【IF】アヤベさんの妹に転生したけどこれキャラ崩壊する奴じゃんってなる話 作:煎餅さん
たぶんこっちの方がTS要素は強めに遊べたと思う。キャラ崩壊以前にそもそも男の姿になってるからデカウマ娘より更に崩壊もクソも無いのは内緒だ
こんなもん書いてないで本編進めろ煎餅
なんやかんやあって死んだ俺が、なんやかんやあって生まれ変わった。
まぁそこまでは良いんだ、まさか創作で見る様な事態に自分が当事者になるとか思わなかったってだけで受け入れるのは吝かじゃないし。
でもさ、だからってこれはどうかと思うんだ。
「兄さん、早く起きないと遅刻するよ」
目の前で布団に埋もれているのは、俺の兄だ。この世界で生まれて、十年程度経って今や小学六年生だがこの兄はどうにも朝に弱い。否、朝に弱いというよりはベッドの誘惑に弱い。
もっと言うならば、『ふわふわ』な物に弱い。
「あと、五分……いやもう少しだけで良いんだ……ふわふわ……」
「さっきも聞いた。もう十分は経った。俺まで遅れるから早く起き……て!!」
この兄はことふわふわな物に関しては非常に煩く、気に入った物は片っ端から購入して自身の部屋に要塞を築く。そしてその要塞、もといベッドに埋もれてこうして安らかな眠りを享受するのだ。
そしてこうなったら長い、兎に角長い。なので元凶を取り除くに限るのだ、つまり布団を剥ぐ。次いで抱きしめてる諸々も没収する。物悲しそうな呻き声が上がるが、それらを無視する。
すっからかんになったベッドの上で、俺の兄がのそのそと胡坐をかいて目元を擦り、若干恨みがましい目を向けて口を開いた。
「おはよう、ザーガ」
滅茶苦茶不機嫌である。こいつの中では【俺<ふわふわ】なのではと思う時が偶にあるが、そこを指摘すると数秒黙ってから俺の方が大事だと言うから以来聞かないようにしてる。普通にモヤモヤするし。
とはいえ、このまま下のリビングに降ろすとまた弟達が煩くなる。一先ずはその後ろに引き絞った耳をさっさとシャキッとさせろ、見苦しい。
「安眠を妨害された時の腹立たしい気持ちはよく理解できるけど、さっきから何度も行ってるけど今日は平日。学校はあるし、俺も遅刻するからシャキッとしてよ」
呆れ気味にそう言ってやれば、徐々にヒトとは違う耳が立ち上がってピコピコと頭の上で揺れ始める。そして最後にその耳と、後ろでゆらゆら揺れていた尻尾をピンと立てて。
「やっば、今日は日直だった!」
そう言うや否や大慌てで部屋を飛び出して行った。
この調子だと部屋に居たら、俺がいても構わず着替え始めそうだなと思ったので移動して置く。まぁ別に男の裸なんて前世で見慣れたものだからどうでも良いけど、母さんに年頃なんだから少しは気にしろと怒られるので今回はそれに従い部屋を後にする。
というかお前日直だったのかよ。クラスが違うからその辺は把握してなかったし、普段は日直の日だと自発的に起きてるから油断していた。一応まだ二ヶ月は通うのだし、把握しておこうかな。
今はとりあえずリビングに向かって、奴の分の珈琲でも入れてやろう。珈琲の好みは似通っているから、淹れ甲斐があるのだ。
さて、ここらで自己紹介でもしておこう。俺の名前はアナザーベガ、ウマ娘だ。ウマ耳とウマ尻尾がある、どこからどう見ても立派なウマ娘。
次に先ほど出て行った兄、厳密には顔を洗ってきて自室に向けて駆け足で戻って行ったが。まぁ彼こそが今の俺の最大の悩みの種。正直言って転生させるにしたってこれは無いよって考えるに至った原因。
名を、アドマイヤベガ。
彼もまたウマ耳とウマ尻尾を有する。
俗にいうウマ息子という奴だった。
———☆☆☆────
