・ロード・トゥ・ドラゴン
のクロスオーバー作品です・
個人的に大好きであったスマートフォン向けアプリ「ロード・トゥ・ドラゴン」のキャラクターをR-TYPEの世界に転生させる、というお話です。
本来はもっとコミカルでギャグ調だったんですが、原作キャラクターのストーリーに熱を入れすぎてドシリアスになってしまいました。
話が難しくなり過ぎたこと、設定を練り切れていない事からボツにしました。
1.
――ミハエル。これで全てを終わりにしよう。もう二度と、こんな悲劇を起こさないために。
――ガハァッ!! ……ぼ、凡夫めがッ! き、貴様ぁ……よくもぉぉおお!!
――未来は…………僕らのものじゃない……!
――……全て、終わった。――……どうやら僕もここまでみたいだ。
ロザリィ、僕も……もうすぐそちらへ行くよ。
あぁだけど……ノーラの事が心残りだなぁ。
頼んだよ、エマ。もう君くらいしか彼女を任せる事ができる人間がいないんだ。
――ロザリィ……。もう少しだけ、君と…………。
『もっと長生きしたかったなぁ』
――――――――――――――――――――――――――――――
「――うっ、……ぐっ。ぁあ……?」
瞼を開くとこぼれんばかりの日差しが彼の視界を支配した。思わず閉じていた双眸を片手で覆う。手の隙間からこぼれる光の前に彼の抵抗はほとんど意味をなさなかった。
「光……ここは、一体? 僕は生きてるのか?」
窮屈さを感じ体を起こそうとする。ガチャガチャと音を立てる自分の体を不思議に思い全身を見回した。
自身のトレードマークである黄色い鎧。視界は狭く端々に闇を纏っている。横に手を伸ばすと硬い棒状のものに触れた。
それはまだ自身の若き頃に初めて支給された王国備品の槍(ランス)であった。血と汗が混じりあいボロボロとなった柄。円錐状の槍身に刻まれた大小幾つもの傷は度重なる訓練と激しい戦いの日々を感じさせた。
しかし妙だ。彼がこの槍を使っていたのはまだ成果も得られない新米のころの時だった。
当時の上司の不条理な扱きにめげず、王都周辺に巣食う竜(ドラゴン)の百体討伐の偉業を成し遂げた彼は、その実績を評価され副隊長にまで昇格することが出来た。そしてその折に最新式の槍を賜り、長らく共にしたこの槍は手放すこととなった。
彼は生涯二度槍を一新している。最後に手にしていた槍は発明家でもあった妻が作ったものであり、自身と妻、そして愛娘の頭文字を刻んだ愛に満ちた守護の槍だった。
「何故この槍がここにあるんだろう。ロザリィがくれた、あの槍は――」
口を閉ざし一心不乱に鎧を脱ぎ捨てた。彼の青ざめた顔はまるで悪い夢を見ているかのように歪んでいた。事実夢なのかもしれない。瞳に反射した鎧は紛れもなく、若き頃に脱いだきり一度たりとも着直したことのないそれであったのだ。
「どうして僕がこの鎧を……!? そうだ、全てがおかしい。僕は若返っているじゃないか!」
ガントレットを外しなめる様に見回す。彼が確固たる地位を築くころには両手はでこぼこと不格好だった。今見やるそれは小さな豆が手のひらに点在し、治りかけの浅い傷が一面を覆っていた。
「す、すごい。若返ってる。正確には、当時の姿そのままに戻ってるのかな」
得も言われぬ不安と恐怖に駆られながらも、元来穏やかでのんびりとした性格である彼は非現実的で幻想的な状況に興奮を覚えていた。
そしてある一種の希望が彼の意識を支配した。
「ひょっとすると、――ロザリィも」
