『仕事だ、621。独立傭兵、コールサイン「ケイト」からの依頼になる』
「ええと、ケイト? だれだ?」
ブリーフィングを確認しようとした621は、思わずウォルターに言葉を返す。
この時期にこのような依頼が来るのは初めてだ、依頼主も含めて。
『全くの不明だが、依頼としては悪くないと判断した。ブリーフィングを確認してくれ』
「了解」
621は改めてブリーフィングを開く。
『ごきげんよう、レイヴン。私の名はケイト・マークソン。貴方に折り入って頼みたいことがあります』
聞き覚えのある──オールマインド製変声器、あるいは声帯デバイスから発せられる、淡々とした女性の声音が流れてきた。
しかし、口調も特徴的な早口だった。真似しているだけかもしれないが。
『内容はBAWS第2工廠に派遣される封鎖機構強制監査部隊の排除』
621は不穏なものを感じる。ここは井戸を隠しており、ザイレムの抗原機体が襲ってくる不可解極まりない場所だ。あまり近づきたくない。
『サブジェクトガードのみならず、封鎖機構はLC部隊も投入してBAWSに対する圧力を強めています。しかしBAWSはあくまでも、独立傭兵の突発的襲撃として監査を妨害する構えです』
幸いにも、工廠は今のところ健在で、連絡も取れているらしい。
ウォルターとしては、直後にウォッチポイントで封鎖機構と一戦交える以上、ここで喧嘩を売っても変わらないと判断したのだろう。621もそれには同意するところだった。
『貴方は工廠内部に待機し、前衛部隊を伏撃してください。私は外部の後衛部隊を攪乱させ、然る後に合流します。ブリーフィングは以上です。よろしくお願いします』
ブリーフィングを見終え、添付されていたケイトの機体構成を眺めながら、621は言葉を発した。
「おれが言うのもなんだが……妙な機体だ」
ケイトのAC「トランスクライバー」は、オールマインドの要請で621が加わった「インテグレーション・プログラム」による成果のひとつ、「マインドβ」そのものだった。
フレームも武装も、そして青磁色の塗装も。全くの同一機だ。
紛らわしいが、フレームは「マインドα」一式。重量寄りの中量二脚機である。部分部分ならまだしも、全身に使う傭兵は珍しい。もっとも、探査ACで暴れ回る621も大概ではあった。
内装はファーロンの巡航向けブースタに中距離用FCS、アーキバスの中量ジェネレータ。オールマインドのプリセットをそのまま組んだものになる。
武装は右腕がオールマインドのフラッグシップマルチENライフル、その名も
弾数が乏しいため継戦能力には期待しづらいが、KRSVはログハント報酬の目玉だ。そこまでたどり着いたケイトの腕次第で621の仕事量が決まる。
『強制監査に他の傭兵からの仕事、妙に入り組んだ話だ。何が起きようと、対処しろ。いつもどおりにな』
「ああ」
抗原機体のこともある。そう考えて深夜のBAWS第2工廠に乗り込んだ621は肩すかしをくらった。
抗原機体はいなかったのである。BAWSも消耗を避けるために全ての歩哨を退避させており、第2工廠は文字通りもぬけの殻となっていた。
最奥の隔壁手前に1機だけ故障機が放置されており、621はその機体に残っていたログを読んで作戦開始時刻を待った。ドルマヤンの随想録、その5番目の記録を読んで。
『彼女は私の意志を尊重するという。ここを渡れば人間世界の悲惨、渡らなければ……。賽を投げる覚悟が、私にはできずにいる』
渡らなければ、の続きを、今の621は
「『渡らなければ、我が破滅』。それから……」
『進もう。神々の待つところへ、我々を侮辱した敵の待つところへ。賽は投げられた!』
元は政敵によって失脚の危機に陥ったカエサルが、子飼いの兵士たちに向けて放った言葉である。彼は国法を犯し、軍勢を率いて川を渡ったのだ。
その川の名は「ルビコン」。小さな川だ。
要害としての機能は限定的だが、属州と本国──軍勢の立ち入りを禁じられていた──の境界を担う、ベリウスにおける「壁」のような立ち位置の川であった。
カエサルは自らが信じるもの──ローマ国体の改造と、ローマ世界の新秩序樹立のために人生を捧げてきた。おまけに政敵の出した非常事態宣言は彼と兵士たちを反逆者と見なすもので、既に名誉は汚されていた。
内戦が終われば、カエサルは名誉を回復し、兵士たちは自由を回復する。だからこそ、カエサルは賽を投げたのだ。
では──621は思う、ドルマヤンはどうだったのか? 彼は何があって、この言葉を持ち出すに至ったのだろうか。
