主人公は序盤のボスのひとり「首切りザンク」です。
個人的に好きなキャラクターだったこと、帝具の能力的に自身の能力がもっと高ければ白兵戦で最強格になれると思っており、もっと活躍した姿が見たかったという思いで途中まで書きました。
残念ながら原作のまま生きて活躍させるのは不可能だったので「タイムリープ」的な内容です(笑)
内容がめちゃシリアスで書くのに時間がかかるので断念しました。
首斬りザンクの俺物語
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「ぬああああ!!! 死んでたまるかあああ!!」
帝具《スペクテッド》の能力を発動。
対象の動きをつぶさに見極め行動を先読みする。筋肉の些細な挙動から次にどんな挙動を試みるのかが俺の脳へと流れてくる。
(先に殺す! 未来の動きが視える俺が有利!!)
常人では追うことが出来ないほどの剣戟の雨。だが俺の体は既に常人とは呼べず、そしてこのスペクテッドの能力さえあればコイツ(・・・)の刃先を躱しきれる。
長年帝国の監獄に務める事ができたのは命令に忠実だからだけではない。暴動を起こさんとする凶悪犯罪者たちを力ずくで押さえつけるほどの実力を、この俺が持っていたからだ。
だが――。
(グッ……即座に殺しきれん! なます斬りにする前に俺の剣が……!!)
バキリ、バキリと剣が少しずつ悲鳴をあげていく。
先ほどコイツに反撃された際俺の両腕の剣に大きなヒビが走った。一見小柄なこの少女はその身に途轍もない膂力を宿している。一斬(いちげき)一斬が大男である俺に負けず劣らずな重圧だ。刃を受け止めるたびに腕が痺れ反撃しようにもブレが生じてしまう。
このままでは俺の剣が先に折られる――。だがコイツの剣は帝具《村雨(むらさめ)》、その刃先に掠っただけで傷口から呪毒が流れ込み、心臓を有する生物は即座に死に至る。
それだと言うのに、コイツは掠らせるどころか的確に俺の急所を狙ってくる。俺以上の運動能力に加え避けるのすら困難な箇所へ攻撃されては、反撃はおろか身を守るので精一杯だ!
(クソックソォッ! 死んでたまるか、俺が死んでたまるか! 俺は奴らとは違うんだ!)
搗(か)ち合いにより発せられる共鳴音に混じり奴ら(・・)の声が聞こえてくる。
地獄へ落ちろと、早くこっちの世界へ来いと。俺が斬り殺してきた奴らの呪詛がこんな時もずっと鳴り止まない。
こんなときにまで……いや、こんな時だからなのか。
俺は死ぬのか? 奴らと同じように、こんな所で?
(やめろやめろやめろおお!! 黙れ黙れ黙れえええ!! 俺が死ぬはずが無い、こんなところで死ぬわけが――!!)
ビキッ
ギャリッ
「――ッ!?」
両腕を振り上げながらの斬撃。その瞬間異音と突然の軽量感に一瞬呆気に取られた。
怖気を感じ半ば自然に見下ろす。視界に映ったのは、艶のある黒髪を振り乱し腰だめに刀を構える無情の面だった。
「葬る」
呟くようではっきりと、少女の放った言動は耳栓越しに脳へと突き刺さる。
振りぬかれた刀は俺の喉笛を水平に斬り抜けていく。熱さが流れ、息が漏れ、そして激痛が奔る。驚きと怒りと死への恐怖が押し寄せてくる――。
「ガハッ」
斬られた勢いで背中から思い切り倒れこんだ。しかし喉への痛みが全てを支配しており他の何も感じ取る事ができなかった。
痛みとは異なる何かが首から全身へと広がっていく。四肢の末端が制御を失い自由がきかない……。
俺は……死ぬのか…………。
「これでもう、うめき声は聞こえないだろう」
そう言われハッとした。
いつも耳にこびり付くほど聞こえていた声が……。
倒れた衝撃で半壊していた耳栓が砕け散った。横たわる俺の顔を風が通り過ぎていく。その時に聞こえてきた風音は俺が長らく苦しめられてきたうめき声ではなかった。
……どうやら、全ては俺の幻聴だったようだ。耳栓をしてもずっと喋り続けていても、どこからとも無く聞こえてきたあの声は、全て俺の心が生み出したものだったのか。
(ク、ククク……やっとわかったぜ……。俺は……ずっと後悔し続けていたってワケか……)
心臓へ向かって呪毒が伸びているのを感じる。しかし不思議と心は晴れやかだ。
「……ゆ…………愉快愉快……」
既に視界が暗くなり始めていた。それでも俺は笑わずにはいられない。
「ありがとよ……アカメ(・・・)……」
自分を殺した少女に礼を述べ、俺は運命を受け入れた。
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「おいザンク、いつまで寝てやがる! 懲罰を食らいたいのか!」
懐かしい怒鳴り声に目を覚ます。体を起こし声の方向を見ると、そこに居たのは監獄役人の元同僚の姿だった。
目を見張り驚かずにはいられん……! 馬鹿な、俺は死んだはずではなかったのか!?
