Sera laissé le feu mort vif caché,
Dedans les globes horribles espouuentable,
De nuict à classé cité en poudre laché,
Ls cité à feu, l'ennemy fauorable.
--Nostradamus Quatrain 8, Century 5
キヴォトスの北東部に連なる高層ビル群。
キヴォトスで最も栄える学園とされるミレニアムサイエンススクールには、廃墟と呼ばれる危険地帯がある。
崩れ去った建物がいくつも重なり合うさびれたその場所には、古代文明の残した恐ろしい機械たちが、失った主を求めてさまよい歩いている。脅威を認めた連邦生徒会長は生徒たちの立ち入りを禁止し、それらを封じ込めようとした。
もうお分かりだろうが、あえて言おう。
ミレニアム学園には滅亡の危機が眠っている。
しかし希望はある。
その事実に気がついた者たちは団結し、真相の究明と対処を開始。
キヴォトスの存続をかけた行動を―――人知れず続けているからだ。
ミレニアム学園、会長執務室。
よく嗅ぎなれた、荒事のにおいがする。
トキは目の前の人物を見据えながら、そんなことを考えている。
トキは“Cleaning & Clearing”という組織の一員である。
メイド服が正装だと言えば、それが給仕を行うための組織であると、他学園に住む人々は誤解をするかもしれない。
しかし“C&C”の正体は決して給仕などではない。
その正体は、ミレニアム学園の行政機関である“セミナー直属のエージェント集団”だ。
総員はわずか5名。
まさしく選び抜かれた精鋭たちである“C&C”は、日夜セミナーと連携し、学園を統治するうえで起きる重大なトラブルを武力により秘密裏に処理している。
こうしてリオの傍に控えるトキもまた、そんな精鋭のひとりだ。
コールサイン
ひとことで表すならば、トキはリオの懐刀だ。
ミレニアム学園のトップ、セミナーの会長であるリオの専属として、トキは様々な任務に従事している。その任務内容は、セミナーはおろか他のC&Cメンバーにすら知らされない。
トキはリオの命令であるならば、日常生活での奉仕はもちろんのこと、護衛として荒事の解決を行ったり、時としては法に触れる行為すらも秘密裏に行うことがある。
それらに対し、トキが何かを感じることはない。思考をするのも、判断をするのも、己の領分ではないと理解しているからだ。故に、リオは従順で口の堅い右腕としてトキを重宝する。
トキの世界はシンプルだ。
リオに付き従い、奉仕し、命令をこなす。
任務の内容も、その意味も、トキは理解する必要がない。何かを感じ、判断する必要もない。トキもまた、そうすることを意識的に避けてきた。
しかし、今しがた警備ドローンに連行されてきた、連邦生徒会の制服に身を包む謎の少女については…得体の知れなさを感じざるを得なかった。
「“AL-1S”が目覚めた」
連れられてきた少女が発した一言の後、もう何分も静寂が場を支配している。
リオも、その少女も、互いを見つめあって動かない。リオの傍に立ちながら、トキは不穏な気配を感じ取っていた。
「久しぶりね」
切り出したのは、リオだった。言葉短く、探るように少女に言う。少女もまた、それに倣うように、探り探りに言葉を吐いた。
「最後に会ってから…1年ほどか」
「1年と4か月よ。あなたがこの執務室を訪れなくなってから、それだけ経つ」
責めるようなリオの言葉に、雰囲気に、トキは身震いする。
リオは明らかに苛立っていた。
言葉の節々から、その態度から、心の底から苛立つような雰囲気がでていた。いつも冷静であり、感情を表に出さないビッグシスターと称されるリオが、こんなに苛立つことがあるのかと、トキは驚いていた。
少女もまたそれを感じ取っているのか、気まずそうにしている。
「…すまなかった。何も言わず、去ってしまって」
「……本題に入りましょう」
謝罪をはねのけるように姿勢を正すと、リオは少女にむかい話かける。
「“名もなき神々の王女”、“AL-1S”が目覚めた…その言葉、嘘じゃないでしょうね」
