また変わらない朝が来た。規則正しい生活リズムの中、俺のような囚人は、朝を恐れる。何故ならば、看守の足音が己の牢の前で止まったのならば、その日が己の命日となるからだ。死刑執行。それは死刑囚に対し、直前に告げられる。それが死刑執行の当日の朝というわけだ。
「死刑囚XXX番、近藤 正義(こんどう まさよし)来い」
朝食を済ませ、朝の運動に皆が行く中、俺だけが呼ばれた。どうやら、ようやく俺の番のようだ。
◎
罪を犯し死刑になるには、それ相応の重い罪が必要だ。俺のばあいは、殺人罪だ。他にも余罪は多々あるが、死刑を告げられたさい、殺人罪が挙げられた。故に、殺人罪で俺は死刑になる。そのことについて、異議はない。法律で決まっていることであるし、妥当な判決だろう。まあ、俺は世間一般でいうところの極悪人というわけだ。そんな極悪人は、捕まり裁かれ、ついには縄で首を吊られ死ぬ。悪人らしい最期だとは思う。
だから、そんな俺は、死後の世界があるとすれば地獄とやらに行くのだと思っていた。しかし、どうやらそう簡単には休ませてはくれないようだった。
俺の目の前に、自称神がいる。
◎
神の容姿は覚えていない。男だったか女だったか、老人だったか子供だったか、それすらも覚えていない。ただ、とんでもない提案を持ちかけてきたのだけは覚えている。そう、神は最初に俺にこう言ったのだ。
『第二の人生を歩みたくはないか』
と。この甘く誘う言葉から始まる話は、俺にとってとても魅力的な話であった。
『君にはとあるゲームに参加してもらいたい』
『ルールは簡単だ。たったの3つ。よく聞くといい。
1つ。君を含め、計10名の転生した者たちで、ある目標を達成することを競いあってもらう。勝者は1人だけだ』
『2つ。ゲームに参加するにあたり、好きな力を与えることにしている。それを“スキル”と呼ぶ。もちろん、バランスは考えている。各自、1つだ』
『3つ。スキルは、転生した者が転生した者を“殺す”ことによって奪うことが出来る。スキルの譲与や貸借は不可だ』
『以上だ。参加する気がないのならば、このまま生命の輪へと還るがいい。しかし、参加する気があるのならば、仮初めの命、望んだスキルを与えよう。そして、勝利の暁には、望むがままの第二の生を、保証しよう。どうするかね?』
俺は、断る気がなかった。第二の生に興味があったし、ゲームの内容にも興味がわいた。殺し合いを推奨し、スキルを奪い合うゲーム。聞けば、第二の生にスキルは持ち越すことが可能であるらしい。
なぜ、このようなゲームを催しているのか。俺は神へと訊ねた。返ってきた返事は、俺の好みで、正直に言えば気に入った。
『暇潰し』
人の命を駒にして、力を与えて、どう動くのかを見るのだという。なるほど、人智を超越した存在にしか出来ない所業だ。面白い。
思えば、この一言が、俺の意思を固めたのだろう。俺は参加の意思を露にして、とあるスキルを望んだ。
そして、気がつけば、見知らぬ場所にいて、赤の他人の身体を乗っ取り、新たな世界に誕生していた。この世界の名前は、霧ヶ峰キリヤ。水の国というところにある忍者の里、霧隠れの里出身の下忍であった。
◎
「これより、中忍選抜試験予選を執り行う。予選1次試験担当官の――」
新たな身体に目覚めれば、俺は中忍選抜試験とやらの試験の真っ只中にあった。内心、混乱してはいたが、そういった感情は一時的に隅へと追いやり、周囲を確認する。
(――学校?)
