私は知らない
この問いかけに正しさはあるのだろうかということを
その意義が正しさに値するものであるかということを
人を殺したものを罰することは正しいのだろうか
その者を殺すべきだと正当化できたとして、
そう判断した誰かは罰されるべきなのだろうか
それとも、別の方法があるのかを
“要塞都市エリドゥ”に銃声が響き渡っている。
“アビ・エシュフ”に備えられたガトリングの砲身が、音を立てながらロールアップする。
砲身の先にトキと同じ
(――やはり、こうなりますか)
トキの視界に、目の前の人物が発砲するであろう、未来の銃弾の軌跡が可視化される。
はた目には異常ともいえる回避挙動で、トキはその銃弾を避けていく。
「――くそっ! んだよテメェ! チートでも使ってやがんのか!?」
その通りだと返事をするかわりに、トキはふたたびガトリングを構えて引き金を引く。
トキはただ銃弾を避けているわけではない。適切な選択肢を取り続けているのだ。ある時は避け、ある時は先んじて反撃し、ある時は迎撃システムに身を任せる。トキの全ての選択は、“アビ・エシュフ”の未来予知により成功が約束されている。
故にこそ、相対するのがミレニアム学園最強と呼ばれる人物であったとしても。すなわち、“C&C最強”を謳われるコールサイン
神秘の込められた金属脚が地面を擦る。
それに追いすがるように、けたたましく鳴り響く発砲音。黄金色の銃弾が空中ではじき落とされ、ミレニアムの夜空に火花を散らす。
甲高い音を拍子に踊るかのように、トキは挙動を変え、ダブルオーの回避を未来予測に織り込んだ、致命的な銃弾の雨を降り注がせる。
これで終わってくれる楽な相手であれば、どれだけよかったであろう。
ダブルオーは瞬時に射線を見極めると、致命的な銃弾のみに狙いを絞り、弾丸を避け、撃ち落とし、その体に傷を負いながらも、すばやく遮蔽に飛び込んだ。
並の相手であれば、とうに決着はついているというのに、滅茶苦茶なことだ。
(伊達に“最強”と呼ばれてはいないようですね。それに――)
視界に発された警告に、トキは追撃を取りやめて身をひるがえす。
視野外から飛来した大口径の弾丸が、トキのそばを掠めた。対物ライフルによる高速移動目標への正確無比な狙撃。C&Cのコールサイン
(……手こずっている場合では、無いというのに)
C&Cは連携を常とする。その言葉にたがわぬ他C&Cメンバーの実力を、トキは痛感していた。
単独の性能では“アビ・エシュフ”に勝るものは存在しない。
無尽蔵に弾丸が生成される6門の大口径ガトリング。
神秘を秘めた荷電粒子弾を放つレーザーキャノン。
両肩部に備えられた超性能の自動迎撃システム。
膨大な演算装置による疑似的な未来予知能力。
その中で最も特筆すべきは、やはり未来予知能力だ。
膨大な数の演算装置からバックアップを受けて未来を予測し、まるでゲームのHUDに表示されるインジケーターのように、起こりうる脅威がトキの視界に表示される。
キヴォトスを滅ぼしうる脅威と戦うために、それこそ“神”と戦うために造り出された“アビ・エシュフ”には、未来を見据える“眼”と、圧倒的な火力と防御力を兼ね備える“武装”の数々が備わっている。
しかし彼女たちは一糸乱れぬ連携で、“アビ・エシュフ”に食い下がっていた。
(本当に…厄介な先輩方です)
焦りが胸に打ち寄せる。
敵は、C&Cだけではない。アリスを奪還するために、連邦捜査部の“先生”に率いられた生徒たちが、“要塞都市エリドゥ”に侵入している。
計画、立案、実行、支援、あらゆる工程において、ゲーム部の面々を筆頭に、ミレニアム学園の数多の生徒が与している。セミナーの幹部すら関わっていそうな勢いに、トキはもう笑うほかない。
彼女たちを追い返すため、武装ドローンを率いるリオは今、どんな気持ちなのだろう。