この世界ではウマ娘と同じ特徴を有する男児が生まれる事がある。厳密には、俺達兄妹が生まれる三十年ほど前から急に生まれ始めたと言うのが正しい。だからもう四十年は経過している事になる。
最初こそ世界を賑わせたが、その後続々と同様の特徴を持った子供が各地で生まれ始めてからは「ウマ娘という存在の在り方がそう変化しつつある」という認識で早い段階で受け入れられ始めたとか。
その中で特にその変化を受け入れる為に奔走したのがURAだった。何せ少女が走る舞台を整える事しかした事が無いのだ、男の子の姿をした走者候補が現れたとなっては受け入れ態勢を整える他に無かった。
先ずは学園の敷設だが、肝心な生徒数の問題が浮き彫りになった。仮称ウマ息子とウマ娘の総出生率の数値が、生まれ始めて数年分のデータだけでもこれまでのウマ娘のみの出生率数値と変化が無かったのだ。その事から従来のウマ娘として生まれる筈だった存在が変異し、仮称ウマ息子に変異していると仮定。この調子だと学園として成立させるには仮称ウマ息子だけだと総数が足らず、必然的に全国のトレセン学園を共学化させる方向で舵が切られた。
当時の在校生には殆ど影響が出ない為反対意見は殆ど無く、結果として最初の仮称ウマ息子が入学可能な年齢になるまでの間に滞りなく受け入れ準備は進められたという。
次いでウイニングライブ。これについては一部歌詞と振り付けを、仮称ウマ息子向けに若干の変更をする事で対応した。レース勝者がどちらかでフレキシブルに変更も出来るのでそこまで苦にならないのと、パート毎にそれぞれ分けても違和感が無い様に仕上がっている為、どちらかを覚えていない状態でも問題なく歌って踊れるという状態に落ち着いている。当時から既に男性アイドルユニットというのは存在していたから、世間から受け入れられるのもそう難しい物では無かった。
そして年月は経ち、当時懸念されていた骨格に依る不利も杞憂に終わり数年。一時期検討されていたクラシックの男女区別化も見送られ、今の俺達が小学五年生の頃には仮称ウマ息子を交えたクラシックで初の三冠を手にしたウマ娘ミスターシービーが誕生した。
そして小学六年生になったこの年。無敗の三冠馬となったウマ娘シンボリルドルフ、その後にジャパンカップでシンボリルドルフとミスターシービーの猛追を振り切ったウマ娘カツラギエース。
仮称ウマ息子ももちろんクラシックで栄誉を勝ち取る年もあるが、去年と今年はウマ娘が圧倒的な強さを見せつけた年となった。
ここまで来て俺が気付いたのは、仮称ウマ息子は確かに元牡馬の子がなっているという事。皆右耳に飾りを付けているしね。
ただ同時に、全ての牡馬の魂が全て仮称ウマ息子になっているかといえばそうではない事も発覚した。先ほど挙げた名前、ミスターシービー、カツラギエース、シンボリルドルフの全員が元は牡馬だがこの世界ではウマ娘として生を受けている。どうやら大分ランダム性が高いらしい。
ちなみに骨格による有利不利だが、一見するとあるのだけど中身の問題で大差はなかったというのが結論だった。
筋肉の質とか密度がとか小難しい話があるからなんとも言えないが、要は『今さら男の体で産まれても既にヒトと身体能力が乖離している以上、そこに発生する男女での差はヒトと違い小手先で埋まる誤差でしかない』らしい。
「ザーガ、またカツラギエースさんのジャパンカップ見てるんだ」
過去のレース録画を見ながら、自分が居る状況を振り返っていればそんな声が掛かる。
振り返れば優し気な顔をして俺を見る兄さんがいた。その手には珈琲が湛えられたマグカップが握られており、気付けば芳醇な香りが辺りに充満している。
「というか、ミスターシービーとシンボリルドルフもだけどね。同じウマ娘としては尊敬するし」
