赤黒い夢を、ハンドラー・ウォルターは見ていた。
彼は足を延ばして座っていた。目の前には、見渡す限りの犬、犬、犬。
ただの犬ではない、皆ひどい傷を負っていた。
その内の一匹が話しかけてくる。
「ハンドラー、やった。ミサイル斉射、全弾命中だ」
「お前は……619、なのか?」
ウォルターはおずおずと答えながら、手に違和感を覚えた。いつにも増して感覚がない。
「これ……は」
手首に巻き付いた、無数のリード。その先にあるのは使い潰した命。感覚こそないが、重い。ウォルターは自分の手がピクリともしないのを知った。
話しかけてきた犬が再び言葉を発する。嬉しそうに、赤黒い尻尾を振りながら。
「すごい光ってた。ピカピカって──」
犬が縦に割れる。半分が消し飛び、もう半分が転がる。その断面は炭化していた。
「ハンドラー、ミッション完了だ」
「任務完了」
「やったぜ、ハンドラー」
犬たちが次々と弾けていく。それを見ながら、ウォルターは手のしびれを感じた。手首の締め付けが弱まっている。
彼は何も言わず、ただ全てを受け入れた。これは、全部自分がやったことの結果なのだから。
犬の数が減っていく。残り……4匹。
1匹は首が折れた。何かに蹴られたみたいに。
次の1匹は右の前脚が千切れ、直後に蜂の巣となって倒れ伏した。
別の1匹は……突然上半身が消し飛ぶ。
「目標をキル。617からハンドラーへ。ミッション完了」
噴き出す赤黒い血飛沫が、真紅の奔流となってウォルターを飲み込んだ。彼はそれも受け入れる。
「……命令。命令を、実行する……。友人たちの……使命……。いや、企業の……命令を……」
全てが真紅に塗りつぶされ、何も考えられなくなっていく。
「……ん?」
ふと、ウォルターは右腕が引っ張られているのを感じた。
「……い」
なんだ?
何もかもが薄れていく中、ウォルターは唯一残った腕の感覚と声に意識を向ける。
「……い。……こい、……ラー」
なんだって?
「来い、ハンドラー。おれの首輪、外しちまうからな」
次の瞬間、ウォルターは身体ごと引っ張り上げられ、破綻した倒立振子のごとく顔面を強かに打ち付けた。
そして、紅い外界を知覚した。
『IB-C03、起動しました。操縦装置の意識レベル、Ⅱへ回復』
高度10000mまで上昇したザイレムの中で、621はさらに高空を見上げていた。
《空が綺麗ですね、レイヴン》
「ああ。本当にな」
結局のところ、621は賭けに勝った。エアは前の仕事と同じように621を導いてみせた。無事にカーラと合流し、ザイレムを浮上させることに成功した。
《この先は、もう引き返せません。ですがあなたは、越えるつもりなのでしょう?》
変わるのはここからだ。ザイレムは延伸されたバスキュラープラントを目指し、アーレア海を旋回しながら宇宙空間まで上昇していく。
これを止めるには、当然だがザイレムの管理権限を手に入れる必要があった。今それを握っているのはカーラだ。殺してでも奪い取る必要があった。
今回、621はカーラを最初から排除するつもりでザイレムに乗り込んだ。おそらくカーラについているであろうチャティも含めて。
そこへエアが依頼を出し、621はそれを受けた。
「そうだ。灼けた空を越え羽ばたく──出撃するぞ」
《レイヴン、引き受けてくれるとは思っていましたが……ありがとう》
「どういたしまして──全部終わってから、もう一度言ってほしい」
《そうですね……まだ始まったばかりです》
探査ACがザイレム上層街区へ到着する。しかしそれは、もはや猟犬ではなかった。
『メインシステム、戦闘モード起動』
《……始めましょう、レイヴン。これからも……私があなたをサポートします》
「頼んだ、エア」
前よりもアーキバスの来襲が早い。日はまだ昇りきる前で、路面も水たまりが残っていた。
《カーラはザイレムの左舷ウイングにある貯水ドームで指揮を執っているようです》
エアが敵機の情報を回してくる。貯水ドームまではおよそ6000m前後。街区を抜け、回廊を経由する道のりだ。
《これで企業とオーバーシアーの双方を敵に回すことになります……。どうか、気を付けて》
「承知した」
621は街区を進む。道路にはアーキバスのMTがいて、建物の上からオーバーシアーのMTによる集中砲火を受けていた。
進路上にいたそれらを、621はお構いなしに撃破していく。
友軍タグは既に外してあった。カーラは裏切りに気付いているだろうが、これで決定的になった。
『ルビコンの猿どもが……邪魔なんですよ!』
2000mほど進むと、無線に粘着質な声が入った。
《あれはV.Ⅱ……スネイルです。技研都市であなたを陥れた相手……どう対処するかの判断はお任せします》
「まあ、言うまでもないな」
