さなえ・ざ・ろっく! 作:幕張n
「あーー! ギター!!!!」
──放課後。
ついクラスの友達と話し込んでしまい、妹にも置いて行かれ一人寂しく帰っていた下校途中。
帰り道にある公園にふと目を向けると、何やら物憂げな様子でブランコに座るひとりさんを見かけたので話していたら、突然。
そんな大きな声を出して、わたしたちの元へ一人の女の子が駆け寄ってくるのでした。
しかもその子の顔には何だか見覚えがあるような、というか……。
「虹夏さん?」
左サイドテールに結んだ髪と頭頂部にぴょこんと生えたアホ毛がとってもキュートな彼女は伊地知虹夏さん。
わたしが所属するバンドがいつもお世話になっているライブハウスの店長さんの妹さんで、ガールズバンド『結束バンド』のドラムを担当するとても元気な女の子です。
学校は違いますが同い年なのでなにかと話が合い、大事なお友達の一人だったりします。
「あれ!? 早苗ちゃん!? 」
「はい! こんなところでお会いするなんて奇遇ですね! 何やらお急ぎのようでしたけど、どうかされたんですか?」
「──あ、そうだった! うん、それがね……、実は今日STARRYでこれからライブやるんだけど、うちのバンドのギターの子が突然やめちゃってさ……、それで、誰かに代役頼めないか必死で探してたの!」
「えっ!? 大変じゃないですかそれ……!!」
「うん、ほんと大ピンチだよ〜! でも早苗ちゃんに会えてよかった! ねえお願い! 今日だけうちでサポートギターやってくれないかな!?」
「はい、もちろんです! わたしでよければ喜んで助太刀させていただきます!」
友人の危機とあらば黙っていられません。
それにサポートギターとはいえ、ステージで演奏する機会は多いに越したことはないですから!
あ、そうだ!
「よろしければ、ひとりさんも一緒にいかがですか?」
「……う゛ぇ゛っ!?」
何やらひとりさんから踏みつけられた猫のような奇声が上がった気がしますが、おそらく気のせいでしょう。
とても人間から出るとは思えないような音でしたからね!
「えーっと、早苗ちゃんのお友達……?」
「はい! 紹介します! こちらは後藤ひとりさん! 同じ学校の一年生で、ロックを愛する孤高のギタリストです!」
「おー、なんかかっこいいね!」
「そしてひとりさん、こちらは下北沢高校の二年生で、伊地知虹夏さん。わたしがいつもお世話になっているライブハウスの店長さんの妹さんで、バンドではドラムを担当されています!」
「……あっ、えっと、よろしくお願いします……」
「うん、よろしくね! ねえねえ、早苗さんが推してくるってことはもしかしてひとりちゃんもギター上手いの!?」
「……えっ、いや、まあ、そこそこぐらいかと……」
ふむ。
自分から推しておいてなんですが、そういえば、わたしもひとりさんの演奏はまだ聞いたことなかったですね。
でもさっき手を握ったときの左手の指先の硬さ、あれは堅実に努力を積み上げてきた紛れもないギタリストの指です!
きっととっても良い演奏をするに決まっています!
「そっか! それじゃあお願いしちゃってもいいかな? ギターが増えればそれだけ演奏の厚みも増すし!」
「えっ、あっ……、いや、でも……」
「あ、もちろん無理にとは言わないけど……」
「──やりましょう、ひとりさん!」
わたしはひとりさんの手を握り、胸の前に持ってきます。
そして、ひとりさんの目を真っ直ぐに見つめて。
「ひとりさん、人前で弾いたことないって言っていましたよね? なら、まずは知ってほしいんです! ステージの上から大音量でギターを奏でる興奮、人と一緒に演奏する楽しさ! きっと、一度知ったら忘れられない体験になりますよ!」
「……っ!」
「初めてはきっと、こわいし、緊張もすると思います。でも、わたしが必ず支えますから、だから弾いてみませんか? わたしと一緒に!」
「早苗さんと、一緒に……」
ぼそりとそう呟いて、ひとりさんはわずかに目を見開きます。
そして一度俯いてから、再び顔を上げると。
「はい……、あの、こんな私でよければ、その、弾かせてほしいです……! 昔からバンドを組むのが夢で……、でも、なかなか勇気が出なくて全然踏み出せなくて……だから……!」
ひとりさんのその言葉を聞き、わたしは虹夏さんと顔を見合わせます。
そして、互いに自然と微笑み合い、虹夏さんもまたわたしと同じ気持ちなのだと確認できました。
なら、かける言葉は一つです。
「初めてのライブ、一緒に頑張りましょうね! ひとりさん!」
「よろしくね! ひとりちゃん!」
「…………!」
──こうして。
わたしとひとりさんは急遽、虹夏さんのバンド、『結束バンド』の臨時メンバーとして演奏することになったのでした。
☆☆☆☆☆
「──ミジンコ以下でごめんなさい……。どうも、プランクトン後藤です……」
「えーっと、これはいったい……? なにがあったんです……?」
あれから一度自分のギターを取りに行くために二人と別れ、家に寄ってからここライブハウス『STARRY』へとやってきたわたしですが、これはいったいどういった状況なのでしょうか……?