「俺もあんな風に走りたいな、レースの世界は甘くないって分かってるけど……夢はデカく見ないとな。お互い入学試験、頑張ろうぜ」
予め俺の分も用意してあったのだろう、俺が普段使っているマグカップを差しだされる。真っ黒な液体、すなわち兄の物と同じく珈琲が注がれている。それを受けとりながら、頷いて答える。
「まぁ俺も入学はするけどさ、正直兄さんみたいに大きな夢があるわけでも無いから……困ったな」
「そんな事言って、俺の練習に付いてこれるのお前ぐらいじゃないか。十分強いんだから自身持てよ、なんなら俺とダービー走るか?」
「どっちかが勝ったら素直に喜べそうにないから、止めとく。そう考えると消去法でティアラ路線かなぁ……?」
マグカップに口を付けて、苦みと酸味が協和するそれを口内で楽しみながら考える。甘味なんて一切ない、けれど何処かチョコレートの様な風味が甘味と錯覚させる。
そんな不思議な一杯を堪能していれば、少し真面目な顔で兄が口を開く。
「……なぁ、お前も中学生になるんだ。そろそろ俺を真似なくてもいいんだぞ?」
「……真似るって、何が?」
真面目な顔をするからしっかり聞いていたが、しかし発せられたのは突拍子もない事だった。
俺が誰の真似をしているって?
「ほら、お前自分の事を『俺』って言うだろ? てっきりそれは俺を真似てるんだと思ったんだが、違ったか?」
ああ、そういう事か。確かに身内を真似てそういう風に口調を変える子も居るとはよく聞く。しかし生憎俺は前世からの天然物だ、なんならその場に応じて『自分』とか『私』も使い分けられる。
「悪いけど俺のは天然ものだよ、そもそも普段の口調からして大して変わらないでしょ? そういう風に育ってきてるんだから、今更変える方が逆に可笑しくなるよ」
「……そっか、そういう物か。いやさ、母さん達にどうにかならないかって言われててな……そっかぁ」
あ、若干困った顔してる。これは結構真面目に言われたな?
そういえば母さんはトレセン学園のOGとか言ってたっけ、お嬢様の比率が高いから御家事情的なので気にしてるのかな。それなら悪い事をした。
「まぁこればかりは仕方ないよ、母さんには慣れ親しんで真似じゃなくてこれが素になってるから無理とでも言っておけば?」
「そうする。お小言とか言われなきゃ良いけど」
そこは保証できないなぁ。まぁ今の今まで放置してきた両親も両親だと諦めて貰おう。
「ま、どうしても気になるなら他所では『私』って言うよ。そう伝えれば向こうも折れるでしょ」
要は仕方なく一人称を変えると、そう宣言する訳だ。一種のアイデンティティを、他所と身内で使い分けさせるのは両親としても本意ではないだろう。
まぁ流石に、仮にデビューしてイイ感じに成績を出したらメディア露出も増えるだろうから。その時は『私』で通すけどね。
「了解、ザーガって本当にそういうの頭回るよな」
「言わなくても理解してくれる辺り、兄さんも十分でしょ」
「理解は出来ても、ザーガみたいにパッと思いついて答えたりは出来ないよ」
そんなやり取りを交わして、そのまま他愛ない世間話に興じる。
最初の内こそ推しが男になってて大分萎えたけど、慣れてしまえばこういう関係も悪くない。なんなら妹として滅茶苦茶可愛がって貰えてるし、悪い気はしないしね。
偶に無防備晒した時に、顔赤くしながらチョップかましてくるのは痛いけどちょっと可愛いと思ってる。そういう意味では優しく頼りがいがありつつ、からかい甲斐もある兄なのだ。
───☆☆☆───
さて、そんなこんなで気付けばトレセン学園に入学と相成った。