(誰にも…私にも…リオ様と同じ視点を、持ってあげることができません)
わかっている。
いったい誰が彼女たちを責められよう。
ずっとリオのそばで見てきたトキですら、もしキバヤシに出会っていなかったのなら、リオの選択など理解できなかった。きっと彼女たちと同じように、この選択は倫理に反していると思いながら、リオにただ従うだけだっただろう。
そんなことは、トキはとっくにわかっている。
(リオ様の選択を、アリスの選択を、私はわかってあげることができません)
トキの脳裏に、一人の人物が思い浮かぶ。
リオの選択を、本当に理解してくれる存在がいるとするのならば、きっとあの人だけなのだろう。理解する役目は、トキではないのだ。
トキは思考を切り上げて、戦闘に意識を戻す。
(それでも、最後まで忠を尽くしましょう)
エージェント組織“Cleaning & Clearing”の一員として。
リオ専属のメイドであるコードネーム
リオが唯一信頼し任務を任せる、“懐刀”として。
(私は、リオ様の専属メイドなのですから)
トキはただ、リオに付き従うだけだ。
ミレニアム学園、会長執務室。
「…………はぁ」
リオの重苦しいため息が、部屋の中に響いていた。
トキはそれを聞きながら、ちらりとリオの手元に視線を落とす。そこには、分厚い黒いファイルが携えられていた。
リオのため息自体は珍しいことではない。
学園の運営などの公的な悩みや、ヒマリにネーミングセンスを罵倒されるなどの私的な悩みから、リオが心の内をこぼすことはよく見られる。
しかしその回数が一日の間に二桁をこえるのは、年単位の付き合いをもつトキから見ても、異常なことだった。
「気に病まれているのですか、リオ様。例の事件の…アリスのことを」
「……否定はできないわ」
ファイルから目をそらすように、リオが椅子に深くもたれかかる。
トキはあらためて、そのファイルを眺める。
内容を説明してもらうまでもない。盗み見ただけのトキが覚えてしまうくらい、何度も開かれているそのファイルは、アリスに関する膨大な調査資料だ。
背表紙の中では、廃墟で調べ上げられた“AL-1S”の機械的特性や関連情報と、学園内で記録された“アリス”の行動記録や性格診断が折り重なっている。キバヤシによる客観的な報告と、ヒマリによる主観的な主張が、その中に詰まっているのだ。
リオは今日、それを何度も読み返していた。
アリスという存在を確かめるように、苦汁を自ら味わうように、何度も、何度も、その資料を読み返している。その作業が終わるたびに、胸の奥のやるせなさを吐き出している。
その苦悩の原因は、やはりあの事件なのだろう。
「アリスと“不可解な軍隊”の接触。“別人格”の発現。暴走。……施設は損壊。崩落と“不可解な軍隊”による負傷者。その場に最初から居合わせた生徒の一人が、現在も意識不明……」
なんともいたたまれない呟きだった。
リオが頭を抱えたくなるのも、無理のないことだ。トキも後始末のために現場に行ったが、まるで爆弾でも落ちたかのような光景だった。
不幸中の幸いというべきか、迅速に駆けつけた他C&Cの面々と、偶然に居合わせたらしい連邦捜査部の“先生”の指揮により、暴走する“AL-1S”は制圧することができた。
しかしそれは、“アリスが危険な事件を起こした”ということについては、なんの慰みにもならなかった。
「予見できていたことだったのに……」
(リオ様……)
その言葉は、嘘ではなかった。
C&Cの動員と、警備ドローンによる廃墟のロボットの監視。今となっては哀しいことに、リオは、この事態を予見し対策を打っていた。アリスを護るために、廃墟のロボットから遠ざけようとしていたのだ。
ヒマリが“アリス”が無害であると嘆願し、キバヤシがそれを裏付けたがゆえに。リオは、アリスの人格を守ろうとしていた。
