話は聞かせてもらった…キヴォトスは滅亡する!!   作:ひな伯

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Feu, couleur d'or du ciel en terre veu,
Frappé du haut n'ay, fait cas merueilleux
Grand meurtre humain, prinse du grand neueu
Morts d'expectacles, eschappé l'orgueilleux

--Nostradamus Quatrain 92, Century 2




 キヴォトスの南西部にある広大な砂漠地帯。

 かつては砂の王宮として栄華を極めたアビドス高等学校だが、今となってはその面影は見られない。
 毎日のように続く砂嵐により住める場所は削り取られ、狭まった生活圏には暴力組織がはびこっている。統治するべきアビドス高校は砂漠化により巨額の借金を抱え、生活を危惧した住民たちは今も減り続けている。

 もうお分かりだろうが、あえて言おう。
 アビドス高校は廃校の危機を迎えている。

 しかし希望はある。

 アビドス高校に残った極わずかな生徒たちが団結し、アビドス廃校対策委員会を設立。絶望的な状況においてもあきらめず――存続をかけて行動しているからだ。



アビドス対策委員会編
1.アビドス高校は滅亡する!! 前編


 

 

 アビドス高校、アビドス廃校対策委員会室。

 

 

¥962,350,000

 

 

 ホシノはその紙切れをつまみあげて光に透かし、片目で眺めたり角度を変えてみたりした。しかしそんなことをしても数字が変わったりしない。9億6235万円は、9億6235万円だ。

 

 (うへ~、どうしたもんかなこりゃ)

 

 アビドス高校が受け継ぐ負の遺産。

 その重さを、対策委員会の現委員長であるホシノはかみしめていた。

 

 なぜアビドス高校はこれほど巨額の借金を抱えてしまうことになったのか?

  

 かつてホシノはそれを調べようとしたことがあった。しかし、結局のところ詳細はわからずじまいだ。アビドス高校は砂漠化の影響で移転を繰り返していたし、そもそも文書を管理する人員すらいなくなって久しい。仔細は文字通り砂の下に埋もれてしまっていた。

 

 はっきりとしていることといえば、“アビドス高校はカイザーコーポレーションに9億6235万円の借金がある”という事実のみ。

 

 “毎月課される776万円の利子を返せなければ、アビドス高校は瞬く間に差し押さえられてしまう”という事実のみ。

 

 (うんうん、相変わらず先が見えないね~)

 

 うら若い少女の身でありながら“おじさん”を一人称として用いるホシノだが、背中から中年の哀愁が出そうになったのは一度や二度ではない。借金沼につかりきった経営者のような悲哀が、今日もホシノを襲っていた。

 

 ふと、ホシノの口からあくびが漏れる。呑気に現実逃避をしているわけではない、毎晩寝ずに自治区の見回りをしているせいで眠くてしようがないのだ。

 

 賞金のかかった犯罪者を捕まえること、自治区の治安を維持すること。利子返済と治安維持を兼ねた一挙両得の活動ではあるのだが、いかんせん負担が大きいもので、昼間はいつもあくびが漏れてしまう。

 

 大変で地道な活動だが、ホシノは毎日欠かさず行っている。

 治安が良くなり、仕事が増えれば、移住してくる人も増えるかもしれない。アビドスに活気が戻ってくるかもしれない。責任感が強いホシノとしては、アビドス高校の存続のためならば労を惜しむつもりはない。

 

 …それはそれとして、昼寝はしたくなるが。

 

 とにもかくにも眠気をこらえられなくなってきたホシノは、部屋であれこれと騒いでいる後輩たちに注意を向けて意識を保とうとした。

 

 「今月の利息返済まであと300万。…300万円っていくらだっけ」

 

 「セ、セリカちゃんがバイトの疲れで壊れちゃった…!」

 

 「ん。ここはやっぱり銀行を襲撃すべき。5分で1億は稼げる」

 

 「シロコ先輩!犯罪はダメって言ってるじゃないですか!」

 

 が、あくびの代わりにため息が出そうになっただけだった。

 

 彼女たちは廃校寸前のアビドス高校に残ってくれているたった4人の後輩だ。2年生のノノミとシロコ。1年生のセリカとアヤネ。ホシノにとってなによりも大切な宝物と言いかえてもかまわない。

 

