話は聞かせてもらった…キヴォトスは滅亡する!!   作:ひな伯

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私は決して知恵のあるものではない。
しかし友よ、君が公正でおおらかな人であり、
多くの困難を乗り越え、知恵を持っているならば、
倫理を理解し、他人を説得することができるならば、
言葉と行動の両方で運命を作りたいと願うのであれば、
私達は運命を説き伏せて、望むところへ向かうべきだろう。


3.アビドス高校は滅亡する!! 後編

 

 ホシノが雑誌を読み終わるのを、待っていたのだろうか。

 

 キバヤシがゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。会いたいと願いこそしたが、心の準備などまるで出来ていない。ホシノは何かを感じる暇もなく、ただただうろたえていた。

 

 「い、い、いつからそこに……」

 

 「君が懐かしいものを読み始めたあたりからだな」

 

 意地悪そうに首をかしげるキバヤシの姿に、ホシノは頬が引きつるのを感じた。

 

 (…いやそれずっとみられてたってことじゃん!)

 

 ホシノの脳裏に自分の行動が思い起こされる。

 

 ただでさえアビドス高校は人が少ないのだ。自由な校風なのだ。誰もいないと思ったら、もうそこは自由なのだ。ちょっと泣きそうになったり、聞かれたくない独り言もつぶやいたり、頭を抱えてうなったりしたとしても、それはもはやホシノのせいではないのだ。

 

 嗚呼、何も今でなくてもよかったのにと叫びたくなるような猛烈な恥ずかしさに、ホシノはおそわれていた。

 

 そんなホシノの苦悩を知ってか知らないでか、キバヤシは小さく笑った。

 

 「ノックで知らせるべきだったが、夢中になっている君を邪魔したくなかったんだ」

 

 その笑みの正体が自分の雑誌が読まれて嬉しいからなのか、それともホシノに対する別の感情なのかは定かでない。しかしそんなことはホシノにとってどうでもよかった。重要なのは、自分の恥ずかしい行為の直後に、生暖かい目線ようなが向けられているという事実だった。

 

 ホシノは恥ずかしかった。

 前と同じような悪態が口から飛び出してしまったのは、そのせいだろう。

 

 「れ、連邦生徒会ってよっぽど暇なんだねぇ~。サボりはよくないよ~?」

 

 しまった。

 

 言い終わってからホシノは思う。謝ろうとしていた相手に、なぜ自分は悪態を吐いているのか。なんならサボりの常習犯は自分ではなかったか。あらゆる意味で自分の首をしめている気がした。

 

 しかしキバヤシは、何でもないことのように受け流した。

 

 「悲しいことに近頃の連邦生徒会は仕事に追われている。無論、私も例外なくね。アビドスには君に追加取材がしたくてきたのさ」

 

 「取材がしたいなら、部室に行けばよかったじゃん。なんで今、よりによって旧生徒会室に…」

 

 恨み言のようになってしまったが、それはホシノの純粋な疑問でもあった。

 

 ここはもう、ホシノ以外は誰も知らないような場所だ。かつては生徒会室だったなどと言われても、ほとんどの人間は信じないだろう。ただ机と椅子のおいてある、さびれた倉庫ぐらいにしか思わないような場所だ。

 

 「…少し寄るつもりだっただけだ。そしたら君がいた。ここ、失礼するよ」

 

 キバヤシはホシノの問いをごまかすように、目の前の椅子に座った。

 

 ホシノはそれをとがめるつもりはなかった。そんなことよりも、キバヤシが目の前に座っていることに緊張が走ってしまい、見据えることがどうにもできず、ホシノは先ほどまで読んでいた雑誌に視線を落とした。

 

 キバヤシもまた、ホシノの手元にある過去の月刊MMRに視線を向けた。

 

 「…“今回”はかなり反響があった。“先生”のおかげだろうな」

 

 何かを堪えるような重苦しいつぶやきだった。

 

 キバヤシは、ひとつ深呼吸をして肩の力を抜いた。その様子を見つめたホシノにむかい、ごまかすように言う。

 

 「…というわけで、注目の的である“先生”について君がどう思ったか、あらためて取材させてほしいんだ」

 

 「え、えぇ~? そこはさ~、おじさんの活躍を聞きにきたんとかじゃないの?」

 