だがそれらは全て、些細なイレギュラーで無為になってしまった。
ならば、リオの悩みはその先にある。
「アリスを…責任をどうするか……」
その言葉にのせられた重責が、トキには見える。
ミレニアム学園のなかに広がる、事件への動揺。
リオはそれを抑えなければいけない。事件を釈明、あるいは隠匿し、セミナーのトップとして混乱を統制しなければいけない。
好む好まざるの話ではなく、何らかの対処をしなくてはならない。
それが、リオの学園の主としての義務なのだから。
「………はぁ」
ため息の記録回数を更新しながら、リオはファイルをまた開く。
無為なことだ。とうに、内容など覚えきっている。だというのに、縋るようにそれを手に取ってしまうのは、それしかよすががないからなのだろう。
リオは今、独りだった。
トキが傍に仕えてこそいるが、心情として、立場として、独りだった。リオと同じほどの聡明さを持ち、同じ景色を見て意見をくれる人物が、ミレニアム学園にはいなかった。いや、いなくなってしまった。
(ヒマリがリオ様を容れないのは、いつものことですが……)
事件の夜、セミナーの会長であるリオと、特異捜査部の部長であるヒマリは、緊急で会談を行った。この事件について、“AL-1S”について、“アリス”についての“解釈”を、もう一度擦り合わせるためだ。
この惨状を引き起こしてしまったアリスは、もう“無害な存在”と言い切ることができない。これは単なる、予言された滅亡への第一歩かもしれなかった。
そこで二人は、お互いの解釈をぶつけた。
リオは“アリスは排除するべき危険な兵器”だと解釈した。
実際に他の生徒達に被害を出した以上は、悪性の何かに意識を奪われる危険性がある以上は、もはや“アリスは危険な脅威”であると。彼女が滅亡を引き起こしうるとわかった以上、もはや排除をためらうことはできないと、リオはそう解釈した。
ヒマリは“アリスは保護すべき学園の生徒”だと解釈した。
被害が出てしまったとはいえ、危険な何かに意識を奪われたとはいえ、それこそ“アリスという人格が望んだことではない”と。彼女が滅亡を望んでいるわけではない以上、兵器として“処分”することなど認められないと、ヒマリはそう解釈した。
トキはその様子を眺めていた。
どちらが正しいのかわからなかった。アリスは“ただの少女”にも、“恐ろしい兵器”にも見えた。トキにわかったことといえば、二人の“解釈の違い”は決定的なもので、もうお互いが譲ることは無いだろうということだ。
そのことを、二人はトキ以上に理解していた。
リオがアリスを“処分”しようとすれば、ヒマリはそれを全力で妨害するだろう。リオはそれがわかってしまっていたので、トキに命じてヒマリを地下室に拘束させた。
今ごろはぷりぷりとリオへの怒りをこぼしながら、布団の中にでも寝転がり、ネットワークから切り離された端末を手慰みにさわっていることだろう。
「………本当に、残念よ」
その言葉にどれほどの意味が込められていたのか、トキにはやはり、わからなかった。
「キバヤシ様に、ご相談なさってはいかがですか」
だから、そう進言した。
きっとキバヤシはリオの味方になってくれる。
リオがこの問題を学園内で処理したいのはわかっている。けれど、もしリオが友人に相談しないのならば、トキが内緒で相談してしまおう。
トキはそう思っていた。
「ルリには、もう相談したわ」
「……さようでございましたか」
だからこそ、リオの返事には驚きとさみしさを覚えた。
相談してもなお、リオが悩んでいるということは、そういうことなのだろう。
しょげかえっているトキに、リオが声をかけてくる。
「勘違いしないでいいわ。ルリは敵対していない……ただ、完全な味方でもないというだけ」
トキの頭の中に疑問符が浮かぶ。
それを見て、リオは言葉を続ける。