かつて、大学に通っていたさいによく見た光景がそこにはあった。黒板を囲むように扇型に設置された机に、忍び装束の男女が複数腰掛けている。俺も既に着席しており、両隣には、見知らぬ顔があった。いや、正確には知ってはいるのだが、俺の知識ではない。
キリヤの記憶によれば、忍者のチームメイトであるらしかった。忍びは単独での任務は推奨されていないらしく、必ずといっていいほどチームを組む。三人で組むことをスリーマンセルというらしいのだが、両隣の男女とはそういう仲柄であるらしい。
不思議な感じではある。知人であり友人であるはずなのだが、赤の他人としか思えない。しかし、こうして、目の当たりにすると、そういった記憶は思い出せるのだが、意識を向けないと思い出せないとは、困ったものだ。場所は、水の国。霧隠れの里。どうやら、霧隠れの里が主催する番のようで、来年は火の国とローテーションを組んでいるらしい。
しかし、学校と思ったが、まさしくその通りだった。試験のために、特設した会場ではなく、既にある忍者アカデミーの一棟を貸しきって使用しているらしい。そう考えていると、黒板の前に立つ担当官が、「これより、ペーパーテストを行う」と宣言した。試験会場は少しざわついた。
(しかし、試験を受ける必要はあるのか? 経験にはなるが……)
(まあ受けておくか。この状況はそれなりに意味があるのだろう)
「……筆記試験なんてあるのか」
そう考えていると、誰かが小さくつぶやいたのが、微かに聞こえた。担当官も聞こえたようで、それにあわせて説明を始めた。
「忍者において、知識というものは、なくてはならないものである。もちろん、実際の任務における実力も必要ではあるが、それだけでよいと言うわけではない。勘や気合で戦える時代はとう過ぎている。これからの時代は、合理的に術を使い、戦わなくてはならない。とくに、中忍から上は隊を指揮する立場になる。より一層、頭を使う機会が増える。
ただ、ただの頭でっかちというだけでは困るのも確かではある。その場の機転、発想力、思考の柔軟性も大事である。予め言ってはおくが、中忍選抜試験は、総合力を見る。心・技・体、全てが兼ね揃っていいることが、合格の条件だ。1次試験は、その中で、知を試すペーパーテストになる。全てを測れるわけではないが、そのための試験だ。……わかったな?」
試験管の目が、とある忍びの方を見た。先ほどの声がした方向だから、釘をさしたのだろう。
「では、予選1次筆記試験を開始する」
そういうと、担当官は、受験生たちを見張るように横と背後の壁際に立っていた複数の他の試験官へと視線を飛ばす。素早い動きで、受験生1人、1人に2枚の試験用紙――問題用紙と、説明がかかれた解答用紙――と1枚の計算用紙が配られる。何の説明もなく、ただ、渡されただけの受験生たちは、小さな混乱の中にあるようだ。俺は、その試験用紙へと目を通す。
(成る程)
「こ、これはどういう試験で」
「14番、4点減点。尚、これからは減点を言い渡さない。注意しろ」
質問をしようとした1人の忍者が、言い切る前に、担当官より減点という言葉が告げられる。そのおかげか、みな、察したようだ。こういう試験であるということを。
問題用紙には、問題が3問。計算用紙は、同質の紙で何も書かれていない無地の紙だ。そして、解答用紙にはこう書いてある。
『中忍選抜試験予選 第1次筆記試験 解答用紙
・試験は試験用紙が配られた瞬間より開始される。試験時間は30分。試験の終わりに、試験官の終了の合図があるので、その際は筆記用具から手を離し、解くのをやめること。無視し、解答を続行した場合、失格となる。
・試験は減点方式である。持ち点は各々、15点。持ち点が0以下になった場合、失格となる。同時に、連帯責任として同小隊の者も失格とする。そのさいは、速やかに会場より退場すること。
・私語や相談、質問等の発言の一切を禁じる。破った者には一回につき持ち点より4点減点。
・カンニング行為が認められた場合、一回につき持ち点より4点減点。
・その他、不正行為とみられる行為全てを禁じる。一回につき持ち点より4点減点。
・問題は全3問。1問につき5点。1問間違えるごとに、持ち点より5点減点する。
・点数は、問題用紙が回収された後、計算される。その際に、1点以上持ち点が存在すれば1次試験合格とする。尚、試験後は、計算用紙を除いて、問題用紙と解答用紙を共に提出すること。問題用紙に、書き込みは認めない。』
要するに、1問でも解いて、何も動かず時間切れまで待てば合格ということだ。俺は、問題用紙にも目を通す。
(……なんだコレは?)
難易度がおかしい。霧ヶ峰キリヤという男は、まあまあ勉強が出来たらしいのだが、その知識を用いても解ける問題は一つもなかった。一番難しいと思われる問題は、なんと記述問題である。
『左という文字の意味を出来る限り詳しく説明せよ』
正直言って、意味がよくわからない問題だ。だが、試験の前の口上とこの中忍試験自体の意図を読み取れば、この1次試験の意図もわかるというものだ。
まず、不正行為が総じて、許されるという点だ。減点はされるが、一発退場ではない。これは、この世界も、元の世界も、常識で言えばおかしい話である。フツウならば、カンニングなど発覚すれば、即試験を中断させられ、全ての試験の点数が失われるだろう。つまり、それは推奨されているということだ。このルールは、忍者の術技を駆使して、試験官の目を欺いてみろといわんばかりのものだ。
(と、なると、だ。カンニングするも、問題を完全に解ける者がいなければハナシにならない――。つまり、サクラがいるわけか。この中に、試験官側の人間が、何人か紛れ込んでいるのだろう。知を試すとはこういうコトか……?)