ロザリィ。彼が生涯愛した女性はとある悲劇に見舞われ若くしてその命を落とすこととなった。死は二人を分かつこととなった。しかし彼は文字通り、その身が尽きるその瞬間まで、妻であるロザリィ一人を愛し続けた。
彼は正真正銘の騎士だった。
願わくばその悲劇をやり直せればと何度思ったことだろうか。彼女の忘れ形見である娘に、生きた妻の姿を見せてやりたかった。妻は明朗快活で優しく、知性に満ちた女性であった――。
「やり直せるのだろうか」
やり直せるのか。
「やり直したい、しかし……」
やり直すのだ。
「そうだ。きっと彼女もいるはずだ!」
鎧を着直し、アルフォンス・ヴァイスは立ち上がった。視界に映る景色のなんと寂しきことだろう。かつて見たことのない建造物の廃墟はこの世界の理を知らしめていた。鈍色の瓦解した壁面からは幾つもの茶色い、縮れた錆びた鉄の棒が伸び散らかしていた。その他にも彼の知識では知れぬ様々な色の物体がそこら中をゴロゴロしている。ロザリィなら何かわかるのかも知れない。
光差すほうへと歩いていくと視界の端々に映っていた青色の正体が姿を現した。巨大な海。一面が蒼に染まり、きわきらと瞬く光はそれら全てが生命のようだった。
「すごいや……。ここは海の真ん中だったんだ」
潮風が彼の淡い金色の髪を撫でつけた。量のある毛髪は知らぬものが見れば一国の王子と見紛うやも知れぬ。それを全否定する事はできまい。アルフォンス・ヴァイスは名誉ある王族の一人である。何かの間違いさえあれば彼は幾万の民を従える王になっていたかもしれないのだ。
アルフォンスはその海の先にこの建造物と似通った都市らしきもの発見した。あそこに行けば人がいるのだろうか。
だがどうやって渡ったらよいだろうか? 辺りを見回してみるが使えそうなものはない。一見船のような白い形状の乗り物の残骸はそこら中に放ってあるが、とても一人では動かせたものではないだろう。
アルフォンスが途方に暮れているとヒュー……と遠い空から風を切る音が聞こえてきた。音が次第に増していきついには空気が轟いた。ファンファンファンと劈く音にたまらず耳を押さえ空を見上げる。彼はあっと声を上げて尻もちをついた。
白く巨大な船が太陽を遮り彼を陰で覆っていた。
『こちら[ID IAP:61010]、現場に到着。生体反応源と思わしき人物を確認』
けたたましい音が止むなり今度は大きな声が響き渡った。どうやら仲間と連絡を取り合っているようだが、相手と思われるものはどこにも見当たらない。アルフォンスにはそれが何をしているのかがさっぱりわからなかった。
船はしばらく停滞していたがゆっくり、ゆっくりと地上へと降り立った。
それは船と呼ぶにはあまりにも奇妙であった。
宝石のようなコバルト色の前面装甲が太陽の光を照り返す。蒼白の艦体の側部に『POLICE』と表記されたそれはこの廃墟に散らばる残骸とは似て非なるものだった。
何より橙色に点滅を繰り返す灯篭らしきそれはどこか人を気持ちをかき乱すものがあった。
艦体上部に設置された一門の大きな砲塔がアルフォンスの姿を捕らえる。たちまち彼は縮み上がり身動きが取れなくなってしまった。
『こちらは石川航空警察(イシカワ・エビエーション・ポリス)だ。君が一体何故このようなところに居るかはわからんが……身柄を拘束させてもらう』
『よろしいかな?』その声はアルフォンスの答えを求めているのではなかった。
船は再びゆっくりと空へと浮きあがると、突然、下部より漁網をアルフォンスへと覆いかぶさるように放った。アルフォンスは驚きすぐさま抜け出そうともがくものの、抵抗空しくするりと槍ごとと持ち上げられてしまった。
2.