特に危なげなく入学できて、筆記も実技も俺達兄妹はそれなりに高い水準で突破できた。結果として若干の注目を浴びたが、まぁ最初だけ調子がいいなんてよくある事だしそれもすぐに落ち着いた。そもそも誰もかれもが、各地で天才だなんだとおだてられた子達だ。現地水準で相対的に天才とされた者から、正真正銘の天才と幅は広いがそれでも入学できる実力はある。
さらに言えば何人か見覚えのあるウマ娘と、男の姿だが面影のある子が何人か見える。彼女、彼らは正真正銘の天才だろう。
流石に寮は男女で分かれるので、必然的にアプリやアニメとはガラっと部屋割りが変わっている。
俺の同室は今現在、誰も居なかった。アヤベさんの同室ってカレンちゃんだけど、アヤベさんが男になってるから今後俺と同室になる可能性もある。カレンちゃん、前世では結構好きだったから同室になったらどうしよう。
「……気が重い」
そも、女の子の体に転生したとはいえ俺の精神性は男のままだ。もしも兄ではなく姉であれば話は違っただろうが、残念だがそうはならなかった。
嫌って訳ではないんだけどね、滅茶苦茶生活しやすかったし。ただ俺以外の兄弟が全員男児となれば、必然的に俺の態度も男性的な物に引っ張られる。なんならお風呂だって、つい最近まで兄や弟たちと入ってたし。まぁ久しぶりに俺たちが風呂に入ってる時間に仕事から帰ってきてた母さんにバレて、すげぇ勢いで咎められたけど。流石に小六にもなって一緒に入るのはまずかったらしい。
別に本格化もしてないちんちくりんな身体だし、もう暫くは良かったんじゃないかとも思ったけど。
それはさて置き、今は荷解きを済ませてしまうのが先だ。とはいえ俺の荷物はかなり少ない、それこそ寝具と着替えを出したら後は教科書や筆記用具の類ばかり。精々が俺の趣味である珈琲グッズがチラホラ……いや結構多いな、ハンドミルに〇リオと、あと〇リタと〇リタの台形ドリッパー。それにフレンチプレスとサイフォン、流石に寮室に可燃性の液体持ち込みはヤバいって認識は持ってるからくっそ高いビームヒーターを買って持参してる。
他にも気分で使う豆を変えたいから、キャニスターも幾つか。なんかこの一角だけおかしいな、コーヒーショップでも開くのか……?
「なんだろ、妙にデジャヴを感じる……」
何も無い質素な部屋に異彩を放つ珈琲グッズ。俺はこの光景、というか描写を知っている気がする。でも思い出せない辺り、たぶん前世の記憶なのだろう。今となってはすっかり昔の事になってしまい、正直思い出すのも一苦労だったりする。その癖自分の性自認が男性のままなんだから厄介な事この上ない。
「……いいや、気のせいだろ。兄さんの方もそろそろ終わったかな」
とりあえず意識を切り替える。どうせ同室の子も居ないらしいし、空になった段ボールは部屋の隅に寄せて後に回す事にする。
あと単にお腹が空いた。仮に兄さんがダメでも、一人でカフェテリアに突っ込む勢いでいる。
そしてLANEで一声かけた所、案の定フワフワグッズが氾濫して同室相手のスペースを浸食しかけてるから無理と返事が来た。まぁ荷物を送る時にやたらとふわふわグッズをつめていたし、ある意味当然ではあった。加減しろとは言ったが、残念ながら採用されなかったらしい。仕方がないので一人で行くとしよう。
とはいえ、新入生一人でカフェテリアを使うと流石に目立つ。いやまぁ俺達は双子だから、二人で居ても結果は同じだったかもしれないけど。
「そこのポニーちゃん、一人で食事かい? よければ僕と一緒に如何かな?」
無数の視線に居た堪れなくなっていれば、不意にそんなキザったらしい男の声が聞こえた。そうか、彼女は彼になっていたか。
振り返れば、見覚えのある面影を持ったイケメンが居た。青鹿毛に控えめな流星、十中八九間違いなくあの寮長様だろう。ウマ娘の時ですら女性ファンが多かったのに、男になっちゃったらそれはもうヤバいのでは?