左右に水が張られた道路で、マッシブな重量二脚ACが暴れていた。621は周囲のMTを排除すると、オープンフェイスに照準を向けた。
「レイヴン、交戦する。──『まずはこっちのゴミを片付けよう』」
同じヴェスパーズの、いけ好かない男の台詞を思い出し、吐いてみると共に、プラズマミサイルを発射。
ちょっとばかりすっきりと……そうでもなかった。
『また貴様か⁉』
プラズマミサイルが命中。オープンフェイスが621の方を向いた。
『尻尾を巻いて逃げたものと思いましたが……まだ歯向かうつもりですか、駄犬が?』
敵機がレーザーランスで突撃してくる。621はこれを回避、背後から蹴りつける。
『どいつもこいつも身の程というものを弁えない。死期は選べるとも知らずに。途方もない頭の悪さだ!』
「なら、あんたが死ぬのは今日だ」
621はバーストライフルをぶち込み続け、スタッガーを取る。
ブレードの連撃を直撃させ、蹴り飛ばし、硬直が解けた後も自らの間合いに敵を捉え続けた。
『あくまで嚙みつくつもりか、駄犬の分際で? はあ……貴方の再教育はもう結構です。何とも無駄な努力でした──またしても間抜けな指示をしやがる「上司ども」め』
「疲れているようだな。楽にしてやる」
『どの口が……旧世代型は最悪だ。頭にあるのは飼い主の獲物を追うことだけ。
「前言撤回。やはり惨たらしく殺すべきかな」
効率ばかり追い求めたせいで、621は惨たらしい殺し方など知らない。かわりに、攻撃の圧を強めてやった。
重量級が相手ゆえにじっくりと削っていたが、その速度が上がる。
《敵AC、損傷拡大しています!》
『私の調整は幾重にも重なり完璧なまでに洗練されている……よくも不潔な牙をむいたものだな⁉』
「あんたの面、綺麗だよ……死ね」
敵機がACS負荷限界。621はブレードを叩き込む。二撃目が当たる直前、レーザーランスを突かれたが、気にせず刃を振り下ろした。
『どこまでも鬱陶しいな、この駄犬め! ここで勝たれようが……勝負に勝つのは私だ!』
手ごたえを感じた621はオープンフェイスに背を向け、早々に前進を再開している。
《V.Ⅱ スネイル、ダウン……脱出したようです》
「脱出ポッドにミサイルでも贈るべきだったか」
《過ぎたものは仕方ありません……続けましょう、レイヴン》
「コピー」
街区を抜けた621は屋内に設けられた通路へ入ろうとするが、その手前、天井に張り付くMTを見つけ、ライフルを発砲した。
《これは⁉ 隔壁が封鎖されました!》
1機を天井で撃破。降ってくる残りも始末していく。
『……やあやあ、ツーリスト。アーキバスにいくら積まれた?』
とても8万と少し、と返せるような雰囲気ではなかった。
そもそもアーキバスから金を積まれたわけではないし、向こうもそんなことは分かっている。
『あんたがいなくなるのは惜しい。そうは言っても、ここに
「……悪いな、もう終わったよ。
621にとって、今度の彼女はチーフではなかった。
MTを優先的に潰した621は、続けて放電装置を破壊。エアが隔壁をハックするのを待つ。APを確認。スネイルとの戦闘で半分近く失っていた。リペアキットを使う。
『リペアキット、残数2』
《隔壁の解錠が終わりました、レイヴン》
「了解。アクセスする」
隔壁を開けると、カーラの無線が聞こえた。
『……流石に小細工が通用する相手じゃないね。チャティ! ACに火、入れるよ!』
それを聞きながら、621は回廊をアサルトブーストで飛ぶ。曲がりくねった1000mはあっという間だった。
また隔壁が待っていた。アクセスはできる。
《カーラは……この先です》
「アクセス完了……入るぞ」
貯水ドームの隔壁が上がると、外周の2階部分に彼女たちはいた。
ACが2機。赤と薄紅色の重量二脚機「フルコース」、黄色と浅葱色、軽量タンク機「サーカス」。
『私のモットーを教えてやろう、ツーリスト』
自慢のハンドミサイルをカチャリとやりながら、カーラは誇らしげに言った。
『「生きてるなら笑え」、だ』
再び腕を戻し、彼女は続けた。
『どういうつもりかは知らないが……あんたの選択、楽しませてもらおうか』
621は何も答えず、アサルトブーストに点火して突撃した。
「敵機視認。レイヴン、交戦」
『チャティ! 相手が誰かは分かってるね。ツーリストを挟み撃ちするよ!』
『了解だ、チーフ。援護する』
予想通り、大量のミサイルが吐き出され、グレネード、そしてバズーカと共に621へ向かってくる。
621は真っ直ぐ飛び、距離280でターゲットアシスト起動。サーカスに狙いを定め、ミサイルの雨を下からえぐるようにホップアップ。蹴り上げる。
《編隊を組まれると危険です!》