 「私としてはそちらのほうが聞きたいんだが…残念ながらね。ほら、あの人を取材しようにも、あらゆるマスメディアが押しかけているだろうから、君に聞いたほうがいいと思ったんだよ」

 

 「そりゃそうかもだけどさ~…うへ~、期待して損したよぉ~…」

 

 ホシノは口をとがらせ、キバヤシは肩をすくめる。

 

 もちろん、ホシノとしても本気で残念がっているわけではない。“先生”に、学園の主権を超越して行動ができる連邦捜査局の主にくらべれば、自分の注目度など微々たるものだ。

 

 だが面と向かって自分目当てでないと言われては、少しくらい気落ちもする。

 

 そんなホシノを慰めるように、キバヤシは言った。

 

 「そう落ち込まないでくれ。“先生”が何者か、キヴォトスはその話題で持ち切りなのは世の流れだよ」

 

 「はぁ…まあねー。でもさ、キバヤシの雑誌ってさ…あー…えーと…分野が違うんじゃない?」

 

 嫌なところをつかれたと、キバヤシは自分のこめかみに指をあてる。

 

 「いやまあ、そうなんだが、くだらない陰謀論なんか書く暇があったら来月まで先生でひっぱれ、と室長にどやされてね。人の雑誌をなんだと思っているんだか。まったく失礼な人だ」 

 

 「あ、あはは…おじさんからはなんとも…」

 

 室長の顔を思い出してか、ため息を吐くキバヤシには悪いが、正直に言えばホシノも同感だった。

 

 さておき、キバヤシは手帳を開いた。

 ホシノを色付き眼鏡ごしに見つめると、質問してもよいかといいたげに、ぽんぽんと手帳をペンで叩く。ホシノが軽くうなずくと、キバヤシの取材が始まった。

 

 


 

 キバヤシは先生についてなんでも聞いてきた。

 

 それは本人に聞けと言いたくなるようなことまで、とにかく、なんでもだ。

 

 性別や顔つきなどの身体的特徴。

 性格や趣味といった内面的な部分。

 ホシノから見た際の考え方や能力。

 はたまた汗のにおいを嗅いでくるかどうか。

 

 “先生”という存在の輪郭を掴むために、普通はそこまで知らなくてもいいだろう部分まで、ホシノと対談をしながら深堀していった。

 

 そう聞くと大変そうに聞こえるかもしれないが、キバヤシの質問に答えるのは、そこまで苦労することでもなかった。

 

 ホシノにとって先生について話すことは、ここ最近に慌ただしく起きた騒動を振り返るようで楽しかった。それに、目の前の人物にアビドス高校の取り巻く事態が好転したことを伝えられるのが、ホシノは嬉しかった。

 

 時間が早く流れていた。

 

 キバヤシの落ち着いた相槌にのせられながら、ホシノは饒舌に答え続けた。

 

 「――でね、抜けてるとこもあるのになんでかうまくいっちゃうんだよ。先生もさー、ほかの“大人”とは違う感じの、うーん…」

 

 「信頼できる人、ということでいいのかな。ほかならぬ、君にとっても」

 

 「う、うへ…そうかもだけど、なんか含みのある言い方じゃない?」

 

 「…失礼した。君がそういう“大人”と縁をもてたことが喜ばしくて、ついね」

 

 

 二人きりだからだろうか。

 

 キバヤシはホシノへの親しみを隠そうともしない。ただの取材対象であり、以前にこっぴどく拒絶された相手だと言うのに、キバヤシの眼差しは色付き眼鏡ごしにもわかるくらいあたたかなものだった。

 

 それを心地よく感じる一方で、ホシノの胸は罪悪感でずきりと痛んだ。

 

 ホシノはまだ謝れてすらいない。聞きたいことも聞けていない。けれど、何もなかったように振る舞うキバヤシを見ていると、どうにも機をうかがってしまう。

 

 いま言い出そう。

 いや、これを話し終えたらにしよう。

 

 ホシノがそうこう悩んでいるうちに、どんどんと時間は過ぎてしまった。

 

 そして…いつの間にかキバヤシの取材は終わっていた。

 

 「…ありがとう、とても有意義な時間だった」

 

 キバヤシは一仕事を終えたと手帳を閉じる。

 