なぜかひとりさんが意味不明の単語を呟きながら床の上にうずくまってしまっています。
「あ、早苗ちゃん……。実は……」
「虹夏がこの子に”ド下手だ”って言った」
「えっ!?」
「ちょっ、リョウ!! それだけだとまるで私が悪者みたいじゃん!!」
「まるでも何も事実をそのまま言っただけ」
「そ、それはそうだけど……」
「え、えーっと……、詳しくお聞きしても……?」
──詳しく説明を聞くこと数分。
「ふむふむ、なるほど。わたしがギターを取りに行っている間にそんなことがあったのですね」
「そう。技術がどうこうってより、周りの音に合わせられなくて終始突っ走ってる感じ」
と、ひとりさんの演奏にそんな感想を延べるのは虹夏さんの幼馴染で、下北沢高校二年の山田リョウさん。
短い髪に中性的な顔立ちと、左目の下の泣きぼくろが特徴的な物静かでクールな女の子です。
そのユニセックスな見た目とスタイルの良さも相まってベースを弾く姿がとても絵になると評判だったりします。
「で、それを踏まえてパート分けはどうする? 早苗がリードでいいの?」
「わたしはなんでも構いませんが、ひとりさんはどうします?」
「……あっ、えっと、わ、私はバッキングのほうがいいかなって……。そっちなら、少しは落ち着いて弾けるかもですし……」
「わかりました! では今回はわたしがリードギターということで!」
「よしっ! じゃあ編成も決まったところで、早速四人で合わせてみよっか! 本番まで時間もあんまりないしね!」
バンドリーダーの虹夏さんの主導で、わたしたちは施設内に併設された練習スタジオへと移動します。
こうやってライブハウスの中にスタジオが併設されているととても便利ですね。
「すみません、ちょっとチューニングのお時間もらいますね」
そう言ってわたしは、背負っていたギグバッグから愛用のギターを取り出します。
初めて手にしたパシフィカではなく、神奈子様と出会い、バンドを組むきっかけにもなった今のわたしの相棒。
フェンダーUSA製の2ハムテレキャスター。
サーフグリーンカラーのかわいい見た目から繰り出されるパワフルなサウンドが弾いていてとても気持ちがよく、今やわたしは完全にこの子の虜です。
しかし価格に関しては全然かわいくなく、とてもただの学生に買えるような代物ではありません。
何しろ現行品ながらも諭吉さんが余裕で二十と数人は軽く吹き飛ぶレベルの代物ですからね。
今は色々ご縁があって、神奈子様から特別に使わせて頂いてるという形になりますが、いつかお金が貯まったら正式に買い取らせていただきたいと常々考えていたりします。
「よし、準備オーケーです! お願いします!」
「はーい! それじゃいくよー!」
そうして虹夏さんのカウントと共に、この即席バンド四名による初合わせが行われるのでした。
そして……。
「…………リズムギターでも役立たずでごめんなさい、どうもバクテリア後藤です……」
と。
落ち込みのあまり今度は細菌レベルの微生物になってしまったひとりさんです。
これは持ちネタかなにかなのでしょうか?
とてもユーモアに溢れていますね!
「あはは……。今度は皆と合わせようとしすぎて逆にゴタついちゃったねぇ〜……」
「大丈夫ですよ、ひとりさん! ライブなんてフィーリングが九割ですから! 技術関係なく盛り上げた者勝ちです!」
「……へへ……ならいっそ私の命をもって腹切りショーでもやればバンド名ぐらい覚えて帰ってもらえますかね……」
「おぉー! さすがはひとりさん! ロックにかける覚悟が違います!!」
「いやロックすぎるよ!! 今日の観客みんな女子高生だからね!? 普通にドン引きだよ!!」
……しかし困りました。
ひとりさん、どうやら完全に自信を失ってしまったようです。
こんなとき、どんな言葉をかけてあげるべきなのでしょう。
うーむ……。
「……や、やっぱり私、今日は出るのやめておきます……。私が出ると、皆さんに迷惑をかけてしまいますし、それに、人の目も怖いし……」
「いやいや、別に迷惑だなんて思ってないよ! 即席バンドなんだし、上手く合わせられなくて当たり前なんだからさ!」
「ですね! 何事も練習と場数の積み重ねです! 最初から上手い人なんてそうそういないんですから!」
「人の目が怖いなら、これに入って演奏する?」
「こ、これは──!」
リョウさんがそう言ってどこからともなく引っ張り出してきたもの。
そこには、”完熟マンゴー”と書かれた大きめのダンボール箱があったのでした──。