「事実だ。例の巨大な廃工場のなか…どうあっても開かなかったあの部屋の扉が開いていた。部屋の中心には椅子があり…そこにはかつてAL-1Sが眠っていた。周辺の設備を調べた限り、間違いないだろう」
「あなたが到着したときには、もぬけの殻だった……ということかしら。“不可解な軍団”が回収した可能性は?」
「いや。地面には複数の人間の足跡があった。ひとりでに抜け出したわけでも、“あのロボット”どもが回収したわけでもない。他の何者かがあの部屋を開き、AL-1Sを回収した…そう考えるのが妥当だろう」
「……“最悪の事態”、そう捉えるべきね」
連行されてきた際、開口一番にキバヤシが言い放ったその言葉の意味が、トキにはわからなかった。
しかし二人の真剣な顔から、なにか深刻な事態がおきたのだということだけを理解しながら、トキは息を呑む。
「ミレニアム学園を……“キヴォトスを滅ぼす存在が”、正体もわからない“何者かに解き放たれて”、今も“どこかを闊歩している”……」
「…そういうことになるな」
「ずいぶんと落ち着きはらった態度じゃない。あなたのお決まりの台詞はいわないのかしら」
「実際、まだ滅んでいないだろう」
リオはことさら不満げに少女を見て、少女は肩をすくめてリオに答える。
「アレになんらかのトラブルが起きている、と?」
「あるいはなんのトラブルも起きていないか、だ」
苛立ちをこめてリオが言い、それをかわすように少女が言う。
トキには目の前の少女の得体が知れなかった。
不可思議で神秘的で、それでいて底が見えない。色付き眼鏡に隠された青い瞳と対峙していると、まるで深い海の底をのぞき込んでいるかのような気持ちになる。
少女の考えがわからないと思ったのはリオも同様だったようで、場には沈黙だけが残される。
――荒事のにおいがした。
トキのよく嗅ぎなれた、荒事のにおいだ。
リオは意見が対立したものに…より正確に言えば、自身の目的に相反する存在に対して容赦がない。
リオの懐刀として数々の任務を片付けてきたが、トキはその時と同じにおいを嗅ぎつけていた。
「……認識のすりあわせをしましょう」
「わかった。これも、なんだか懐かしいな」
「…あなたの予言と廃墟の調査をきっかけに、私はミレニアムの、“キヴォトスの滅亡を予見”した。私達は災禍に備えるため、“真相の究明と対抗策の確保”を行っている…間違いないかしら」
「ああ、間違いない。私がMMRを創るために君に協力を仰いだあの日から、私達は道を共にした。“私は調べ、君は備える”……私達は協力しあい、キヴォトス各地に眠る記録や太古の遺産やを解き明かし、真実に近づこうとしてきた」
「私達は協力関係にある」
「でなければ、私はこうして君の前にたっていない」
その言葉に、リオは睨みつけるように少女を見た。
そこには怒気が込められているようだった。
「なら…この記事は何かしら」
そう言って机に投げ出された雑誌には、『ミレニアムにうごめく陰謀の影!? ささやかれる秘密都市の存在とは』などという見出しが躍っていた。
トキは思わず目を見開き、少女を見る。
その内容は、“極秘情報”にほかならなかった。リオが秘密裏に建設を進めている“要塞都市エリドゥ”について書かれているのは、明白だった。
「対抗策をふいにしようと動くのが協力だとでも? 約束を違えるなら、相応の対処がいるわ」
トキはようやくリオの苛立ちの正体を理解した。
目の前の少女は、リオの弱みを握っている。どこまで掴んでいるのかは不明だが、間違いなく知ってはならないことを知っている。
今すぐ排除するべきか――そんな思考がトキの頭をよぎる。
だが、何を隠し持っているかわからない。こうしてのこのことリオの前にあらわれたのだ。なんらかの対策を講じていると考えるのが、自然だった。それに、判断するのはトキの領分ではない。トキは心の内で自分をなだめる。
しかし当の少女は、何でもないことだと言いたげにリオに言い放つ。
「探られて痛い腹など持つなと指摘したまでだ。君ほどの人物ならば、他のやりようなどいくらでもあるだろうに」
「私のやり方を責めるつもり? あなた…忘れたわけじゃないでしょうね」
「“私を騙して廃墟から持ち出した技術を使い、その地位まで上り詰めた”という事実のことか? 本来なら、君は昨年卒業したはずだろう。どうやってその座に居座っている」