「こ……ここはどこだ……?」
「寝ぼけやがって。ここは帝国の監獄寮だろうが! さっさと着替えて仕事の用意をしろ!」
監獄寮だと……? くそ、頭が混乱しそうだ。
俺は確かに監獄で働いていたが、獄長の持っていた帝具であるスペクテッドを盗んだ。そして完全に狂っていた俺はより多くの首を斬るために辻斬りになったはずだ。
状況の整理を試みようと額に手を当てた。帝具が無くなっている。
「お前……生きてるのか?」
「はぁ!? テメェ寝起きだからってあまりふざけた事言ってるんじゃねぇぞ! もういい、俺は先に行く。安心しろよ、テメェがクビ(・・)を切られたら俺がその後釜を担ってやる!」
かつての同僚だった男は悪態を吐いて去って行った。
だが一体全体どう言う事だ? そもそもあの男が俺の目の前に存在している事がおかしい。何故ならあいつの首は俺が既に斬り落としたからだ。
(埒があかねぇ……。とりあえず流れに乗るしかねぇか)
当時の記憶を辿りつつ急いで職場へと戻る用意を始めた。何が起こっているのかはさっぱりだが一つだけわかるのは俺の過去を辿っているらしい事だ。
死後に見ている夢なのか現実なのかは分からないが、スペクテッドが無い今の俺では逆らった所で何も出来ない。隙を見計らいこの場から逃げ出す算段を立てねばならんな。
俺が遅れてやってくると他の監獄の役人たちは既に揃っていた。上司は俺の姿を見ると怒りと喜びが入り混じった表情を浮かべる。
「ザンクゥ。お前が寝坊とは珍しいじゃねぇか、えぇ?」
チッ、相変わらず反吐の出そうな喋り方だ。大した実力も無く気に入らない部下をいびるだけの無能め。俺に殺される直前に泣き叫んで命乞いをしていた事を思い出す。
俺が何も言わずにいると上司のバイリーは面白く無さそうに睨んできた。
「お喋りなお前が何も言わねぇとはな。つまらんやつめ。お前は寝坊した罰だ、今日の処刑執行は全てウォトス、お前に任せる」
「ハッ! バイリー上官!」
「規則を守れん者に大事な役目を任せる訳にもいかんだろう? ええ?」
元同僚であった男、ウォトスが俺に目を向けニヤリと笑った。おそらくバイリーに密告し俺から仕事を奪おうと言う魂胆だろう。こいつは金と権力に目が無い下衆だからな。
結局今日俺に与えられた監獄内の清掃と言う雑用であった。記憶が確かであれば、当時の俺は既に首斬り癖に苛まれていて仕事をするのが楽しくて仕方が無かった。
以前一度だけ今日と同じように仕事をさせて貰えなかった日があった。その日は俺が殺してきた人間たちのうめき声が酷くまさに最悪な一日だったのを覚えている。
そして丁度その日だったか。俺が獄長を殺し帝具を奪って監獄から逃げ出したのは。
最早禁断症状にまで陥っていたようだ。たった一日首を斬らなかっただけであんな行動を起こすとはな。
「んーっ、愉快愉快! 掃除がこんなに楽しい物だとはねぇ」
壁一面にこびり付いたカビ。ホコリ塗れの戸棚。血まみれになった処刑器具。ありとあらゆる方法で掃除をする俺の前にどんな汚れも瞬く間に消え去っていく。
この程度スペクテッドが無くてもお見通しだ。首斬り役人は首だけでなく汚れを落とすのも得意なんだよ。
愚かなバイリーめ。仕事を生きがいにしている俺に屈辱を味あわせようとしたのだろうが目論見が甘かったな。当時の俺は幻聴を誤魔化すために首を斬り続けていたに過ぎない。それらが聞こえない今、わざわざ進んで首を斬りたいとは思わんよ。
「しかしあの首と胴が離れた瞬間の何とも言えない表情は中々見られるものじゃないんだよなぁ……。それを思うと、んーっ、また首斬りも良いと思えてくる」
勿論冗談半分ではあるがな。