俺が、試験の意図を考えているうちに、いつの間にかカンニングで退場になったものが居た。チームメイトの1人が失格となったせいで、同じ小隊に属する2人も失格となったようだ。口喧嘩がたちまち発生し、試験官により強引に追い出されるようにして、彼らは去った。
(仲間……か)
両隣を少し見やる。真ん中に位置する俺がそうしたので、俺と同じ小隊の2人は、気づいたようだ。幸い、2人ともまだ動いてはいない。まあ、減点されて既に崖っぷちかも知れなかったが、わかりようもない。しかし、どうも様子がおかしい。左に位置する仲間から、そわそわとした様子が伺える。
(――! そういうコトか)
俺が、気づいたのを感じたのか、左に位置する仲間は、解答用紙におもわせぶりに鉛筆を向け、解答用紙に文字を一つ書き込んだ。答えは見えないが、周辺視により、おぼろげながらどこに書いたのか、何を書いたのかが判断できる。
(択一問題?)
解答欄に書かれたのは、文字一つ。確実に数字ではない。その位置からして、解かれた問題は問題番号3番。計算問題だ。その問題は、かなり難解で、かつ時間がかかりそうな計算がある。もちろん、択一問題ではない。他の問題もいくら見ても、記号を選ぶ択一問題ではない。俺は、とある事実に気づいた。
(問題が、各自違うのではないか? あるいは数パターン存在する……いや、違うな)
周囲の様子を伺えば、どうも雰囲気がおかしい。先ほどから、カンニングなどを慎重に行っているのであろうに、誰一人、名前を書く以外に鉛筆の音が聞こえない。ずっと、そのあたりは気を巡らし注意を払ってはいたが、音は聞こえない。サクラの存在が感じられなかった。数パターン問題があるのならば、めざとくサクラをみつけ、答えを埋めているものもいるはずである。それがない。
(性格が悪いな。しかし、まあ……答えは見つかった)
それに気づけば、答えは明快であった。笑みさえ漏れそうである。そもそも、不正一つにつき、4点減点というのが甘すぎるのだ。せめて5点にすべきなのだ。何故ならば、不正一回で答えを一つ見つければ、1点残るではないか。つまり、それすらも考慮にいれ、何一つ答えが被らないテストを配ったのだろう。
俺は今から、不正を行う。使うのは、配られた三枚のうちの、何も書かれていない計算用紙。それに、問題を書いていく。そもそも、フツウは逆であろう。問題用紙に、試験についての説明がかかれるのではないか。採点の関係上、解答用紙はシンプルなものにするのではないだろうか。理由はともかく、俺の記憶の中では、問題用紙に説明がかかれている試験がほとんどだ。今回は、問題用紙が逆にシンプル――つまり複製が容易というわけだ。
簡単な問題にすり換え、解答用紙を埋めてゆく。解答用紙が、満点の答案用紙に変貌する。これで、俺は、問題用紙のすり替えという不正による減点があったとしても、11点。余裕の合格だ。ゆっくりと、本物の問題用紙を折りたたみ、手のひらで包む。そして、とある忍術により、用紙を消し去れば、完了である。
点数に余裕があったので、仲間にもその方法を伝える。まあ、見ていたようで、すぐに二人は書き始めていたが。
そして、教室にある時計の針を眺めるだけの時間が過ぎた。試験終了の3分前。担当官の口が開いた。
「――この時点で、中忍選抜試験を受験した28組のうち、18組が失格となった。ここまで、残った諸君らに、この試験に隠された6番目の問題を告知する。尚、正解すれば100点だ」
(……どういうコトだ?)
「心の上に刃を置く。それが忍びだ。心をしっかりと保ち、耐え忍ぶからこそ、忍者である。今回の試験は、答えられない問題ばかりだと思う。答えがない問題も多々ある。理不尽だと思ったかも知れない。
――だが、それが、忍びの道である。
現状を打破しようと、動くのは良い事だ。しかし、状況もまともに把握していないまま、無闇に動くのは愚か者のすることだ。情報収集をしっかりとやれば、この試験のおかしさに気づくことが出来るだろう。その上で、現状を打破する為に動くか、はたまた耐え続けるか。それを選べるようになるべきである。
また、チームワークも試させてもらった。諸君らは、各々の欠点を補うように小隊を組まれている。ゆえに、性格も気性も、バラバラだ。その中で、お互い励ましあいながら、耐え忍んだ点を私は評価したい」
「諸君らは第6問に十分に答えを示してくれた。1次試験合格だ。おめでとう」
――書き換えは無駄であった。何やら、恥ずかしい。まあ、正直、最後のどこぞのクイズ番組のような大逆転には少々納得はいかないが、ともかく、俺は2次試験に進むことになった。2次試験は、実技試験。昼休憩を挟み、午後からの試験である。
(中忍試験は、慣らしと考えるか。学ぶところが大きい)
……横目で、合格を喜ぶ仲間を見て、若いと感じてしまったのは仕方ないことだと思いたい。身体は若返っているが、気持ちは年寄りのままのようだ。