サーカスが空中に逃げ出す。621はエネルギーと格闘しつつ、それを下から狙い撃つ。当然、ミサイルは無視だ。発射から滞空、その後の動きを読んで回避するだけ。
円を描くように動きつつ、サーカス相手にスタッガーを取った621は、しかし獲物めがけて真っ直ぐ飛んでしまった。
「いかん」
HMDは3人称視点なのだが、自機が下に消え、爆炎で覆われる。スタッガー。621は衝撃を身体で味わう羽目になった。
ついでにサーカスがハンドバズーカを撃ちおろしてきた。
瞬く間にレッドゾーンへ突入したAPを回復。残りはひとつ。
『……ウォルターがね、言ってたよ。あんたにも友人ができたそうじゃないか』
「……友人じゃない。
『なら尚更、選ぶのはいいことだ。選ばない奴とは敵にもなれない……味方にも』
再び上層へ着地したサーカスへ621は突っ込んでいく。蹴りを入れ、直後に飛んできたミサイルを避けるべくクイックブースト。射線へ釣り出された。
「追い込まれてるな。だが……」
621へ続々とミサイルが突き刺さり、スタッガー。APがゴリゴリと削られる。
「止められると思うなよ」
飛んできたグレネードをかわし、サーカスを狙い続ける。プラズマミサイルが命中、ACS負荷限界へ追いやった。
『チャティ! まだいけるか?』
『俺はまだ笑えてる』
『リペアキット、残数なし』
こっちはそろそろ笑えなくなってきたと思いつつ、621はサーカスと同高度をとる。ようやく捉えた。
621はミサイルの雨が止んだ一瞬の隙を突いて、サーカスを抑え込むことに成功する。
『これは厳しいぞ、チーフ。フフッ……やはり
『……おお、チャティ、あんた笑ってるのかい?』
ACS負荷限界。硬直した機体をライフルで貫かれながら、スティックが笑った。
本当の彼は感情豊かなことを知っている621も、スティックが笑うところを見るのは初めてだった。
『ひとつ借りができたね、ツーリスト。こいつを笑わせたのはあんたが初めてだ』
「……そうかい」
安らかに、の一言は出なかった。下から放ったバーストライフルの一発が、サーカスのジェネレータに致命傷を与える様子を、621は見ていた。
『チーフ……。生きてるなら……フッ……笑え……』
『チャティ!』
カーラが叫ぶ。倒すべき敵の荒い息を、621は無線機の向こうに聞いた。
『覚えときな……ツーリスト』
敵の機動は一切乱れなかった。むしろ重量級に似つかぬ、鋭い動きをフルコースは始めた。
『こういうときこそ……それでも笑うのさ!』
ミサイルを吐き出し、その後に蹴りを入れてくる。硬直の隙にミサイルを着弾させるつもりなのだ。
621はそれには乗らない。ボックスステップを踏むようにミサイルを避け、ライフルとミサイルを撃ち込んでいく。
『……流石私らのツーリストだ。まだ余裕があるといいんだが。フルコース料理を持ってきたよ』
まき散らされる食前酒にスープ。前菜、主菜、その後のサラダ。最後にデザート。どれも621が食べたことのないものばかりだ。味覚は人間だったころに置いてきてしまった。
「味わうとしようか、カーラ。……火薬の味がする」
621は彼女に倣い、冗談を鉛玉に込めて放った。
『そんなもんかい⁉ 来な!』
追い詰められたカーラは自らを鼓舞して、叫ぶ。
『甘いもんが好きならデザートまで付き合うんだ、ツーリスト!』
「……美味かったよ、カーラ」
ミサイルの雨をかわし、パルスブレードを振り下ろす。パルスのナイフがフルコースを切り裂いた。ハンドミサイルを落とし、前のめりになって倒れる。
『また勝たれたね……ツーリスト……』
オレンジの花が舞った。
『だがそうはいっても……私らの負けじゃない……』
その言葉と共に、貯水ドームにサイレンが響き渡った。赤色灯が回転する。
《これは⁉ ザイレムの制御センターがロックされて……!》
『この船はもう……止まらない……』
──負け続けの私だが、今度は私の勝ちだ。
「……してやられた、エア」
『最後の仕事だよ……チャティ……』
フルコースのカメラアイが、消える。続いて広域放送が流れた。
『オーナー、「
「……チャティ? いや、録音だ」
カーラたちは抜かりなかった。この展開も予想していたのだろうと、621は推測する。
『ザイレム推進ベクトル固定』
サイレンの音と共に、既にこの世を去ったスティックの声だけが響いていた。
『全システムロックアウト』
アーレア海上空を、ザイレムが飛ぶ。一直線に。バスキュラープラントへ向かって。
その舵を動かせるものは、もはや存在しなかった。
収入:161,000
基本報酬:81,000
報酬加算:80,000
詳細
「V.Ⅱ スネイル」の撃破:80,000
支出:81,532
修理費:38,932
弾薬費:42,600
報酬減算:0
収支:79,468