メインシステム、戦闘モード起動   作:留式

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消えゆく余燼

 海越えを果たして以降、621の仕事はさほど変化を見せなかった。

 大豊による観測データ奪取任務の最中、封鎖機構の制圧艦隊が襲来。その後は燃料基地や駐機中の新型機体を襲撃する依頼が舞い込んだ。

 

 ベリウスに舞い戻ってスウィンバーンを暗殺し、再び中央氷原にとんぼ返り。そして今、621は霧に包まれたザイレムに赴いていた。

 

 自爆ドローンに空飛ぶ円盤、抗原機体の奇襲をかいくぐり、エアとのんびり歩く。そうしてECMフォグを全て解除するところまでは良かった。

 

《これでウォルターとの通信も可能に……》

 

 アクセスが完了。621はウォルターに通信を繋ごうとして、異変に気付く。

 

「おかしい。繋がらない」

 

『……ECM欺……システムオフライン。暗号……線に切り替え』

 

 かわりに別の音声が聞こえた。ある意味ではお馴染みの声が。

 

『登録番号Rb23、コールサイン、レイヴン。作戦中失礼します』

 

 オールマインドの音声。それと同時にロータの音がした。いつも飛んでくる大型武装ヘリ。

 しかしレーダーによると、もう1機いる。621は狙撃型LCを疑ったが、単独であることが気になった。

 

『貴方は追跡されています。まもなく接触──』

 

 ヘリの奥から影が飛び出す。角張ったシルエット、二脚。エアが息をのむ音がした。

 

《敵性反応接近、ACです!》

 

 BAWS「バショー」フレームで構成された機体が、紅いアサルトアーマーを発動。

 それにヘリが飲み込まれ、爆ぜる。炎の中から実弾ミサイルが飛んできた。

 

「攻撃を受けた。エンゲージ」

 

 621もバーストライフルとプラズマミサイルで応射。

 

『灰かぶりて、我らあり……。ここがお前の墓場だ、ルビコンの脅威よ』

 

 コーラル駆動の旧型AC。621の知識にあるのは1機だけ。

 

「あの残骸……偶然ではなかったか。そんなに動けるとは思わなかった」

 

 ドームの上にも同型機の残骸があった。解放戦線はザイレムのことを最初から知っていたのかもしれない。特にトップともなれば。

 

「帥父──サム(親指の)・ドルマヤン」

 

『コールサイン、レイヴン。強化人間C4-621。敵性ACの撃破をお願いします』

 

「了解した」

 

 言われるまでもない。撃たれたら撃ち返すのは礼儀だ。

 

《オールマインドから……支援システムから直接の依頼……⁉》

 

「誰からであろうと、こなすまで──報酬上乗せだ」

 

 灼けた色のAC「アストヒク」にバーストライフルを撃ち込みながら、621は言葉を発する。疑念を覆い被すように。

 

《ふむ……アストヒクのパルスブレードは危険です。ご注意を》

 

「コピー」

 

「バショー」フレームの腕部パーツは、その堅牢な構造でもって近接武器の破壊力を余念なく相手に及ぼす。スタッガーしたところに連撃を浴びようものなら、探査ACではまず耐えられない。

 

 だからこそ、621はあえて積極的に距離を詰めた。ブレードを振る動作を見切り、直前に蹴りを入れる。いくらダメージが大きかろうと、振れなければ当たらない。

 

『分かるとも、脅威よ。お前にも視えるのだろう……あの声が』

 

 戦況は621が押していた。しかしドルマヤンは口を開いた。

 

『かつて私がそうだったように』

 

《……記録によるとドルマヤンはドーザー(ヤク中)として青年期を過ごしました。おそらく私たちの交信に類する変性意識体験があったのでしょう》

 

 敵機が4連装ミサイルとナパーム弾で壁を作り、離脱。

 

『リペアキット、残数2』

 

