渡らなければ我が破滅
進もう、神々の待つところへ
我々を侮辱した敵の待つところへ
「このままだと待っているのは、ただの破綻──最悪の無秩序だ」
星々の海を見ながら、621は言葉を発した。
《ええ。オールマインドの計画では、リリースした後のことが分からない。オールマインド自身はリリースをもって役目を終えるでしょうから》
解にたどり着いたとき、オールマインドは計算を止める。それきりだ。
「ドルマヤンやV.Ⅲの言うこともわかる。人間の形は残したいところだ。だからこそ──」
低軌道封鎖ステーション31に到達。621は見たくないものを見つけ、しかし、あえて目に焼きつけた。
コアだけになった重量AC「フルコース」、そしてこちらに背中を向ける、目の前の機体に踏みつけられた真紅のAC「HAL 826」を。
オーバーシアーは621の思い描く「向こう側」とは相容れない。彼らはコーラルを焼くのが全てだった。そうである以上、これが本当の別れになる。
『見てください』
声がした。
『企業によって吸い上げられたコーラルが共振している』
621は最初の仕事を思い出す。あのときよりバスキュラープラントに視える紅が濃い。
『強化人間C4-621──レイヴン。貴方の役割は終わりました』
目の前の銀色に塗装された逆関節ACが振り向く。球状ガラスの光る頭部パーツと、621は目が合った。
『ようよう……』
オールマインドが組んだAC「マインドγ」から聞こえてきたのは、いつもの女性音声ではなかった。
「あんたが出てくるか、G5」
それは技研都市で殺したはずの、軽薄な、しかし今はトーンを落とした男の声。
『待ってたぜ、野良犬……』
G5 イグアスだった。
『俺はこの化け物どもの一部となった……てめえを消すために』
敵性反応が増える。新たに4機。いずれも「マインドα」フレーム一式の中量二脚機だった。
4機を従え、ノイズの入った声でイグアスは言い切った。
『今度こそ……死んでもらう』
頭部パーツに光る緑が、強さを増した。
『メインシステム、戦闘モード起動』
マインドγがマルチENライフルをフルチャージする中、621は戦闘機動を始めた。
《レイヴン──だからこそ、私たちは希望ある無秩序を望む》
「その通りだ。──621、交戦」
ミサイルを放ちながらアサルトブーストに点火。直後に警告音。マルチENライフルの真骨頂、レーザーとプラズマを混ぜ込んだビームが飛んでくる。621はこれを横にスライドして回避した。
『C4-621──レイヴン。Cパルス変異波形──エア。貴方たちはコーラルリリースのトリガー。ここで取り込ませていただきます』
『……御託はどうでもいい。このクソ野良犬を
「……死ぬぐらいじゃ止まらんさ」
敵機を蹴り、シールドの上からライフルをたて続けに撃ち込んでいく。
武装選択は見込み通りだった。火力型リニアライフルの衝撃蓄積力はバーストライフルに勝るとも劣らない。
あっという間にスタッガーを取り、パイルバンカーを突き刺そうとした瞬間。
621は横から割り込んできた機体にレーザーダガーで押しのけられた。射突された杭が虚空を切り裂く。
『野良犬……てめえには殺られたなあ。それも何度も』
彼らは確かに鬱陶しかったが、621は無視してマインドγを狙う。射線に無理やり入ってこないだけマシだった。
『なあ、俺ん中にも大勢いるぜ。てめえに殺られた残りカスが』
ライフルの弾倉が空になる。リロード。
『じゃあ教えてくれよ』
距離を詰めようとする621は、マインドγの右腕が光るのを見逃さなかった。機体の重心を左に寄せる。
『どれだけ殺すつもりだ?』
マルチENライフル、フルチャージの2射目が敵機から飛んでくる。
621は右にクイックブースト。フェイントを決めつつ相手の残弾について考えた。この使い方だと、残り6射で充填エネルギーが尽きる。
「確かに大勢殺したが」
しかし、621に戦いを長引かせる気は毛頭なかった。
「これからは殺られた奴次第だ」
『……何だと?』
以前と同じように、敵機はパルスシールドを展開しながら後退を続ける戦法をとってきた。
621はそこに付け入る。ブースタのアサルトブースト推力は平均的だが、燃費は悪くない。追撃しながらライフルとミサイルをぶつければ良かった。
敵機がスタッガー。距離があるため、621は右のリニアライフルをチャージ。電圧を引き上げて、引き金を引いた。
「……避けるか」
着弾直前に敵機の硬直が解けた。リニアライフルの弾速をもってしても回避されるとは思わず、621は声が出た。
