どうぞ完結までお付き合いください。
ガリアの征服者
移設型砲台破壊、グリッド135掃討、輸送ヘリ破壊、テスターAC撃破……。
寄せられた依頼を、621は馴染みの探査ACを駆って手早く済ませていった。淡々とした仕事ぶりは、しかし飼い主を心配させたようであった。
「順応も兼ねて気分転換でもどうだ、621」
その言葉と共に621へ渡されたのは、紙の本。
「どうやって使うんだ、ハンドラー?」
「紙の本は初めてか……開くだろう、そこに文字が書いてある。電子媒体と変わらない。ページをめくるだけだ」
まずはタイトルを読んでみろと言うウォルターに、621も従った。ハードカバーの表紙に記された、書物の題へ目を向ける。
「『ガリア戦記』……多重ダムの?」
「ガリアというのは、地球の古い地名でな。ルビコンの地名は、この時代からとったものも多い」
へえ……と思いつつ、621は『ガリア戦記』を読み始めた。強化人間に読書の習慣などあるわけがないのだが、なかなかどうして、引き込まれる。
魑魅魍魎の部族たちと、対するローマ人。大昔の人間たちの戦い。地球だろうとルビコンだろうと闘争を続けてきた人類について、詳細に記されたごく初期の記録。
緻密に描写された戦闘の経過は、621にも十分理解できるものであった。しかし何よりこの男だ。ガイウス・ユリウス・カエサル。
621がもっとも興味を抱いたのは、このローマ軍を率いた軍人であり、政治家であり、そして『ガリア戦記』を記した文章家でもある男だった。
三人称で客観的に記された文体の中で、彼は自らの考えに忠実に生きていた。
自由だ、と621は思った。これが……自由意志か。
「純粋な……おれ自身の意志に基づく……選択」
621はつぶやいてみる。おれは──なにがしたいんだ?
出てきたのは、漠然とした答えだけだった。
闘いたい、と。
ガリア。地球ではいにしえの地名として知られているが、ルビコンにおけるそれはベリウス南部に位置する山地の名前だった。
そこに建設された多重ダムの襲撃へと、621は赴いていた。レッドガンズと共に。
この任務も既に3度目だ。変電施設と、付随するMT部隊を掃除するだけの遠足である。イグアスではないが、慣らしであるのは間違いなかった。
早速2基破壊したところで、解放戦線から暗号通信が入る。
『レイヴン、こちらルビコン解放戦線指導部だ。我々の依頼は単純、レッドガンズ2名を排除してほしい』
これも前と同じだ。報酬はベイラム提示の2倍。
『返答を待っている』
『……どうする。決めてみろ、621』
こちらに選択の権利をウォルターは与えるのだ。興味深そうに。
621は深く考えないで答えた。毎朝パンを食べる人が、今日はシリアルにしよう、とでも言うように。
「受ける。──こちらレイヴン。そちらの依頼を受諾する」
『協力に感謝する、レイヴン』
HMDに表示された青い「友軍」の表示が、赤い「目標」の表示に変わる。
『621、解放戦線から友軍識別タグが交付された。連中の火力を無駄にするなよ』
「了解。交戦する」
正規隊員を先行させていた621は、狭い谷を進むイグアスではなく、ダムの側から進むヴォルタ──キャノンヘッドを追った。
堤体のそばでMTと交戦しているタンクACの背後にバーストライフルとプラズマミサイルを送り込む。
『ぐぁ! やんのか、てめえ?』
攻撃を受けた敵機はMTの撃破を優先したのか、再び堤体へ向かった。
『やってくれたな、野良犬。レッドガンズに喧嘩を売るとはいい度胸だ!』
イグアス──ヘッドブリンガーとは400mほど距離がある。ヘッドブリンガーはそこまで火力のある機体ではないから、621は脅威となる方を先に潰すことにしたのだ。
「お遊戯会といこうか。遠足だからな」
621はレッドガンズを煽っていく。どこか醒めた気持ちで。
『そいつは反則だぞ、ハンドラー・ウォルター』
それにミシガンが低い声でつぶやき、号令をかける。
『G4、G5! 応射だ! 今のG13の行為はダーティーだった』
621は狭いところへ入り込んだキャノンヘッドに猛攻をかけ、スタッガーを取った。
ブレードを当て、アサルトアーマー。直前にリペアキットで回復されたAPを再び削る。
『この傭兵タダモンじゃねえ』
ヴォルタは間をおかずにリペアキットを使う羽目になった。
『ミシガンの野郎はどこでこんなん拾ってきやがった⁉』