 終わってしまった。

 いや、終わってしまう。

 

 ホシノはひとり焦っていたが、キバヤシがそれに気がつくはずもなく、懐から小さな封筒を差し出した、

 

 「ささやかだが、取材の謝礼だ。受け取ってくれ」

 

 「い、いいよお礼なんて。こっちだって、いろいろと…」

 

 「だめだ。取材対象への礼を欠くなど、私の主義に反する」

 

 「う、うへ~…わかったよ」

 

 キバヤシの言葉に負けてしまい、ホシノはしぶしぶそれを受け取ったが…その中身を見て驚いた。

 

 「うわ~! これアクアリウムの年間プレミアムパス!? こ、これ普通手に入らないやつじゃん! こんなのもらっちゃっていいの~!?」 

 

 思わず子供のようにはしゃいでしまったが、それも仕方のないことだった。

 

 ホシノは海の生き物が好きだ。

 前々から水族館に行ってみたいと思っていたが、アビドス高校の借金のせいでそんな暇も金もなく。今日にいたるまで、ホシノは行けていなかった。

 

 だからこそ、目の前にあるチケットは黄金のように輝いて見えた。

 

 はしゃぐホシノに向かって、キバヤシは微笑んだ。

 

 「遠慮しなくていい。文化室宛に届いていたから失敬してきたものだ」

 

 「うへ、それはホントにもらっちゃっていいやつなの…?」

 

 喜びも忘れて思わずつっこんでしまったホシノに、どこ吹く風といった様子のキバヤシは言う。

 

 「いいんだよ。雑誌はずいぶん売れたし、こうして先生のことも取材しているんだから。私は今回それだけの仕事をした。違うかい?」

 

 「そ、それは…そうかもだけどさあ」

 

 「それに……」

 

 キバヤシはそこで一度言葉を区切る。色付き眼鏡の隙間から、青い瞳がホシノを優しく見つめている。

 

 「努力に報酬が伴うとは限らないが、そうあってくれたほうが私の気分がいい。…君もまた、苦労してきたじゃないか」

 

 そう言うと、キバヤシは柔らかく微笑んだ。

 

 「…っ!」

 

 もうホシノは耐えられなかった。

 

 今言い出さなければきっと、ホシノはこれから一生後悔すると思った。

 

 意を決して、ホシノは口を開く。

 

 「あのさ…これだけ答えたんだし、おじさんもキバヤシに質問してもいいよね」

 

 「ん? まあ、答えられることなら構わないよ」

 

 「じゃあ聞かせてよ。キバヤシのこと、知りたいから」

 

 不思議そうにするキバヤシに、ずっと気になっていたことをホシノは口にしようとする。

 

 だが、人に質問をしなれているわけでもなく、自分の中の疑問もまた漠然としていたので、しどろもどろになってしまう。

 

 「えっと…んーと…予言のこととか!」

 

 違う。これじゃない。

 

 いや、興味がないわけではないが、ホシノの聞きたいことではなかった。これはどちらかと言えば、シロコたちが目を輝かせながら聞きたがっていることだ。

 

 ホシノはやってしまったと思ったし、事実として、キバヤシは少し困っているようだった。

 

 「すまないが、予言に関することはうかつに話せない。君が言いふらすとは思っていないが、私にもイメージというものがあるし…面倒ごとに巻き込んでしまうかもしれない」

 

 「あ、あはは…だよねぇ~…」

 

 気まずい沈黙が流れる。

 

 いたたまれなくて、ホシノはなんだか涙が出そうになった。

 

 だがそれでも、ここで引いてしまったら、ユメ先輩に顔向けなどできないと思った。迷いを振り切るように、ホシノは力強く言った。 

 

 「ほんとはさ! ほんとは……なんでアビドス高校にこだわるのか、なんでこんなに良くしてくれるのかとか…そういうことが、聞きたい」

 

 キバヤシは言葉に詰まっていた。

 

 前と同じようにごまかそうとするかもしれない。そうホシノは思った。けれどキバヤシの口から飛び出したのは、確認の言葉だった

 

 「もう…聞く意味などなかったとしてもかい。うすうす、自分でもわかっていてもかい」

 

 「うん。大事なことだしさ…やっぱりキバヤシの口から聞きたいよ」

 