直後に警告音。マルチENライフルのファーストチャージ。621は飛んできたレーザービームを空中で回避する。反撃にミサイルを発射、当てる。
続いて敵機がライフルをチャージ。その隙を狙って621は蹴りを入れた。
「おや」
その後のエネルギー管理が上手くいかなかった。小刻みなジャンプの間隔が乱れた瞬間、621はマルチENライフルのフルチャージ射撃に焼かれた。
『リペアキット、残数2』
『イグアス……この身体はもう持たない』
『……いよいよか』
しかし、消耗しているのは敵も同じだった。
《レイヴン、オールマインドが何かをしようとしています。私にも考えが》
「コピー」
戦闘が始まって以降沈黙していたエアが、言葉を発した。621は射撃を止めずに応答する。
敵機が再びスタッガー。621はリニアライフルのチャージショットを命中させ、更にミサイルを降らせた。
「キル──敵機撃破」
爆炎が上がり、マインドγが膝をついた。
『貴方たちは計画の異物なのです……』
全身から湯気をあげ、火花を飛ばすマインドγのカメラアイが消える。あっけない最期だった。
次の瞬間、マインドγは上から降ってきたものに押しつぶされた。
「……そう来なくちゃな」
『イレギュラー』
銀色の機体だった。造形はエアが持ち出したC兵器に似ていたが、武装が違う。全体的に大きいのだ。両腕の武装ユニットは8つの砲口を備えていた。
『これで全てを終わらせてやる』
ピッ、という音を621は聞いた。HMDに「友軍」の表示が出現。高速で接近していることを示していた。621は識別を確認する。
「コールサイン……エア?」
『はん?』
思わず振り向く。紅いブースタの光点が大きくなり、やがて技研製無人AC「エフェメラ」のシルエットに変化した。
白を基調に薄紅の差し色。ふたつの知性体が契りを交わしたあのとき、彼女が動かした機体。
それが621の左前方に着地する。ブースタが絞られ、排気。こじんまりとした背部カバーが閉じた。
『……お待たせしました、レイヴン』
紅と紺のACは正面の敵を見据える。頭部のカバーが展開し、カメラアイが青緑に灯る敵機を。
その敵機は背後に2機、変わった風貌の機体を従えていた。グリッド086最上層で交戦したC兵器──シースパイダー。本家より色黒で、紅いはずのブースタの光は青白かった。
『ようやく……あなたと並んで戦える』
「確かにな。──始めるぞ」
『ええ、私があなたをサポートします……レイヴン』
機動性を活かすべく、621とエアは二手に分かれた。
『あのひでえ耳鳴り……てめえの仕業だったのか!』
アサルトブーストに点火して距離を詰め、銃撃戦に入る。敵機は還流駆動だったが、エアが乗っていたコーラル駆動機と同様、動きが素早い。
『野良犬もろとも殺してやる!』
レーザーブレードを621は被弾した。ライフルと蹴り、ミサイルで反撃。ダメージを倍にして返す。
低軌道封鎖ステーション31は混沌に彩られた。赤熱したライフル弾、ミサイルが咲かせるオレンジの花、青白いレーザー。プラズマの紫、そしてコーラルの真紅。極彩色の殺意が戦場を飛び交う。
『……エア、貴方の同胞はきっと我々を受け入れるでしょう』
「エアが良くてもおれは受け入れん」
スタッガーした敵機にパイルバンカーをぶち込む。図体が大きい分当たりやすい。
『イグアス。貴方はオールマインドと一体になった。もう誰も貴方を止めることはできない』
『死ね』
硬直を脱した敵機が吠え、突撃してきた。アサルトブースト中の621と正面衝突。
『御託はいいと言ったはずだ。お望みなら、てめえらも消してやる……』
至近距離で敵機がレーザーブレードを振るい、621はまたしてもこれに当たった。
『リペアキット、残数1』
続いて高出力レーザービームが放たれる。621はその間に攻撃を集中、敵機をACS負荷限界に追いやった。
『今です、レイヴン!』
横やりは入らない。エアが黒っぽいシースパイダーの対処をしていた。しかし距離がある。621はミサイルとリニアライフルのチャージショットで追撃した。
『彼らを処分してください、イグアス』
『黙れ……』
「本当に助かってるぞ、エア」
『ありがとうございます。この調子でいきましょう』
エアがシースパイダーを上手く誘導するため、視界外からの攻撃が減った。621は自分の相手だけに集中し、ダメージを与え続けることができた。
『黙れ……まとめて黙りやがれ!』
集中砲火を受けていた敵機が、空中で小さくエネルギーの爆発を起こす。続いてノイズ混じりの声と共に、アサルトアーマーのような