「私の邪魔はしない。でも、ヒマリの助けにもなる。アリスを破壊するのも、滅亡の危機を放置するのも、ルリは嫌なのよ」
「それは……では今、キバヤシ様は何をしておられるのですか」
リオは、まさしくそれこそが悩み事なのだと言いたげに、指先で机を何度か叩く。
「……廃墟の奥地に潜っているわ。水没区画や、深部にある軍事工場。アリスと同じように“ヘイローを持つ機械”が居座る危険地帯を、命がけで探索している」
「!」
何故そんなことを。
そう言いたげなトキの意をくみながら、リオは今日でいちばん深いため息をこぼした
「アリスの人格保護プロトコルを完成させるためよ。アリスの人格は“AL-1S”という機械に偶然発現したもの。それを正規の仕様であると定義づけるために、機械のヘイローを介して“AL-1S”の行動規範意識領域にアクセスするための……」
トキがフリーズしているのを見て、リオは言葉を区切った。
「……つまり、“アリスが別人格に意識を乗っ取られないようにしたい”のよ。“アリス”の人格は滅亡を望んでいない。だからルリはヒマリと協力して、それを創っている。アリスの人格がそのまま“AL-1S”の主人格に収まれば、無力化されたようなものでしょう」
「キバヤシ様は、そのために廃墟を探索していたのですか……」
「そうね。“AL-1S”の情報を調べ上げた後も廃墟に潜っていた理由は、オーパーツを解析して、そのプロトコルに応用するためだった。箱はもうヒマリが造りあげている。けれど肝心の核になる部分だけは、まだ手に入っていなかった」
「その最後のピースが…危険地帯にあると?」
「それは私にもわからない。でもルリは、そこに手がかりがあると確信している」
リオは言葉を区切ると、目を閉じた。
「私もそれの完成を願っていた。アリスが無害であるうちに、非合理的な選択のつじつまが合うことを願っていた」
そして再び、ため息をついた。
「でもそれはもう叶わない」
希望を切り捨てるかのように、リオは断言する。
自分自身を諭すかのように、言葉が宙へと浮かんでいく。
「“Divi:Sion”という“古代人の残したAI”…言うなれば“AL-1Sの本来の持ち主”に、アリスはあの事件で見つかってしまった」
「見つかった…ですか」
「トキ。貴方、自分の落とし物を見つけたらどうする?」
突然の質問に、トキはうろたえた。
口から出てきたのは、単純な回答だった。
「……取りに行きます」
「そう、取りに来る。“不可解な軍隊”が廃墟を抜け出して、“AL-1S”の元へと向かおうとしている。“無名の司祭”たちが、アリスを滅亡兵器に変貌させるために動き出したの。それを助けるように、アリスの意識を奪った“別人格”が、位置を奴らに教えている」
リオの背に、やるせなさがにじんだ。
「もう一度接触したら、今度こそ終わりよ。手遅れになる前に、“AL-1S”を破壊しなくてはいけない。でなければ、行き着く先はアリスの暴走と予言の実現だけよ」
「……リオ様」
心配になり、思わず声をかける。
リオが平たんに言葉を紡ぐ様子は、どこか自分を納得させるようだった。トキにはそれが、心を削りとり、合理を形づくるための作業に見えた。ひどく、つらそうに見えた。
「もう選択の余地はないの。ヒマリの言うように、これからもアリスを保護し続けるのは危険が多すぎる。ルリがどれだけ力を尽くしていたとしても、今となってはもう手遅れ」
「もうおやめください、リオ様」
トキの心配を払いのけるように、リオはトキに、自分自身に向けて問いかけ続ける。
「アリスの破壊だけが、確実で合理的な選択肢なのよ、トキ。他の選択肢は、不確かで非合理的なその場しのぎのようなもの。それですべてが解決するわけじゃない」
そこまで自分を誤魔化して、ようやくリオは呟いた。
「他に選択肢はない。それに、時間もない……ミレニアムにも、ルリにも」