 「…なら、少し長い話になる」

 

 キバヤシは観念したと言いたげに色付き眼鏡を外す。

 あらわになった藍色の瞳が、旧生徒会室をさみしそうに見渡した。

 

 


 

 

 「私がアビドス高校にこだわる理由は、君の先輩だった“ユメ”にあるんだ」

 

 その名前を聞いただけで、ホシノは血の気が引く思いがした。

 

 ユメ先輩。

 ホシノの一つ上の先輩で、アビドス高校の最後の生徒会長だった人。もう死んでしまった、大切な人。もっと違う姿を思い出したいのに、いちばんに脳裏に浮かぶのは砂漠に横たわる彼女の亡骸だ。

 

 あれからもう2年も時間がたつというのに、いつまでたってもホシノの気持ちはぐちゃぐちゃのままだ。

 

 そんなホシノを、キバヤシは心配するように見つめていた。

 

 「…続けても大丈夫かい」

 

 「うん…ごめん」

 

 「わかった。だが無理はしないでくれ」

 

 ホシノが落ち着くのを待ってから、キバヤシは惜しむように、懐かしむように語り始めた。

 

 

 「あれは今から3年前のことだ。当時、私はトリニティ総合学園の1年生だった。

 

 あの頃は、私がMMRを創刊しようと駆けずり回っていた時期でね。課外活動と称してキヴォトスの各地を巡っては、記事のネタを集めるのに必死になっていた。

 

 アビドス砂漠を訪れようとしたのもその一環だった。砂漠に眠る古代兵器…そんな噂を聞きつけて調べに行ったはいいものの、アビドスは想像よりもずっと広くてね。砂漠どころか、私は広大な街中で迷子になって…通りがかったユメに助けられたんだ。ある意味、命の恩人だったかもしれないな。

 

 事情を打ち明けてみたら、ユメは楽しそうだと言って私を受け入れてくれた。

 正直、裏があるんじゃないかと思っていた。よその学園で宝探しなんて、はっきり言って無法だからね。取り締まる側の生徒会員だったユメが手助けしてくれるなんて、意味がわからなかった。

 

 だがその疑問はすぐになくなったよ。

 

 ホシノくんも知る通り、ユメはバカみたいに明るくて、度を超えたお人好しの…優しいやつだったんだ。

 

 それからユメは心配だからと砂漠の案内をしてくれた。自治区でカイザーコーポレーションと揉めたときも助けてくれた。泊まる場所もないだろうと学校に招いてくれた。

 

 私が気を許すのに時間はかからなかった。いつのまにか自然と打ち解けて、同い年だと盛り上がって、私たちは友人になっていた。ほんとうに居心地が良くてね、この部屋でずいぶんと話し込んだものだ。

 

 取材を終えて私がアビドスを去ってからも、私たちは毎日のようにモモトークで話していたよ。

 ユメは友達がいない…というか物理的に人が居なくてさみしがっていたし、私もトリニティ学園で陰湿な目にあっていた時期だったから、お互いにいいよりどころになっていたんだ。

 

 くだらないことや深刻な悩みまで色々なことを話していた。アビドス高校の状況を詳しく聞いたのも、MMRを毎月贈る約束をしたのも、その辺りだ。

 

 …本当に懐かしいよ。今でも、たまに見返すんだ」

 

 

 語り終わると、キバヤシは椅子に身を任せるように、深く身体を沈み込ませた。

 

 どこを見るわけでもなく、ただ思い出のなかを彷徨うキバヤシからは、親しい人を想うときの柔らかな雰囲気がにじみでていた。

 

 ホシノは自分以外がそんなふうにユメ先輩を懐かしんでいる姿を見るのは、初めてだった。

 

 (ユメ先輩を想ってくれる人が、目の前にいる)

 

 そう思うとホシノは不思議な気持ちになって、目頭が熱くなった気がした。

 

 キバヤシはそんなホシノに気がつくと、そういえば忘れていたことがあったと言いたげに、クスりと笑った。

 

 「…ああ、そうそう。もちろんかわいい後輩のホシノくんの話も含まれてたよ。はりねずみみたいにユメを威嚇していた頃のね。聞きたいかい?」

 

 「うへ!? か、勘弁してよ~! おじさん恥ずかしくて死んじゃうよぉ~…」

 

