さなえ・ざ・ろっく! 作:幕張n
──す、すごい……! すごいすごいすごい……!
暗い、狭い、息苦しい。いつもギターを弾いてる環境と同じだ……!
ダンボールってこんなに落ち着くんだ……! 完熟マンゴー大好き……!!
「いぇーい……! みっ、皆さん下北盛り上げていきましょー!」
「おー、ダンボールの中に入ったら少し気が大きくなった」
これならいける……!
この状態で演奏すればさっきよりは少しはマシな演奏ができる気がする……!
「そういえば、ステージネームはどうする? 早苗ちゃんは本名でやってるからいいとして、ひとりちゃんは? ひとりちゃんも本名でいいかな?」
「えっ、いやそれは……」
別に本名でもいいけど、もしそれで何かやらかしたらと思うと後がこわい……。
別の名前でできるならそっちのほうがいいかな……。
「本名がNGなら、あだ名でも大丈夫ですよ!」
「あだ名……、中学のころは、“あのー”とか“おい”とか呼ばれてました……」
「うん、あだ名じゃないねそれ」
うっ……、だってあだ名で呼び合うほど人と親しくなったことなんかないし……。
「ひとり……、ひとりぼっち、“ぼっち”ちゃんは?」
「ちょっ、そんなデリケートな部分を……」
「っ! ぼ、ぼぼぼ、ぼっちです!!!!」
──初めてのあだ名、嬉しい……!!!!
リョウさん好き……!!
「うぅ、なんか涙出てきた……」
「ぼっちさん、ですか。良いですね! 響きもかわいくてなんだか親しみやすいですし!」
「いや早苗ちゃん、ぼっちってどういう意味かわかってる……?」
「? なにか特別な意味が?」
「うん、あのね、ぼっちっていうのは……いやまあ、この場合本人も喜んでるし別にいいのかな……?」
「?」
☆☆☆☆☆
──ライブ本番前。
ステージに続く控え室のドアを少し開けてホールの様子を見ると、思ったよりもたくさんのお客さんが集まっていた。
虹夏ちゃんの友達がほとんどって聞いてたけど、たしかに私たちと同年代ぐらいの女の子たちが主な客層みたいだ。
……うぅ。また緊張してきた。
でも大丈夫、私にはこの完熟マンゴーという鎧がある……。
これがあれば人の目にも耐えられる。
大丈夫、大丈夫……。
「──ぼっちさん」
「は、はい……!」
まだあだ名で呼ばれることにはなれないけど、何とか返事できた。
ダンボールの中で振り返って反対側の覗き窓から顔を出すと、早苗さんが何か考え込むような表情で、じーっと私を見ている。
「さ、早苗さん……?」
「“
「えっ、えぇ……!?」
「やっぱり、もったいないですよ。初めてのステージなんですし。お客さんの視線も、声も、直接肌で感じたほうが絶対いいです」
「で、でも私……」
私は人の目が怖い。
人からどう思われるか、人からの評価が怖い。
だからネット上ではギターヒーローというリア充女子を演じ、理想の自分という殻を被ることで中途半端な承認欲求を満たしてきた。
そして今。
現実でもこうして、ダンボール箱という文字通りの身を守るための殻に篭ろうとしている。
それを、早苗さんは──。
「えいっ!」
強引に引き剥がすのだった。
「あ、あっ……」
ダンボール箱から引き剥がされると、途端に体中の震えが止まらなくなる。
怖い。怖い怖い……!
こんなんじゃ、私はもうステージに立つことも、ギターを弾くことさえ……。
「──大丈夫ですよ。ぼっちさんの人生初ライブ。わたしが絶対に、失敗になんか終わらせません」
「え……?」
そうして早苗さんは、この場にいた誰よりも自身に満ち溢れた表情で。
「──言ったでしょ? ライブは盛り上げた者勝ちなんです」
☆☆☆☆☆
「はじめましてー! 結束バンドです! 今日はちょっと諸事情でギターには助っ人が入ってくれてるけど、みんなが知ってるような曲も何曲かやるので気にせず楽しんでいってください!」
虹夏ちゃんが明るい声でマイクパフォーマンスをすると、まばらな拍手が返ってきた。
あまり乗り切れてない微妙な反応だったけれど、虹夏ちゃんやリョウさん、それに早苗さんも特に気にした様子はない。
それぞれが楽器を握る指に軽く視線を落とし、そして、虹夏ちゃんのドラムイントロと共に演奏が始まった。
駆け抜けていくドラムのリズムに合わせ、早苗さんのギターがメロディの先陣を切る。
それを支えるように、リョウさんのベース、そしてリズムギターのわたしの音が響き渡り、ポップで聴きやすい音の奔流が出来上がった。
練習の時点で分かっていたことだけど、リョウさんも虹夏ちゃんも個人技能はかなり上手い。
けれど、早苗さんはそんな二人に比べてもまるで別格というほど綺麗で整った、プロレベルの音を作り上げていた。
上手く揃いきらない他のメンバーの音も、早苗さんのギターが奏でる正確なメロディによって上手く纏まり、やがて一つの音楽として調和していく。
けれど……。
──やっぱりお客さん……、あんまりノッてない……。
それもそうか、と思う。
所詮は学生のカバーバンド。
カバーがあるということは本家があり、きっとここにいる誰もがその本家の音を一度は聞いたことがある。
今やっているのは、その本家の音をそっくり真似ようとしているだけで、聴く人にとっては何の驚きもないし、ボーカルもない分いまいち盛り上がりにも欠ける。
……早苗さんは本番前、あんなことを言っていたけどさすがにこの雰囲気じゃ──。
私は弾きながら、ちらりと早苗さんの方に視線を向ける。
すると、ちょうどそのタイミングで早苗さんもこちらに視線を送っていたようで、意図せずピッタリ目が合う。
そして私と目が合うと、彼女は不意に。
「────」
その端正な顔に、悪戯っ子のような不敵な笑みを浮かべたのだった。
その、次の瞬間──。
全く次元の違う演奏が、ステージを呑み込んだ。
「──え……」
演奏中だというのに、思わず声が漏れた。
なに、これ……。
なにこの演奏……。
本当にさっきまでと同じ曲を演奏しているのか疑わしくなる。
それぐらい、彼女の演奏はあまりにも飛び抜けていた。
さっきまでの、まるでお手本のような綺麗な演奏ではなく。
無秩序に、自由に。
まるで一切の常識に囚われることのない独創性。
けれどもそれは決して雑音ではなく、一音一音の強さが、色気が、緩急が、まるで脳を焼かれたと錯覚するほどに意識を
それぐらい、彼女のその演奏は、客席も演者も、この場にいる誰をも一瞬で魅了してしまった。
──衝撃で鳥肌が立つ。
この演奏技術は決して学生レベルに収まっていいものではない。
これはもはや、プロトップレベルの領域……!