 621は短くアサルトブースト。離された距離を詰めようとしたところに、パルスブレードを構えたアストヒクが待ち構えていた。

 

『我々の警句には続きがあるのだ、脅威よ』

 

 敵機の動きは621の読み通り。合わせるだけで良かった。アサルトブースト解除。続けて後方にクイックブースト。

 

『「コーラルよ、ルビコンと共にあれ。コーラルよ、ルビコンの内にあれ」』

 

 目の前をパルスの光が掠めていく。

 

『「その賽は投げるべからず」』

 

 ブレードを回避した621はすかさずアストヒクを蹴った。敵機ACS負荷限界。今度はこちらがブレードを振る番だ。

 

『……コーラルを解き放ってはならん』

 

 右肩から斜めに振り下ろし、続いて左肩から同様に斬る。

 

『越えた先に待つのは人間世界の悲惨だ……け……』

 

 パルスブレードによる連撃で、アストヒクは力尽きた。

 

『セリア……許してくれ……。この臆病な老いぼれを、許してくれ……』

 

「……セリア?」

 

 球状の爆発。コーラル特有の急反応。脱出は確認されなかった。

 

『コールサイン、レイヴン。……どうやら、まだ増援があるようです。撃破してください』

 

 621はHMD下部のレーダーを見る。確かに反応がひとつあった。速度はまずまず。

 

《機体情報を。……アリーナランクD、AC「キャンドルリング」。搭乗者、リング(薬指の)・フレディです》

 

「……記憶にない。どんな機だったか」

 

《軽量のタンクACです。両肩の小型連装グレネードには注意が必要です》

 

「……ふむ? ──視認した。交戦」

 

『帥父……⁉』

 

 こちらへ向かってくる軽量タンク機に、621は斜め上からアサルトブーストで突撃。

 

『ここで終わりだ、人殺し。帥父の仇を討たせてもらう』

 

 至近距離で発射されたハンドミサイルを全て被弾し、APが削れる。直後に警告音。斜め前にクイックブーストするが、両肩の連装グレネードは目標を完全に捕捉していた。3発が命中。

 

『AP、残り50%』

 

『リペアキット、残数1』

 

「タンクはこれが怖い」

 

 反撃を開始。621はライフルとミサイルで追い込んでいく。距離を取ろうと敵機が浮遊したところに蹴りを入れ、さらに銃弾を送り込む。

 

『……帥父の危惧された、ルビコンの脅威。なるほどこれは──どう対処すれば……⁉』

 

 キャンドルリング、ACS負荷限界。621はまず両腕のライフルを発砲。続いてブレードを叩き込んだ。

 

『帥父……私をお導きください……どうか……』

 

 リペアキットを使う決心をさせない内に、一気に削り取る。その思惑にフレディは嵌った。爆散したキャンドルリングが、蠟燭(キャンドル)のように燃え盛る。

 

『……全ての目標を撃破。お疲れ様でした』

 

 それを見届けていたであろう、オールマインドが口を開いた。

 

『ルビコニアンの「共生」とはコーラルの抑圧と搾取に過ぎない。それがお分かりいただけたでしょう』

 

 いつもの淡々とした、早口な音声が無線機から流れる。

 

『貴方のハンドラーとのリンクが復旧します。またいずれ』

 

 その言葉と共に通信が切られた。

 

『62……聞こえ……か? ……聞こえるか?』

 

「……621、感度良好」

 

『よし。……高いコーラル反応を検出した。直ちに離脱しろ』

 

「ウィルコ」

 

 離脱しながら、621はひとつ失念していた事実を思い出した。解放戦線は技研都市の存在を知っていたのだ、ひとつのゴールとして。だからこそ、ルビコン全域での解放作戦を敢行できた。

 

 すると、ザイレムで落下した調査ドローンのログに記載されていた『あの場所への行き方』を把握している組織。あれは解放戦線なのだろう。

 