アルフォンスはしっかりと槍を抱き震えていた。妙な船が自身を捕らえ、そのまま無理やり空の旅を進呈した。空を飛ぶという行為を生涯夢にも思わなかった彼には、崖へと打ち付ける飛沫に恐れを抱く海鳥の雛のごとく、恐怖と言う感情に支配されていた。
「ああ、なんという事だ……! こ、こんな恐ろしい……」
これほどまでに恐怖を抱いたのは、初めて竜と退対峙したとき以来、もしくはそれ以上だった。かつて王都を襲った、かの邪悪なる獄炎竜と相対したときですらこれほどまでの絶望はなかった。
船は比較的緩やかに都市部の方へとやってきた。アルフォンスは網の隙間から都市を覗き込んだ。未知の世界がそこには広がっていた。
「なんだ、これ……。歩いているのは人、だよな。不思議な格好だ。そこら中に聳える塔に出たり入ったりしているけど、みんなこんな物に住んでいるのか?」
未知は彼の不安を幾らか紛らわした。人々の纏うそれは大変色鮮やかで、いろんな音が飛び交い光が交錯した。見慣れない看板がいくつも掲げられ、豪速で駆けるモンスターが街中を我が物顔で蹂躙していた。それでも人々は全くの無関心でまるでそれが当たり前のように振る舞っている。事実、当たり前なのだろう。
「め、目が回りそうだ。一体これはなんなんだ!」
アルフォンスが都市を見下ろすように、人々もまた彼を見上げた。人々は不思議そうな顔を浮かべた。彼の全身を包む西洋めかしい鎧は彼らにはすこぶる珍奇だった。そんな人物が警察につられて(・・・・)いるのだから顔を向けずにはいられまい。
アルフォンスもまた自分が注目されていることに気付き顔を紅潮させた。元来目立つような人物ではないと自覚しているだけにこうも視線を集める事に慣れていなかったのだ。
そのうち自ら顔を背け両腕で顔を覆い隠してしまった。既に兜をかぶり直していたため彼の素顔を拝んだものはいなかったが、彼はそれすらも忘れたように瞼を閉じて闇へ逃げた。
R-11B[ピースメーカー]が降り立ったのは石川航空警察署の屋上ヘリポートだった。同時に三機までのR戦闘機が離着陸可能な屋上は流石はR戦闘機の一般保有政策に精力的な石川県ならではだろう。
屋上には数人の機動隊がR-11Bが降り立つ前から待機していた。平時では決して見られないような重装備をした同僚の姿を見、R-11Bのパイロットは事態の重大さを再確認した。
静かに、機体はアルフォンスを地上へと降ろしてやった。すぐさま機動隊が彼を取り囲む。未だにまともな身動きを取れないアルフォンスだったが、物々しい雰囲気の前にゆっくりと両手を掲げざるを得なかった。
銃口を向ける機動隊の中から、一人のスーツ姿の男がアルフォンスの前に姿を見せた。
「怯えさせてしまったかな。なに、抵抗さえしなければ何もせん」
アルフォンスは彼の言葉の意味を噛みしめた。もちろん抵抗するつもりなど毛頭ない。この状況でできようはずもない。
R-11Bのパイロットが機体から降りてきた。ヘルメットを脱いだ面は太陽の光をうっとうしそうにしていた。
「ご苦労だった。本当にバイド反応はないんだろうな?」
「ええ、検査では問題ありませんでした。妙な恰好をしているもんで、新手のバイドかと驚きましたがね」
スーツの男はアルフォンスへと向き直る。鎧の騎士は事態に困惑し震えるばかりであった。
「おい貴様。何故あのような所にいた。何が目的だ」
「…………」
アルフォンスは声を出そうとしたが声が出なかった。緊張のせいだろうか。こんなところまで過去の自分に戻ってしまったのだろうか。
スーツの男はもう一度同じ質問をする。しかし彼は答えようとはしなかった。そのうち見かねたパイロットの男がスーツの男の肩に手を置いて制した。
「怯えちまってます。一旦落ち着かせましょう。俺もスーツを脱ぎてぇや」
両手を広げ己を見よ、と言いたげなパイロット。スーツの男は苦々しそうに機動隊へと指示を出す。
「こいつを連れていけ。鎧は全部脱がせろよ。替わりの服を持ってきてやれ」
二人の機動隊が武器を下ろしアルフォンスにかかったままの網を取り払った。彼は抵抗するそぶりを見せず後ろ手に二人の機動隊に引率された。それでもなお、他の機動隊員たちは厳戒態勢を解く様子はなかった。
パイロットの男は鎧の男をそれほど危険な人物とは思えなかった。いつまでも銃口を向けさせておく必要はないのではと思いもしたが、暴れられても困るので結局それを英断であると判断した。
