さなえ・ざ・ろっく! 作:幕張n
──斯くして、人生初めてのライブは大成功に終わった。
今は控え室を出たエントランスホール。
ライブ終わりの興奮と共にそれぞれがお互いの健闘を讃えあっている。
その中でも、今回のライブの一番の功労者はやっぱり。
「いやーほんとすごかったよ、早苗ちゃん!」
「正直、ボーカル無しであんなに盛り上がるとは思わなかった」
「いえいえ! 全てはわたしの勝手なアドリブに皆さんが上手く合わせてくれたおかげです! むしろただの臨時メンバーのわたしがあんなに出しゃばってしまって申し訳ありませんでした……!」
「いやいやそんな! おかげでみんな喜んでくれて、また来たいって言ってくれたし、……まあ早苗ちゃんが今回限りの助っ人だって言ったら露骨にがっかりされたりもしたけど……」
「ほんとこのまま入っちゃえばいいのに」
「そうそう! わたしたち四人、めっちゃいい感じだったよね!」
……四人。
何気ない言葉の中に、しっかり私のことも数に入れてもらえていたことがすごく嬉しい。
本当に、このメンバーでこれからも活動できたら、どんなに楽しいだろう。
でも、早苗さんや私は今回限りのサポートメンバーで、私なんか、今日が終われば『結束バンド』とは何の関係も無くなる。
早苗さんとはこれからもたぶん学校で会える。
でも、一緒に演奏することはきっともう二度と無いんだろうな……。
そんな現実を急に実感すると、途端に悲しくなる。
というか、ちょっと泣きそう……。
「ぼっちも一曲目の後半からすごく良かったね」
「うん! 練習のときとは全然違ったけど、めちゃくちゃ勢いあってこっちまでノッてきちゃったよ!」
「はい! ぼっちさんのおかげでとっても刺激的な演奏ができました! やっぱりぼっちさんって凄い人だったんですね、私の目に狂いはなかったです!」
「え、え……!? いやぁそれほどでも〜」
急に三人から口々に褒められて思わず顔がニヤけてしまう私だった。
「ねえ、よかったらなんだけどさっ! 早苗ちゃんとは今回限りにしても、ぼっちちゃんはこれからも、うちのバンドでギターやってくれないかな!?」
「え……?」
「私も良いと思う。ちょうど新しいギター探してたし、それにぼっち、面白いから。見てて飽きない」
「ふふっ。よかったですね、ぼっちさん! 前からバンドを組むのが夢だったって、公園でも仰ってましたもんね!」
「ほ、本当にいいんですか……? 私みたいなのを入れちゃって、だって私、コミュ障だし、演奏も上手く合わせられないし……」
私なんかバンドに入れても、虹夏ちゃんたちにいい事なんて何もない。
なのに、どうして……。
「そんなの関係ないよ! 技術とか性格とかそういうのは置いといてさ、私はぼっちちゃんと一緒にこれからも演奏したい! それじゃダメかな?」
「…………で、でも」
「ぼっちさん。勇気を出すなら、きっと今ですよ」
「…………!」
……そうだ。
私みたいなコミュ障がバンドに誘ってもらえるなんて、こんな奇跡、きっともう一生起こらない。
だから、絶対無駄にしちゃダメだ……!
「わ、私頑張ります……! 皆さんのお力になれるように、コミュ障も直して、もっと上手く合わせられるように……! だから……その……こんな私ですけど、どうか、よ、よろしくお願いします──!!」
い、言っちゃった……。
うぅ……、大丈夫かな。もし社交辞令とかだったらどうしよう、もしそうだったらこのまま微粒子になって消える自信がある……。
……けど、そんな私の心配はどうやら杞憂だったらしく。
「うん! よろしくね、ぼっちちゃん! 改めて、『結束バンド』へようこそ!」
「よろしく、ぼっち」
「〜〜〜〜!!」
どうしよう、嬉しすぎてこれはこれで死んじゃいそう……。
バンド……、夢にまで見たバンドだ……!