『こちらケイト・マークソン。所定の座標に到達しました』
この疑問を考察する時間は、621に与えられなかった。
『メインシステム、戦闘モード起動』
『ミッション開始だ。封鎖機構の強制監査部隊を排除する』
作戦開始時刻を迎え、621は仕事に頭を切り替える。
『ご協力に感謝します、レイヴン。後ほど合流しましょう』
「コピー。レイヴン、交戦」
隔壁が開くと、SGが運用している歩哨MTの背中が見えた。621はその背中にバーストライフルをぶち込んで解体する。
『なっ──
アサルトブースト点火。左手に見えたMTに接近しつつ発砲。撃破を確認しながら右旋回し、ドローンにプラズマミサイルを発射する。
『どこから出てきた⁉ 排──』
正面に見えたMTを撃破。180度反転して別のドローンを撃墜し、物陰から飛んでくるビームに気付く。
『レーザーガンに注意しろ』
1発被弾したが、即座に潰す。すかさず621はその奥にいたLCとの交戦に移った。
障害物の多い区画が621に味方した。たやすく懐に入られて集中攻撃を受けたLCは、ろくな攻撃もできないまま撃破された。
『クリア。先に進め、621』
「ウィルコ」
かつて抗原機体を相手に進んだ道のりを、621は逆走していく。
『
次の区画にいたMT2機を一掃し、LC2機との戦闘へ移行。
『援護する。AC相手に後れをとるなよ』
『レイヴン、LCを過小評価しませんように。量産型とは言え、あの制圧艦隊にも──』
「1機殺った。次の目標へ移る」
『……まあ』
『あと1機。それにしても、「監査」にしては戦力が過剰だ』
621にとってLCは既に見慣れた相手。見かければ最優先で狙う対象というぐらいの脅威度であった。
『押されている!』
あっという間にスタッガーを取り、ブレードで真っ二つにする。盾持ちや高機動型ならまだしも、通常型は敵ではない。
『この辺りも片付いたようだな』
『……壁越えの傭兵に頼って正解でした。引き続きよろしくお願いします』
「コピー」
621は連絡道路が空中を横切る区画まで到達した。
『この「ケイト」とやら……アリーナにも登録がない。後衛を伏撃する計画が狂ったときを考えろ』
空中からクラスターミサイルを撃ってくるドローンを墜としながら、621はウォルターの懸念に応じる。
「継戦能力には余裕を持たせた。あとは何が来るかだが……」
『
『こちらも攻撃下にある! 目下交せ──』
『……手筈通りか。ケイトが動き出したようだな』
「ふむ……。こちらレイヴン。前衛部隊を殲滅した」
高架から狙撃を試みるLCも掃除され、工廠に再び静寂が戻る。ケイトのことは杞憂に終わりそうだった。
『……少々お待ちください、レイヴン。現在後衛部隊に対処中です』
「コピー。終わったら言ってくれ」
『承知しました』
621が隔壁を飛び出してから100秒ほど経過していた。ケイトの機体は掃討任務に不向きだったから、621は待つしかなかった。
幸い、見えない敵を警戒する時間は40秒ほどで終わりを告げた。
『レイヴン、掃討が終わりましたが、ひとつ報告が』
例の早口で無線が入る。
『封鎖機構に想定外の動きがあります。ひとまず合流しましょう』
『……聞いたとおりだ。マーカー情報を更新する』
「レイヴン了解。合流地点へ向かう」
アサルトブーストで飛ぶ。合流地点は正面搬入口を飛び越え、壁の方へ伸びていく海上道路の上にあった。
『……来たぞ。友軍機だ。方位160』
HMDに友軍の表示が出現。接近してくる。
『……貴方が、「壁越え」のレイヴン』
甲虫のような見た目の頭部と、剝き出しになったアクチュエータが特徴的な腕部。しかし重さを感じさせない、全体的にはスリムな機体が621の前に着地する。
背部カバーが閉じ、縦置きのブースタからガスが吐き出された。
『ここで親睦を深めたいのは山々ですが……』
『621、新たな敵影。速いぞ』
方位320から新手。2機。
『その時間はないようです』
『
『監査部隊は全滅か。傭兵ども、やってくれたな』
闇夜の中で2点、青白いブースタの光が見えた。
「
それだけではない。大きな黒い影を621は見つける。
『システムより承認が降りた。これより強制排除を執行する』
『3機……封鎖機構特務部隊だと⁉ 馬鹿な……⁉』
猛スピードで突っ込んでくる2機は「エクドロモイ」、遅れて飛んできた大物は「カタフラクト」。隙のない理想的な編成の特務部隊が、621の前に立ちふさがった。
『……近く制圧艦隊がルビコンに来ます。これはその先遣隊に過ぎない』