「“あなたが連邦生徒会長の定めた法を犯して、廃墟に潜り込んでいる”という事実をよ。私がいなくなればミレニアムが滅びる。それがわかっていながら、いなくなるはずがないでしょう」
張りつめた空気が場を支配した。
もはや場は一触即発の状況だった。緊張が高まっているのを察知して、トキはいつでも動けるよう身を構える。
少女の実力は未知数だ。
普通であれば、“C&C”のエージェントとして鍛えられたトキが、一介のジャーナリストに負けるなどありえない。だがしかし、目の前の少女は、謎の武装ロボットという危険が跋扈する“廃墟”のなかを単独で探索できる人物だ。
相応の実力を持っている。そうトキは自然に考えた。
なればこそ躊躇はしない。
進んで手をあげたいわけではないが、トキはリオのためならば迷わず力を行使する。そして戦うのであれば、リオに被害が向かぬよう先手必勝でしかける。
トキは紛れもなくリオの懐刀だった。
少女がゆっくりと手を上げる。
リオがわずかに身じろぎする。
その瞬間、トキはすばやく足を踏み出し―――
「降参だ」
出鼻をくじかれて、体勢をくずした。
トキはむすっとふくれていた。
いつもと変わらない無表情の裏で、それはもう、むすっと不満そうにふくれていた。
あの場面で真剣になっていたのは、自分ばかりだったのだ。
あの後、樹林ルリと名乗った少女は、あっさりと事情を説明した。
別件でセミナーの資金の流れを追っていたら、物資の動きからたまたま“秘密都市”のことにたどり着いてしまったのだと。
特段リオを問い詰めるつもりはないが、大規模な都市を造りたいのであれば、こそこそと資金を横領しながら建設せずとも、目的を偽るなりしてセミナーの面々を説き伏せればいいだろうと。
つまり、キバヤシは本当にアドバイスと指摘のつもりであの記事を書いていたらしい。
リオもまた、あっさりと事情を説明した。
自分の人望のなさと能力の高さを自覚しているリオとしては、いちいち周りを説得して協力を仰ぐよりも、自分だけでやったほうが気楽だったと。
多大な労力をかけて正規の手法で予算を確保するよりも、最近発生した債権騒動を隠れ蓑に、資金を横領するほうが手っ取り早かったのだと、すんなりと事情を話した。
つまり、リオはキバヤシの意図に気がついていながら、からかっただけなのだ。
そう、つまり…あの場で緊張を感じて意気込んでいたのは、ほかならぬトキだけだったのだ。
(まったく…人の気も知らずにこの方々は)
こぼれそうになるため息を堪えながら、トキは目の前に座る少女について考える。
樹林ルリと名乗ったこの少女は、リオにとっていったい何者なのだろう。
リオをちらりと見てみれば、キバヤシが渡した紙束をひたすら読み込んでいる。キバヤシ曰く、1年と4か月分の調査の結晶であるその資料は、まさしく山のようだった。
「…それでは、失礼いたします」
「あ、ああ。じゃあ…お願いしようかな」
トキは壊れ物を扱うようにそっと、露になったキバヤシの肩に手を置いた
リオがその資料を読む間、トキはキバヤシの肩を揉むことになった。それはつまり、リオがこの人物を引き留めたがっているということだ。いつものリオであるならば、資料を置いたならさっさと帰れと言わんばかりの対応をするはずだった。
この少女はリオにとって、いったい何者なのだろう。やはり、考えても考えても謎は深まるばかりだった。
(それにしても…奇麗な肌ですね)
トキはキバヤシの首筋に視線を落とす。
きめ細やかで白磁のような肌だ。
触れてみれば、やわらかくすべすべとしていて触り心地がよく、少し力をこめてみれば指がするりとしずみこみ、ふにふにとほど良い弾力を感じさせながら、ひんやりとした体温を伝えてくる。
トキはキバヤシの肩をもみながら、幼子が毛布を求めるような心地になる。その肌触りのよさは、トキにこれが奉仕であることを忘れさせるようだった。
それを堪能するように手を滑らせてみると、キバヤシがくすぐったそうに身を震わせた。
「そこに書いた通り、やはりヘイローを持った機械の存在が………ト、トキくん…すこしこそばゆいんだが………」
「あまり動かないでください。やりづらいです」
「あ、す、すまない………え、私が悪いのか…?」
トキは無心で白い肌を触りながら考える。