 彼女たちもまたアビドス高校を救うべく、利子返済のために(方向性はともかくとして)努力をしてくれている。

 

 それを嬉しく思う一方で、歯がゆさや罪悪感といった重たい気持ちがホシノの底に溜まっていく。

 

 足掻いたところで、願ったところで、努力が劇的に報われることはない。

 永年吹きすさんだ砂嵐のせいで、幸運の兆しは埋もれたままだ。

 

 (こりゃあ、おじさんも年貢の納め時かなぁ~)

 

 寝不足のホシノの脳裏に、うさんくさい黒服の顔…顔?が浮かび上がる。

 

 “アビドス高校の借金を肩代わりするからホシノの身体を差し出せグヘヘ”

 

 そんなあまりにも醜聞の悪い取引を持ち掛けている怪しい大人、“黒服”。何をされるかわかったものではないと、当然ながらホシノは拒み続けている。

 

 しかし、そんな黒服の連絡先を消しておけないのは……

 

 取引の存在を後輩たちに打ち明けることができないのは……

 

 いざというときの最後の手段だと思ってしまっているからだった。

 

 「溺れる者は藁をも…ねぇ。うへ~、世の中せちがらいなぁ」

 

 そんな風にホシノがこぼした時だった。

 

 

 

 「話は聞かせてもらった……」

 

 (バンッ!!)と勢いよく扉が開け放たれ、驚いた対策委員会の面々は目を向けた。

 

 視線の先には、すらりとした体躯の少女が立っていた。

 

 道中で砂嵐にでも見舞われたのだろうか。そこかしこについた砂を部屋に入る前に丁寧に落としつつ、そのくせ突然の登場を悪びれる様子もないちぐはぐな印象の少女。

 

 漆黒のヘイロー。切りそろえられた暗い髪。宝石のような青い瞳を色付きの眼鏡で隠しながら、彼女は叫んだ。

 

 「アビドス高校は――滅亡する!!」

 

 「「「な、なんだってー?!」」」

 

 対策委員会の一室に、一同の叫び声がこだました。

 

 

 

 「いやいやいや、まずどちらさま~?」

 

 ホシノの気の抜けた声に、少女は身をただした。

 

 「突然の訪問、失礼した。私はキバヤシ、樹林ルリだ。連邦生徒会文化室に所属する雑誌編集者で、決して怪しいものではない。これがその証拠だ…」

 

 そう言うと、不審者…もといキバヤシは写真付きのIDカードを差し出した。

 

 ホシノはそれをまじまじと眺め、連邦生徒会の発行したものと認めつつ写真とキバヤシと見比べる。白と青が基調の制服、確な造りの身分証明書。なるほど、たしかに目の前の少女は連邦生徒会に所属しているらしかった。

 

 「ま~、どっちにしろ怪しいのはかわらないんだけどねぇ~」

 

 ホシノは柔和な雰囲気でそれを返しながら、警戒度を跳ね上げていた。

 

 (連邦生徒会の人間が今さらなんの用だってのさ。…うへ~、めんどうごとのにおいがする)

 

 ホシノは連邦生徒会の人間を信用していない。いや、はっきりと言って嫌いだ。

 

 そもそもの話として、連邦生徒会とアビドス高校の関係は良好ではない。

 

 砂嵐という自然災害に見舞われたアビドス高校は、支援を求めて何度も嘆願書を連邦生徒会に送っている。なんならホシノもそのうちの一人だ。歴代の生徒会員は、何度も、何度も、どうにもならない現状を助けてほしいと連邦生徒会に手紙を出してきた。

 

 だがその結果は見て見ぬふりだ。

 内政干渉に当たるだとか、借金は自業自得だとか、学園間の公平性だとか…そんな感じの理由をつけては、連邦生徒会は何もしない。そのくせ、新しい協定やら体育祭やらには協力するよう、頭ごなしに言いつけてくる。

 

 ホシノにとっては、いや、アビドス高校の生徒会にとっては、連邦生徒会は冷たい傍観者なのだ。

 

 ゆえに、目の前の人間を野良猫のごとく警戒し、内心で忌み嫌うのは当然のことだった。

 

 (ただでさえ手いっぱいなのにね~。おじさん、ほんと勘弁してほしいよ…)

 