パルスよりは緑色で、網のようにも見えた。それが通り過ぎた後、今度は紫の衝撃波が来た。シースパイダーから青白い爆炎が上がる。
『っ⁉ 共鳴して……!』
『イグアス⁉ 何を……⁉』
オールマインドとエアの声にもノイズが混ざった。
『干渉が! 機体と同調できません……!』
HMDからエアの反応が消える。
『私が……私が手伝えるのはここまで……っ!』
しかし直撃を受けたはずの621は無傷だった。
『消えやがった……耳鳴りも、バカみたいな声も……』
事態を引き起こした本人の声は、次第にノイズが薄れていった。それはまさに──
『透明だ……。気分が……いい』
敵機の腕部兵装が並列に展開。緑色の刃が伸びる。
『あとは……俺たちだけだ……』
「らしいな」
あれだけの混沌も、今は1対1の舞台となっていた。主役は2体の強化人間。
それに並びたつ変異波形と、機械知性。しかし彼女たちは、この戦いに手を出せない。
『ぶった切る』
鋭い斬撃が621を掠めたと思いきや、今度は621が攻勢に移り、イグアスをスタッガーにまで追い込む。
「お返しだ」
『落ちろ!』
パイルバンカーが命中すると同時に硬直が解け、621は緑の刃を真上から浴びた。
『リペアキット、残数なし』
『てめえはいつも俺の上を行った……
疑問を口にしながら、イグアスは刃を振り回す。621はイグアスを蹴り、強引に軸をずらして回避した。
「……腕」
振り終えた隙にライフルを撃ち込み、敵機はACS負荷限界。
『レイヴン! 今が好機です!』
「……だが」
621はそのままパイルバンカーを突き刺し、更に蹴とばした。
『貴方とは……間違いだった……イグアス……』
敵機はまだ硬直していた。621はリニアライフルをチャージ。
「あり方は同じだ」
『イレギュラー……』
トリガーを引く。放たれた極超音速の弾丸は、イグアスを寸分違わず貫いた。
青白いエネルギーの爆炎と、オレンジのそれが上がる。左足が弾けて安定板が飛び、621に当たって砕けた。
『俺はいつも……てめえが妬ましかった』
また爆発。今度は左腕が付け根から
右腕から刃が伸びる。長い。おそらくは出力限界を超えていた。
「そうか」
621も応じた。再度パイルバンカーを構え、敵機が振り下ろしにかかるタイミングで射突した。直撃。イグアスは右腕も失った。
それでも戦いは終わっていない。まだブースタは生きている。右脚が、頭がある。
『イラつくぜ……』
なればこそ、621は冷却を終えたリニアライフルをチャージした。敵機が頭を振り下ろしにかかる。頭突き。
『野良犬に……憧れたんだ……』
発砲。ブースタを狙ったそれは見事に命中し、イグアスの推進力を奪い去った。
「言った通りだ、イレギュラー。まだやれるな?」
621はイグアスに呼びかけるが、応答がない。
「あんた、G1は殴ったのか? このままじゃあんたは──負け犬だよ」
『……ふざける……な』
応答があった。
621はイグアスを煽る。憧れ? 冗談じゃない。
「殴るんだろ?」
『……ったり……めえよ』
最後の最後に諦めてもらっては困る。「向こう側」は目の前だというのに。
「野良犬に負けたままで?」
『……ころす』
行ける。621はそう判断した。
「……よし。──エア、トリガーを引くぞ」
『……ええ』
軌道上を埋め尽くすデブリの中に、無機質な声が漂う。
『わ、我々の……計画が……』
それはどこか、呆然としているようにも聞こえた。
『人類の……創生の可能性が……』
オールマインドは賽を投げかけていた。しかし、賽は
「そのトリガーは」
『私たちが代わりに引きます』
621はバスキュラープラントを見やる。
最初に聞こえたのは異音だった。プラント表面の電灯が消える。
続いて、パネルが陥没するのが見えた。陥没は至るところで発生し、その度に鋼材の千切れる音が鳴った。
頂上が歪んで見えるほどになった、次の瞬間。
漆黒が、出現した。
中心に紅い光が見えたが、徐々に小さくなり、最後には消えた。
その直後である。621は轟音を浴びた。発生源は目の前にあった。
『始まりました……これがコーラルリリース』
真紅の降着円盤に包まれた、マイクロブラックホール。それは大気圏に漂うコーラルを吸い込み、紅い川を作っていた。
『美しいと……思いませんか?』
「……ああ」
神秘的な光景だった。ここから吸い込まれたコーラルが、今度は吐き出されるのだ。全宇宙に向かって。
「行こう、エア。おれたちは火を点け続ける」
『はい』
そして621は、
『ありがとう、レイヴン……』
やがて、視界が光で塗りつぶされた。
賽は投げられた!