優しい世界(今は)
筋肉ダルマとの追いかけっこを終えて3日が経った。
だがさっさと進む時の流れとは違いオレは現在進行形でやさぐれている。
だっていい知らせが全然ねぇんだもん。
タイムリミット近づいてるし。
タイムリミット。
黒井という名前で呼ばれ始めてはいるが、そもそもオレは人間で無く怪人である。
そして怪人は欲望のままに生きているから根本的に我慢することが嫌いだ。脳の仕組み的に出来ねぇんだろう。
だがオレはそんな怪人の中でも異端で、理由があればまだちゃんと暴力衝動を抑えて人間社会に適応することが出来る。理由さえあれば。
そう、勘のいいガキはここで気づいたはずだ。
呪術高専にいるオレ以外は暴力衝動を抑える理由がないからいつ爆発するかわからねぇ。
今のところは共鳴りのダメージに警戒して襲って無いんだろうがいかんせんオレだ、あと3日もしたら近くにいる人間を皆殺しにし始めるだろう。
そしたらその後は流れ作業で禅院家やらにわりかしいるらしい芻霊呪法に殺される。釘崎野薔薇もなぜか持ってるしなんだかんだ持ってる奴ら多すぎなんだよ。
クッソ、せっかく呪術師どもにオレが取り入ってやったのにこれか。
今までの我慢とかパシリとかなんだったんだかな。
そしてそんな日の昼下がり、オレは五重塔の修理費2750万円を夜蛾の野郎から請求された。
「で、僕に相談しに来たってわけ?ウケる」
「ウケるじゃねぇ。依頼があるかどうかはだけを教えろ。
東堂は一括でポンと払ったんだろ、呪術への依頼は金になるはずだ」
「さっすがー、その勘の良さ嫌いじゃないよ。
今から君にも出せる依頼出すからさ、好きなの選んでよ」
そう言って目隠しはパソコンをカチカチと叩き、コピー機から依頼を印刷し始める。
ビー、という音と共に出てくる大量の依頼の数々。
五条すげえな、これ全部処理するつもりだったのか?
だがオレが今探しているのは今のオレの窮地を全て解決してくれる依頼。
そしてそんな依頼は、オレが思っていたより案外簡単に見つかった。これならオレは窮地から脱せられる。
「五条、これだ」
「おー、君それ選んじゃう?
呪詛師処理の依頼とかもあったし、結構意外だけどまあいいや。
君一応警戒対象だから七海にも行ってもらうよ?念の為だけどね」
「構わねぇ」
『特級呪物──宿儺の指の回収。
特級呪物は近辺に突如発生した特級呪霊が所持していると思われ、その呪霊を祓うことも任務に含まれる。
回収の後即刻禪院家に届け、それを禪院直毘人が受け取った時点で任務は完了となる』
「こんにちは。黒い精子さん。
皆様からは黒井、とフランクな名前で呼ばれているようですが、私からは黒い精子と呼ばせて頂きます。
今回の任務について、どのくらい知っていますか?」
「特級呪霊と上は言ってるが、実際は二級か三級の呪霊が宿儺の指を取り込んで特級の呪力を持っただけ。
級も低いしどうせ大した術式もねぇだろうけど火力だけはあるはず。一応気張っていくべきだな。
あとは禪院家はクソであることくらいだ」
「オレの術式とか一応聞いてるだろ?」
「あの目隠しが言わねーことねぇもんな」
「よく知っていますね、手練れの呪術師と話している気分になる。
それと公共の場で頭を増やすのはやめてください。見られれば一般人に恐怖を与えます」
次の日、新幹線の中。
オレはお茶を飲んでくつろぎながら七海と軽ーく話していた。
まさか次の日に依頼を受けさせてくれるとは五条も甘いこった。
急に仕事を入れられていた七海はキレていたが、あいにくこっちがコイツの気持ちを慮る必要がねぇんだなぁそれが。
依頼の現場は京都の廃学校。
破壊はしていい、その分給料から減らすけどと五条にいわれぶち殺したくなったのはご愛嬌だ。冗談だったらしいし実際は壊していいらしいが。
ま、どっちにしろ特級を祓えば今回のような雑魚であっても億くれるらしいからどうせ2500万円程度なら払えるらしい。
こりゃ呪術師が金の流れのいい職業になる訳だ。
「私は呪術師ですが、五条さんのような急進派の術師ではありません。どちらかと言えば保守派の呪術師ですし、五条さんのことも信用、信頼はしていますが尊敬していません」
「なにが言いたい」
「私は、今までの実績を重視します。
私にとって今のあなたは使えない一般人です。是非使える人材であることを示してください」
「あー、そういうことね。安心しろ。
尊敬はさせてやれねーだろうが、信用と信頼はさせてやる。それまで待ってろ」
「私は待ちませんので」
「めんどくせぇ……」
てかコイツ、社会人だっただけあってめんどくさいことありゃしない。
とにかく実力主義にしようぜ実力主義。
お前この世界で生きにくいだろ。
「で、あなたの術式を念の為説明していただいてもいいですか?
