唐突な話であるが、アイドルというものは薄給である。
売れて大ヒットしている時ならばともかく、そうでないときはそこまで良いものではない。それこそ世間一般の会社員よりも低いかもしれない。そして収入が一定ではない。仕事の数によって収入が増減する。それがアイドルである。
さらに言えばアイドルというものは消費期限というものが存在する。若いからこそアイドルとしてやっていけることもあり、いずれは必ず辞めざる得ない。俳優や女優ならまだやっていけるのだが歌って踊れるのは若くなければ無理である。諸君も想像すればわかるだろう。30~40代の女性や男性が歌って踊ってもそれがアイドル化と聞かれれば答えは……NOだろう。つまりそういうことである。
長々と語ってしまったわけだが、要約すればこうなる。
『アイドルは収入が安定せず、そして期間限定である』
それは完璧で究極の彼女でも例外ではないはずである。現に欲張りだと主張している彼女でさえそれは考えさせられているらしい。自信に満ちた彼女であってもお金というものに関してはそういうわけにはいかないらしい。
『この子達のためにもお金はしっかりと貯めないと………』
独り身ならばともかく、現在の彼女は子供が二人いる。世間にバレぬよう秘匿してでも産んだ双子。彼女の『愛を実証するための結晶』である双子。
『星野 愛久愛海(ほしの あくあまりん)』と『 星野 瑠美衣(ほしの るびい)』
この二人を口に出して言っていなくとも愛しているアイは既に母親である。16歳という年齢での出産であったとしても彼女は母親となったのだ。
ならばこそ、子育てに対しては真剣であった。自身が幼い頃に母親に受けた仕打ちなど断じてあってはならない。基本陽気にみられる彼女であっても、このことは気軽に考えるわけにはいかなかった。
通常子供を成人させるまでに立派に教育を受けさせる場合、一人当たり約3000万円掛かるといわれている。それが二人で約6000万円。完璧で究極のアイドル様でさえ、その数字は冷や汗を流しながら戦慄を隠しえない。
だからこそ、『この世界の彼女』は本来とは違う行動を起こした。それは単純に引っ越しを辞めたことである。引っ越し費用もさることながら養育費を考えると収入が安定していない現状では生活の質を上げるのはどうかと彼女は考えたのだ。
現在彼女が暮らしているのは都内某所にあるアパート『花沢荘』。都内だというのになんとお家賃『15000円』、その理由に風呂がついていないというデメリットがあるのだが、彼女は年若い女性でありまた生い立ちを大家に話した結果、なんと大家の風呂を借りられるということになった。故にデメリットはない。都内の平均家賃が81001円だということを考えればまさに破格の条件といえる。故に彼女は引っ越しをしなかった。
だが本来の歴史のように彼女は『あの男』連絡をとった。彼女の大舞台の手前の区切りとしようと思ったのだ。
その結果が今、目の前にある。
呼び鈴が鳴らされたので出てみたら、そこにいたのはパーカーを被った一人の男。当然見覚えなど無い。その手に持っているのは白い花で纏められた大きな花束。そして男は奇妙な雰囲気を醸し出しながら静かに語り始める。
「ドーム公演おめでとう。双子の子供は元気?」
世間に秘匿しているはずの情報を口にする男に当然アイは警戒をした。知っているというだけでおかしい情報を知っているのは限られた者達だけだ。
その言葉に端を発し始まる男の罵詈雑言。自身のアイドル像の押し付けに被害妄想丸出しの叫びをこれでもかとアイの浴びせてきた。
正直アイはその様子に恐怖した。それは男が怖いというものではなく、自身がずっと周りに言い続けてきた『愛』がこんなにも男を歪にしてしまったということにだ。
故に言い返せない。この状況で下手に刺激すれば何が起こるのかわからないからだ。
と、そんな空間に突如として揺れ始める足元。緊急速報もなく揺れ始めた地震、その推定約マグニチュード3.0は当然建物を大きく揺らす。地震大国日本に生まれたものならば当然警戒するものである。それはアイの前で暴走している男も例外ではないらしい。それまであった大声が突如として消えた。
地震が止むまで収まったそれであるが、当然止めば再び始まる。そして水を差されたと感じた男の怒りと憎しみのボルテージは最高頂に達し彼は手に持った花束……その中に仕込んだナイフをアイに向かって突きつけた。