 キバヤシの突然の不意打ちに、ホシノは顔から火が出そうだった。

 

 昔のツンケンとした自分など、今となっては黒歴史でしかないのだから。

 

 ホシノは何とかしてその部分だけキバヤシの記憶を抹消できないかと思った。“黒服”はホシノの中にすさまじい神秘の力が眠っていると言っていたが、それなら神秘の力でどうにかなってくれなどと、そんなことを切実に願った。

 

 百面相をしながらうなるホシノが面白いのか、キバヤシは愉快そうに笑った。

 

 ふと、ホシノの中に疑問が浮かんだ。

 

 「知ってたなら、なんで初めて会ったときに言わなかったのさ?」

 

 キバヤシが目を見開いた。

 

 ホシノとしては、単なる素朴な疑問だった。なのに、キバヤシはひどくうろたえていた。何度か口を開きかけ、目を彷徨わせて、唇を震わせていた。

 

 ようやっと、キバヤシはその問いの答えを口にした。

 

 「……あれは…言えなかったんだ」

 

 キバヤシはつらそうに俯いて、抱えきれなくなった重荷を吐き出すように、つぶやいた。

 

 

 「私はまだ……既読が付かなくなった日付を覚えている」

 

 

 「……!」 

 

 

 キバヤシの一言を聞いて、ホシノは自分が責められていると思った。

 

 ユメ先輩が死んだのは、わたしのせいだ

 

 何度も何度も呪いのように頭の中に響いた言葉が、その一言に込められていると思った。

 

 ホシノが愚かで何も知らなかったから、ユメ先輩は一人で死んでしまった。あの人を殺したのは、ホシノも同然だ。

 

 ホシノはずっと、そう思っている。

 

 しかしキバヤシの様子は…まるで自分のせいだとでも言いたげだった。

 

 「初めてホシノくんの元を訪れたとき、君を知らないように装ったのは怖かったからだ」

 

 「え…?」

 

 「…君に責められてしまうのが、怖かった」

 

 キバヤシがつぶやく言葉の意味が、懺悔するかのようなその様子が、ホシノには理解できなかった。

 

 俯いたままのキバヤシの表情は見えなかったが、キバヤシが言葉を紡ぐ様子は、それでもはっきりとわかるくらいに苦しそうだった。

 

 ホシノと同じくらいの後悔が、その背中に憑りついているようだった

 

 「私は…ユメに伝えていたんだよ。アビドス高校を取り巻く陰謀も、ユメに危険が迫っているかもしれないことも。未来におこることを…予言で知っていたことを、伝えていたんだ。再三頼んだよ、どうか気を付けてくれって。自分のことを大切にしてくれって」

 

 「キバヤシ…」

 

 「それでも私は安心などできなかった。不十分だと思った。だから私は調べることにした。陰謀を暴いて、記事にして、世の中に伝えることが…ユメを守ることにつながるんじゃないかと思った。だから私は2年前、カイザーコーポレーションの陰謀を記事にした」

 

 旧生徒会室にあった2年前のMMRの存在に、ホシノはようやく合点がいった。

 

 あれはキバヤシがユメ先輩のために書いたものだったのだと、ようやくホシノは理解した。

 

 ホシノがそれを認めようと、口を開いた時だった。

 

「それでも私は…何も変えることができなかったんだ」

 

「……っ!」

 

「全部…ただの自己満足にすぎなかったんだ…」

 

 

 それは懺悔のようだった。

 

 ホシノは違うといってあげたかった。

 それでも、口をはさむことができなかった。いくら悔いても足りないそのみじめな感情は、ホシノが抱えているものと同じだった。だからこそ、そんな言葉はなんの気休めにもなりはしないと知っていた。

 

 堰が切れてしまったように、キバヤシは言葉をこぼしていった。

 

 

 「…後から、ユメが死んだことを知った。ユメのそばにいてやれなかった

 

 私はトリニティの…自分のことで手いっぱいになって…肝心な時にいなかった

 

 不甲斐なくて、情けなくて、ずっと悔やんでいたのに…君に会いに行こうともしなかった

 

 一人残された君がどれだけ苦しんでいるかわかっていながら…怖じ気づいていた

 

 君に恨まれているかもしれないと…怖じ気づいていたんだ 

 

