔んでやる」
機体のブーストに合わせて振り上げつつ、トリガーを引く。
C-2000の奥行きのあるコアパーツすらも杭は貫いた。炸薬の余燼と一緒になって、敵機が後ろへ滑る。雪の華が舞った。
『レイヴン──私たちはまだ……』
レイヴンが膝を突く。スパークが激しくなり、ジェネレータから爆発を起こした。背部カバーが空高く吹き飛ぶのが見えた。もがれる翼の断末魔。
『……そう。見届けようと言うのね。この翼が……彼らをどこに運ぶのかを』
《……全ての敵ACを撃破。ミッション完了です》
621は帰投を告げ、ガリアから去っていく。その姿を見送ったのは、激闘を前に言葉を失ったMT部隊と、灼けた空だけであった。
《あなたを襲撃した独立傭兵たち……「ブランチ」について調べました》
帰投中、エアは今日戦った相手について調べていたようで、その結果を621に教えてきた。
《どうやら「ブランチ」には固定メンバーはおらず……かわりに、入れ替わりつづけることで独立性と匿名性を保つ特殊な傭兵集団なのです》
そう言うと、エアは思うところがあったのか、一度沈黙した。
《今、彼らは、あなたが「自由意志」の象徴にして、旗印となることを託したのかもしれません》
彼女は続けた。
《遅かれ早かれ、自分にしかできない選択を迫られるときが来るものです》
621はどきりとしたが、エアが言っているのはあくまでも一般論だと思うことにした。
《そのときは、私があなたをサポートできることを願います──レイヴン》
「……そうなることを祈っている、エア」
この日、ルビコン星系で活動する4人組のハクティビスト集団「ブランチ」は壊滅した。ただひとり、オペレータを除いて。
その張本人が、皮肉にも止まり木としていたはずの「レイヴン」というコールサインだったことを知る者は、意外にも少ない。
コーラルを巡る争いは順調に推移し、アイスワームを撃破した621はウォッチポイント・アルファの探査をも終えた。
そこで621は、解放戦線の状況が確実に良くなっていることを知った。彼らから依頼が来たのである。
標的となったのはヴェスパーズの二人。V.Ⅴ ホーキンスとV.Ⅷ ペイターであった。
収入:450,000
基本報酬:450,000
報酬加算:0
支出:45,440
修理費:26,990
弾薬費:18,450
報酬減算:0
収支:404,560