いや事実ヤバいな、今かすかに複数の殺気を感じた。これは不用意に了承できないし、したら死ぬ。まして今の俺は一人部屋だ、押し入られたらもう終わりだ。
「……あー、お誘い頂き恐悦至極。ですが先輩、俺はまだ死にたくないので……」
「ふむ? あっさり振られてしまったね。しかし僕としても君が死んでしまうのは心苦しい、君の心が僕を受け入れられるその時まで待つとしようじゃないか」
なんだか変な解釈されてないか?
別にご一緒したら心臓が持たなくて死ぬんじゃなくて、単にご一緒したら周囲のあんたにガチ恋してる連中に殺されるんだわ。
内心でそう冷や汗をかいて、さっさと距離を取って食事を確保しようと考える。
だがなんという事だろう、ご都合展開か何かかってぐらい視界に見覚えのある面々の顔がチラホラと。何処かで聞いたナントカとナントカは引かれ合うじゃないけど、転生者はそういう厄介ごとを引き付ける因子でも持ってるのか。捨てさせてくれそんな因子。
「フジキセキ、また新入生をナンパしているのか? それで以前に傷害事件に発展したのを忘れたとは言わせないが?」
「これは会長様、本日もご機嫌……ではなさそうですね。いや、流石の僕も懲りてますよ。ただ彼女は新入生ですし、カフェテリアの案内でもと思ったんですが……さっき振られました」
モーゼの奇跡みたいに人の波が割れて、そこからよく知る顔のウマ娘が出て来た。
会長様と呼ばれたし、現状この学園でその肩書を持つのはシンボリルドルフただ一人。間違えようが無いね。あとやっぱこのキザ男はフジキセキだったか……。
「ほう、君を振るとは見所があるじゃないか。……君、名前は?」
やっべ、こっちに興味が向いた。さっさと離れれば良かった。
いやまぁ一部始終を見てたのだろう、実はフジキセキとの会話を終えた辺りからピリピリとした空気に動けなくなっていた。うん、ぶっちゃけ白々しいにも程がある。最初から引き留める気しか無いじゃんふざけんな。
しかもあんた、一度見た顔と名前は忘れない筈だろ。新入生の一覧を見てない筈が無い。そりゃ初対面の体を取る意味で、会話の切っ掛けとして名前を聞くのはコミュニケーションの基礎みたいな物かもだけど釈然としない。
「……アナザーベガと言います」
「例の成績優秀な兄妹の片割れだね、うわさは聞いているよ。お兄さんは今どこに?」
「えと、寮で荷解きを。私物を多く持ちこんじゃったみたいで、整理に時間が掛かってるらしいので」
うむ、周囲の視線が酷い事になってきた。ただでさえフジキセキに話しかけられた時点で、彼に魅了されたウマ娘達が殺意と怒気の篭った視線を送って来ていた。だというのに、今度はシンボリルドルフ生徒会長が白々しく名前を聞いてくると来た。しかも先ほどから何も言わないが、実は彼女の横にはご友人であるミスターシービーと、カツラギエースも立っている。
こっちはマジで何も言わずにこっちを見ているのだけど、シンプルに居心地が悪い。俺もしかして、前世でなにか悪いことしたか? 一応死ぬ直前には子どもを文字通り命懸けで助けた所までは覚えてるぞ?
