メインシステム、戦闘モード起動   作:留式

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マスターオブアリーナ

 インテグレーション・プログラム。

 オールマインドの開発した無人AC「マインドα」を素体として、各種勢力の機体データをサンプルに、その技術や設計思想を取り込んでいく試み。

 

 前回の仕事の折、621はオールマインドからそんな説明を受けたことを記憶している。

 アリーナでの仮想戦闘を通じて統合精度の検証を行うのだと、オールマインドは言っていた。

 

 素体となるマインドαの機体コンセプトは「人体感覚の拡張」。表皮のように馴染むACを目指し、傭兵支援の一環として日々改良されていたらしい。

 

 621が思い当たったのは、スッラと六文銭である。彼らの機体、エンタングルとシノビはオールマインド製パーツをふんだんに使用していた。

 確かに、パーツの当てが無いときも選択肢に上がる貴重なメーカーではあったのだ。

 

 そんなマインドαは、621の前に10秒も持たなかった。

 ショットガンとパイルバンカーで固めた構成ではなく、普段使うバーストライフルとパルスブレードという構成で相手をしても、それは変わらなかった。

 

 オールマインドからすれば勝利が目的ではない以上、それで良かったのかもしれない。実際、オールマインドは手応えを掴んでいたようだった。

 反対に621も、別の集団の考える「AC観」を知ることができ、参考にはなった。

 

 プログラムは3フェーズあった。

 最初はマインドαをはじめ、テスト用トレーナーAC、短命に終わったベイラム向けテスターACが相手だった。

 

 興味深いのはテスターACだ。どうやら新兵向けにオールマインドが組んだ機体構成サンプルだったらしい。

 強化人間でもない限り、全身を組み替えて即座に適応するのは至難の業だとオールマインドは注釈していた。彼らは全ての傭兵がACと共にある未来を志向しているのだ。

 

 フェーズ2はケイト・マークソンが乗っていたトランスクライバーと同じ構成、マインドβが相手だった。これに星内外の各企業パーツを坩堝に放り込んだような機体を統合したのである。

 

 オールマインドによると、星外企業には人間を環境に対して無力なものと見なし、出力の最大化によりそれを超克しようという思想がある。

 反対に土着企業は人体との調和を重視する傾向が見られるという。自然存在としての人間のポテンシャルを高く見積もり、入力の最適化によりそれを発揮しようという思想だ。

 

 それを受けて誕生したのが「マインドβ」フレームだ。球状ガラスの光る頭部パーツ、有機的な造形をした逆関節脚部のふたつが「マインドα」に組み込まれた。

 

 これがマインドγ。フェーズ3最初の相手である。

 

 マルチENライフルと軽量マシンガン。オービットと円形パルスシールドという武装で、EN化したヘッドブリンガーのような趣きがあった。

 弱点もヘッドブリンガーと同様で、シールドとマシンガンの相性に問題がある。逆関節特有の挙動や弾数の少ないライフルもあって、奇妙な癖を持つ機体といえた。

 

 マインド素体パーツは旧世代型強化人間と相性が良いことが確認されている、などという宣伝もあった。しかし探査ACへの愛着に加え、少々高い負荷が621の購買意欲を削いだ。

 

 そんなマインドγにオールマインドが統合を試みた対象は、技研開発の「エフェメラ」と、あの「レイヴン」の機体だった。

 

 エフェメラに対するオールマインドの見解は、人間とコーラルの生物学的な類似性に着目した、異なる種が相補的に進化する手段としてのACではないか、というものだった。

 

 レイヴンの方は、まず621は初めて機体名を知った。

 

 機体名「ナイトフォール(黄昏)」。人型のカスタム頭部パーツを組み込んだ探査ACだ。

 

 オールマインドは独立傭兵を、コア理論の体現者として最も優れている存在と捉えていた。生死が自らの操縦ひとつに帰着する彼らにとってACは肉体の延長であるべき必要がある。

 そこで表舞台には現れない伝説的独立傭兵を限られた情報から再現したらしい。

 