 ならば……621は疑問がひとつ増えたのを感じた。なぜオールマインドがコーラルに言及する……? あれがコーラルに関係したことといえば。

 

 インテグレーション・プログラムに、技研の無人ACのデータがあった。

 

 ただし、オールマインドがその存在を認知──データを追加したのは、621がウォッチポイント・アルファに降りる直前だった。エンゲブレト坑道にも転がっている機体だったし、時期からすると特段おかしな話ではない。

 

 分からないことが増えていく。それを感じながら、621はガレージへ帰投した。

 

 

 

 

 

 

 ガレージに戻ると、エアがまたひとつ、戦果を携えて話しかけてきた。

 

《……レイヴン。サム(親指の)・ドルマヤンについてお伝えしたいことがあります》

 

 あの損傷が激しい機体残骸から、情報を持ち帰ることができたという。

 

《これが言及しているのは……コーラルリリース》

 

「リリース……例の『リリース計画』か?」

 

《そうかもしれません。見てみてください、レイヴン》

 

 百聞は一見に如かずということで、621はエアの持ってきた情報ログを読む。ドルマヤンの随想録、4番目の記録だった。

 

『いつものように、私の内側で彼女が囁く。技研都市の論文に……共生の可能性を見つけてきたと。「コーラルリリース」……。このようなことが本当に果たせるのならば、私は向こう側で彼女と共にあれるかもしれない……』

 

《……やはりドルマヤンは交信を行っていたみたいです、あなたと私のように》

 

 これを読んだ両者の反応は分かれた。

 まずエアは、彼女の夢に一筋の光明を見出した。

 

《「リリース」……。コーラルを解き放ち、「向こう側へ行く」……共生の可能性……》

 

 対する621は、まず字面から現象そのものを考えてみた。

 

「コーラルを、放流する……ということか? どこに?」

 

 次いで、浮かび上がった疑問に思考を向ける。

 

「……なぜそれが、共生に繋がるんだ? 「向こう側」で共生状態にあると? それに……」

 

 思い出すのは、5番目の随想録のこと。

 なぜドルマヤンは、「賽を投げなかった」?

 

『コーラルよ、ルビコンと共にあれ。コーラルよ、ルビコンの内にあれ。その賽は投げるべからず』

 

 これが警句の全体像だ。確かに最初ばかり唱えていれば、灰に塗れるのも無理はない。この警句はまったく別のものについての言葉だろう。

『ルビコンの内にあれ』。……内から外へ。──まさか。

 

 まったくだしぬけに、621はコーラルリリースがどういう現象なのか見えてきた。気がした。

 

「コーラルの放出先は……ルビコンの外──宇宙」

 

 宇宙空間の気圧は低軌道でも地上の10億分の1、外宇宙なら10京分の1。前者は高真空、後者は極高真空だ。

 このような空間では、コーラルは無限に増殖していくことだろう。早い話──ウォルターの恐れた、「破綻」ではないか?

 

 コーラルは人類の制御を離れ、全宇宙を汚染する……。むしろ共生とはほど遠い話のように621は感じた。

 

 では何をもって、ドルマヤンは一時期とはいえ、コーラルリリースに肯定的な見方を示したのだろうか。

 しかし結局、それだけは621にも分からなかった。分からないまま、物事だけが進んでいった。

 

 アイスワーム出現後のごたごたの最中、コーラルリリースについて依頼が届いたのである。




 文書データ:独立傭兵の任務報酬
 
 遺棄された瓦礫に残っていたデータ。独立傭兵の金に関する記録と思われる。
 
 依頼名:無人洋上都市調査
 
 収入:570,000
 
 基本報酬:380,000
 報酬加算:190,000
 詳細
   「帥父 ドルマヤン」の撃破:150,000
   ACの撃破:40,000
 
 支出:45,944
 
 修理費:21,844
 弾薬費:24,100
 報酬減算:0
 
 収支:524,056
 
 行動評価:S
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