丸裸にされた――替わりの服は着させられた――アルフォンスは元来の性格を表現するかのように、粗末なパイプ椅子の上で膝に手を置き座らせられていた。彼の面前には机を挟んで先ほどのスーツの男が座り、その両斜め後ろには武器を持った二人の機動隊が鎮座していた。スーツの男の真後ろでは相棒と思われるもう一人の男が付き添っていた。
たった一つの出入り口は厳重に施錠され逃げ出せないようになっている。隣の別室ではマジックミラー越しに、数人の警察官と先ほどのR-11Bのパイロットが調書の様子を観察していた。
「少しは落ちついたか」
スーツの男は当初出会った時よりは幾らか落ち着いた様子で問いかけた。アルフォンスは戸惑いつつも、静かに首を縦に振った。
「言葉は、わかるな」
事実を再確認するかのように男は言う。直前の質問の時点で答えは出ていたが、これは相手がどれほど調書に協力的かを認識するためだ。
アルフォンスは彼らとは異なる、青く澄んだ色の瞳を閉じ金色の毛髪を縦に揺らした。
「もう一度聞くがな、貴様は何故、あそこにいたのだ。どうやってあそこにたどり着いた」
アルフォンスは答えに窮した。それは彼自身わからなかったからだ。
自分が覚えているのはこことは全く異なる世界の記憶だけだった。王都の城下町に広がる、暖かく幸せそうな人々が住まう世界。モンスターや竜が闊歩する世界でそれらから人々を守るために戦う日々。愛する家族と国を守るため、災厄に挑んだ事もあった。
……そして、思い出すことすら憚られるほどの、悲しい思い出。
「どうした。答えろ」
「……わかり、ません」
隣室では警察官たちが肩をすくめた。一体、やつはなんなのだ。わからないもクソもないだろう。そんな揶揄がひそひそと部屋内を包んだ。
「わからない? 妙な事を言う物だ。お前はあそこがどこだか、知らないはずはないだろう?」
「わかりません。あの廃墟に、何かがあるんですか?」
スーツの男は思わず後ろの相棒に眼を遣る。目を向けられた相棒の男は眉をしかめた。
スーツの男は険しい表情でアルフォンスへと向き直った。
「おい、ふざけた事ばかり抜かすなよ。あれ(・・)を知らないだと? 全人類が絶望に打ち震えた象徴の、あれを!!」
スーツの男はアルフォンスへと食って掛かる。アルフォンスは男の鬼気迫る気迫に押され椅子ごと後ろへずり下がってしまった。
相棒の男がスーツの男を落ち着かせようとなだめる。だがアルフォンスに対する懐疑的な目は彼を敵とみなしていると知れた。
「あれは今やかつて起こった大戦時の慰霊碑とされているんだぞ。大戦が収束し束の間の平和が訪れた。この平和が訪れるまでに、あの都市が墜落したことでどれほど多くの人々が亡くなったのかを、貴様が知らんとは言わせんぞ!!」
スーツの男は殴り掛からん勢いであった。相棒と機動隊員たちはこれはいかんと男を押さえつけた。
アルフォンスはただただ、狼狽するほかなかった……。
3.
均衡を打ち破ったのは突然調書室へと現れたみすぼらしい恰好した男だった。
「なんだ貴様! 今取り調べ中だぞ!!」
機動隊員たちはスーツの男から手を離しすぐさま新しく現れた男へと武器を向けた。男はと言うと対して驚く様子もなく、ゆるゆると手を振り怪しい者ではない、と怪しそうに弁解した。
「どうも警部。まぁ落ち着いてくださいや、許可はとってます」
警部と呼ばれたスーツの男はボサボサ頭の後ろへと眼を遣った。案内をしたと思われる窓口の婦警はどうしたものかと狼狽えていた。
男は胸ポケットから名刺を取り出し片手で警部へと差し出す。
「俺はこういうもんですよ」
警部もまた片手でひったくるなり食い破るように名刺を見る。そこには『地球連合軍専属技術部門 宇宙高機動戦闘機先進開発部 第34特課 開発主任 レナルド・トイフェル』と書かれていた。
少なからず彼はこの事実に動揺したが、それを表に出すことだけは絶対にしなかった。
「地球連合軍だと? 軍の技術者が何の用だ」
「大ありですとも。そこの彼を、我々に引き渡してほしいんです」
「馬鹿な!」警部は怒鳴りつけた。この青年は立ち入り禁止区域にいた。それだけならば厳重注意程度で何とかなろう。問題なのは青年がいたその場が、かつて地球に振ってきた悪魔の巣であったことだ。
彼のように愚かな者を罰するのは善良な市民たち、そして警察のメンツのためにも必要不可欠であった。
だが軍に引き渡すのを拒否するには全く別の理由がある。
警部は知っていたのだ。何故軍が、軍お抱えのあの(・・)開発部門の人間がこの青年を欲するのかを。