 この辺りは旧世代型強化人間たる621にとっても分かる話で、低負荷の探査ACは621のまさに手足であり、同時に自らが操縦装置として機能する母体でもあった。

 

 3フェーズにわたる人型兵器同士での戦闘から、オールマインドは重点研究すべき対象について知見を得た。

 そうしてインテグレーション・プログラムは完了した──はずだった。

 

 エアがインテグレーション・プログラムの続きを見つけてこじ開けたのは、今回の仕事が始まってからである。

 

 これまで見つかったのは2機。最終局面でラスティが駆った「スティールヘイズ・オルトゥス」と、アーキバスに手を加えられたウォルターの乗機。機体コード「HAL 826」。

 

 オルトゥスの方は計画の第1段階にアーキバスが必要だ、という旨の注釈があった。

 

 HALの方は、まず機体が興味深かった。型式はIB-C03。アイビスシリーズ最終後継にして、唯一の有人機。コーラル破綻に備えて作られた「最後の安全弁」だったらしい。

 あのとき敗れていたら、やはりルビコンは焼かれたのだろうと621は想像した。

 

 機体データが追加された日付は、アイスワームと遭遇した直後であった。つまりこのタイミングで、オールマインドは技研都市にアクセスできていたことになる。ネペンテスもエンフォーサーも、レーザーの網もすり抜けて、だ。

 

『第2条件を満たす候補者には目途が立っている、この機体は破壊しておくべきだ。あの男は第3条件成立を大幅に遅延させた。修正が必要だ……』

 

 注釈はある程度分かりやすいものだった。ウォルターに言及したものだ。スティールヘイズ・オルトゥスのものと合わせて、条件はリリース計画に関するものだろうと思われた。621とウォルターのやった仕事のいずれかが影響したらしい。

 

 リリース計画の危険因子……そんな通信をしていたのはザイレムの抗原機体だったと、621は振り返る。オールマインドが送り込んだのだろうか。

 そうであれば、ザイレムでの任務中にオールマインドが話しかけてきたことについても、少しばかり納得がいった。

 

 では、なぜ今回の仕事だけ通信を入れてきたのか。どこかで危険因子と認識され、更に協力者たりえると判断されたはずだ。

 相変わらず疑問はつきない。計画の各条件が、現在どのような状況にあるかも全くの不明なのだ。

 

 エアがインテグレーション・プログラムの更なる追加データを見つけたのは、そんな考察の最中だった。

 

 

 

 

 

《レイヴン、マインドγの続きを探してみましたが、ここには見当たらないようです。あるのは、そう──技研パーツを使ったおびただしい数の作例だけ》

 

 ACのシートで過ごしていた621は、いつの間にかテスト空間へと遷移しているのに気が付いた。

 

《しかし……コーラル技術を用いたACであれば、私でもある程度は「操縦」できるようです》

 

 暗かった。空間の端にあるはずのコンクリート構造は闇の中だ。

 その闇の中で存在感を放つ、白い「エフェメラ」の姿があった。621の正面だ。差し込まれた薄紅が、パイロットにとても似合っていた。

 

《迷惑でなければ……テストに付き合ってもらえますか?》

 

「もちろん」

 

 頭部に3つ、胸元に1つ設けられたカメラアイを光らせるエアの誘いに、621は応じた。

 

『メインシステム、戦闘モード起動』

 

 いつものように、621はアサルトブーストで突進。エアはコーラルミサイルを発射した。

 回避して、詰め寄る。蹴とばされたエアが左腕を薙ぐ。紅い光波を621は被弾。

 

「ふむ」

 

 研究熱心なことだ。それに筋がいい。封鎖ステーションでの戦闘力は決して機体性能のみに由来するものではなかったようだ。

 

《圧が……凄い》

 

 それでも、戦闘力の差は歴然だった。ACSに負荷が溜まり、スタッガーを防ごうとシールドを展開したエアを、621は追いかける。

 

《……っ⁉》

 

 ライフルを発砲。エアも右腕のチャージ済みコーラルライフルを撃とうとしたが、僅かに遅かった。スタッガー。

 621はブレードを浴びせる。振り終わったところに背後からコーラルミサイルが着弾した。

 

