メインシステム、戦闘モード起動   作:留式

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チャプター8
砕かれた矜持


『これで決める!』

 

 閃光と轟音。倒れ伏す化け物。その顔面にあいつが突っかかっていく。

 くそったれ、フロントラインは俺の仕事だろうが。

 

 パルスの刃が残像を描く。引き絞られた杭が射突される。俺は? 俺は……機体がイカれやがった。頭が痛え。

 

 探査ACの背部カバーが開いた。アサルトアーマー発動。パルスとコーラルの光で目が眩む。

 煙を上げて化け物が死んだ直後。ガツン、と殴られたような感覚がして、クソみたいな高音が俺の頭を駆け巡った。

 

 俺を嘲る笑い声だ。虫けら以下のカスめと、蔑む声だ。ヘッドブリンガーにすらなれない間抜けめ、探査ACからそんな声が聞こえてくる。

 

 歯ぎしりをしたと思う。次の瞬間、野良犬が銃口を向けるのが見えた。おい、何やってやがる。

 

 マズルフラッシュ。思わず目をつぶる。

 

 衝撃があった。あったが、身体を貫くような強さじゃない。

 それで俺は我に返った。視界一面に壁が広がっていた。

 

「チッ……引っかかった……ろくでなしがよ」

 

 

 

 

 

 

 ベイラムグループ専属AC部隊「レッドガンズ」の中堅隊員、コールサイン、G5 イグアスは、本日55回目の舌打ちと呪詛を吐いた。

 

 しょうがねえだろうが、とイグアスは思う。頭を悩ませている問題は山ほどあった。

 

 目下の課題はウォッチポイント・アルファの探査。

 

 おびただしい犠牲の末、縦穴の底までたどり着いたイグアスたちの前には、長すぎる地下空間が待ち構えていた。

 皿のようなコアの封鎖兵器を退けると、その先は敵がまばらだった。そこでMT部隊を休息させ、ACに乗る3名が分散して先行することが決まった。

 

 単独で探査を進めるイグアスだったが、別の問題に気を取られていたのがまずかった。いつの間にか、コンクリートの壁に向かって熱心にブースタを吹かす馬鹿が誕生していた。

 

「チッ」

 

 56回目。

 酷い目に合ってる、とイグアスは思う。しかし穴倉よりも、ずっと惨めな思いをさせた相手がいた。

 

 あの野良犬。G13 レイヴン。

 

 平均寿命13日。13発撃ったら死ぬ。言われたい放題のG13を最後に背負い、まだ生きてやがる木っ端。

 正規隊員でもない癖に誰よりも戦果を叩き出した、自分と同じ旧世代型。ダムでの暴挙を差っ引いてるにも関わらず、だ。

 

 ダムか……。イグアスは思考を過去に飛ばした。「壁越え」作戦に向けた慣らしの任務は、飛び入り参加した野良犬の手で台無しにされた。

 

 最初の印象は、まさに木っ端。探査フレーム一式という機体構成は、トップランカーという風格をイグアスに微塵も感じさせなかった。

 

 いざ出撃してみると、スピードは確かにあった。といっても雑魚掃除なのだから、実力は負けていないとイグアスは判断した。

 

 だから、長くコンビを組んでいたヴォルタが攻撃を受けたと聞いたときも、イグアスは楽観視していた。

 探査ACでタンクに喧嘩を売るとはおめでたい野郎だ。目標周辺の掃討を終えてからじっくり殺ればいい。

 

 ヴォルタが撃破されたのは、報告を受けてから50秒後、イグアスが掃討を終えた頃だった。半信半疑のまま交戦して、40秒後に自分も撃破された。

 

 戦闘ログを見る気にもなれなかった。ラッキーパンチだ。あれは何かの間違いだろうとイグアスは信じた。

 

 しかし現実は厳しいものだった。「壁越え」作戦へ向かう途中、イグアスの輸送ヘリはエンジントラブルで引き返した。しかし作戦は続行され、ただひとつのAC戦力として突入したヴォルタは戻ってこなかった。

 

 上手くサボった? 冗談じゃねえ。

 

 損害を気にする様子のない上層部のジジイ(・・・)を殴りつけたのも、イグアスにとっては必然だった。謹慎と減俸で済んだのはくそったれのミシガンの尽力によるものだったが、礼を言う気にはなれなかった。

 