 もっと早く、君と向き合うべきだったのに

 

 

 私は……私が…ユメを見殺しにしたと

 

 

 

「もういいよッ!!」

 

 

 ホシノは叫んでいた。

 

 胸に渦巻くどろどろとしたものを堪えるように、スカートのすそを握りしめて、泣き叫ぶように、声を上げていた。

 

 キバヤシがホシノの苦しそうな様子に気がつくまで、ずいぶんと時間がかかった。

 

 キバヤシは、ずっと俯いたままだったからだ。

 

 自分がしてしまったことに顔を青ざめさせて、キバヤシはホシノに声をかける。

 

 「あ…その…すまない。無神経なことを、言ってしまって」

 

 「ほんとだよ…おじさんだって……わたしだって、同じなのに…っ」

 

 「ホシノくん…」

 

 「ずるいじゃないですか…ぜんぶが自分のせいだなんて、そんなのずるいじゃないですかっ!! わたしだって同じなのに、苦しいのに、ふざけないでくださいよっ!!

 

 気がつくと、ホシノの口調は昔のように戻っていた。

 まだユメ先輩がいた頃のように、まだ自分がおどけていない頃のように。

 

 キバヤシの後悔を聞いている間、ずっとホシノはこらえていた。自分がユメ先輩にしてしまった仕打ちを、胸のなかで暴れる後悔を、ずっと一人で抱え込んできた自分の罪を、打ち明けまいとこらえていた。

 

 ユメ先輩のへらへらとした態度を責めた。

 あの人は、せめて明るくあろうとしていただけだったのに。

 

 奇跡を信じる言葉を切り捨ててしまった。

 あの人は、そうあってほしいと願っていただけだったのに。

 

 大切にしていたものを破ってしまった。

 あの人は、わたしにそれを渡そうとしてくれていたのに。

 

 ホシノはとうに擦り切れていた。耐えられなかった。自分がどれだけ愚かだったのかを、目の前の人に伝えなければ気が済まなかった。

 

 あの時からずっと、形を変えずにくすぶっていた気持ちが、誰にも打ち明けられなかった暗い感情が、とめどなく打ち寄せては口から飛び出していく。

 

 「人の気持ちを、勝手に取らないでくださいよ! わたしのせいなのにっ!」

 

 「そばにいたのに傷つけて、ちっともわかろうともしなくて!」

  

 「ユメ先輩がいなくなったのは、わたしが…あんなっ! ひどいことをしたからっ!」

 

 「わたしがっ…わたしの……っ」

 

 

 (ギュッ)っと、キバヤシはホシノの手を握った。

 そこから先の言葉を言わせたくないと、言葉をさえぎるために力強く握った。

 

 「もうやめにしないか…私も……君も」

 

 「…っ!」

 

 ホシノはその手を振りほどきたかった。自分をいたぶらなければ気が済まなかった。

 それでも、キバヤシは力強くホシノの手を握っていた。放してはくれなかった。

 

 「お願いだ。私には…君が傷つくことをユメが望むとは思えない。私は…ユメの前で、君に自分を責めさせたくない」

 

 「なんでっ…」

 

 「もう嫌なんだ。ホシノくんは…ユメの後輩だ。私にとっても大切に決まっている……つらいんだよ」

 

 「…!」

 

 そう言うと、キバヤシはホシノから目をそらして、ユメ先輩のキャビネットにしまわれた雑誌を眺めた。

 

 「私はまだここに、この旧生徒会室に、ユメがいるんじゃないかと思っている」

 

 一冊、一冊と視線を動かして、時の流れを確かめるように、ユメ先輩との時間を確かめるように、過去を見ている。

 

 「…嗤えるだろう。ばかばかしいかもしれないが、ここから君たちのことを見守ってくれているんじゃないかなんて、そんなことを……」

 

 ホシノはその言葉を嗤おうなどとは思わなかった。

 

 キバヤシはきっと、本当に信じていた。ホシノにはそれがわかった。だから…ばかげた考えだとも、決して思わなかった。

 

 「未練がましく雑誌を贈るのも、今回の記事を書いたのも、予言などと言って君たちに会いに来たのも…そんな考えに取りつかれているからだ」

 

 「じゃあ…ぜんぶ…ユメ先輩のためだったんですか?」

 