しかし良く考えてみると俺は人を驚かすのが好きらしい。こうして清掃に勤しんでいるのも思いがけず綺麗にされた監獄を見たバイリー共の驚く顔が見たいからだ。
辻斬りになってからは帝国やナイトレイドにすら付け狙われて厄介この上なかったが……今後はこの仕事を辞めて清掃員やマジシャンに転職するのも一考かも知れん。
「何やら独り言を呟いているヤツがいるかと思えば。貴様かザンク」
清掃を終えたばかりの廊下を歩いてきたのはこの帝国最大の監獄の主だった。獄長は制帽をきちんと被りどこかへ向かう途中のようだ。俺は形式的ではあるが、きちんと姿勢をただし挨拶をした。
「どぅも獄長。今日もご健勝で何より」
「貴様がこのような雑用をさせられているとは珍しい。バイリーを怒らせることでもしたか?」
「さぁねぇ。上官のお考えは俺の様な下っ端にはわかりませんから。しかしたまに首斬り以外の仕事をするのも良いもんですなぁ、心が洗われるようで……」
「ふん、貴様のような男からそんな言葉が出るとはな」
獄長は俺の冗談を鼻で笑った。相変わらず心が読めんジジイだ。どうせ俺の事をあざ笑っているのだろうが。
とは言え獄長はこの監獄内ではまともな方だろう。斯く言う俺自身この時は異常の代表格だった人間だ。首を斬りすぎて狂った俺にいつまでも首を斬らせ続けていたのも、他の人間が俺みたくならないようにするためと聞いた。
現在の帝都の腐敗ぶりはまだ幼い現皇帝の摂政、ネオスト大臣のせいであるらしい。こんな腐った国に思い入れも何もありはしないが、俺があんな風になったのもあのクソ大臣が元凶だと言える。ヤツの命令で監獄にやってくる人間を殺し続けた故に俺の精神は壊れたのだ。
それを思うとこの獄長は余程マシだが、決して善人などではない。我が身の可愛さゆえに無実の人間を裁き続けているのは紛れもない事実だ。
(正義のためだのなんだの言うつもりはないがな。こう言う驕り高ぶった下衆は首を刎ねたくなってくるぜ)
殺気にも気付かぬまま獄長は姿勢を保ち続ける俺の横を通り過ぎようとする。
「おっとそうだ。貴様にも一応知らせておこう」
獄長が振り返り俺に声を掛ける。
「今日の処刑は午後二時からに決まった。貴様の大好きな首斬りだ、見に行きたいのであれば行って来ると良い。ワシが許可しよう」
クックック、と笑い獄長は今度こそ歩き去って行った。ありゃあ完全に俺を馬鹿にしてやがるな。手に持ったこのモップが剣であれば間違いなく首を切り落としていた事だろう。
午後二時となるといつも処刑が実行される時間よりも少し早い。おそらく人が多いのかも知れない。まっ、俺の知った事ではないがな。
「俺以外のやつの首斬りねぇ。俺以上に綺麗に首を落とせるヤツがいるとは思えんが見てみるのも一興か。愉快愉快」
お待ちかねの時間が来るまで、俺はピンクのエプロンを着直し清掃作業へと戻る事にした。
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午後一時半。エプロン姿で他の役人たちの隣に整列する俺に誰もが異様な眼差しを向けていた。
しかしエプロンを脱ぐ事は仕事を放棄したと見なす、とバイリーは言う。あのクソ野郎、こんなねちっこい真似までして俺を痴れ者にしたいらしい。
全く愉快じゃねえな……! いくら可愛いエプロンとはいえ、そんな下衆な考えで着せられ続けるのは不愉快だ。
「ざ、ザンク、似合ってるじゃねぇか……ブフッ!」
「ぶーくすくす! お前もう看守辞めて清掃員になっちまえよ」
「んーっ、それは俺も思っていたところだ」
「「だーっはっはっはっは!!」」
「そこ、静かにせんか!」上官の一人が俺たちを指差しで注意する。しかしその男も俺を見るなり笑いを堪えきれずに噴出していた。解せぬ……ッ!