「そうか、お兄さんと都合が合わず一人で来たのだな。良ければ私達と一緒に食事をするのはどうだろう、そこのナンパ師よりは付き合いやすいと思うのだが」
「ええ、いやそれもそれで……」
やっぱりそう来たか、しかし残念な事に下手すればフジキセキよりも更に厄介な相手なんですよ貴女って。周囲の状況見えてます? というか聞こえてます? 入学して早々に囲まれるの普通にメンタルボロボロになるんだけど。
さてどうしたものかと、この状況を如何にして打開して逃げるかを考えていれば見覚えのある顔が視界に入った。
小学生の時のポニーカップ以来だろうか、あの時は張り切り過ぎて怪我をしてしまったらしく最後はろくな挨拶も出来ずにお別れしてしまったからな。一度同じレースを走ったきりだが、彼女は覚えてくれているだろうか。
「なぁそこの、アレキじゃないか?」
元々『いかにも対応に困ってます』というポーズを取っていたのもあって、割とスムーズにその場を脱せたと思う。思いたい、そう信じたい。
しかし残念な事に、その目論見は彼女にはバレていたらしい。
「……ザーガさん、入学初日に有名人に急に囲まれるのは、正直同情はする。でも、それにぼくを巻き込まないで欲しい」
セミロングの青鹿毛を揺らして、その双眸に輝くコバルトブルーの瞳で俺を射抜いてそう言う彼女は明らかに怒っていた。まぁ俺も逆の立場だったら怒る、巻き込むなってキレる。でもお前も逆の立場だったらそうしただろう? だからお相子だよ(謎理論)
それにしても小学校の時とは若干雰囲気が違う気がする、ポニーカップの時はだいぶハキハキとして意欲満載の世界は可能性に満ちたおもちゃ箱ってぐらいの子だったんだけどな。早めの中二病から解き放たれた賢者モードだろうか。
「彼女は知り合いかい?」
「ほら、興味を持たれた。……アレキゴルディアス、昔ポニーカップで一緒に走ったってだけですよ」
露骨に嫌な顔するじゃん。当時の君、有名人なら食って掛かってはしゃぐ勢いって君のお母さん言ってたじゃん。真面目に賢者モード説出て来たな……。
「なるほど。……無粋な事を聞くが、そのポニーカップではどちらが?」
「そこのザーガさん、アナザーベガのお兄さんでもあるアドマイヤベガさんが。彼女が二着で、ぼくは競走中止しましたから」
「いや、そんな卑屈にならんでも……あのまま走れてれば俺らぶっちぎって勝ってたじゃん」
「でも、ぼくは走れなくなった。あの後の数年もね」
うへぇ、そんなに酷かったのか。まぁそれなら性格に変化が出ても可笑しくは無いか、ウマ娘は走れない事がかなりのストレスになる生き物だ。それこそ命に係わる場合もある。
「だが今、君はここに居る。数年のブランクをものともせず入学をするなんて大したものだ」
「……どうも」
「また一緒に走れそうで、俺としてはちょっと嬉しいかな」
「ちょっとなんだ?」
「あんなに凄い走りが出来る子がライバルとか気が重いってこっちは。それに身体が出来上がってきた今なら、あの時の走りも武器にできそうじゃん?」
ちなみに本心からの言葉だ、口にはしないが正直大した目標も持たずに入学した俺としては兄のおまけで入学した心持ちだし。この調子じゃデビューも出来るか不安な所だが、どうにかやってみるしかないだろう。
「……お前は、アヤベさんと違ってだいぶ腑抜けだな」
「事実だからね、兄さんが煩いから入学したけど粘った方が良かったかも」
「……張り合いがないな、ポニーカップを走ってた時のお前はまだ気迫があったが」
「お互い様だよ、君ポニーカップの時と全然キャラ違うし。声かけた時は一瞬他の子だったかと焦ったもん」