アリーナの方が強かった、と621は感じる。ここは凍ったダムで、狭いものの平坦だった。蹴りがよく当たる。
相手はショットガンにグレネード2種、そして分裂ミサイルという構成だから、回避してしまえば攻撃の密度はこちらが上だった。グレネードを撃つ前に蹴ってしまえば、攻撃もできない。
1度スタッガーすれば捻り潰されるような探査ACが、重装甲大火力のタンクを圧倒した。621はヴォルタに何もさせなかった。数発のショットガンとミサイルを被弾したものの、キャノンヘッドは蹴られ、切りつけられ、ライフルとプラズマの雨に焼かれた。
『うがっ! 機体がいかれやがった。離脱するしかねえぞ』
『ヴォルタ! いかれたのは貴様の性能もだろう。おまけ相手に酔っ払うとは景気がいいな!』
吹き飛んでいくキャノンヘッドから視線を外し、621は変電施設の方へ向かう。ヘッドブリンガーはそちらにいた。
『気をつけな、野良犬! 俺はヴォルタみたいには落ちないぜ』
「エンゲージ」
『ミシガンの顔面に一発ぶち込んでやるんだ、引っ込んでられるかよ!』
ヘッドブリンガーは「メランダー」一式で構成されたトレーナーACのフレームをカスタム仕様に変更し、ジェネレータをBAWSから大豊製に換装、武装にパルスシールドを追加した機体だ。
戦い方も機体と同じく堅実だった。シールドを展開しながらリニアガンとミサイルを撃ってくる。両腕と右肩、ついでに蹴りを交える621との削り合いに押し負けるのも必然であった。
スタッガーを取った621はブレードとアサルトアーマーで追撃。結果として、イグアスもリペアキットを連続して使うことになった。
残りのリペアキットはない。イグアスは前半戦で砲台の集中砲火を浴びていた。
『これ以上クソ喰わされてたまるか! こっちはミシガンから毎日たらふく喰わされてんだよ!』
その結果が
「……やり直しだ、G5」
おれも、あんたも。
やはりこいつ、あと一歩足りない。621は小さな被弾が重なり、オレンジ色になった自分のACS負荷ゲージを視界の端に見ながら、硬直したヘッドブリンガーにパルスブレードを振り下ろした。ジェネレータを外すように、コアと脚部のアクチュエータを狙って。
『ちくしょう! まずいところに当たった……調子に乗った野良犬が!』
ヘッドブリンガーのコアから火花が散って、脱出ポッドが飛び出した。
『イグアス! G13はいくつ下だ? 貴様、数えられるな?』
無線機の向こうでミシガンが怒鳴る。脱出の衝撃で意識を飛ばしても、いい気付けになるだろう。
『考えてる場合じゃない──いつまでその番号をしゃぶっているつもりだ⁉』
ミシガンが烈火の如く言葉を飛ばすなか、ウォルターは冷静だった。
『確認した。G4およびG5を排除。──機体の修理費は俺に回しておけ、ミシガン』
『折角の遠足が台無しだぞ、ウォルター……。授業料の分も差し引いておくからな』
大人たちの通常営業を耳に、621はガリアから離脱していった。
『---・ ・・- --・-・ ・-・-・』
直後、ガリアで発せられた暗号通信を耳にしたものはいなかった。
聞こえたとしても、特徴的な円形のコアまでは見えなかったであろう。
光学センサに対する欺瞞能力を有するその機体を、スキャンなしで捕捉することは不可能に近いのだから。
『……ケッ。調子に乗るなよ、野良犬』
帰投した621は、ガレージでイグアスからのメッセージを聞いていた。ガリアでの任務が終わると、彼はこうして、メッセージを送ってくるのだ。
『けっこうな一発だったみてえだが、へえ。宝くじでも買ってろよ』
いつも恨み言が詰まっているが、今回は文面が若干異なった。
『俺たちレッドガンズは「壁越え」を果たす。せいぜい指をくわえて見ていろ』
レッドガン部隊とのお遊戯はつつがなく終わった。しかし、621は目標を見失ったままである。
そうはいっても、依頼は届いていた。相反する内容で、2件。
武装採掘艦ストライダーを破壊、ないしは護衛せよというものだった。
文書データ:独立傭兵の任務報酬
遺棄された瓦礫に残っていたデータ。独立傭兵の金に関する記録と思われる。
依頼名:多重ダム襲撃
収入:570,000
基本報酬:190,000
報酬加算:380,000
詳細
解放戦線の要請受諾:380,000
支出:224,128
修理費:14,928
弾薬費:19,200
報酬減算:190,000
詳細
ベイラムの作戦放棄:190,000
収支:345,872
行動評価:S