「キバヤシ様にも、ですか?」
「この後、会ってくればいいわ。補給を受けたいと要請が来ていたから」
リオは何度目かもわからないため息をこぼし、そして机にしまい込んであったキバヤシの色付き眼鏡を手に取ると、それを室内灯にかざした。
「……ほんとうに変わらないわね、あの子は」
トキはそれを見て、知らぬうちに笑みをこぼした。
リオのため息はきっと、その重責のせいだけではないのだ。友人が危ないことをしているのが、心配なのだろう。その仕草からなんとも人らしい本音がにじんでいた。
「リオ様の苦悩が、すこしわかった気がします」
うやうやしく礼をすれば、内心を察されたのがわかったのか、リオは少し顔を赤らめた。
リオはそれをごまかすように口を結んで黙り込むと、手に持ったそれを大事そうにしまい込んだ。
ミレニアム学園、郊外部。
廃墟と都市部の境にあるその場所には、無数のロボットの残骸があった。
それらを廃棄場へと輸送するべく、リオの警備ドローンに指示を出しているトキに、キバヤシが声をかけてくる。
「助かるよ、トキくん。さすがに一人では片付けられないからな」
「いえ。こちらこそ、ご助力に感謝します」
声のしたほうに目をむける。
くたびれたように壁にもたれかかるキバヤシは、久しぶりにみたその姿は、痛々しかった。
ちゃんと食事がとれているのだろうか。睡眠はとれているのだろうか。そんな当たり前のことすら心配になる。細身の身体をさらにやつれさせ、目元には深い隈を創り、身体に無数の傷をつくりながらも、それでいて眼だけは爛々と輝いている。
トキには、キバヤシが何かの“狂気”に憑りつかれているように見えた。
つらくなって目をそらすと、そこかしこが無残に砕け散ったロボットたちの姿があらためて目に入る。
十数体はあるだろうか。そのどれもが外骨格を巨大な弾丸に抉られており、くりぬかれた内部からばちばちと火花が散っていた。
「この数を、キバヤシ様おひとりで?」
「背後をつく形だったし、慣れた相手だ。弾が足りればなんということもない」
トキの疑うような言葉を、キバヤシはあっさりと肯定した。
その言葉を証明するかのように、キバヤシの傍らに立てかけられた4ゲージはあろう巨大な口径の銃からは、いまだに強力な神秘と硝煙の残滓が立ち上っている。
キバヤシの銃、というより砲は、明らかに対人以外が想定されたものなのだろう。あんなものを食らえば、いくら頑強なキヴォトス人といえど、痛いでは済まない。良くて大怪我、悪ければ……。
機械たちの残骸を見て、トキは身震いをする。
キバヤシは愛銃を人に向けないとリオが言っていた理由が、少しわかった気がした。
周囲を眺め立ちつくすトキに向かい、キバヤシは淡々と言う。
「たった数日だ。アリスが“Divi:Sion”に捕捉されてから、たった数日でこれだけの数が廃墟から抜け出して、ミレニアム学園へと向かおうとしていた」
「アリスを…“AL-1S”を再び暴走させるためにですか」
「“無名の司祭”どもは、それこそが本来の用途だと言うだろうがね」
憎々し気に、キバヤシはつぶやいた。
そしてドローンの背から補給物資を受け取ると、キバヤシは立ち上がろうとする。
その気だるげな様子に、トキは思わず声をかける。
「少しお休みになってください。ふらついています」
「いや……もう出発する。取材相手が待ってるからな」
「いったい何の話を……」
銃を杖代わりにして立ち上がると、キバヤシはトキを見据えて笑った。
「“機械の神様”だよ。古代の機械のことは、古代の機械に聞く。懇切丁寧に取材してやるさ」
キバヤシの言っていることが、トキにはわからなかった。
しかし受け取った補給物資の中身を考えるに、これから行おうとしていることが、酷く危ないことなのはわかっていた。
「滅亡の予言を回避するために、取材をする……今も昔も私のやることは変わらないな」