五条さんからは聞いてますが念の為」
「わかったよ」
説明したって言ってたよな、おい。
五条、本当はお前信用すらされてねぇんじゃねぇの?
廃学校の3階。
そこに特級呪霊と思われる人型の化け物がいた。
呪力量はなかなかに多い、隣にいる七海くらいあるんじゃねぇだろうか。
ちなみにまともな術式はねぇが。
「黒い精子さん、あなたに任せてもよろしいでしょうか」
「おうよ」
体を分離することで体積を上げ、呪霊が腕から出すエネルギー弾による死者数を減らす。
兆単位で個体数がいればこんなことしなくても効かないで済んだだろうからやっぱ数が少ねぇのはきつい。
五条に殺されるのは癪だがどっちにしろ数集めねぇとな。
そんなことを思いながら呪霊を潰し、一億でぶん殴り続け、同時に一億で喰らい続ける。
体の再生にエネルギーを使っているのかそれともこちらの攻撃に抵抗しているのか呪霊のエネルギー消費量はかなり多い。
そしてそのまま逆転されることはなく、オレは数を一万も減らされずに正面から圧殺していった。
「ひとついいですか。
あなたは強すぎます。強いことはいいのですが、ここまでの強さはよろしくありません」
「なんでだよ」
宿儺の指はなんの問題もなく回収した。
なのにあれから禪院家に向かっている今の今まで、オレは七海から絶対に本気を出すなと厳重注意を受け続けている。
いっとくがこれ本気じゃねぇよ?50兆分の1億だぞ?50万円にしたら1円しか出してねぇよ?
だがまあ、なんとなく言ってることは理解できる。
現在呪術界は五条悟のワンマンチーム。
そしてそいつに匹敵しうるのが虎杖の中に取り込まれてる両面宿儺。
その二つを最高の戦闘力の基準として呪術界は回っているのだ。
そこに現れた完全な異物としてのオレ。
全部の個体が集まった時の呪力量は想定の出来ないものとなり、五条ですら対抗できるかわからない。
そんな異分子が急にポンと入ってきたら目を逸らしたくなるわな。
まあ、逸さなくても逸らしても対処不可能だろーが。
「あなたの実力は十二分にわかりました。
ですから、敵にならないでくださいね」
「そっちが銃口向けなけりゃ敵にゃならねーよ」
「もし銃口を向けたら?」
「即殺だ」
「──」
沈黙するオレらを乗せて、車は京都の街を走り抜ける。
禪院家。
見た目がきちんとしているだけのゴミの掃き溜め。
そんな感じで禪院真希が評していたが、思ったよりもクズでテンションが上がっている。
七海の後ろを歩くオレに向けられる陰口、奇異な目、クスクスと嘲り笑う声。
テンションは上がってるけどぶち殺すっていう意味でもテンション上がってきたな。
そんな中廊下を女に連れられて歩いている時、ふと隣の七海が立ち止まって聞いてきた。
「この家ではあなたに銃口を向ける方もいると思いますが、無茶はしないでいただけると嬉しいです」
「あーあー、わかってるよ。
今はその時じゃねぇ」
「そう、ですか」
オレの言葉に再び前を向いて歩き出す七海。
コイツ、無茶しないでいただけると嬉しいって言っていたが無茶するなと断言はしなかったな。
この男の性格上やってはいけないことは絶対にやるなというはずだが。
コイツにとっても禪院家はクズの集まりみてーだ。
「ここでございます。どうぞご失礼のないよう」
そんな言葉を女は投げかけ襖を開ける。
そこで待ち構えていたのはクソの掃き溜めのボス、禪院直毘人。
さあて、こっからが腕の見せ所だな。
「ブッハッハッ、面白い。
両面宿儺の指を回収してきたからと言ってみれば、来たのは五条のところの奴と猿。
しかも猿に至っては人間でもないくせに呪力を纏っとる。
こりゃ面白い、笑いが止まらんわ!」
おい待て、殺していいかコイツ。
俺はこの猿を見た時悟ってしまった。
この猿、家のやつは馬鹿にしているようだが生物としての格が違う。
呪力の量が多いわけではない。
それこそ隣に立っている七海の方が多いレベルにだ。
だが、真に恐ろしいのは呪力の練り上げられ方、その密度。
人間に可能なのか、この密度は?