『……621』
ウォルターが声をかたくした。覚悟を決めたような声。
『いずれにせよ逃げられる相手ではない。掃討しろ』
「ウィルコ。交戦する。──ケイト、おれはカタフラクトをやる。エクドロモイの相手をしてくれ」
『……了解しました。やってみます』
「頼んだぞ」
621はカタフラクトに苦手意識がある。しかし一番の脅威はこの重装甲機体だった。放置するとまずい。
こちらの武装はバーストライフルにプラズマミサイル、そしてパルスブレード。相性がいいとは思えなかったが、621は吶喊した。
『片方は素性が割れました、サー。独立傭兵です、コールサイン、レイヴン』
『レイヴン? レイヴンなら死んだはずだ。もう片方については?』
『情報がありません、サー。未登録かもしれません』
封鎖機構はこの時点で動き出していたのか、ケイトは本当に何者なのか、そんな疑問を殺意に変換する。
最初だけケイトと共にスタッガーを取り、ブレードとアサルトアーマーで追撃。直前にエクドロモイからプラズマライフルの直撃をもらい、APが飛んでいった。
『リペアキット、残数2』
621は気にせず攻撃を続行。蹴りと銃撃で早めに次のスタッガーを取り、もう一度集中攻撃をかけた。
『ぐっ……システムに従って処理するまでだ』
『……強制監査に続いて特務部隊まで投入されるとは……この工廠で何があった?』
『……素晴らしい実力です、レイヴン。貴方を選んで正解でした』
ウォルターのこぼした疑念に続いて飛んできた無線に、621は嫌悪感を覚えた。まったくの突然に。
どうして嫌悪感を覚えたのかは分からなかった。データリンクによるとケイトはエクドロモイの片方を半分削っていたし、カタフラクトも順調に──
スタッガー。621は空中でENを切らした。そこにレーザーキャノンの拡散砲撃が飛んできたのだ。直後にミサイルの雨とプラズマキャノンが621を襲う。
焦りを自覚しないまま621はカタフラクトを追い、岸壁から着水したところをカタフラクトに轢かれた。
『リペアキット、残数1』
「……仕切り直しだ」
所詮ピンチ。しかしこの傭兵は追い込まれたときが最も強かった。カタフラクトはすぐにACS負荷限界を迎えた。
『……
『効いているぞ、621。そのまま押し切るんだ』
ブレードを振るい、プラズマミサイルを発射。更に蹴りつける。
それを見ていたのか、ケイトがつぶやいた。
『……大きすぎる』
621は手ごたえを感じる。カタフラクトのコアから炎が噴き出した。
『止……められん……システムに照会……送信……』
すかさず621は、すぐ脇にいたエクドロモイに照準を向け、攻撃を開始。岸壁に追い込んでスタッガーを取り。ブレードを振るう。
『おのれ──』
このタイミングでエクドロモイのもう片方が撃破される。ケイトは見事単独でやってのけた。
同時に621もアサルトアーマーを発動。至近距離でのパルス爆発が、エクドロモイを容赦なく打ちのめす。
『有り得ん……まさか……本当にレイヴンが!』
背中の大部分を占めるブースタが膨れ上がり、青白いエネルギーを噴き上げながら破裂。敵機は波間に倒れ伏した。
『確認した──全ての特務機体を撃破。……仕事は終わりだ、621』
621の隣にケイトが飛んできた。
『素晴らしい仕事ぶりでした、レイヴン。色々と勉強させてもらいましたよ』
そう言い残し、ケイトは戦域を離脱しようとして。
「ケイト、カメラと高度計に問題でも? 陸はあと31m上だ」
岸壁に行く手を阻まれていた。
『……色々と調べる必要があるな。621、戻って休め』
「……ああ。──了解、帰投する」
あの後ケイトも無事に離脱できたようで、621へメッセージを送ってきた。
『レイヴン、ミッションへの協力に感謝します。また会いましょう』
短く、それでいて早口なメッセージ。しかし、送ってきただけ律儀な傭兵だと621は判断していた。
そして、飼い主の方はケイトを真剣に調査していた。
『……それで新入りの様子は?』
「比較的安定している、と思う。だが怪しい相手に絡まれた」
『調べものをお望みのようだね』
「ああ。独立傭兵。通称『ケイト』だ」
今回の仕事はこれまでとは違う。
次の任務でウォッチポイント・デルタに赴いた621は、またしてもそれを実感することになった。
収入:555,000
基本報酬:550,000
報酬加算:0
支出:41,628
修理費:24,928
弾薬費:16,700
報酬減算:0
収支:508,372