「チッ、不愉快だ」
「おいザンク、もう始まろうってのに何処に行くんだ?」
「ほっとけほっとけ。清掃員には清掃員のお仕事があるんだろ」
罵りを背に受けなお俺はその場を後にした。見物しようと思ったが、止めだ。わざと出席してバイリーの野郎に意趣返ししてやるつもりだったが予想以上に情けなさを禁じ得ん。
せめてこれから処刑される哀れな受刑者たちの顔でも拝むとしようか。首斬りをせずにあの恐怖に支配された顔は中々見れるものでは無い。せめて彼らの最後を俺が看取ってやろう。
「……っと、今日の受刑者たちはこのエリアか。んーっ、掃除のやり甲斐がありそうじゃないか」
「う……うぅ……」
「む?」
牢屋の中から啜り泣く声が聞こえる。どうやら若い娘のようだ。元々高貴な身分なのだろうか、着ている服は一般市民の物と比べ余程華やかだ。
大臣が処刑を命じる人間の多くは帝国に歯向かう者たちだ。しかし中には帝国にとって危険と見なされた罪の無い異民族もいる。ただでさえ薄暗い牢屋の角でうずくまるこの娘もおそらくそんな異民族の一人だろう。
「うっく……ひぅ……」
「どうしたんだいお嬢さん。一人で泣いてるとは余程悲しい事でもあったと見える」
「ひっ、ひぃ!? 化物っ!!」
「ば、化物……」
言うに事欠いて化物とは……。お喋りザンクなんてあだ名を付けられる俺が思わず絶句仕掛けたぜ。
確かにタッパはある方だがこのニヒルでダンディーな色男をどうしてそんな目で見られたものか。
「ま、まぁいい……それよりお嬢さんは何が悲しいんだい? 腹でも痛いのか」
「ち、違いますっ! ……わ、私は帝都より北西にある部族の者です。部族と言っても南の方で暮らしている異民族とは違い、町を興し帝国とも貿易をし、それなり発展を続けて来たのです」
「その話長くなる? お茶淹れてきて良いかな」
「だ、駄目ですっ!! ……しかしある日突然、帝国の軍が私たちの町を侵略し、大勢の人々が捕らえられました……。私たちは大いに困惑し兵に言いました。何故善良を貫いてきた私たちが、何の謂れもなくこのような不当な扱いを受けるのかと!」
「その問いに兵たちはなんと?」
「…………大臣から、町長である私の父は帝国に敵対する姿勢を見せていると。確かに父も私たちも帝国に良い感情は抱いていませんでした。ですが、ですが私たちは反抗する意志など毛頭無かったのです! それなのに、それなのに父は……私の、目の前で――」
娘は両手で目元を覆うと再び泣き崩れた。いくら帝国の兵と言えど無抵抗の人間をその場で切り伏せたりはしない。おそらく反抗でもしようとし返り討ちにされたのだろう。
今まで俺が斬り殺した異民族にも帝国には逆らわずとも忠誠を誓う事も無かった者たちは多く居た。あの悪どい大臣の事だ、何かの切っ掛けで反抗勢力に周られると厄介と判断したに違いない。
「そりゃあ運が無かったなぁお嬢さん。かれこれあっていよいよ余命数十分になっちまったが、来世では楽しくやれるだろう。記憶には無いが俺もそんなクチでねぇ。一度殺されたはずが気付くと生き返って……っと、こんな話してもお嬢さんにはわからんかね」
「うぅっ、ひっく、ひっぐ……!」
「前向きに考えてみると良いぞぉ。お嬢さんの嫌がるこの世界とオサラバ出来るんだ。死んだお父さんともあの世で会えるかも知れん。最も、俺は死ぬのは御免被るが――」
「い、いや……死にたくない、死にたくないよ……っ!」
「……っ」
ズキリ、と頭が痛んだ。何だ、この吐き気を催すほどの嫌な感覚は……?
「助けて……誰でもいい、助けて……!」
「……や、やめろっ」
立ちくらみが起こり数歩後ろへよろけてしまう。酷い頭痛だ、とてもでは無いが立ってられん!
一体何だと言うのだ、この娘が助けを請う度に流れてくるこの感情は。忘れていた何かが再び覆い被ってくるような……っ!
眩暈に襲われ片手で目を塞ぐ。足元が覚束なくなり壁に手を付き背をもたれた。胸が苦しい……閉塞感に呼吸が乱れる……。
こ、この娘が……俺に何かしたのか!? 北西の異民族の生き残りと言ったが、まさか今の一瞬の隙に何かの術を仕掛けやがったか!
歯を剥きだしはち切れんばかりの殺意の念を込め娘を睨み付ける。小癪な真似を。こいつは大臣の推察通りスパイと言うことか。
(俺にこのような真似をしやがって……処刑の前にこの場で絞め殺してやる!)
檻の前で顔を伏せる娘に近づきか細い首へと手を差し伸べた。娘は俺の仕草に気づき顔を上げる。
娘の顔が目に飛び込むと同時、俺の全身を恐怖が包み込んだ。
「……お願い……どうか、助けて…………っ!」
薄汚れた肌に泣き腫らした目元。金色の頭髪は汚れに塗れ高貴さの欠片も残っていないボロ雑巾のような娘だと言うのに。
金縛りあったかのように体が動かない。動かす事が出来ない……! 俺の全身が震えている。この感覚には覚えがある……亡者の怨嗟(えんさ)が、再び耳を劈(つんざ)いた――。
「や――やめろっ。そんな目で俺を見るなッ!! やめろおおお!!」
かつて俺が殺した亡者たちが今再び俺を地獄へと誘わんとしている。この娘では無い、これは幻聴なのだ! だと言うのにどうして今頃舞い戻ってきた!?