「ふふっ。よかったですね、ぼっちさん!」
早苗さんも笑顔で祝福してくれる。
元を辿れば、今日早苗さんが声をかけてくれなかったら、こうして虹夏ちゃんたちと出会うことも、一緒に演奏することもなかったのかな……。
それに、ステージの上でみんなで弾くことがあんなにドキドキして、楽しいことだって知ることもきっと。
早苗さん……、私をあの光の中へ導いてくれた人、大切な恩人……。
「…………っ」
──あ、あれ……? どうしよう……。
なんだか急に顔が熱くなってきたような──。
「よーし! それじゃあこれから打ち上げついでに、ひとりちゃんの歓迎会兼ライブの反省会だー!」
「あっ、すみません……、今日は人と話しすぎて疲れたので帰ります……」
「私も眠いからパス」
「ご、ごめんなさい……。実はわたしもこれからストリートライブをやるからと呼び出しが……」
「結束力全然ない!!」
──こうして。
私の人生にとって大きな転換点となった一日は賑やかにも終了した──かに思われた。
「──あっ、ぼっちさん!」
ライブハウスを出て駅へ向かおうとしていたら、早苗さんから急に呼び止められる。
そして。
「もしよかったら、一曲だけでも聴いていきませんか? うちのバンドのライブ! ちょうどこの近くですし、ストリートなので見るだけタダですから!」
「へ……?」
……どうやら、この目まぐるしいような一日は、まだもう少しだけ続くらしい。
☆☆☆☆☆
──STARRYを出たわたしは、帰る途中のひとりさん改め、ぼっちさんを呼び止め、一緒に神奈子様たちが待つ駅前通りまで向かうことにしました。
今日はぼっちさんも初ライブで頑張ってくれましたし、これがそのお礼になるかはわかりませんが、ぜひ今度はお客さんとして、わたしたちのライブを彼女に見て頂きたいと思ったのです。
なんと言っても、わたしたち『守矢神社』のライブは至高にして最強ですからね!
今日はストリートなので残念ながら衣装は三人とも私服ですが、機会があればぜひ、ステージ衣装のわたしたちも見てもらいたいです。
ぼっちさんも一度見たらきっとそれはそれは夢中になることでしょう!
「えーっと、この辺だと思うのですが、あ、いました! 遅れてすみませーん! 神奈子様ー!諏訪子様ー!」
「お、やっときたね早苗。ったく、待ちくたびれたよ。いったい何してたんだい?」
そう言いながらわたしを迎えてくれたのは、我が『守矢神社』のベース担当、八坂神奈子様です。
モデルさんのような引き締まったスタイルと、男女問わず魅了する中性的な顔立ちは、どことなくリョウさんの雰囲気と少し似ています。
年齢は二十五歳、例えるならリョウさんを大人っぽくしてそこに少しワイルドさを足した感じでしょうか。
そのビジュアルから、うちのバンドの客層の半数以上は神奈子様目当ての女性ファンの方たちで大きく占められていると言っても過言ではありません。
文字通り、バンドの顔役ですね。
今日の服装も上下を黒のライダースでバッチリ決め、まさにこれぞバンドマンといった出で立ちでとてもクールです。
「あはは、すみません。虹夏さんに頼まれてちょっとSTARRYでライブを……」
「ほぇー。んで、そっちのジャージの子はどちらさん?」
と、わたしの返答に対し、そう声をかけてきたのは『守矢神社』の創設者にしてドラム担当の洩矢諏訪子様です。
見た目はかなり幼く、時には中学生に間違われたりすることもありますが、年齢は正真正銘、神奈子様と同い年の二十五歳です。
その華奢な体つきからは想像もできないパワフルな演奏が魅力的で、演奏面ではいつも支えてもらっています。
普段着はややだらしないダルダルのTシャツ姿ですが、これはこれで可愛らしく、見ていて無性にほっこりします。
ちなみに神奈子様の同居人でヒモです。
「ご紹介します! こちらの方はぼっちさんと言いまして、今日仲良くなったばかりなのですが、とっても素敵な演奏をされるギタリストなんですよ!」
「あっ……、よよ、よろしくお願いします……」