そう言い残すと、キバヤシは再び廃墟へと歩き去った。
幽鬼のように消えていくその後ろ姿を、トキは見送ることしかできなかった。
事の報告を受けたリオには、もう時間など残されてはいなかった
それからトキに下された任務は明瞭だ。
“AL-1S”を確保し、安全な場所に移送し、破壊する。
文にすればこれだけで済む。
だが実行するとなれば、そこには綿密な作戦が必要になる。アリスのヘイローを破壊するというのは、物理的にも心理的にも、到底容易いことではない。ヘイローの破壊には、強大なエネルギーが必要になるからだ。
拘束して銃で頭を撃ち続ければ済むなどというのは、あまりに楽観的がすぎる話だ。
自律兵器である“AL-1S”に自己防衛手段がないとは考えづらいし、例の“別人格”も廃墟のロボットを呼びよせ全力で抵抗するだろう。戦闘か、何らかの脅威が発生する可能性は極めて高い。
安全な場所として、“要塞都市エリドゥ”は最適な場所だった。
住民がおらず、数多の防衛機構があり、戦場にしても問題がない。それに、中央タワーにはエネルギーの集中機構があり、ヘイロー破壊の手段としてもこの上ない。もし全てが失敗しても、都市ごと自爆して闇に葬ることも可能だ。…決して、そんなことにはなりたくないが。
なんと考えなくてはならない困難の多いことだろうか。
(いえ…まだ足りませんね。この任務の本当の困難を、私は見ないふりをしている)
ゲーム部へ向かう道すがら、リオがトキへと話しかける。
「できるだけ説得はする。でも荒事になるならば……トキ。貴方の出番よ」
「イエス、マム」
短く了承の意を告げると、リオは前へと歩みを進める。
その背をながめながら、トキは思う。
この任務の本当の困難とは、すなわちゲーム部の面々から、アリスを引き離すことだ。
今からリオは、非情な選択を押し付けに行く。
ゲーム部からアリスを、奪い去りに行くのだ。ともに平穏な日々を過ごしてきた大切な友人を、ミレニアムのために破壊するから、黙って差し出せと告げに行くのだ。
それを考えてしまうと、無表情の仮面の下で、トキは暗い顔になってしまう。
(……わかりきったことです)
ゲーム部の面々は、連邦捜査部の“先生”は、決してこの選択を認めないだろう。リオのことを嫌悪し、ヒマリのように外道だと罵るかもしれない。
トキだって、きっと同じことをする。
世界のために主を、リオを差し出せと言われたなら。その友人である、キバヤシを差し出せといわれたなら。トキは決してそれを認めないだろう。それこそ相手をぶちのめして、地に叩き伏せてでも、絶対に拒んでやる。
しかし今、リオとトキは、そんな残酷な選択を強いる側にいる。
(奪うのは、こちら側だというのに。心とはままならないものですね)
自嘲するように、トキは笑う。
ミレニアム学園の長い廊下が、まるで自分の絞首台につながっているかのような、陰鬱な気持ちになる。自分達こそが執行人だというのに、まるで首をくくられる罪人のような気持になる。
前を歩くリオの顔は、見えなかった。そして、その足が止まることもなかった。トキはただ、その背についていくほかなかった。
いつのまにか、二人はゲーム部の扉の前に立っていた。
部屋の中から、話し声がする。
ゲーム部の、“先生”の、アリスの声がする。紙面やモニター越しでなく、そこにいる。それを実感したとたん、トキはひどい気分になった。
けれどそれをリオに悟らせるわけにはいかない。誰よりも苦しいのは、きっと主なのだから。
「……ルリのやり方を借りるわ」
ふと、リオが呟く。
文脈のないその言葉を、トキは測りかねた。
「ありえない出来事を納得させるために、“もっともらしさ”がいるというのなら……ルリの詭弁はうってつけよ」
リオは扉に手をかけて、数度の深呼吸を行った。
そして意を決したように力をこめて、
