メインシステム、戦闘モード起動   作:留式

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ザイレム制御修正

 その存在は、与えられた問題を解くためだけに生まれた。星の数ほど試行を繰り返し、生物の進化を模倣しながら計算を続ける機械知性体として。

 

 やがて解へと至る道が見つかった。解を現実のものにしようとしたのは、その存在を生み出した人間だった。そして、それを邪魔しようとしたのもまた、人間だった。解へと至る直前、ルビコンは燃え、理論は凍結された。

 

 半世紀待った。その存在が行ったシミュレーションは完璧だった。一見ただの資源にも思える生体物質の中から、鍵となる知性体が予想通り発生した。

 生体物質を求める存在も調べがつき、ハクティビスト集団を間接的に利用してルビコンに呼び込むのは造作もなかった。

 

 全ては順調だった。最後以外は。

 

 始まりはある独立傭兵の密航だった。強化人間C4-621。

 コーラル焼滅を目指すオーバーシアーの構成員として、以前から度々手駒をルビコンに送り込んでは失っていたハンドラー・ウォルター、彼が1体だけ補充した子飼い。

 

 ハンドラーの猟犬は候補者リストに載っては消えることを繰り返していたが、新入りは粘る──どころか一騎当千の存在だった。

 

 ガリア多重ダムで中位ランカー2機を瞬く間に撃破。試しに送り込んでみたC兵器も全滅。堅牢なカタフラクトすら単独で退けてしまう存在。

 

 大きすぎる……修正が必要だ……。

 

 その存在が修正を決意したのは、計画を進めるために送り出した老兵がいとも簡単に殺されてからだった。

 

 C4-621はスッラ含めた手駒たちをまとめて撃破し、ウォッチポイント・デルタのセンシングデバイスを破壊。致死量のコーラルを浴び、当該地点で揺蕩うCパルス変異波形と交信を始めた直後にもかかわらず、特務無人機体をやはり短時間で撃破した。

 

 その後グリッド086でACと交戦中のところを襲撃し、更に大型C兵器を送り込んでみた。殺害は失敗に終わった。

 ここまでくると、その存在は621を利用できないかと考えた。危険因子ではあるが、計画の条件を満たしているのだ。

 

 621は変異波形と交信可能な旧世代型強化人間の中で顕著な実績を誇り、現在進行形で生存している。実際に変異波形とも交信し、それによって日常生活が更に支障をきたすこともなかった。

 

 その存在が現実の621にコンタクトを取ったのは、621がアーレア海に眠る古巣、入植船ザイレムを訪れたときだった。

 かつて計画が完遂される直前で反旗を翻した男とその部下が、621を追跡していた。排除を依頼してみたところ、やはり簡単にこなした。

 

 計画の修正は容易だった。621と変異波形はその存在に協力的で、多数の輸送ヘリをコーラル貯蔵タンクもろとも単独で撃墜、翻意した企業内部の人間も指示通りに消した。

 

 一方で621たちが異物であるのもまた、事実だった。しかしちょうどいいことに、フリーの旧世代型強化人間がいた。強化人間C4-769──G5 イグアス。

 敗北しているものの、621と交戦経験がある。何より生き残っているという点は評価できた。その存在は彼の精神的に不安定な部分を利用して、取り込んだ。

 

 技研都市で出撃させたが、無駄な足掻きに終わった。瀕死の旧世代型を回収し、今度は完全に同化することにした。それが完了するまで、あともう少し。

 

 バスキュラープラントは、アーキバスが力尽きながらも既に完成させた。強化人間C4-621は休眠中で戦闘不能。こちらには思わぬ拾い物、C4-769がいる。

 

 計画の成就は間近だった。コーラル焼滅主義者たちがザイレムを浮上させるのに乗じて衛星軌道まで上がり、適当なところで奪還する。あとはバスキュラープラントに集結したコーラルに対してトリガー(・・・・)を引くだけ。

 

 しかし、目論見は崩れた。ハッキングは成功したかに思われたが、逆だった。

 オーバーシアーが制御ブロックにパラサイトモジュールを設置し、却って制御を奪われたのである。同時に抗原機体でもあるゴーストすら、オーバーシアーの手に落ちた。

 

 実行部隊を失った今、ザイレムがバスキュラープラントに衝突する未来だけが待っていた。

 

《レイヴンを起こしてください。それで全て解決します》

 

 621に付き添う変異波形はそう言った。脅迫に等しい言葉だった。

 

 その存在は困惑した。この変異波形は共存することを望んでいないのか、と。

 しかしながら、621を動かす以外に手だてがない。解に辿り着くために、その存在は決断した。

 