 「違う」

 

 「…違わないですよ」

 

 「本当に…違うんだ。私は…自分のためにここを守りたかったんだよ」

 

 キバヤシの声は、うわずっていた。

 

 「アビドス高校を廃校にしたくなかったんだ。友達が残したものが無くなるんじゃないかと、不安で耐え切れなかっただけなんだ。例え…未来を知っていたとしても」

 

 うるんだ藍色の瞳が、ホシノを見つめながら揺れていた。

 

 わなわなと震える唇が、言葉を紡ごうと形を変えていた。

 

 「怖かったんだ。何もせずにはいられなかった。もし廃校になんてなってしまえば…本当にユメが消えてしまうように思えて、忘れられてしまうように思えて……」

 

 ぽたりと水滴が落ちる音がして、ホシノはそっと目を閉じた。

 

 きっとキバヤシは泣いている姿を見られたくないだろうと思ったから。

 

 聞こえてくる鼻をすする音も、

 

 漏れてくる嗚咽も、

 

 なんとか聞こえないふりをした。

 

 なのに…その言葉だけは、聞き取れてしまった。

 

 

 「私は…もう会えない友達を…まだ想っていたかったんだ」

 

 

 

 自分の目から零れ落ちる涙についても、

 

 ホシノは気がつかないことにした。

 

 

 


 

 

 「見苦しいところを見せた…」

 

 しばらくたち、ハンカチで顔をおさえてから、キバヤシは顔を上げた。

 

 すこし腫れぼったくなったまぶた以外はいつもの雰囲気に戻っていたが、人前で泣いた醜態がよほど恥ずかしかったのか、耳まで赤く染まっている。

 

 それがなんだかいじらしく見えて、ホシノはからかいたくなった。

 

 「いいよぉ~、今日はおじさんの胸でいっぱい泣きなって。一日中でもいいよ~?」

 

 「え、遠慮しておこう。気持ちはありがたいが、締め切りが…」

 

 「えぇ~いいじゃ~ん。ねぇ、今から帰るのも大変でしょ~? 今日は泊っていきなって~」

 

 「……も、もう行くとするよ。長居してすまなかった」

 

 ぐいぐいと距離を詰めてくるようになったホシノから目をそらし、キバヤシは席を立つ。

 

 ホシノはキバヤシが逃げ出そうとしていることに気づいたので、後を追って立ち上がり、腕をとってもたれかかった。驚くキバヤシに体重をかけながら、ホシノは上目づかいで言い放つ。

 

 「まあ待ちなって~。そんなに急いでいくこともないでしょ? おじさんとキバヤシの仲じゃんか~」

 

 「い、意地悪だな、君も。あまりからかってくれるな…」 

 

 どうやらキバヤシは好意で押されると弱いらしかった。

 

 気まずそうにしながらも、ホシノを振りほどくことすらできていない。どうしたらいいかわからないと言った風に視線を彷徨わせるキバヤシが面白くて、ホシノはますます困らせたくなってきた。

 

 「おねがぁ~い…おじさんさびしくて死んじゃう…」

 

 「ほ、ホシノくん…演技だとわかっているぞ」

 

 「さびしいよぉ~……」

 

 「う……わかってるいるんだからな!」

 

 必死になって耐えるキバヤシに、ホシノのなかで嗜虐心がむくむくと膨れ上がった。

 

 しかし、一応恩人であると自分に言い聞かせることで、かろうじてのところでこらえた。

 

 ホシノが手を放してやると、キバヤシはため息を漏らした。

 

 「まったく。ユメだってこんなこと…」

 

 ぶつぶつとこぼすキバヤシに、ホシノの頬は緩みそうになる。

 

 どうやらもう、嫌いになどなれそうにない。ホシノはそれを自覚すると、言わなければならないことのために気を引き締める。

 

 まだキバヤシに、伝えてやらなければいけないことがある。

 

 

 「キバヤシ、もうちょっとだけ時間ちょうだい」

 

 キバヤシは不思議そうにホシノを見た。

 

 「おじさん、まだ謝ってなかったからさ。…ちゃんと謝らせてほしいんだ」

 

 「君が謝るようなことは、何もないと思うが…」

 

 本当になんのことだかわからなさそうなキバヤシが、ホシノは愉快だった。

 