たった一度合わせただけのカバー曲を、もう自分のモノにして、瞬く間に自分色に染め上げてしまっている。
きっと天才とはこういう人種のことを言うのだろう。
もちろん、これだけの技術を身につけるため、努力もたくさん積み重ねてきたのだろう。
だけど、それだけじゃない。
これは明らかにそのレベルを超えている。
普通に努力しただけじゃ、学生でこんなレベルの演奏はできない。
それこそ、常人とはかけ離れた天性の才能と演奏センスがなければ、この領域には至れない。
「…………っ」
一瞬、私のギターを弾く指に躊躇いが生まれた。
ここに、私の演奏は果たして必要なのだろうか。
彼女のソロだけで事足りるのではないか。
むしろそれ以外は、私はもちろん、虹夏ちゃんやリョウさんの演奏だって、早苗さんの演奏の純度を下げる雑音になってしまうのでは──。
そんな気持ちが心に湧き、指を鈍らせる。
今の私じゃ、彼女の隣で演奏するのに相応しくない。そのレベルにない。
見れば、虹夏ちゃんやリョウさんも、早苗さんの演奏に圧倒されているのか、段々音が弱々しくなっている。
レベルが違う。同じステージに立つのもおこがましい。
同じ場所に立っていても、見えているものも、感じているものもきっと違う。
でも……。
だけど……!!
──ここで逃げたら、ダメだ……!!
私だって、ずっとギターを弾いてきた。
毎日、何時間も、青春も捨てて日常のあらゆる時間をギターだけに費やしてきた。
ギターをかき鳴らすピックに力がこもる。
早苗さんの目が、一瞬私の方に向いた。
そして、待ってましたと言わんばかりの笑みを向けてくる彼女に、私は。
「──────!!」
──今ある全力の音を出し切ることで応える。
たとえどんなに才能や経験の差があっても、実力が違っても。
自分が唯一誇れると思う
置いていかれたくない、必死に食らいついてみせる……!!
私の中の集中力が、かつてない程の高まりを迎える。
フレットの上で指が踊り、ピックを削り切るように強烈な音を生み出す。
我ながら酷い演奏だと思った。
こんなの、さっきまでの私とはもちろん、ギターヒーローとしての私とも全然違う。
調和も何も完全に度外視な、ただただ荒々しい音と音のぶつかり合い。
けれど今、この瞬間、この場において──。
この対比は、早苗さんの音をさらに引き立て、その演奏により一層の勢いを与える。
私は激しく音をかき鳴らしながら、虹夏ちゃんとリョウさんの方に視線を送った。
見れば二人もまた、この音の激突に触発されたように、虹夏ちゃんは力強くドラムを叩き、リョウさんも正確なリズムを取り戻した。
それぞれがそれぞれに、早苗さんの演奏と拮抗しようと激しく音をぶつけ合う。
対立するような、けれども協調するような不思議な演奏。
「──────!!」
やがて演奏も終盤に入り、早苗さんのギターを奏でる音が最高潮に到達した。
それを支えるように演奏も最大の盛り上がりを迎え、そして──最後の一音を、力の限りかき鳴らす。
「────」
その最後の一音が鳴り止むと同時、ピタリと演奏が止まる。
綺麗に整った無音が余韻を作り、一瞬遅れて花火のように激しい拍手が響き渡った。
ピリピリと肌を叩く振動に、凄まじい達成感と歓喜が湧いてくる。
──これがライブ、これがバンド……!
ステージの上でしか味わえない恍惚が、私の全身を包み込んだ。
「ハァ……ハァ……」
息を切らしながら、早苗さんが私のほうを振り返る。
そして、私に拳を向け、大輪の笑顔でグッと親指を突き立てるのだった。
見ればその額からは大粒の汗が流れ、今の演奏が紛れもなく彼女が全身全霊を込めたモノだったことが溢れんばかりに伝わってくる。
早苗さんだけじゃない。
私も、虹夏ちゃんも、リョウさんも。
ステージに立っている全員が、すべてを出し切り、やり切った表情をしている。
一瞬のようにも、永遠のようにも感じられた演奏。
だけど、これで終わりじゃない。
まだライブは続いている。
「──みんなー! 盛り上がってるー!? じゃあ続いて二曲目、いっくよー!!」
そんな虹夏ちゃんの言葉は、一曲目と売って代わり、今度はライブハウス全体を包み込む大歓声と共に迎え入れられたのだった。