 顔を見ているだけで嫌悪感と敵愾心が募ってきそうになる。が、それを表に出すほどホシノは子供ではない。当たり障りのない対応して、とっとと帰ってもらう。そして一秒でも早く存在を忘れよう。

 

 ホシノはそう思っていたのだが―――

 

 「ん。キバヤシは『月刊MMR』の編集者、あってる?」

 

 シロコが目をキラキラと輝かせながら、部屋に置いてあった雑誌を手に詰め寄った。

 

 「おや。気がついてくれるとは思っていなかったな」

 

 キバヤシはそれを受け取ると、感慨深そうに雑誌を眺めた。その反応で確信したのか、シロコはぴょこぴょこと耳を動かした。

 

 「部室にいっぱいあったから全部読んでる。とても面白い」

 

 「そんなに喜んでくれていたとは…てっきり捨てられているかと思っていたが、嬉しいものだな。毎月送っていた甲斐がある」

 

 シロコの感想を聞いて、キバヤシは本当に嬉しそうに微笑む。

 その光景に他の面々があっけにとられる一方、ホシノは静かに怒っていた。永年の疑問が氷解したからだ。

 

 「…もしかしてだけどさ~、毎月届くあの雑誌って、キバヤシのしわざだったりする?」

 

 「そうだが」

 

 「そうだがぁ? そうだがじゃないよ~!」

 

 ホシノはぷんすかと怒りをあらわにしながら雑誌をシロコから取り上げて、新聞紙のように丸めてはキバヤシに突き付ける。

 

 「おじさんはねぇ、ほんとに気味悪かったんだよ!? 頼んでもない雑誌が毎月送られてくるし! 表紙からしてなんかヤバそうだし! 処分したらなんか呪われそうだしさぁ!」

 

 「いや…待ってくれ。もしかして君は、君たちは…読んでくれていないのか?」

 

 キバヤシはシロコ以外の面々を見渡すが、誰一人として声をあげなかった。

 

 「ま、まさか…ぬか喜びということか?」

 

 「ええと……」

 

 何と答えればいいものか。

 そんな気まずい沈黙を打ち破るように、シロコが頷いて、言った。

 

 「ん。くだらなそうだからって、私以外は読んでない」

 

 

 愕然とするキバヤシに向かって、シロコは無慈悲にとどめを刺した。

 

 


 

 

 部屋の隅で抜け殻のように落ち込むキバヤシと、それを慰める…ように見せかけて言葉で刺しつづけるシロコをみて、ホシノの気はすっかり抜けていた。

 

 あくびを漏らしながら他の面々に目を向ければ、後輩たちが件の雑誌…『月刊MMR』をぱらぱらと流し読んでいる。

 

 「聞かなくてもわかるけど…なにが書いてあるんですか、ノノミ先輩」

 

 「ほとんどはオカルトや超科学、それから陰謀論と未確認生命体と…あとは世界滅亡論ですね」

 

 「ぜんぶくっだらないじゃないのよ!」

 

 「『○○は滅亡する!?』はキャッチコピーみたいです」

 

 「存在自体が人騒がせな雑誌だねー、おじさんは興味ないかなぁ」

 

 呆れたようにホシノがつぶやいた途端、キバヤシは再起動し立ち上がった。

 ずかずかとこちらに歩み寄るさまは妙に迫力があり、みな思わず身を引いてしまう。

 

 「な、なによ。怒ったの!?」

 

 「違う。滅亡と言われて本題を思い出しただけだ」

 

 そう言うと、キバヤシは鞄から黒く分厚い本を取り出した。

 

 ホシノはその本に古めかしく不気味な印象を受けた。装丁は丁寧に補修された跡がいくつもあり、年季が入っていることだけは確かなようだった。

 

 「その本はいったい…?」

 

 「予言書だ」

 

 「うっわ、うさんくさっ!」

 

 「ん、あれが『世界滅亡の予言書』…!」

 

 「はいはいシロコちゃん、真に受けなくていいからね~」

 

 冷たい反応を浴びせられながらも(シロコだけは好奇心に目を輝かせていたが)、キバヤシは動じずにテーブルに予言書を置く。

 そして慣れた手つきで丁寧にページをめくりながら、独り言のようにしゃべり始めた。

 

 「君たちは侮っているかもしれないが、キヴォトスにとって“予言”の存在は大きなものだ。トリニティ学園における神託、百鬼夜行学院の百花繚乱などが示唆するように、予言は歴史ある学園においても重視されてきた。