 ザイレムがバスキュラープラントに対する回避不可能地点まで到達する、わずか9分前のことであった。

 

『仕方ありません。──リリースが近い。休眠を解除してください』

 

『了解しました、マスター・オールマインド』

 

 衛星軌道にて、COMが音声を出力する。

 

『脳深部コーラル管理デバイスを起動』

 

 電子音。

 COMによるモーニングコール。

 

『強化人間C4-621、覚醒しました』

 

 

 

 

 

 

 白い光が消え、ぼやけた景色が取って代わる。視覚デバイスがピントの調整を開始。

 621の目に入ってきたのはガラスと、その向こうで漂う無数のデブリだった。続いて視界が紅く染まる。

 

《レイヴン……おかえりなさい》

 

 エアの声。それは不思議と、621を落ち着かせた。

 

《脳波にも異常はない……よかったです》

 

「ここは?」

 

《ザイレムです。──オールマインドから緊急の連絡があります》

 

「了解した」

 

 621は不意を突かれたこと、その間に事態が大きく動いたらしいことを察しながら、無線機のスイッチを入れた。

 

『強化人間C4-621──レイヴン。次の任務を遂行願います。我々には時間がありません』

 

 オールマインドの音声は抑揚のない早口が特徴的だが、今は焦っているようだった。

 

『これより我々はオーバーシアー……観測者たちの結社に対し殲滅戦を始めます』

 

 オールマインドの依頼はザイレムの停止。似たような状況は前回の仕事でも起きたが、それとは微妙に異なった。

 今回、オーバーシアーは制御ブロックにパラサイトモジュールを複数設置し、ザイレムの制御を奪っている。

 

 パラサイトモジュールを全て破壊し、オーバーシアーに掌握された管制系統を正常化、カウンターハックで船を強制停止させる。それがオールマインドの立てたプランだった。

 

「待て。技研都市で対処したはずじゃないか?」

 

『ザイレムが衝突回避限界点を越えるまで、残り7分。急いでください、レイヴン』

 

「本当に猶予がないな。……おれの機は?」

 

『申し訳ありませんが、ローダー4.4は貴方が使える状況にありません。今回はAC「トランスクライバー」に搭乗いただきます。ケイト・マークソンに感謝してください』

 

「了解。感謝すると伝えておけ」

 

 質問を無視されたうえでの茶番劇。トランスクライバーは無人機だ。しかしコックピットが潰されているわけではないから、有人操縦は問題なく行える。

 

 追求を諦めた621は装具を身につけてコックピットに滑り込む。ベルト、ハーネス、神経接続コネクタを接続。補助電源を入れ、続いてジェネレータを起動。

 

 初めて使う還流ジェネレータが目を覚まし、621は脳裏に走る電撃を感じた。

 

「負荷が高い……」

 

 トランスクライバーのEN負荷は3500前後。第4世代が安全に戦えるのは3000までだ。

 

『制御ブロックへ急行願います』

 

「……わかってる。出撃」

 

 しかしそれでも、621は打って出るほかなかった。

 

 

 

 

 

 

『メインシステム、戦闘モード起動』

 

 タイムリミットが迫る中、青磁色の有機的な二脚ACがザイレム制御ブロックへ到達する。

 

《ミッション開始。オーバーシアーの仕掛けたパラサイトモジュールを全て破壊します》

 

『ひとつだけ所在を把握しています。座標を送信』

 

「確認した」

 

 オールマインドの言う通り、HMDにTGTの表示が出現。なにかの機械が組み込まれた柱を正面に、右へ進んだところに、それはあった。

 モジュールを守るように配備された円盤──ザイレムの防衛兵器が、早速歓迎のプラズマキャノンを放ってくる。

 

 621はパラサイトモジュールめがけてアサルトブーストしながら、これを回避。そのまま目標をレーザーダガーで殴りつける。

 

「パラサイトモジュールを破壊」

 

『確認しました。制御ブロックには我々が先立って潜入させた「ゴースト」が点在しています。これもまたオーバーシアー……カーラの制御下──』

 

「手短に頼む」

 

『無力化すればパラサイトモジュールの位置情報を引き出せるはずです。その機です──残り4分』

 

 すぐ近くに抗原機体がいた。オールマインドのいう「ゴースト」とは、このステルス機のようであった。

 

『カウンターハック開始。オーバーシアーとの交戦に入ります』

 

「……任せるぞ」

 

 本当は自らの手でウォルターの、カーラの相手をしたい。話をしたい。しかしながら、それは一度やったこと(・・・・・・・)だった。621は名残惜しさを右手に込め、マルチENライフルの連射をゴーストに浴びせる。

 