「ふぅん……、早苗がそこまで言うってことは相当な腕前なんだろうねぇ……」
「ひぇ……っ」
「もう! ダメですよ、神奈子様! ぼっちさんは少し人見知りな性格なんですから、睨むの禁止です!」
「べ、別に睨んでるつもりじゃ……」
「ははは、神奈子は顔こぇーからなー」
「うぐ……」
「それからぼっちさんはつい先程人生初ライブを終えたばかりで、虹夏さんたちのバンドに入ることにもなったんですよ! それでそのお祝いとして、ぜひ我ら『守矢神社』のライブを見ていただこうかと!」
「はは、そいつはいいねぇ! よーし、じゃあ今日のセトリはパァーっと盛り上がるやつでいこうか。なんならリクエストでもいいよ」
うちの場合、ストリートライブをやるときは基本的にカバー曲を中心としています。
オリジナル曲も当然あるのですが、ストリートはあくまでステージライブへ向けた集客を目的としているため、カバー曲のほうが興味を持って貰いやすくウケがいいのです。
本当はオリジナルで勝負すべきなのでしょうが、背に腹は替えられぬ、といったところでしょうか。
「あ、あの……お、おおお構いなく、わ、わわ私すぐ帰りま──」
「ああ? アタシらの演奏が聴けねぇってのかい?」
「ひぃん……!!」
「もぅ! 神奈子様!!!!」
神奈子様に睨まれすっかり萎縮してしまっているぼっちさんを抱きとめ、優しく頭を撫でながら、わたしは抗議の眼差しを向けます。
まったく、今言ったばかりだというのに……。
ああもうこんなに震えて……、恐かったですね、ぼっちさん。ヨシヨシ。
「あぅ……」
「おお、早苗が撫でたら借りてきた猫みたいに大人しくなったな」
「可愛いですよね、えへへ」
「んなことより、さっさと準備して始めるよ。時間も限られてんだからね」
「はい!」
☆☆☆☆☆
──結局、どのタイミングで帰ったらいいのかわからなくて、気づけばラストの曲までしっかり聴いちゃってた……。
どうしよう、今から帰ればまだ日付が変わる前には家に着けるかな……?
一応、お母さんには帰り遅くなるってロインはしておいたけど……。
「んじゃおつかれさん、ほら帰るよ諏訪子」
「うーい。じゃ、またな早苗〜」
「は〜い! お二人ともお疲れ様でした〜!」
早苗さんのバンドメンバーも帰っちゃったし……、わ、私ももう流石に帰っていいよね? 帰って大丈夫だよね……?
「えっと、すみませんぼっちさん。結局こんな時間までいてもらっちゃって……」
「だ、大丈夫です……。ライブもすごく良かったですし……」
そう。
さすが早苗さんが所属しているバンドというだけあって、早苗さん以外の二人も物凄くレベルが高かった。
特にベースの人は結構年上に見えたし経験の差とかもあるんだろうけど、でもドラムのどう見ても小学生か中学生ぐらいにしか見えない人もすごく上手だった。
早苗さんの実力があっても全然浮くこともなくて、むしろ早苗さんのあの無秩序で奔放な演奏を裏から完全に支え、活かしきっていた。
誰か一人が突出して秀でている訳ではなく、メンバー全員が極めて高い水準で、完璧なバランスのもとに成り立っているバンド。
そんな印象だった。
正直、なぜこれだけの実力があって未だメジャーデビューもしていないのか不思議で仕方ない。
……まあ、まだカバーしか聴いてないから何とも言えないんだけど。
そういえば早苗さん、ギターだけじゃなくて歌もすごく上手だったなぁ……。
「ふふっ。ありがとうございます! ……でもほんとに大丈夫ですか? 家に着く頃にはかなり遅い時間になってるんじゃ……」
「は、はい……。でもなんとか日付が変わる前には……」
「う〜ん、やっぱりそれぐらいになっちゃいますよねぇ……、それにこんなに遅い時間に女の子を一人で帰らせる訳にもいきませんし……」
「あの、ほ、ほんとにお構いなく……」
「そうだ! 良かったら今晩、ウチに泊まっていきますか?」
「…………へ?」
──さ、早苗さんの家に、お泊り……?
それは、全く予想だにしていなかった展開だった。