「警部。既にあなたの上司とは話がついているんですよ」
「こいつは犯罪者だ。貴様らが連れていけば罰する事ができなくなる」
「犯罪など人類の未来には些細な事でしょう」
警部は歯をむき出して敵意を露わにした。その顔はまるで鬼のようであり恨めしくもあった。自分の信ずるものを軽んじられた事もあるが……何より許せなかったのは、この男が人の命を軽んじている事であった。
レナルドの態度は他の警官たちにも悪印象を抱かせた。隣室の刑事たちも口々にレナルドを罵倒する。姿の見えない悪意を感じ取ったレナルドは打って変わり友好的な態度を示した。
「そう睨まんでください警部さん。こっちも仕事なんですよ」
「黙れ。貴様ら軍部の人間は信用せん」
「おや、まるで軍人をご存知であるかのような発言ですな」
「ありがたい事に仕事がら貴様らみたいなのと関わる機会いは少なくないんでな」
「そりゃご幸甚。とにかく既に決まった話なんでサぁ。わかってくれますね?」
警部は決して首を縦に振ることは無かった。レナルドはがしがしと頭を掻きつつ喘ぐように息を吐いた。
「……まっ、そちらも色々手続きってもんがあるんでしょう。明後日までに引き渡しが完了すればいいんで、それまでにはお願いしますよ」
「お嬢さん、玄関まで案内をお願いしますわ」レナルドは案内してくれた婦警に連れられ去って行った。警官たちは彼が何者なのかを容量を得ず首を傾げるばかりであった。
ただ一人、警部と呼ばれた男を除いて。
アルフォンスには終始何が何だか訳が分からずにいた。警部と呼ばれた男が何故自分に対し怒りを抱くのか、先ほど現れた男が何者なのか、自分はまたもどこかへ連れられるのだろうか――。
ただ一つ、彼はこの世界が自分の元いたものとは異なる世界であることだけを除いて。
(弱ったなぁ。どうして良いのかわかんないよ。こんなんで本当にロザリィに会えるのかな……)
その後取り調べは中断されアルフォンスは拘置所へと移された。彼の持ち物に身分を証明するものは一切なく、警察は彼の身柄を調査するのに一日中費やすこととなった。しかし、結局それすらも徒労に終わった。
アルフォンスが見上げた真昼の太陽は既にそこになかった。光は斜めに差し始めている。タールのように黒い海は夕暮れの太陽を飲み込んでいった。
彼の移された留置所には誰一人としていなかった。軍部へ引き渡しが予定されている要人のために他の者たちと同室させるのが躊躇われたのだ。
留置所は本来長らく人を留めておける所ではない。アルフォンスへと提供された夕食は安いコンビニ弁当であった。彼が特別嫌われているわけではない。留置所で与えられる食事には予算が定められているのだ。
彼の世話担当の刑事は特に興味もわかないのか話しかけてこようともしない。アルフォンスもまた話をしたい気分ではなかったのが幸いだった。
(はぁ~……もうどうなってるんだよ。目を覚ましたら知らない世界で、見たことない船に攫われて、何もしていないのに怒鳴られて……)
体力にはそこそこ自信があったが精神的な疲れは苦手だった。彼は人よりも多くの苦労を重ねている自覚はあれど、いつだってもう二度とこんな事はすまいと思ってばかりだった。
(ロザリィ、君は本当にこの世界にいるんだよね? ノーラ、元気にしてるかな。良い子でやっているだろうか)
当初湧いた希望は沈む日の光とともに減衰していた。こんな奇妙な世界に妻はいるのだろうか。僕と同じように、見慣れないものに囲まれ困惑しているのではないだろうか。
「…………いや、彼女に限ってそれはないだろう」
彼女が困惑する? そんな馬鹿な話があるものか。彼女の事だ、どうせ新しい物に興味を惹かれては目を輝かせて研究に没頭するに違いない。ひょっとすると僕なんかと違ってあっという間にこの世界に馴染み、先ほど見たような船造りに取り掛かっているかもしれない。
アルフォンスの頭に浮かんだロザリィの困り顔は一瞬にして霧散した。
留置場へ足音が運ばれてきた。最初は気にも留めずに目を閉じていたアルフォンスだったが、自分の収容される部屋の前で止まるのに気づくと流石に顔を向けた。
格子を挟んで彼に相対していたのは、昼間に彼を捕らえた船を駆っていた者であった。
「元気ないようだな。ある方が不自然だがな」
男は座り込むアルフォンスをじっと見据えていた。アルフォンスもまた彼を見つめ返した。
「少し、いいか?」男は格子に背を掛け、首だけを彼に向けて座り込んだ。