本当に過去へと戻ってきたと言うならばこんな声は聞こえないはずだ。やはりここは地獄だと言うのか? あの時の苦しみが未だに続いていると言うのか!?
「助けて、ください! どうか助けてっ!!」
「うわあああ、ああああああああ!!!」
恐怖に耐え切れず大声で叫びを上げ、俺はその場を逃げ出した。何でもいい。何か言葉を発していなければ! 奴らの声で頭が狂いそうだ。
(チクショウ、どうしてまだ聞こえやがる!? アカメに斬られたあの瞬間から、もう二度と声は聞こえないはずなのに!)
昼間だと言うのに深淵の中にいるかのようだ。走り続ける廊下の先はいつまで経っても闇が続く。目に映る全てが退廃的だ。俺が清掃したはずのあらゆる壁や物ですら色あせて現実味が無くなっていく。
頭が割れそうだ。誰でも良い、何でも良い。この苦しみを解放してくれ。俺はもう苦しみたくなんて無い!
「そんなに急いでどこへ行く? ザンク」
不意に声をかけられ思わず足を止める。耳を塞ぎつつ声のした方向を凝視すると……そこには先ほど歩き去って行ったはずの獄長の姿があった。
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「そんなに急いでどこへ行く? ザンク」
獄長は両手を後ろへ回し薄気味悪い笑顔を浮かべていた。気持ちが昂ぶったせいか呼吸が落ち着かないが、何とか声を絞り出して俺は獄長へ問いかけようとする。
「獄長、あんた何でこんな所に」
一歩一歩と俺の元へと歩みよる。間違いなく本人だろう。しかし、何故……?
獄長は何も言わずに俺を見ていた。荒くなった自分の呼気だけが耳を癒してくれる。しかし足りない。何か喋らなければこの声は収まらん!
「答えろ獄長オ! 俺に何のようだ! あざ笑いに来たか!?」
「ククク。ザンクよ、苦しいか? 自分の殺してきた人間たちの声はさぞ身に沁みる事だろう」
「ッ! 何故それを……。さてはこの声の元凶はお前か!」
有無を言わさず皮と骨ばかりの細首へと掴みかかった。しかし予想に反して獄長は寸での所で俺の動きを躱して見せる。何度試そうとも捕らえる事ができない。
熟達の兵士でもなく筋力も動体視力も衰えたジジイが、一体どういうことだ!?
「『一体どういうことだ』、か? 筋力も動体視力も衰えた老体が、現職の戦士の動きを軽やかに躱す事が不思議と見える」
(こ、こいつ俺の心を……!? ま、まさかっ!!)
獄長は真っ直ぐに被っていた制帽を人差し指ですいと上げて見せる。
その下にはかつて俺が獄長を殺し奪い取った帝具であるスペクテッドが装着されていた。
「そうだ。貴様の考えた通り私はスペクテッドを身に着けている。いくら老体と言えどかつては一兵士として慣らした私だ。武器も帝具も持たぬ貴様に私を殺すことは愚か掴む事さえ出来ん」
「何故お前がそれを扱える。戦士でも無いお前が何故帝具を使って無事でいられる!?」
獄長は一歩前に進み自ら俺の方へと近づいてきた。挑発されているであろう事は分かったがスペクテッドを使われている以上俺にはどうする事も出来ない。いくら手の届く距離と言えどスペクテッドの能力『洞視』と『未来視』がある以上俺の行動は筒抜けだ。
しかし獄長は何を思ったか、突然スペクテッドを俺の目の前で外し始めた。あまりに無謀な行動に手も出す事を忘れ呆気に取られてしまった。
「ザンクよ、この帝具貴様に授けよう」
「なっ……!」
こ、コイツは何を考えてやがる……!? 自分を殺そうとした相手の目の前で帝具を外すばかりか、それを受け渡すなどと。
まさか直ぐ近くに護衛でもいるのか。これ幸いと帝具を取ろうとした俺を暗殺する算段では無かろうか。
「安心するが良い。この場には誰も居らん。間もなく始まる処刑場に皆集まっているからな」
「……」