 「なら、それでもいいんだよ。おじさんが言いたいんだから、自己満足させてくれたって、ばちはあたらないでしょ」

 

 「…わかった」

 

 「うへ~、先に言っておくけどさ、一回しか言わないからね~。これでも恥ずかしいんだからさぁ」

 

 そう言って笑顔をみせた後、ホシノはキバヤシの正面に立った。

 

 息を吸って、ゆっくりと吐く。

 

 相手に何かを伝えようとすることがこんなにも緊張するなんて、ホシノは思っていなかった。

 

 それでも、ホシノは考えて、言葉を形にしていく。

 

 そんなホシノを、キバヤシもまた緊張して見つめていた。

 

 ホシノは表情を引き締めると、キバヤシに言った。

 

 「キバヤシ先輩。酷いことを言って、あなたの雑誌のことを貶して、すみませんでした」

 

 そして深く頭を下げ、謝った。

 

 キバヤシが言葉に詰まっているのが分かる。

 

 謝るなんてやめてほしいと、こぶしを固く握り耐えているのが分かる。

 

 それでもホシノは頭をあげなかった。

 

 キバヤシが声をかけるまで、ホシノは頭を下げ続けた。

 

 

 「…受け取ろう」

 

 やっとの思いでキバヤシは言葉を絞り出し、ホシノはようやく顔をあげた。

 

 そのまま、立ちすくんでいるキバヤシに近づいて、その手を取った。

 

 驚いてホシノをみるキバヤシに、笑顔を見せてホシノは言った。

 

 「それから…ユメ先輩のことを今まで想ってくれて、私たちのことを助けてくれて、後輩たちの道を作ってくれて…本当に、ありがとうございました」

 

 「ホ、ホシノくん……」

 

 キバヤシはふたたび涙ぐんでホシノを見た。

 何かを必死にこらえていたが、こらえきれなかったのか、ホシノをぎゅっと抱きしめた。

 

 せっかく涙を拭いたというのに、キバヤシはまた泣いていた。ホシノはそれがすこしだけ面白かったが、気を抜いたら自分もどうなるかわからなかったので、からかうのはやめておいた。

 

 震えるキバヤシの身体をやさしくなでながら、ホシノはいつものように口調をもどして声をかける。

 

 「おじさんも雑誌ぜんぶ読んどくからさ、また遊びに来てよ。もっとユメ先輩の話もしたいしさ」 

 

 「ホ、ホシノくん……」

 

 感極まってしまったのか、キバヤシはふたたび力をこめてホシノを抱きしめた。

 

 すこし力が強かった。

 

 ホシノもまたキバヤシを抱き寄せた。

 

 キバヤシはホシノに縋りつきながら、言った。

 

 「今度からは…君とユメの分を贈るようにする…」

 

 「……うへ~、それは一冊だけでいいかも」

 

 「…そうか。それは…そうだな」

 

 二人はしばらくそうしていた。 

 

 そうすることで、ようやく許せた気がした。

 

 ホシノも、キバヤシも、ようやく自分を許せた気がした。

 

 


 

 しばらくして、キバヤシは部屋を出て行った。

 

 名残惜しくて、ホシノは部室に顔を出したり、

 泊っていくように頼んでみたが、

 どうやらキバヤシは本当に忙しいらしい。

 

 ひっきりなしに通知のとんでくるモモトークを片手に苦笑されては、さすがに無理強いもできなかった。

 

 「また会いに来る」

 

 

 そう言い残してキバヤシは旧生徒会室を後にした。

 

 

 ホシノはそれを眺めていた。

 

 

 長い間、眺めていた……。

 

 

 

 


 

 

 キヴォトスの南西部、

 広大な砂漠地帯に鎮座するアビドス高等学校。

 

 赤く染まる夕焼けに照らされる砂漠の街を歩きながら、

 キバヤシはひとりつぶやいた。

 

 「ユメ。君の後輩は、ほんとうにいい子だな」

 

 砂の混じった風に乗って、

 懐かしい声が聞こえた気がした―――

 

 




ノストラダムスの予言は真実だったとまた一つ証明がなされた――!

だがキヴォトスに残された滅亡の予言はまだ残されている。
更なる真相を解明するべく、キバヤシはアビドス高校を後にした――!
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