周りを置いてけぼりにした会話が弾めば、流石に周囲の熱も冷めてくる。幾らか視線も減ってきた所で、アレキはだいぶ切れ味のある言葉を投げてくるから更に人が減った。その応酬に流石の会長やフジキセキも顔が引きつり始めたが、まぁ元は君たちが俺に絡んで来たのが悪い。俺は有名人より見知った相手と狭いコミュニティで仲良くするのが気楽でいいんだ。
なんなら会長様と一緒に行動しようとしてたらしいミスターシービーとカツラギエースは、既にこの場には居ない。俺の気質を察したらしく、周囲の子にも声を掛けて動かしてくれていたのが見えたから内心感謝をしておく。ありがたや。
「いやはや、僕らを置いてけぼりに昔話に興じるとはね。大胆な新入生だ」
とはいえ流石に黙ったままで居てくれはしないらしい、そりゃそうだ。
「ぼくはそもそも、ザーガさんに呼び止められただけだから」
「まあ、俺も振った身だし。そこから会長さんに興味持たれて、逃れようとしてたというか。シレっとフェードアウトしてくれてても良かったんですよ?」
我ながらスゴイシツレイな発言だが、大本がナンパ同然だし会長のもそれに便乗した粉掛けだしでお互い様って事にならないかな。なって欲しいなぁ。
「いやはや、今の立場になってからだと久しいな。君の様に無礼千万とも言える態度を取る子は」
あ、ダメだ若干キレてるわ。
「でもほら、元はナンパでしたし。それに俺からすれば会長さんの声のかけ方も、便乗した粉かけに思えましたし……」
「……あー、それはすまなかったな。うん、私もこういう場でほぼ初対面の相手に話しかけるのは思った以上になれていなかった様だ。悪かった」
「あれぇ、僕が悪い事になってるぞぉ」
とはいえ流石にこちらの内面を説明すれば、少し考えてからそう言ってくれる辺り人が良いというか。とりあえずこの場は許されたと見ていいだろう。
あとフジキセキはこれからデビューして更にファンが増えるんだろうしナンパは自重して欲しい。夜道に後ろから刺されて現役引退とか洒落にならないぞお前。
「だってほら、フジキセキさんから声を掛けられた時点で周囲の子の視線に殺気が混じってましたもん。これ下手に受けても振っても厄ネタだなって、そう思ったからこの態度でお茶を濁してる最中なんですよ」
「わぁい、普通に僕の悪癖が原因だった。……うん、ごめんなさい」
フジキセキは今後、自分以外に対して向けられる周囲からの殺気も感知できる様になって欲しいね。じゃないと多角的矢印から成るフラグ乱立と、それによる闇討ちアゾット回避が出来ないからね。
「ま、普通に昔話が出来て楽しかったのもありますからここはお相子という事で。いい加減お腹も空いちゃったので、そろそろ……」
「そうつれない事を言ってくれるな、そこのナンパ師は自業自得として私は構わないだろう?」
「Oh……」
引き下がる気が無いなこの人。まぁ同じウマ娘だからってのもあるんだろうね、きっと。怖い。
「それじゃ、後は頑張ってね。人払いにはなったでしょ?」
「あ、ちょ。アレキさん? まって一人にしないで」
我ながら情けない声が漏れるが、アレキはそんな俺をガン無視してさっさと行ってしまう。悲しい。
「ここでは食べ辛いなら、生徒会室が空いている。持ち帰り用の弁当もあるから心配しなくていい」
わーい、二人きりとかマジで味がしなくなりそう。そして逃げられそうにない、辛い。
せめて兄さんが居れば、そっちに全部吹っ掛けて逃げられたのに。ダメもとでLANEを見たが呑気に『部屋で食べられるもの持ってきてくれると助かる』とかメッセが飛んできていた。知るか、それ処じゃないわ。
全く当てにならない兄さんに、急用が出来たから無理とだけ返して大人しく会長に続いて歩を進める。カフェテリアで貰って来たサンドイッチ弁当を抱えて一緒に歩く様子は傍から見れば呑気なものだが、内心は気が気じゃなかった。
誰かここから助けてくれ。
さりげなく本編でもまだ出してないキャラを出すんじゃない