「『首斬りザンク』は確かに死に絶えた。しかし貴様は未だに怨念に取り憑かれている。その理由を知りたいのだろう」
「お前は、この正体を知っているのか」
「貴様も既に理解しているはずだ。その声はどうして生まれたのか、本当に思い出せんか?」
そんなものとうに理解しているとも。俺が数多の首を斬り、殺してきた奴らへの罪悪感だ。しかしその贖罪は俺の死で果たされたはずだ。
歯が軋むほど食いしばり理由を探そうとする。しかし考えようとも答えは出ない。脳内を支配する怨嗟があらゆる思考を阻んでくる。
「悩むかザンク。いいだろう。ならば貴様に一つの道標(しるべ)をくれてやる」
「道標だと……!?」
「貴様の悩める元凶を取り除けば良い。それは単純だが途轍もなく途方だ。しかし右も左も分からぬ今の貴様にはこれで十分だろう」
「グゥ……分からん。どうすれば良い、どうすればこの苦しみから解放される!」
獄長の言っている事がさっぱり理解出来ない。俺はますます混乱しとうとう頭を押さえ込んでその場にうずくまるばかりだった。
「今の貴様は瞼も開かぬ生まれたての赤子同然。貴様に必要な物はこの手の中にある。さぁ受け取れザンク、そして貴様の成したいようにするのだ」
そんな俺に獄長は再びスペクテッドを差し出してくる。……そうだ、これさえあれば俺は何をすれば良いのか分かるかも知れん。
今の俺に広がっているのは先の視えない暗闇だ。先を照らす明かりが無いのであれば、闇を見通せるだけの『眼』があれば……!
俺は帝具を受け取り装着した。かつて狂気に満ちた俺に反応した帝具ではあったが、どうやら今の俺にも問題なく使用する事ができそうだ。
スペクテッドの一つ眼が開眼すると同時に暗闇に満ちていた廊下が明瞭になる。スペクテッドの能力の一つ『遠視』によるものなのかは不明だが、心なしか胸の霧が少しだけ晴れた気がした。
(俺の成したい事だと……?)
獄長の言葉を反芻する。俺は一体何がしたいのか。俺が今やるべき事は何か。
『首斬りザンクは死んだ』と獄長は言った。何故辻斬り時代の俺のあだ名を獄長が知っているのか、獄長は俺に何をさせたいのか。どれほど考えても答えは出そうに無い。推測だけで考えるのは不毛だろう。
ただ一つだけ、俺の勝手な解釈で導き出された答えは……『かつての俺はもういない』と言う事だ。
「獄長、お前は一体何者なんだ」
「いずれ分かるだろう。お前が暗中模索で答えを探し続ければ、いずれな」
スペクテッドの洞視を持ってしても獄長の心情を読み取ることは不可能だった。
とにかく俺は俺のやりたいようにやれば良い。まずは『声の元凶を取り除く』。全ての答えを求めるのはそれからだ。
目下の目的を定めたその瞬間、気付けば音は止んでいた。
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獄長と別れた俺は直ぐに武器庫へと向かった。急いで戻らなければ処刑の時間がやってくる。俺を惑わす声の元凶は何としても俺の手で葬らねばならない。もしこの機会を逃そう物ならば、恐らく二度と声を止める事ができなくなるだろう。
武器庫には暴徒鎮圧用の様々な武器が保管されている。有事の際は勿論の事、処刑時に最後の足掻きとして暴れるものも少なくは無い。様々なケースに対応するべく監獄の役人たちは多種多様な武器を扱える必要があるのだ。
その中でも俺の得意とする武器は一風変わっている。通常の剣(つるぎ)は柄(つか)があり掌で握るように振るうものだ。それに反し俺の得物は柄が無い。
斬首の際には専らナタを用いていた俺だが、スペクテッドとの相性を考えるとやはりこいつに落ち着く。
「んーっ、俺の武器はちゃんとあるようだ!」
『パタ』は異民族が扱ったと言われる『ジャマダハル』を発展させた攻防一体が可能な斬撃剣だ。リーチの短さゆえに元のコンセプトである刺突は不得手だが、篭手に直接備え付けられた幅の広い剣腹は丈夫さと破壊力を兼ね備える。