目の前の人物は、ずいぶんと不思議な人だ。色付き眼鏡を外したキバヤシの顔は、ずいぶんとかわいらしかった。先ほどまで感じていた底知れない雰囲気は今はもうなく、トキにされるがままに身をゆだねている。ともすれば、御しやすい人物に見えた。
あの神秘的な威圧感はいったい、なんだったのか…。
キバヤシの人物像を頭のなかでこねくりまわしながらも、トキは手を動かし続け……
そしてキバヤシの肩甲骨の近くに、トキはお目当てであった“こり”を見つけた。
(こりっ…こりこりっ)
トキはそっと、そっと、“こり”を押し込んでみる。
「うあっ…!」
その瞬間、キバヤシは声をあげ、トキの指から逃れるように身体を前にそらした。
ぞくり。
主であるリオに対して行う際には決して抱いたことのない、得も言われぬ感情がトキを襲った。
後ろに立つトキからは見えないが、キバヤシが顔をゆがめまいと必死にこらえているのが、ちいさく震える身体から容易に想像できてしまう。
もう一度“こり”を押し込んでみれば、キバヤシは声を押し殺したまま、その体の震えを強くした。
これは狩猟本能とでもいうべきなのだろうか。逃げる者を追う際、加えて言えば圧倒的に優位な地位に立っている際、人はそれを堪能したくなるもので……端的に言えば、トキはキバヤシをいじめたくなった。
トキは指をしっかりとあてがうと、その意地の悪さをポーカーフェイスに隠して力をこめた。
「ここがいいんですか、キバヤシ様。ここがいいんですね。そーれ、ぐりぐり……」
「んっ…ぐぅ……」
「声を出していただいても…構いませんよ」
「い、いやそれは……恥ずかし……ううっ」
次第にトキは、キバヤシの弱い部位がわかってきた。
心地よい場所、くすぐったい場所、すこし痛みを感じる場所、思わず声が出てしまう場所。その全てが、まさに手に取るようにわかる。
「ぁっ…ふっ……いっ……うぅ……」
目の前の美しい生き物の反応を、自分の指先が支配している。
そう自覚したとたん、背中を何かがぞくぞくと駆け上がり、トキは身体を震わせそうになった。
(この感覚は、いったい…)
トキは何故か、この行為がいけないことに感じられていた。
これはただの奉仕だ。マッサージだ。少女の肩を揉んで、日々の疲れをいやしているだけだ。トキは必死になってそう自分に言い聞かせる。
だがそれは無駄な努力だとわかっていた。
手のひらから伝わるよわよわしい抵抗の意志が、
徐々に熱くなっていく彼女の体温が、
奇麗な首筋にうきあがった汗の香りが、
白く細いのどを通って漏れでる吐息が、
五感に伝わるキバヤシの反応のすべてが、
トキの心臓をつかんで離さない。
理性がこれをいけないことだと叫んでも、どうしようもなく胸の奥がうずく。
いかがわしい快楽となって、トキの本能を襲っている。
「はぁ……はぁ…う…ぁっ……」
何度目かもわからない喘ぎ声をキバヤシが発したとき、トキはその正体に思い至った。
これは、背徳感だ。
目の前の少女をなぶることによる、咎められるべき快楽なのだ、と。
自分は今、彼女を弄んでいる。
生殺与奪を握り、支配し、思うままの反応をさせ、それを愉しんでいる。
(い、いけません。これ以上はなにか、いけませんね)
このままでは何らかのいけない扉が開かれてしまう。
やめなければ、いや、だがこれはリオの命令で仕方がなくしていることだ。いや、これのどこが仕方なくなのだろうか。落ち着かなければ。素数でもなんでもいいから数えて落ち着かなければ。
そんな思考とは裏腹に、トキの指は勢いを増してしまう。人知れず口角があがり、鼓動が早くなっていく。トキは必死になって気を静めようとするが、もはや無駄な努力であることは明らかだった。
自分ではもう止められない。
そう判断したトキは、助けを求めるようにリオを、自分の主を見た。
もとはと言えば、トキがこんなことをしているのはリオの命令だ。リオがもういいと止めてくれれば、トキはこれ以上、透き通った世界にあるまじき行為を行わなくて済む。
トキは一抹の望みを抱いてリオを見た。
だがリオは黙々と資料を読み込んでいた。
ちらりとこちらを見るどころか、まるで興味なさげに無視していた。その我関せずといった様子に、トキは望みが断たれた悲しみと、抗いがたい暗い喜びを得た。