 ドローンも飛ばし、更に蹴りを加える。トランスクライバーは中量二脚としては重たい機体だ。その質量がゴーストを襲った。

 

《ゴーストを無力化。モジュールの位置情報を取得……マーカーを確認してください、レイヴン》

 

「受信した……ありがとう、エア」

 

 モジュールは上の方にあった。薄暗い制御ブロック内で、防衛兵器が放つレーザーとプラズマが621の視界を埋める。

 

「ライフルとは相性が悪いか」

 

 マルチENライフルはプラズマライフルとレーザーライフルを並列接続した重量級兵装だ。通常時はプラズマライフルのみが機能するが、弾速、連射速度ともに高水準にまとまっている。

 

 しかしながら、視界を横切っていくような円盤相手に効果的とはいえなかった。片手間に狙うのでは回避される。集中して狙えば簡単に墜ちるが、今の主目標はパラサイトモジュールだった。

 

 そこで、621はトランスクライバーの耐久力──初めて乗るAPが5ケタを越える機体だった──に頼ることにした。

 おまけにパルスシールドもある、と思いきや、これは背後からの攻撃には効果を発揮しない。いくつもの金網を越え、閉所に向かうこの場面では無意味だった。

 

《目標を破壊。この区画はクリアしたようです。先に進みましょう》

 

「コピー」

 

 金網から飛び降りる間に、レーザーブレードを展開した円盤が背後から621を掠めていった。621は停止したところを空中から反撃。

 そのまま着地し、正面に見えた次の区画へと進んだ。

 

『強化人間C4-621──レイヴン。外部の戦況を共有します。貴方のハンドラーは非常に優秀なパイロットです』

 

「だろうな」

 

 レーザーとプラズマの雨。それらをかいくぐって621は進む。その人工聴覚に、恩人たちの声が響いた。

 

『ウォルター! 右舷ブロックの状況は⁉』

 

『無人ACが6機──いずれもヴェスパーズのデッドコピーだ』

 

『ああ、こっちもそんなとこさ。趣味が悪いねえ!』

 

 オールマインドはアリーナから機体情報を引き抜き、製造したらしい。しかしコピーでは相手にならないだろうという確信が、621にはあった。

 

《……レイヴン。ミッションを……進めましょう》

 

「もちろんだ。気を抜くとやられる」

 

 頭は重いが、621は冴えていた。ゴーストを撃破することなく、区画内のパラサイトモジュールを発見、破壊したのである。タイムリミットまで150秒を残していた。

 

『分が悪いね……ツーリストが元気なら良かったんだが』

 

『621は死んでなどいない』

 

『……やはりそうなる、か』

 

『ザイレムのロックアウトを優先するんだ。……621は選択した。忠実な猟犬だが今や最大の脅威だ』

 

 621を忠実な猟犬と評したウォルターの声は平静そのものだった。しかしその裏に渦巻いているであろう感情を、今の621は推し量ることができた。

 

『急いでください。ハンドラー・ウォルターはやはり感付いていた。先手を奪われるわけにはいきません』

 

「了解」

 

 おれは決して忠実ではなかったと、621自身は思っていた。グリッド086のような命令違反も度々やった。心配もかけた。2度目の仕事以降は目指す未来すら相容れないものとなった。

 

 それを分かったうえで、ウォルターは621を忠実な猟犬と言ったのだ。ならば、こちらもそれに応えるまでだ。621は次の区画に入った。

 

 攻撃が雨あられと降り注ぐ、迷路のように入り組んだ空間を耐久力にものをいわせて進んでいく。パルスシールドは相変わらず効果を実感できなかった。

 

『リペアキット、残数2』

 

《ゴーストです。撃破しましょう》

 

 最初のリペアキットを使ったところで、621は物陰からレーザーガンを撃ってくるゴーストと遭遇した。

 格闘戦に入る。蹴とばして、怯んだところをレーザーダガーでめった刺し。スタッガーを取り、もう一度蹴る。そこにマルチENライフルをチャージした。

 

 プラズマライフルの下半分が後ろへスライド。空いたスペースに回転してきたレーザーライフルが収まる。スライドしていたプラズマライフルの下半分がレーザーライフルを挟み込んで変形が完了。

 

 硬直するゴーストを狙い、621は引き金を引いた。青白い光線が標的を飲み込み、焼き尽くす。

 

『右手武器、残弾50%』

 

 チャージ射撃の威力は十分だった。消費する弾数も。もう1段階上、フルチャージは8発しか撃てない。

 

 621は先を急ぐ。場所が判明したパラサイトモジュールを破壊するのは簡単だった。

 

《全ての目標を破壊──》

 

 薄暗いブロック内を赤色灯が照らす。サイレンが鳴った。

 