俺の戦闘スタイルは帝具で敵の攻撃を見極め、対象の攻撃を掻い潜り一気に首を刎ねる戦法だ。こいつは首が刎ねやすく刀身も長いほうではないため取り回しが良い。屋内のような狭い場所で活動するとなれば手持ち武器では自由に振り回す事はできんからな。
「それでは暴れさせてもらうとしよう。奴らはどんな驚いた表情をするかな。愉快愉快♪」
パタを装着し再び監獄内を駆け出した。処刑場から声が聞こえる。どうやらいよいよ処刑が始まろうとしているらしい。
どうやら急いだ方が良さそうだ。
「これより、予定されていた本日の公開処刑を行なう!!」
看守の一人が大きな声で処刑開始の合図をあげる。受刑者たちはこぞって震え始め、中には泣き叫びながら無実を主張する者もいた。
「総勢120名、この者たちは全て帝国への反逆を企て皇帝及び帝国民を危険に晒した疑いがある。よってネオスト大臣の裁量により、反帝国に加担する者たちは極刑とし斬首刑を執り行うものとする!」
集まっていた野次馬たちはどよめき立った。ここ最近は公開処刑は殆ど行なわれなかった事に加え、帝国が直接的な被害を被ったのならばまだしも、企てただけでも斬首刑にさせられるのは珍しいからだ。
大臣のヤツが公開処刑をするのは帝国に仇なす者を排除するだけではない。「帝国を裏切ろうとすれば死が待っている」という恐怖を民衆に植えつけるためだ。全く不愉快な程に合理的だぜ。
(しかしどうするか。折角暴れてやろうと思ったが、ここまで人が多いと迂闊な事は出来ん)
俺は看守たちでは無く民衆に混じり様子を伺っていた。襤褸で姿を隠し、スペクテッドを使い絶好の機会を探る。帝具を常に発動しっ放しと言うのは身体に相当な負担がかかる。何とか切っ掛けを生み出さなければ……。
活路を見出さんとし周囲に一層気を配る。その時人混みから離れた場所で、誰に見られるでもなく退屈そうにこの騒ぎを見守っている二人の看守を見つけた。
男たちは騒ぎには微塵も興味無さそうにだらだらとお喋りをしている。あの監獄で俺が首を斬る様子に見慣れた奴らには今日の処刑も形骸行事としか思っていないのだろう。
「ふあ~あ……。面倒くせぇ、まとめて一気に殺しちまえばいいのによ」
「口には気を付けろ。気持ちは分かるが誰が聞いてるか分からん」
気配を殺し近づき耳を済ませる。完全に油断しているな。民衆の誰もその二人には気付いていない。んーっ、こいつは使えるかも知れんぞ。
襤褸の中で得物を構え、ギリギリまで近づかれない距離まで足を運ぶ。雑談に夢中になっている隙を見計らい、俺はすばやく飛び出し剣を薙いだ。
「そういや昨日――えっ?」
「な……!」
キョトンとした顔を浮かべ首を斬られた事にも気付かずに崩れ落ちていく。見飽きるほどに見てきたはずが未だに見飽きん。愉快この上無いほどの驚いた表情、んーっ、いいもんだぁ!
しかし悦に浸っている場合などではない。すかさずもう一本の剣を払い声を上げられる前に残りの男の首を刎ねた。
首を狙ったのは勿論理由がある。一つ、首は致命傷だ。断たれれば一瞬で意識を奪われ死に至る。二つ、喉を裂く事により声を上げられる恐れが無くなる。断末魔の叫びを上げられ騒ぎになるのを抑える事が出来る。
そして三つ目。首には頚動脈があり刃物で裂かれれば勢い良く血しぶきがあがる。大量の飛沫が飛べばいくら気付きにくいこの場所でも誰かしらの目に留まる。俺の本当の狙いはこれだ。
「それでは処刑を始める。罪人を前へ!」
「うわああ、嫌だ、死にたくない!!」
「こいつ、おとなしくしやがれ!」
(ククク。いよいよこの俺、ウォトス様の晴れ舞台が来たぜ。今までザンクばかり重要な役目を与えられてきたが、今日この日よりテメェの仕事は無ぇぜ! 汚れ仕事だろうがなんだろうがやってやる。俺は権力を手にするんだ!)