「昼間は悪かったな。センサーでは反応が無かったんだが、万が一を考えるとああやって移送するしかなかったんだ」
「昼間……あの、空を飛んで攫ったことですか?」
「非武装主義者の奴らから見れば何を言われたものかわからなかったがな」
男は苦笑しつつ反省している様子だった。とはいえあれは彼の独断などではなく上からの指示だったのだが。
他の者たちと異なり男が自分に敵意を抱いていない事を悟り、アルフォンスも心を許す気になった。
「いいえ、気にしていませんよ。もう懲り懲りですけどね……」
「お前どこの国の出身なんだ? 随分と綺麗な髪だな」
「僕は――えっと、たぶん言ってもわかりませんよ」
「おいおい、俺だって一般常識くらいあるぜ。馬鹿にされちゃ困る」
「いや、そんなつもりで言ったんじゃありませんよ!」男が気を悪くしたと思ったアルフォンスはすぐさま弁解する。しかし男の方は気にしていない様子だった。「それじゃあ教えてくれよ」
「ルオン大陸西の……王都です」
「へ? なんだって?」
男は彼の言葉を聞き逃した訳ではなかった。しかしそのような大陸は地球に存在しないし、王国となどと言う物は――全く無い訳ではないが――何世紀も昔に存在していたのみだ。無論、その時代にもルオン大陸などと呼ばれるものがあったなどとは聞いたことが無い。
アルフォンスは諦念し小さくため息を吐いた。誰も自分の生きていた世界を知るものはいないのだろうか。
「すまないが、それは本当に、存在するのか?」
「だから言ったでしょ。言ってもわからないと」
男は体を捻ってアルフォンスの顔を見つめた。アルフォンスは拗ねたようにそっぽを向いていたが、彼にはアルフォンスの言っている事が半信半疑だった。
「そういやお前の名前……アルフォンス・ヴァイスって言うんだったか。名前と容姿からヨーロッパの方の生まれかと思ったぜ」
アルフォンスは何も言わなかった。ヨーロッパなどと言う言葉を聞いたことなどなかった。しかしそれについて問い返せば今度こそ本当に彼に愛想を尽かされると思ったのだ。
「俺はレイジ・トリノだ」
「レイジ……トリノ……?」
「この署の航空機動隊員の一人だ。いつもパトロールスピナーに乗って警らに着いてる。お前は随分と若いみたいだが学生なのか?」
「学生……?」
「違うのか? それならば仕事に就いてるってことか。今の時代には珍しい事だな」
今の時代――そう聞いたアルフォンスはふとこう考えた。ひょっとして自分は未来の世界にきたのではないだろうか?
それが突拍子もない考えであることは当然彼とて理解していた。しかしそれならば別の世界にやってきたというのも大差なかろう。
そしてもう一つ考えられると言うことはルオン大陸とは別の大陸に飛ばされたと言うことだが、そこまで考えて彼は考えるのが馬鹿らしくなってしまった。
「警部から調書は受けてただろうが俺はお前の名前以外見てなくてな。何の仕事に就いてるんだ」
「……王国軍の騎士団員です」
「は?」
「騎士です」
レイジは怪訝な目をアルフォンスへ向けた。懐疑度は八割、と言ったところか。
最早何を言ってもふざけているとしか思われないだろう。レイジよりも先にアルフォンスが根を上げてしまった。
「もういい加減にしてくれ! どうせ誰もわかってくれないんだ。一人にしてくれ! ほっといてくれ!」
そう言うと彼は膝を抱えて蹲ってしまった。レイジもやれやれと肩を竦ませる。立ち上がるなり背を向けて退散しようとしたとき、背後からバイドの唸るような声が聞こえた気がした。
アルフォンスが顔を紅潮させて顔を上げお腹をさすっている。レイジは呆れてつい笑ってしまった。
「おいおい。腹が減ってるならメシを食えよ。毒なんか入ってないぜ」
「食べ方がわからないんだ」
「はぁ?」
「この……棒切れ一本で食べろって言われたんだけど」
アルフォンスが気まずそうにビニールに包まれた割り箸を差し出した。レイジはすぐに彼が箸の使い方を知らないのだと理解した。
「そりゃすまなかった。しかしそんなに腹が減っているなら……手で食べようとか、思わなかったのか」
「仮にも――元と言えど、僕は王子だ!! そんな手掴みで食べるなんて言う、無様な真似ができるものか!!」
ふんと鼻息を荒げ、ここぞとばかりにアルフォンスは威張る。レイジは呆れを隠そうともせず口を開いて彼を見つめていたが、ふと何かが切れたかのように大笑いした。
アルフォンスには彼が何故笑っているのかさっぱり知れなかった。