「ラッキーな野良犬」が壁越えを果たしたのは、その直後である。犬らしく尻尾を振ったに違いない。解放戦線にも振ったのだから、アーキバスにだって振るだろう。

 

 結局のところ、イグアスが彼我の実力差を認識したのは「壁越え」作戦からしばらく経過してからだった。

 

 きっかけはナイルの戦死である。参謀なきベイラムの計画は丸ごと崩壊し、やることのないイグアスは独立傭兵の真似事をしてグリッド086に出向き、野良犬と再開した。

 

 苛烈な攻撃は相変わらずで、瞬く間にリペアキットを使わされた。直後にステルスMTの邪魔が入ったが、これもほとんど野良犬が喰った。

 その後のタイマンでは空中から引き撃ちを狙ってみたが、追い詰められる方向が変わっただけに過ぎなかった。イグアスは負けた。

 

 そう、負けた。捨て台詞は吐けたが、負けた。

 

 悔しさはあったが、それだけではなかった。

 このことを明確にイグアスが感じ取ったのは、アイスワームとの戦闘中、乗機たるヘッドブリンガーが撃破されてからだった。

 

 あの野良犬、確かに異様な存在だ。セーフティが存在しない銃のような雰囲気。飼い主こそいるが、空気にもならん。むしろ自分から死地に飛び込み、強引に食い破る。

 俺と戦ったときもそうだ。盾など存在しないかのように嚙みついてきた。

 

 なぜあんなに動けるんだ? どうしてそんなタイミングで詰め寄れる? 恐怖心も、ためらいもないのか?

 

 なぜ……あの野良犬は。全部持ってやがる? 

 生き易いもんだ、くそったれ。

 

 俺はどうだ? イグアスは自問自答した。

 ミシガンに一発ぶち込む。そうだろ? そこにためらいなど存在しない。はずだ。俺だって……ああやって飛び込めるはずじゃないか。俺と野良犬、何が違う?

 

『ウジ虫ども、聞こえるか⁉』

 

 一発入れるべき相手の大声で、耳が飛んだ。同時にイグアスの意識も現実へ引き戻される。

 

『G6、感度良好であります、サー!』

 

『G3、聞こえてますよ』

 

 僚機に続き、イグアスも応答する。

 

「うっせえよ」

 

『G5! まだ元気があると見た。そんな貴様に新鮮な仕事だ! 地底旅行に来たG13を歓待しろ』

 

「……は?」

 

 ミシガン曰く、上層部からの指示ということだった。イグアスは生唾を飲み込む。

 目の前に野良犬が立っていて、バーストライフルをこちらに向け、プラズマミサイルを覗かせ、左腕にパルスブレードを伸ばしている姿を幻視した。俺が……死ぬ?

 

 勝てない。屈辱的だが、今の俺では野良犬を殺せない。イグアスは初めて、心の底からそう思った。

 

 しかし、上からの命令は絶対である。

 

「くそったれ……マジでくそったれ……これしかねえのか?」

 

 帰投したイグアスは、どうにかして案を絞り出す。ボイスレコーディングを開始。

 

「コールドコール、殺してほしい人間がいる……」

 

 この男はベイラムと縁の深い殺し屋だ。当然自分より腕がいい。彼に殺ってもらう。

 この際、プライドは抜きだ。他にやりようがなかった。

 

 手筈を整え、イグアスは翌日も探査を進める。熱交換室を抜け、奈落を跨ぐ橋に出たところで異変は起こった。無線が繋がらない。

 

「なんだ……ジャミングか?」

 

『登録番号Rb26、コールサイン、G5 イグアス。オールマインドは、貴方を戦闘技能向上プログラム「ファンタズマ」へと招待することを決定しました』

 

「てめえ……何言ってやがる」

 

 唐突に通信を入れてきたのは傭兵支援システム。イグアスからするとアリーナ程度でしか利用しない、馴染みの薄いものだった。

 

『つきましては、送信した座標まで移動し、独立傭兵ケイト・マークソンと合流してください』

 

「拒否権なしかよ。ふざけやがって」

 

 無線どころか、隔壁も閉じていた。座標が示すのは……奈落の底だ。しかし友軍の表示がHMDにはあった。落ちても死ぬようなことはない。

 

『貴方にも倒したい相手、越えたい相手がいることでしょう。絶好の機会です。お待ちしております』

 