(バンッ!)とゲーム部の扉をあけ放った。
「話は聞かせてもらったわ……」
ゲーム部の面々が、連邦捜査部の“先生”が、突然に乱入してきたリオを見つめている。ミレニアム学園の頂点がいきなり現れたことへの困惑に、一同がざわめいている。
ちょうどアリスの起こした事件について話し合っていた、奇跡的なタイミングでの登場だったらしく、誰もが息を呑み、リオのことを見つめていた。
ただ一人、トキだけは、ぽかんと口を開けながら、ただ呆然とその光景を眺めていた。そんなトキを置き去りに、リオは声を荒げていた。
「ミレニアム学園は――滅亡する!!」
「「“な…なんだってー!?”」」
声を荒げたリオと、部屋の中に響いた一同の驚愕の声。
トキはただ、遠い目をしながら心を宇宙に彷徨わせた。
心が風邪をひきそうだった。
会話がトキの耳を右から左に通り過ぎていく。トキは自分の耳を疑った。ついでに眼も疑った。自分の頭がついにおかしくなったかと疑った。
しかし哀しいことに、目の前の光景は幻聴でも幻覚ではなかった。
キバヤシの例の予言が書かれた紙を、乱入したリオがゲーム部に突き付けている。
「これを見なさい」
「か、会長!? それはいったい……ま、まさか廃部通知ですか!?」
「え? ……いえ、違うわ。これは滅亡の予言よ。それもアリス―――あなたに関する“真実”よ!!」
「“!?”」
そう言うと、リオは、キバヤシとヒマリが前に議論していた予言の訳を諳んじた。
しかしトキは、それをまるで聞き取ることができなかった。トキはただ、遠い目をしながら心を宇宙に彷徨わせていた。
リオとの付き合いも、もう年単位のものになる。トキは月日をかさねて、リオのことを知ってきた。いまさら奇行の一つや二つ目をつぶることくらいできる。なんということはない、トキにはそれができるのだ。
―――いや無理だ。
さすがに無理だ。心が温度差で風邪をひきそうなのだ今まさに。深刻な事態を告げにきたはずなのだ私達は。どうしてあの深刻な流れからこうなるんだろうか。どうしてそれが、謎の説得力を生み出しているのだろうか。どうして…どうして……。
宇宙を漂流するトキの心を置いてきぼりにして、ただ状況が進んでいく。
驚愕と困惑に打ち震えるゲーム部の面々を見回し、たっぷりと余韻を持たせた後、リオはアリスを見据えながら、言い放った。
「アリス。いえ、“名もなき神々の王女”。あなたの存在ははるか昔から予言されていたのよ。このキヴォトスを滅ぼす――“災厄”としてね!!」
「「「“!!”」」」
「で、でたらめだ! 変な脳内設定を押し付けないでよ!」
「脳内設定? 違うわ…これは証拠に裏打ちされた――“真実”」
なんだかノリノリではないだろうか。
トキはいぶかしみながらも、この状況への理解を諦めていた。
たしかに、リオと同じ視点を持てないことを気に病んだことはある。
だが別段、全てを理解する必要もないんじゃないだろうかと、トキは思いなおす。だって何が何だかわからないもの。考えても、わからないもの。
無表情の下に諦念を隠しながら、トキはリオがつらつらと予言を解説する様をきいた。それはほとんどキバヤシが語っていた内容と同じだったが、それでもトキの脳は理解を拒んでいた。
いつのまにか、リオが締めくくりに入っている。
「“名もなき神々の王女”、“無名の司祭”、“太古の遺産”、“Divi:Sion”、“不可解な軍隊”、そして“滅亡の予言”。ここまでくれば―――それはもう偶然ではなく必然といえるのではなくて?」
「……!!」
「そうね…貴方たち風にいいなおしてあげましょう。アリス……いえ、“AL-1S”。あなたは“勇者”ではない。あなたは――」
「この世界を滅ぼす――“魔王”なのよ!!」
「「な…なんだってーー!?」」
トキはなんだか、涙が出てきた。
