独立傭兵という界隈において、稼ぎ方は多種多様に存在した。
花形と言われるMTやガードメカ相手の掃討戦はもちろん、ジャンカーの真似事──弱小傭兵の稼ぎ頭だ──に、警備や斥候、エトセトラ、エトセトラ。
それからもうひとつ──殺し屋。
兵器としての特性上、AC乗りの年齢層はどうしても若くなる。
だが、殺し屋だけは違った。若い殺し屋は短命に終わる。返り血を浴びた期間が長いほど、信用に繋がった。
そしてここにも、息の長い殺し屋がひとり。登録番号Rb09、コールサイン、スッラ。
その日、スッラはいつものように依頼を確認して、顔をしかめた。こいつ、またおかしな仕事を持って来やがった。
依頼名は『変異波形交信』。依頼主はオールマインド。傭兵支援システムとしての付き合いは長いが、最近は
スッラは鬱陶しさを覚えながらも、「緊急」と銘打たれたブリーフィングを確認した。
『強化人間C1-249──スッラ。我々はついに
御託を聞き流し、スッラは話が本題に入るのを待つ。
『内容はウォッチポイント・デルタ最奥に存在が確認された、Cパルス変異波形との交信。しかしその前に、排除しなければならない障害があります』
この仕事に興味を持てなかったスッラだったが、次の情報でそれは裏切られた。
『第1に、別の理由から当該施設を襲撃する独立傭兵、レイヴンの排除。必要であれば、その雇用主、ハンドラー・ウォルターも排除してください』
スッラは思わず唇を嚙みしめる。諦めの悪い男め、また1匹死ぬぞ。
『きみは……スッラ。249じゃなくて、スッラ。少なくともぼくは……そう呼ぶよ』
一体何匹が、奴の毒牙にかかったことか。名前をつける趣味はやめたらしいが、根は変わっていない。
『第2に、特務無人機体……パルスガンが有効……なお僚機として……』
スッラはもはや、ブリーフィングを聞いていなかった。頭にあるのは
コーラルによって母を失い、狂った父も炎の中に消え、ただ遺された罪を背負う哀れな男のことだけだった。
いい加減やめさせなければならない。こんな仕事は向いていないと、あの男に知らしめなければならない。
その目論見が成功する確率は低かったが、スッラにできることはウォルターに巻き付いたリードの先を刈り取ることだけだった。
今度もまた、死んでいった猟犬のリストが1行増えるだけ。そう思いながら、スッラはウォッチポイント・デルタに向け移動を始めた。
『メインシステム、戦闘モード起動』
深夜。雨の降りしきるウォッチポイント・デルタに、スッラの駆るAC「エンタングル」の姿はあった。オールマインドの指示に従って、制御センターの屋上を横切る。
猟犬が、いた。第2区画から伸びる連絡橋の上。
「ウォッチポイントを襲撃だって……?