 コールドコールが仕事を果たせば、一切は不要だ。しかし今回ばかりは返り討ちにされるかもしれない。イグアスには予感があった。

 

「俺は……野良犬を殺す」

 

 今はどうやっても野良犬に勝てない。しかし今後は。

 

「行くしかねえ」

 

 この日、G5 イグアスはエリアオーバーが確認された後、消息を絶った。ベイラム上層部の指示により、救助隊は送られなかった。

 

 

 

 

 

 

 その翌日。ウォッチポイント・アルファの探査に赴いた621は、深度2、熱交換室までたどり着いていた。

 

《どうやら……私たちだけのようです》

 

 これまでと違い、イグアスがいなかった。621はレーダーに目をやる。

 

「コンタクト。後方」

 

 クイックターン、アサルトブースト。621はトンネルを飛行するオレンジの光点を見つけた。

 

《……独立傭兵、コールドコール。AC、デッドスレッドです》

 

「……覚えてないな。エンゲージ」

 

 621はトンネルから出てきた敵機にそのまま詰め寄る。

 

『お前がレイヴンか……確かに、風格が滲んでいるようだ』

 

 プラズマミサイル発射。対する敵機は4連装ミサイルを放った。621は蹴りを入れるも当たらず、2機は交錯した。

 

「……RaDの重逆、あの機か」

 

《彼は裏社会の暗殺請負人として恐れられているようです》

 

 探査AC向けの脚部を使っている機体は珍しい。しかし苦戦したわけでもないから、621は思い出すまで時間がかかった。

 Bランク帯にそんな機体がいたのだ。ライガーテイルと同じ、蜘蛛のような頭部パーツを使っている。あとは両腕がレーザー系の兵装だった。警告音。

 

『まあ、恨みはないが──仕事なんでな。ここで果ててもらおう』

 

 レーザーショットガンのチャージ射撃を浴びた621だったが、構わず蹴りを放つ。

 

『なるほどイグアス坊やでは、敵わんわけだ』

 

 敵機が回り込むような動きを狙う。

 

『レッドガンの矜持も砕かれ、憤懣やるかたないといったところか……』

 

 621は追従し、バーストライフルを撃ち込んだ。敵機は喋りながら621を引き剝がそうとするも、それは成功しなかった。

 

『ああ、可哀想に』

 

 壁際に追い詰められた敵機がスタッガー。621はブレードの連撃を当てる。

 

『お前もたまには弱者の気持ちを慮ってやるんだな』

 

「……満足したか?」

 

 続けて621はアサルトアーマーの発動に移った。その間に硬直が解け、壁に沿って敵機がずり落ちる。

 距離は30m前後。直撃範囲だった。

 

『……ああ、いよいよか……。こういうこともある……』

 

 ACSが回復する前のデッドスレッドを、パルス爆発が容赦なく飲み込んだ。

 

《……AC、デッドスレッドを撃破。コールドコールはもはや手を出せないでしょう》

 

「……不思議なパイロットだった」

 

 まるでこれから自分が死ぬと分かっていたような言動だったと、621は短い戦闘を振り返る。

 

《イグアス……殺害代行まで差し向けようとするなんて……》

 

「それも気になるな」

 

 あと一歩が足りない。しかし装備を見直し、全力で自分を殺しにくるような男。

 

 それが621のイグアスに対する評価だった。今回はここに至るまで2度交戦しているが、それで折れてしまったのだろうか。

 

「ガッツのあるタイプに見えたが……。まあ、先に進むとしよう」

 

《そうですね、レイヴン》

 

 その後探査はつつがなく進み、621は原子炉を破壊してガレージに帰投した。

 

 

 

 

 

 

《レジストレーションナンバー、アールビートゥエンティースリー。コールサイン、レイヴン。あなたの実績情報が更新されました》

 

「……ずいぶんと綺麗な声だな、オールマインド」

 

 普段のシステム音声とは異なり、優しく、ゆっくりで丁寧な声だった。エアは時々、こうして茶目っ気のあるところを見せる。今日は621もそれに乗った。

 

《……すみません、私です、レイヴン》

 

「ああ、上手かったよ。──それで?」

 

《アリーナのインテグレーション・プログラムに新たな詳細不明のデータが追加されています。確認してみませんか?》

 

 探査は終わったばかりで、次の依頼が来るまでしばらく時間があった。

 

「了解。見てみよう」

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