受刑者の男が断頭台へと取り付けられた。最早ろくに身動きを取る事も許されず、ブルブルと身体を震わせ声にならない嗚咽を洩らし続けている。
処刑人であるウォトスが壇上へと登りナタを高々と掲げた。光沢の眩しいそれはこの時のために自ら研いで来たのだろう。
「うぅっ、うぅぅ~……!!」
「首を落とせ!」
看守の号令が下る。満面の笑みを浮かべたウォトスは人々の期待に応えんと勢い良くナタを振り下ろした。
「うわああああ!!」
その時、男の叫び声に人々の目が奪われた。
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「ん……何だこの赤いのは。血? 一体だれの……って――うわああああ!!」
男が叫び声を上げ民衆が一斉にそちらを向く。男の視線の先には血溜まりに沈む男たちの首があった。これから斬首が行なわれようというのに人々は地に落ちた生首を見て喚きたてている。看守たちは何事かを確認すべく処刑を一時中断、直ぐに騒ぎの中心へと近づいていく。
(よし、今しかない)
騒ぎに乗じ身を潜めて処刑台へと近づく。看守たちは人混みを突っ切っていく者と回り道をする者とに別れた。俺は人混みから距離を離し回り道をしようとする看守たちへ近づいていく。奴らが通り過ぎる間際、最後尾の看守首ををすれ違いざまに切り裂いた。
声も出さず数歩前へと進み男は倒れこんだ。首が転がり血が噴出すと同時に俺は人混みの中へと身を隠す。
「う、うわあああ!? こ、こっちでも首を斬られているやつがいるぞ!」
「何だと!?」
突如沸いた殺戮の場に民衆は恐怖に慄いた。その様子は正に阿鼻叫喚であり誰もがその場から逃げ出そうと走り出した。
「ま、待て貴様ら!! この場を離れるんじゃない!」
「こいつらを逃がすな!! 絶対にこの中に犯人がいるはずだ、引っ捕らえろ!」
既に逃げ始めた民衆を追う看守たちの様子は実に愉快であった。あれほどの大人数のどうやって追い回すつもりなのか。看守が二人も暗殺され逸る気持ちは分からなくはないがな。バイリーの慌てふためく姿は実に愉快だ♪
「……!? な、何だアンタ!」
「シッ! 静かにしろ」
看守どもが無駄な努力をしてる間に首謀者である俺はその間に受刑者の元へと忍び寄る。気付いた何人かが驚きの声を上げようとしたため制止する。襤褸の下に着込んだ制服に気付いたようで、俺を不審に思いつつも命令に従った。
「んーっ、よしよし。そのまま声を上げるなよ?」
念を押して黙らせすかさず監視役の死角へと回り込む。スペクテッドの遠視と透視の能力を同時発動し周囲の状況を探る。負担は大きいがこの大混乱の中では出し惜しみをしている場合では無い。
監視員の周囲に障害となる人物は誰も居ない。一気に飛び出し獲物へと飛び掛る。監視員の男が背後から迫る俺の存在に気付くも、一足早く俺の剣が首を断ち切った。
「ヒッ……!」
「う、うわあああ!!」
転げ落ちた頭部と血を噴出す胴体を前に受刑者たちは悲鳴を我慢できなかった。漏れ出した声から次々と看守たちが俺の存在に気付き一気にこちらへと向かってくる。
もうしばらく暴れたいところだったが……時間切れのようだ。
「ザンク!? 何をしている貴様!」
「ま、まさか……ザンクテメェ!!」
「おやおや、とうとうボンクラ共にも気付かれちまったか。しかし愉快愉快、誰もが慌てふためく様子は実に愉快だったぞ」
ロープに繋がれたままの受刑者たちへと振り向く。目の前の受刑者たちを繋いでいたロープを両手の剣で一気に解く。解放された者たちは何をされたのかも分からず困惑していた。
「貴様あああ、何のつもりだあああ!?」
「さぁて何のつもりだと思う? ここでクイズだ、俺がこれから何をするか当ててみろ」
「そこを動くな!! 今すぐ殺してやる!」
「その一、今すぐ降伏して命乞いをする。その二、自暴自棄となり罪人たちの首を飽きるまで斬り落とす」
「銃兵、やつに狙いを定めろ!!」
「その三……お前たちのように不愉快な奴らをあっと驚かせる」
「撃てぇ!!」バイリーが怒りに任せ叫ばんとしたその時、ヤツの懐へ飛び込み剣を構えた。銃兵が撃たんとしていたせいか他の看守たちも反応が遅れ、俺を止めるには既に手遅れとなっていた。
「答えはその三だ。お前は正解したかバイリー上官殿?」
恐怖に満ちたその首を刈る。上空高く切り上げられたアゴのたるんだ首に誰もが目を向ける。しかし俺には既に一刻すら惜しい。俺への注意がそがれた隙にスペクテッドの洞視を発動、迫る刺客たちの心を読む。
「ザンク、この裏切り者めがあああ!」
「斬り殺してやる!」
二振りの剣が左右から迫る。まずは右から上段袈裟切り――左は切り上げ、切り払いと続き――両側から下腹部と首筋に向けての水平切り――!
洞視で男たちの心を読みその動きを先読みする。どこからどう来るか何を狙いとするかを知れさえすれば、例え複数方向同時に攻撃されようとも全て掠りもさせずに避けきる事ができる。
袈裟切りは剣でいなし切り上げを身体を反らして躱す。切り払いは両手で弾き返し、そして繰り出される左右同時の水平切りは受刑者たちの方へ勢い良く飛び込み回避する。