紙束から視線を外さずに、リオはキバヤシに声をかける。
「相変わらず、さすがの調査能力ね、ルリ。ところで話はかわるけど…連邦生徒会長は見つかったのかしら」
それを合図にするように、トキは手の動きを再開した。
「い、今聞くのか…? 彼女はまだ……み、見つかっていない」
「そう……連邦生徒会も使い物にならないわね」
「彼女たちだ…って…最善を…つ、つくしているさ」
「結果の伴わない労力は、努力ではなくただの徒労よ」
「リオらし…ぃ…あ…っ……ひっ……あ、ありがとうトキくん、もう十分だ」
キバヤシが後ろに手をまわし、トキの腕をつかんだ。
トキはその手を休めながら、心の中で思う。
止めてなどくれるな。もはやここまできたのなら、止めてなどくれるな。そのかわいらしい声で鳴いてほしい。いや、この手で鳴かせるのだ。まだこの暗い悦を、心行くまで味わっていたいのだ。
そんな不断の意思をこめてトキは口を開いた。
「まだ――コリが残っています…!」
「も、もう十分だろう!? これ以上肩が軽くなったら飛んでしまう…!」
必死になって離れようとするキバヤシだが、体勢が悪かった。
かたや座りながら腰砕け、かたや立ちながら押さえつけている。そんな状況でキバヤシを立ち上がらせないことなど、トキにとっては赤子の手をひねるようなものだ。
そんなことで格闘をしていると、主であるリオからも援護射撃がとんできた。
「あら…ソレはいいことでなくて? この調査資料、ずいぶん危険を冒してきたのでしょう。功労者へのいたわりは合理的なことだわ。そうよね、トキ」
「イエス、マム」
「よ、よせトキくん。やめっ……やめてっ……くすぐった……んぅっ!」
それから数十分。
キバヤシを椅子に座らせて、トキは一心不乱に揉んだ。
トキはすこし手がつかれたが、それが気にならないほどに心の栄養素に満ち溢れていた。
それはひょっとしなくても、摂取しないほうがいい中毒性のあるものだったかもしれない。だがそれはそれとして、トキは大変に心が満足した。
疲れをいやすという名目だったのに、息も絶え絶えにさせられたキバヤシが、リオに向かって抗議の声を上げる。
「リ、リオ…これが…久しぶりに再会した昔馴染みにする仕打ちか……?」
トキはムッとした。
その言い方では、まるでトキがひどいことをしたような言い草ではないか。
リオの傍にすました顔で立ちながら、トキは心の中で反論した。
「そうね。ここのところ、ろくに顔を出さなかった昔馴染みへの仕打ちよ」
リオはキバヤシの言葉をこともなげに切って捨てる。
「…それを言われると、言い返せんな」
キバヤシはバツが悪そうに机に置かれていた色付き眼鏡を手に取り、かけなおした。
するとなにやら、トキの隣から押し殺した笑い声が漏れてくる。
「ふっ…ふふっ…くっ……」
トキは何が起きているのか、一瞬わからなかった。
リオが笑っている。あのリオが、ビッグシスターと恐れられるあのリオが、声を押し殺して笑っている。トキは何が起きているのかわからなかった。
胸の内にひろがる動揺をおさえるべく、トキは疑問を口にする。
「…リオ様、何かございましたか」
「いえ……見慣れなくて…っ……サングラスって……あのルリが……ふ…ふっ……」
こらえきれないと言った様子で、リオは机にうつ伏せになった。そしてそのまま肩を震わせて、息を切らしている。わけがわからなかった。
キバヤシに目を向けると、その顔は真っ赤に染まっていた。色付き眼鏡をつけたり外したりしながら、そんなに似合ってないだろうかとでもいいたげにしていた。
「わ、笑いたければ笑えばいいだろう。私だって色々あったんだ。というか今はいいが、人前ではキバヤシと呼んでもらうからな!」
「い、いまさら…いまさら名字なんて…ふっ……う…ふふっはっははっ……あーはっはっ! ひっ、ひーっ!」
「わ、笑うな! やっぱり笑うんじゃない! ええいくそ、人がようやっと勇気を出してきたというのに君というやつは!!」
砕けた様子の二人をみて、ようやくトキは察せられた。
どうやらリオとキバヤシは―――
トキが仕え始めるより前からの、深い関係らしかった。
ミレニアム学園に取り巻く陰謀をノストラダムスは予言していた…?
衝撃の真相を解明するべく、キバヤシはミレニアム学園の奥地へと足を踏み入れた―――!