スッラはオープン回線で話しかける。猟犬──正確にはその向こうにいる、飼い主に向かって。
「また犬を飼ったようだが、何匹殺せば気が済むんだ」
『敵機視認。交戦する』
「ハウンズ」ではお馴染みの探査ACがアサルトブーストで突撃してくる。それを見たスッラは
『貴様……621、待て! 後ろだ!』
オールマインドのお節介で、ステルスMTが4機、事前に待機していた。猟犬に集中砲火を浴びせる方針だったが、長くは持たないだろう。
「ハンドラー・ウォルター……次はお前の番だ。だがまずは、犬からだ」
挨拶がわりにバーストライフルとプラズマミサイルを放ったあと、犬はスッラに目もくれずに反転した。
『C1-249……独立傭兵「スッラ」。第1世代強化人間の生き残りだ』
スッラも探査ACを追う。事前情報は正しいようで、この猟犬はワンランク上のジェネレータを搭載していた。即座にMTが1機消える。
『周りの機体も奴の制御らしい。躊躇するな、621。殺られる前に殺れ』
『了解』
同じ側のもう1機を狙う猟犬に、パルスガンとプラズマミサイルで横やりを入れる。焼け石に水だった。
対岸の機に狙いを定めた背中にデトネーティングバズーカを当てたが、それでも振り向かない。
「最後に殺ったのは618だったか?」
あと一息でスタッガーだろうに。
スッラは心の底からせり上がる異物感と共に、口を開いた。
「あれも良かったが、今度のはそれ以上だ」
目標達成を至上とする行動は、ウォルターの猟犬ではよくあることだ。統制の取れた、恐るべき群れだ。
『誰の垂れ込みだ、スッラ?』
「あまり手を煩わせるな、ウォルター……。お前もその犬もお呼びじゃない」
だがこの猟犬は、それにしたってどこかがおかしい。618だって、火の粉を払おうとはしたのだ。死んだが。
スッラの攻撃を、まるでなかったかのように振る舞う猟犬に蹴とばされ、最後のステルスMTが爆ぜる。
『……不明機の反応はもうない。621、次はスッラを討て』
『ウィルコ』
ステルス機とスッラで削ったAPはたったの半分。それがリペアキットで回復される。
ここからは1対1だが、遅れをとるつもりなどない。
スッラは上方からパルスガンで圧をかける。下から放たれたプラズマミサイルを、相手の背後方向に回避した瞬間、立て続けに攻撃を喰らった。
移動先にバーストライフルが飛んできた。スッラもプラズマミサイルで迎撃しようとしたが、猟犬はアサルトブーストでかいくぐった。蹴られる。
のけぞったスッラは後方にクイックブーストしたが、猟犬は更に距離を詰めた。再びライフルが撃ち込まれ、着地の瞬間にアサルトアーマーを発動された。
「この感じは第4世代か。上手く育てれば優れた猟犬になる……」
嘘だ。傍から見れば猟犬と見分けがつかない機動かもしれない。だがこいつは──
スッラはぞっとするような感覚を覚えた。そうだ。こいつは
「だがお前……危険な臭いがする。消しておくのが上策だ」
こいつをウォルターの下に置いておくのはまずい。人の言葉を解さぬ獣だ。確実に殺さねば。
『妄言に付き合うな、621』
『コピー』
パルスガンとプラズマミサイルでは押し負けた。バズーカは当たらず、搦め手のデトネーティングミサイルもかわされる。
機体操作ではどうか。スッラは生きてきた中で最高の機動を行い、猟犬を振り払おうとした。駄目だった。
『ルキウス・コルネリウス・スッラ……か』
「教育熱心なのも……相変わらずだな、ウォルター……」
ライフル弾が纏わりつき、プラズマに絡み取られる。そこに蹴りが飛んできて、スッラはACS負荷限界。
パルスブレードの光が見えた。どうやら死ぬな、これは。しかし……スッラとは。
この猟犬も、飼い主にローマ史を吹き込まれたらしい。どうせ『ガリア戦記』から入ったんだろう。あいつは年齢に似合わんものを読んでいた。
ならば、カエサルは当然知っているはずだ。ひょっとしたらルビコンのことまで調べたかもしれない。
そうだとすれば。
「ハンドラー・ウォルター……」
二撃目がエンタングルを切り裂いた。スッラは自身の右半分がえぐれ、口に溜まった鉄臭いものを吐き出しながらも、懸命に言葉を発する。
「その猟犬は諦めろ……」
衝撃で頭が揺れる。血が抜けて視界は真っ暗だった。
奴は言った通りにするだろうか。そうでなければ困る。あいつは飼い主だろうが喰うぞ、やめておけ──
直後、エンタングルのジェネレータが限界を迎えた。
擦り切れたローマの修復を試み、幸せに死んだ男の名をもらった老犬は、青白い炎にまみれて一生を終えた。