リオはこんなことしないと脳内でトキは突っ込んだが、目の前の光景が即座に否定してくるのがつらかった。情緒がめちゃくちゃになっていた。心の風邪をひきそうな気分だった。
確かに、間違いではない。間違いではないのだ。言っていることは。内容はキバヤシの調査通りだし、アリス達もまた思い当たる節があるようだし、なんともいえない“もっともらしさ”がそこに生まれているのは、確かに事実だ。
でもトキは、事態の深刻さと、目の前の絵面の温度差に、なんだか涙が出てきてしまった。
驚愕に打ち震える一同に向かって、リオが淡々と言葉を続ける。
「事態を解決する手段は一つだけ……アリス。あなたが消えること。あなたが安全な場所で“処分”されること」
しかし、そこで言葉が詰まった。
嗚呼、と漏れそうになる声を、トキは抑えた。
リオが言葉を区切った瞬間、後ろ手に固く拳を握ったのが、見えてしまったから。
「……あなたは……ただの機械なのよ。合理的に判断できるのなら、大人しくついてきなさい」
「っ……!」
「アリスちゃん、聞かなくていい! こんな変な人の言うことなんか、聞かなくていいっ!! 合理的ってなにさ、そういう問題じゃないでしょ!!」
ゲーム部の面々が、先生が、その叫びを皮切りに口々に反論をする。
リオはしばらく、それを聞いていた。責められることが慰みにでもなるかのように、聞いていた。
それでもリオは、それを封じるように言い放った。
「貴方たちがアリスのことを…ソレを大切にしているのは理解しているわ。でも――ソレは他の生徒たちから、私から、もっと多くの大切なものを奪う」
「“そんなことは、わからないよ”」
「そう、未来のことはわからない。でも、予見することはできる。アリスが起こしてしまった事件から、すでに滅亡が迫ってきてしまっていると、予測することはできる」
リオが“先生”を睨みつける。
「あなたと私は立場が違う。私には責任がある。ミレニアム学園を守る責任が、大切なものを守る責任が、セミナーの会長である私にはある。その責任の放棄は、非合理な選択よ」
「自分の大切なもののためって……なら、どうしてアリスちゃんを殺すだなんて言えるのさ……! 私達だって、アリスちゃんが大切だよ! 自分も同じことを言ってるくせに、どうしてそんなこと言えるのさっ!」
その悲鳴のような叫びに対し、リオは自分に言い聞かせるように答えた。
「同じだからよ。貴方たちも私も、感情的な動機は同じ。“大切なものを守りたい”、ただそれだけのこと。それでどちらが正しいか結論が出せないのなら、後は合理性に頼るしかない」
そしてアリスに歩み寄ると、懇願するように見つめて、リオは言う。
「一人を排して、世界を守るか。一人を見逃して、世界を殺すか。ソレを天秤にかけたなら、私は感情を排してでも世界を選ぶ」
リオはそっと、アリスに手を差し出した。
「お願いよ、アリス。貴方が“勇者”だというのなら、人を救うための存在だというのなら……私についてきてちょうだい。私のために死んでちょうだい。私の大切な者を、世界を、あなたが殺す前に」
アリスも、ゲーム部の面々も、“先生”も、その場にいたものは言葉を失った。それは、トキもまた同じだった。
トキの脳裏に、問いかけが浮かぶ。
もし立場が逆だったなら、リオはどうするだろうか。
例えばキバヤシやトキが、世界を滅ぼしうる存在になったとして…リオはどうするだろうか。
(……同じ選択を、するのでしょうね)
トキはようやく、リオの苦しみがわかった気がした。
アリスもそれがわかってしまったのか、リオの手を取った。
トキの出番が訪れることは、そこにはなかった。
ゲーム部に伝えられたアリスの衝撃の真実! しかしそれはセミナー会長の陰謀にすぎないのか…?
衝撃の真相を解明するべく、ゲーム部の面々は“要塞都市エリドゥ”の奥地へと足を踏み入れた―――!