「ファンを裏切った報いだ、死ねぇええええええええええええええええええ!!」
そしてそのナイフがアイを襲うその瞬間……それは起きた。
突如として隣の部屋の扉が爆ぜるかのように開かれ、そこから飛び出したのは見上げるほどの巨人達。突如として現れた巨人二人にそれまで凶行に及ぼうとした男であったが、そんな二人の登場には流石に度肝を抜かれたのか唖然としてしまう。それはアイも同様であり、いくら完璧で究極のアイドル様もこんな場面は想定できなかったようだ。まぁ、そもそもこんな命の危機を前にして突如として目の前にこんなものが現れるとは誰も思わないだろう。それも日本人ではない、色白い肌からして白人だ。しかもただの白人ではない。二人ともまず見ないほどに屈強な肉体をしたまさにに全身筋肉ですと言わんばかりの肉体をもった二人の巨漢だ。
先ほどまで男が出していた殺意など消し飛ぶほどの、それこそ彼ら二人の間にある空間が歪むほどの濃密な殺意がその場を満たす。直接向けられたわけでもないのにその殺意に晒された男はそれまでの殺意など萎えてしまい、恐怖に体が震え始め歯がガチガチと音を立て始める。アイも恐怖を感じるが目の前の光景があまりにも非現実的過ぎて理解が追い付かないのか表情に変化がなかった。
そんなアイと男のことなぞ全く知らない巨漢白人二人組はにらみ合い構える。そしてどちらも同時に吼えた。
「「ダヴァイッッ!!(来い)」」
これから始まるは本当の殺し合い。先程アイと男の間にあったものなど生温い血塗れの死闘が開始される………のだが………。
「今のロシア語よね?」
それまでの殺伐とした雰囲気とはかけはなれたほんわかとした穏やかな雰囲気を放ちながら言葉を発したのはいつのまにいたのかわからないこのアパートの大家であった。結構な歳を召した老婆であったが茶目気があり意外とバイタリティあふれている人である。その隣りにいるのは巨漢二人が出てきた部屋の主であるバンダナを巻いた青年。身長は二人に比べれば低いが、その鍛えられた筋肉は引けをまったくとらない。
青年は大家の出現に少し驚きを見せたが持ち直して言葉を返す。
「大家さん、いつの間に………」
「ダヴァイってどういう意味かしら」
大家の素朴な疑問に青年は少し難しい顔をしながら答える。
「私も詳しくは知らないのですが、様々な意味があってニュアンスや場面表情によって意味が変わるそうです。汎用性は高いようですが、外国人が使うには難しい言葉ですね」
その返しに大家は魔法のような素敵な言葉だと言う。
そして一触即発な二人に向かって突如の『ダヴァイッッ!!』
その言葉を発したのはなんと大家であった。その言葉を受けた二人はそこから大家に顔を向け、大家も二人の傍へと寄る。そして………。
「ダヴァイ、ダヴァイ? ダヴァーイ」
大家はダヴァイだけによる対話が始まった。青年は先ほどまでの説明でダヴァイは便利な言葉だとは言ったがそんなことが可能なはずがないと驚くのだが………。
「ダヴァイ? ダヴァイ」
「ダヴァイ!! ダヴァイ!? ダヴァイ」
「ダヴァイ、ダヴァイ? ダヴァ~イ」
「ダヴァイ? ダヴァイ? ダヴァイ!」
「ダヴァイ…、ダ、ダヴァイ」
細かい表情やニュアンスで繰り出される幾通りもの『ダヴァイ』の応酬。そんなテレパシーに近い滑稽な話し合いは紆余曲折を経て………。
二人の巨漢は互いに背を向けて離れていった。
『一時休戦』に落ち着いたらしい。
と、そんな脳がバグるような光景を見せられていたアイと男。男はもう危害を加える気概もなくなっていた。アイも何が何やらとわからなくなっていた。
こうして事態が収拾していく?中、部屋に戻ろうとした青年がそれまで気づいてなかったと思われていた男とアイに声をかける。
「君が何をしようとしているのかは聞かないけど、大家さんに迷惑をかけてはいけないよ」
その背に見える圧倒的な戦力の差に男は見てしまった。周りにあるものすべてが重火器となって自分に向けられている光景を。勿論幻影であり本当ではない。だが確かにそれだけの力を見てしまったのだ。
そのまま失禁してしまった男は既に気を失い、それを見たアイはそのままスマホに手をかけた。
「あ、もしもし、警察ですか……」
こうして彼女は悲劇に見舞われることはなかったという。
尚、のちに双子の父親は芸能関係で徳川 光成という財閥の大物と出会いそして………
『史上最強の生物』を見て脳を焼かれたらしい。価値観など吹き飛んでしまったらしい。