 

 この予言書も本来であればゲヘナ学園で厳重に保管されなければならないものだ。これは太古に人々を恐慌に引きずり込んだ恐ろしい本であり、決して万魔殿の連中が枕代わりにしていい代物では……いや、この話はいいか。

 

 とにかく、キヴォトスの先人たちは大真面目に予言を信じてきたということだ。私もその例に漏れないだけであり、胡散臭いと断じるのは早計だ。そもそも、その身で神秘を体感すれば、人はおのずと真実に気がつくものだ。

 

 未来はすでに予言されていたのだと、体感することになるんだ」

 

 その語り口は真剣そのものだ。

 はじめは冗談半分に聞いていた対策委員会の面々だったが、気がつけばキバヤシの声に聞き入っていた。

 

 「この詩を見たまえ」

 

 キバヤシの細い指が紙面上に落ちる。見慣れない不思議な文字で書かれた文章を皆はのぞき込んだ。

 

Feu, couleur d'or du ciel en terre veu,

Frappé du haut n'ay, fait cas merueilleux

Grand meurtre humain, prinse du grand neueu

Morts d'expectacles, eschappé l'orgueilleux

 

 

 キバヤシの透き通った声が文字をなぞり、詩を訳した。

 

 

「空から金色の火が降り注ぐ地。高みから課された税、驚異的な事実。偉大なる者は殺され、その甥は攫われる。死の見世物が行われ、誇り高き者は逃れる

 

――Nostradamus 百詩篇第二巻 九十二番」

 

 ごくり、とだれかの喉が鳴った。

 

 いや、それはホシノ自身のものだったかもしれない。何故かわからないが、目の前の詩は酷く嫌なものに感じられた。それは後輩たちも同じだったようで、どうしたものかとお互いを見回していた。

 

 「…なんだか、物騒な詩ですね」

 

 沈黙ののち、アヤネが感想をこぼした。

 

 「この詩こそ、私がここにやってきた理由だ」

 

 「ん…どういうこと?」

 

 「アビドス高校の現状とこの詩の内容…なにか気がつかないか?」

 

 キバヤシはもったいぶって言葉を止め、対策委員会の面々を見渡す。

 何か恐ろしい真実が像を結びそうになっている予感がして、誰もそれに答えることはできなかった。耐え切れず、セリカは声を張り上げる。

 

 「わ、わからないわよ! こんなのどうせくだらないお遊びでしょ!? 意味なんて――」

 

 「――待って、セリカ」

 

 「シ、シロコ先輩…?」

 

 シロコが目を爛々と輝かせながら、キバヤシを見る。

 キバヤシはそれを受けて頷き、先を促した。

 

 「“空から金色の火が降り注ぐ地”、これは“砂漠とアビドス高校”を指していると思う」

 

 「――! ま、まさかこの詩は私たちの状況を表しているとでもいうのですか!?」

 

 「ん、その通り。“高みから課された税”は、“カイザーコーポレーションへの借金”のこと。次は……」

 

 シロコが行き詰ったのをみて、キバヤシが助け舟を出す。

 

 「“驚異的な事実”。この予言書に多く使われる文言だ。これは多くの場合“陰謀”のことを指している。シロコくんの読み解いた前文と合わせれば、“大企業の強いる借金の裏には陰謀がある”…そう解釈するのが自然だろう」

 

 「「「!!」」」

 

 「ま、まさか……!」

 

 (う、うへ~なんだろう。おじさんなんか悪寒がしてきた)

 

 なにがなんだかわからないが、ホシノは先ほど予言とやらに感じたものとは別種の嫌な予感がしてきた。

 そんなホシノを取り残して、彼女たちはヒートアップしていく。

 

 「じゃ、じゃあその次は――」

 

 「“偉大なる者は殺され、その甥は攫われる。”こ、これは“陰謀によって殺人や誘拐の被害者が出ている”ということですか!?」

 

 「その通りだ。陰謀により、“アビドス高校にとって地位のある者が被害を受ける”。いや…すでに受けてしまっている」

 

 全員の注目が自分に集まり、ホシノはだんだん冷や汗がでてきた。

 嫌な予感の正体にホシノは気が付きかけていたが、理性が認めたがらなかった。

 

 「ん、なら“死の見世物”は…」

 