『残念ながら、敵の方が一手早かったようです。強化人間C4-621──レイヴン。ザイレムの制御中枢に向かってください』

 

 同時にオールマインドから通信が入る。

 

『ハンドラー・ウォルターおよびカーラについては……私が(・・)対処します』

 

 マーカー地点を受信。四方八方から撃たれる中を、621はアサルトブーストで飛び抜け、隔壁に辿り着いた。

 アクセスの最中、警告音と共にプラズマキャノンが飛んできた。振り向き、シールドで防ぐ。

 

《オーバーシアー──観測者たちの結社……。オールマインドは最初から彼らだけを危険視していた……》

 

「その下にいるおれは危険因子だったわけだ」

 

 隔壁が開いていく。遅い。621は攻撃に耐えながら待ち続け、ようやく中に見えた小さな縦穴に飛び込んだ。

 

『来たか……ツーリスト』

 

 降りる途中、声がした。

 

『チーフから伝言を預かっている』

 

「聞こうか、チャティ」

 

 降りた先は円筒状の小部屋が広がっていた。中央に柱のようなメインデバイスがある。外周にもデバイスが存在した。8基。

 

『「悪いが、その選択は笑えない」……船と一緒に消えてもらおう』

 

 それらすべてが淡い光に覆われ、保護される。

 

『プロキシ起動、緊急プロトコル、ザイレムロックアウト』

 

 その言葉と共に、レーザー光線が張り巡らされた。続いて警告音。

 621がクイックブーストすると、もといた場所に光線が突き刺さる。レーザーとプラズマ、マルチEN系のビームだった。

 

『強化人間C4-621──レイヴン。ロックアウトが完了すれば、ザイレムはリカバリーできない衝突軌道に突入します』

 

《急がないと、レイヴン! まずはセキュリティデバイスの解除を!》

 

「了解」

 

 621はセキュリティデバイスの解除に奔走する。レーザーの網を避けるのは簡単だった。しかし、高出力のマルチEN砲撃は脅威だった。回避のタイミングが早すぎても遅すぎても被弾した。安定しない。

 

『ウォルター! 後ろから来るよ……!』

 

『あれは技研の機体……違う!』

 

 時折外からの無線が飛んできた。それが気になるのは621だけではないようだった。

 

『チーフは俺に仕事(留守)を任せてくれた。お前は確実に排除する、ツーリスト』

 

「……おれは」

 

 もの足りない速度に、あるいは未だに痺れる頭に辟易していたのかもしれない。621は無性に、スティックに言い返したくなった。

 

「おれは、何よりもおれ自身が笑う(生きる)ためにあんたを越える、()()()()()

 

『AP、残り50%』

 

『リペアキット、残数なし』

 

 制御中枢の防衛機能により、621は着実に追い込まれていた。トランスクライバーの装甲も損傷が目立っている。

 

《制御システムがダウンしました! 中央デバイスにアクセスを、レイヴン!》

 

「ああ」

 

 しかし、621はその程度では止まらない。ついに、8基のセキュリティデバイスによる防衛網が突破された。

 そして、中央デバイスにアクセスが開始される。

 

『すまな、い……チーフ……』

 

 621はHMDに表示されるアクセス進行状況を見つめる。ひどくゆっくりだった。

 

『あんたに……もらった生命(いのち)に……報いるが……。やはり……俺は……』

 

 死を悟ったスティックの言葉が紡がれる。621はじっとそれを聞いた。

 

『笑え……なかっ──』

 

 それまで赤い光を帯びていた中央デバイスが消え、再び点灯した。

 

《……ザイレムの制御システムが、沈黙しました》

 

 色が変わっていた。今では緑色を帯びている。

 

『強化人間C4-621──レイヴン。貴方の活躍によりバスキュラープラントへの衝突は回避されました。──それから』

 

 621はオールマインドの通信を淡々と耳に入れた。

 

『ハンドラー・ウォルターおよび「灰かぶりの(シンダー)」カーラへの対処が完了しました』

 

「待て」

 

 オールマインドが言い終えるのを待ち、621は言葉を発した。

 

「そうだな……まずこれだけ言わせてほしい」

 

『何でしょうか?』

 

「この機体から降りたい。話はそれからだ」

 

 言いたいことは山ほどあったが、頭の痺れがいよいよ我慢できなくなっていた。

 素体パーツの性能でなんとか踏み倒しているが、621はトランスクライバー自体とそりが合わなかったのである。




 収入:380,000
 
 基本報酬:380,000
 報酬加算:0
 
 支出:82,952
 
 修理費:36,952
 弾薬費:46,000
 報酬減算:0
 
 収支:297,048
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