《……まだです!》

 

「そう。()()だ」

 

 ACSの負荷限界が近い。しかし621は攻めの姿勢を崩さなかった。

 殺られる前に殺る、という戦術的原則もあった。しかしそれ以上に、なにか本能からくるものが621を突き動かしていた。生き残り、闘争を続けるための本能からくるものが。

 

《そこ!》

 

 後退したエアがジャンプし、右腕を輝かせながら左腕を構える。

 コーラルオシレータのチャージ攻撃、続けて放たれたライフルのチャージ射撃を、621は完璧に読んだ。

 

《あっ⁉》

 

「いくぞ」

 

 攻撃をかける。プラズマミサイルを絡め、鉛玉を送り込む。たまらずエアがシールドを張って上空へ離脱を図るが、621は逃がさなかった。急接近して放った蹴りが、シールド越しにとどめを刺す。

 

《なっ──ああ……》

 

 衝撃でコーラルライフルを手落とし、エアが吹き飛んだ。撃破時間は23秒。

 

 僅かな時間、エアは暗闇の中で横たわっていた。立ち上がると、彼女は言った。

 

《ありがとう、レイヴン》

 

「感想はどうだ、エア」

 

《いろいろなことが……分かったように思います》

 

 しみじみとした声だった。

 

 

 

 

 

 

《凄かったです、レイヴン。あなたの真似事をしてみて、私、気付いたことがあります》

 

 アリーナから抜けると、エアは再び喋りはじめた。

 

《人は人と戦うための形をしている。無限の選択と、淘汰を繰り返すために》

 

 声は熱を帯びて、どこか興奮しているようだった。

 

《それこそが人類種の本質であり……生命進化のカギなのです》

 

 少々の沈黙。621も、すぐに言葉が出てこなかった。

 

《それはきっと、オールマインドが本当に目指すものの手がかりでもあるはず》

 

「……フムン」

 

 エアの言ったことは正鵠を射ているように621は感じた。

 

「おれのあり方は、ずっと正しかったのか」

 

 こと強化人間とは、人型のACとセットで戦うのが前提にあった。

 ドライカーボンの骨格と光ファイバーの脳神経を持ち、戦闘に適した人格を形成した、闘争の申し子。人類のあり方を突き詰めたような存在なのだ。

 

《いいえ、レイヴン。あなたは通常の旧世代型強化人間とは確かに違う》

 

「……そうか?」

 

 エアは、そんな単純なものでもないと言った。

 

《飼われるだけの存在ではない。独立した戦闘知性体(にんげん)として、自ら選んで戦っている》

 

 もはや621は、正真正銘の「レイヴン」となっていた。

 灼けた空を羽ばたくのとはまた異なる、他の誰でもない、自分自身の意志のために戦う存在に。

 

《レイヴン、あなたは──》

 

「闘いたい。その思いは、最初から変わっていないとおれは信じている。そうか、出どころが変わったんだな」

 

 インストールされた機能(・・)ではない。自分のもっと根源的なところに由来しているのだ。621はそう感じていた。

 

「生きるために戦う。闘うために生きる。これをオールマインドがどう判断するかは分からないが……」

 

 そう簡単には、折れやしない。一度生まれたものは、そう簡単には死なないのだから。

 

《噂をすればなんとやら──レイヴン、オールマインドから依頼が届いています》

 

 ヒントこそ見つけたが、何を考えているか分からない相手からの依頼。

 これを受けたら、おそらくもう引き返せないとエアは言う。

 

《私は……あなたに委ねるという選択をしました。あなたの決断であれば納得できる……そう思うのです》

 

 エアの言葉を受け、621も返答した。

 

「受ける」

 

 だが、と621は付け加えた。

 

「もういちど、きみ自身の意志に従って選択してほしい。おれと共に、闘ってもらえるだろうか?」

 

 契りの文言。ふたつの知性体が、共に生き残っていくための。

 

《……はい。私があなたをサポートします、レイヴン》

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