 「具体的には私にも分からない。だが…それはもしかすれば“アビドス高校の滅ぶ様”を表しているのかもしれない」

 

 「!! じゃ、じゃあ“誇り高き者”がいなければ、逃れることはできない……ってつまり!?」

 

 「そうだ。つまりこの予言が指していることとは――!」

 

 いちばん疑ってかかっていたセリカまでもが話に呑み込まれてしまっているのをみて、ついにホシノは気がついた。しかし――今となっては遅すぎた。

 

 「すべては――“カイザーコーポレーション”の“陰謀”だったんだよ!!」

 

 「な……なんですって――!?」

 

 「“誇り高き者”なしには“アビドス高校は滅亡する”んだよ!!」 

 

 「「な、なんだってぇー!?」」 

 

 

 「ちょちょちょストップ!ストップ!ストォーップ!!」

 

 

 ホシノは慌てて叫んでいた。

 なんだか知らないが、かわいい後輩たちの精神が汚染されてしまった気分だった。

 

 「ないから! 別に陰謀とかそういうのないからね!?」 

 

 とにもかくにも否定しようと声を荒げたホシノだったが、キバヤシに顔がくっつくのではないかと思うほどに引き寄せられた。

 

 「ホシノくん、君はわかっていない!!」

 

 そして力強くホシノの肩を掴み、ゆっさゆっさと揺らし始めた。

 

 「すべては“陰謀”なんだ!! 君がいなくなることがアビドス高校の滅亡の始まりなんだよ!!」

 

 「顔がちかいって! いんちきな予言もたいがいにしてよぉ~!」

 

 「くっ…予言を信じられないのはいい!だが予言を信じる私たちを信じてくれ!!」

 

 「さらっと複数形にした!? かわいい後輩たちを誑かさないでくれないかなぁ~!?」

 

 「事実は人を揺り動かすものなんだ! 君だって何も思わないわけじゃないだろう!!」

 

 「っ!何を知ったふ……ちょ、ま……う、うへ…吐きそぅ……」

 

 「その辺にしてくださいキバヤシさん! ホシノ先輩の首が赤ちゃんみたいになってます! 物理的に揺り動かされてます!!」

 

 ノノミに二人が引きはがされると、部屋には悔しそうにこぶしを握るキバヤシの荒い息遣いだけが響くようになった。 

 

 猛烈な吐き気に襲われながら、ホシノは考える。

 予言とやらに思うところはある。自分の過去を照らし合わせれば、ほんとうに予言されていたのではないかと思ってしまうくらいだ。だからこそキバヤシへの不信感が、疑惑が胸の内で渦巻いていた。

 

 (知りすぎている。なぜ? まさか、いや、そうだとしても、いまさら――)

 

 ホシノは気がつかないうちにキバヤシを睨みつけていた。それこそ、射殺さんばかりに強く。普段は温厚なホシノの豹変に、後輩たちはうろたえていた。

 

 キバヤシはそんなホシノからつらそうに眼をそらす。

 

 ただごとではない空気を皆が感じる中、アヤネが切り出した。

 

 「予言の真偽はいったん脇に置きましょう。キバヤシさん、私たちにこれからどうしてほしかったんですか?」

 

 「え、この人って予言を言いたかっただけじゃないの?」

 

 「違いますよ。…違いますよね? 私の推測ではまだ言いたいことがあるはずなんですけど」

 

 「…ああ。君の考えている通りだ。予め言っておくが、これから言うことは極秘情報だ」

 

 色付き眼鏡をしっかりとかけなおしてから、キバヤシは顔を上げ対策委員会の面々を見回した。

 

 「決して口外しないでいただきたい。現在、連邦生徒会では生徒会長が失踪している」

 

 「はあ!? い、一大事じゃない!」

 

 「そうとも、おかげでキヴォトスは大混乱に陥っている。…だが心配ない。あと数日もすれば、彼女の代わりがやってくる」

 

 「ん。まさかその人が?」

 

 「そうだ。“誇り高き者”…すなわち“先生”のことだ」

 

 「…キバヤシさんは、それを私たちに伝えてどうしたいんですか?」

 

 「時が来たら、もう一度、連邦生徒会に嘆願書を送ってほしい。連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)の“先生”宛にだ。私がして欲しいことは、それだけだ」

 

 「でも…どうせ無視されるだけでしょ? それになんの意味があるってのよ」

 

 「意味ならある。彼か彼女かはわからないが――“先生”は必ず君たちの助けになってくれる」

 

 キバヤシの声音は確信に満ち溢れていた。

 

 名前すら、性別すらも知らない相手を何故信頼しているのか。

 

 対策委員会の面々はそれを不思議に思ったが、それでも目の前の奇妙な変人の言葉にうなずきかけ――

 

 「うーん、やっぱりおじさんは信用できないけどね。その“大人”のことも、なによりキバヤシのことも」

 

 「ホシノ先輩…」

 

 ホシノがそれに待ったをかけた。

 

 「そもそもさ~、なんでキバヤシはアビドス高校に関わろうとするわけ?」

 

 「それは……アビドスから転校した人々に事情を聞き、頼まれたからだ。そして予言を見つけ…」

 

 「個人的な善意で来たって? 連邦生徒会としては助けてくれないのに? うへー、うさんくさ」

 

 「たしかに連邦生徒会としてはアビドス高校の窮地を救えない。だが――」

 

 「う~ん、もういいよ。キバヤシが怪しすぎておじさん疲れちゃった。変な雑誌も送りつけてくるしさ」

 

 「ざ、雑誌は関係ない…というか変でもないだろう」

 

 「いやあるでしょ。表紙も中身もなんなら本人も変だよ」

 

 「う……」

 

 「言っちゃなんだけどさ、おじさんにとっては、キバヤシは得体の知れない不審者でしかないんだよね」

 

 ホシノに明確に拒絶されて、キバヤシは言葉に詰まった。

 何かを言おうと口を開きかけては目を泳がせ、結局何も弁明できなかった。その姿を見てなぜこれほど苛立つのか、ホシノ自身もわからなかった。

 

 「何にも反論できないんじゃ、語るに落ちるってやつじゃないの~?」

 

 結局、ホシノの口から出てきた言葉は悪態だった。

 キバヤシは針の筵のような雰囲気にまけて、弱弱しくつぶやくことが精いっぱいのようだった。

 

 「私にだって……人に言いたくない事情くらい……ある……」

 

 「キバヤシさん…」

 

 キバヤシはしばらく落ち込んでから、ゆっくりと荷物をまとめ始めた。

 

 「君がわたしを信用できないことは受け入れよう。だが…重ねて言うが、必ず“先生”に手紙を出してくれ」

 

 「うへ…しつこいね~、ほんとに」

 

 「…気分を害したなら、すまない。邪魔をしたな…」

 

 そう言い残すと、キバヤシは部屋を出ていこうとする。対策委員会の面々はホシノをちらりとみたが、それでもホシノはキバヤシを引き止めるつもりはなかった。

 

 しかし、キバヤシの手を取ったものがいた。

 

 「ん。待って」

 

 「シ、シロコくん……」

 

 キバヤシは救われたような目でシロコを見た。

 感極まっているのか、少し肩が震えていた。シロコはそんなキバヤシに微笑みかけた。

 

 「今月のMMR、まだ届いてない。持っていたら置いていって」

 

 「シ、シロコくん……」

 

 キバヤシは切なそうな目をしてシロコに雑誌を手渡した。

 打ちひしがれているのか、少し肩が震えていた。シロコは最新号を片手に満面の笑みだった。

 

 そうしてキバヤシは煤けた背中をみつめられながら、とぼとぼとアビドス高校から去っていった。

 

 「…なんだったのよ、あの人」

 

 セリカのつぶやきに同意しないのは、ウキウキと雑誌読み始めたシロコだけだった。

 

 

 謎の人物、キバヤシの思惑はともかく―――

 

 それから数日の時がたち、先生の来訪はキヴォトス中のうわさになった。思うところのある対策委員会の面々だったが、アビドス高校の事態が逼迫しているのは間違いない。

 

 現状を打破するためなら藁にも縋るべく、対策委員会の面々は連邦生徒会捜査部…通称シャーレに助けを求める手紙を出した。

 

 アビドス高校に“先生”を名乗る人物がやってきたのは、それからすぐのことだった―――

 

 




アビドス高校を取り巻く陰謀をノストラダムスは予言していた…?

衝撃の真相を解明するべく、キバヤシはアビドス砂漠の奥地へと足を踏み入れた―――!
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