隣にいる七海の呪力の密度が綿とすればコイツは金の密度の呪力量を持っている。
本来七海だって呪力の密度が低いというわけではない、それをほぼ無き密度として見れてしまうこの猿の密度が人智を逸脱しているのだ。
おい、五条はなんでこの猿を生かしてる。若気の至り?強さゆえの愚かさ?
五条がいいとしても、コイツが人間だとしても、生かしてていい代物じゃないぞ。
俺の経験があって初めて言えることだが、コイツは両面宿儺よりタチが悪い。
絶対にだ。
こんなことを見た瞬間思ったが、俺はコイツをあえて嘲り笑う。
家のクズどもに俺がビビっていることを悟らせてはいけない。
この家のクズどもは俺が力で黙らせているから統制が取れているのだ。もしも俺がここでビビれば弱みを握られて舐められる。
舐められて勝手にコイツに下手に殴りかかられたら禪院家が終わる。
それだけはいけない。
だから俺は決死の覚悟を持って、この猿を煽る。
「あー、そうだな猿だな。
テメーらよりはずっとつえー猿だが」
コイツは、そんなオレを睨みつけながら不機嫌そうに言う。
ああそうか、酒を飲んでいたから気づかなかったがコイツが黒い精子か。
五条悟が言っていた受肉体。
無限体ほどに数が増え、弱者を蹂躙できるという化け物。
報告によれば一級呪術師である東堂葵すら一分で戦闘不能にしたらしい。
マジもんの怪物だ。
「あー、でもそうか、強さわかっちゃいねーもんな?
そうだよなそうだよな、雑魚がオレたちに勝てると、思っちゃってるんだもんな」
「ここで手合わせしてやってもいいんだぜ?」
「なんなら禪院家全員をオレが相手取ってやってもいい」
「もちろん勝敗はどっちかが死ぬまでな!」
「黒い精子さん、宿儺の指を渡して帰りますよ」
隣にいる七海が持っている指を俺の前に差し出してくる。
奴も奴で戦闘になるのは流石に勘弁してほしいらしい。
ナイス、ナイスだ。
このまま早く帰ってくれるとありがたい。
「無事受け取った。
これで任務は達成。報酬の一億は口座に振り込んでやる。早く帰れ。
あと黒い精子に伝える。
俺たちとお前たちの力量の差は知っている。
俺たちは絶対にお前に勝てない。
だからこの喧嘩は、買わないからな」
その言葉に精子はつまらなそうにため息を吐いてから、ニヤリと笑った。
まずい、何かコイツは企んでいる。
嫌な予感しかしない。
「お前と禪院直哉の術式、投射図法なんだってな。
なるほど、その術式らしく尻尾を巻いて逃げるのが早い」
「いいぜ、気に入った」
「殺し合いから鬼ごっこに変えよう」
「殺さないという縛りも結んでやる」
「縛りがねぇと安心も出来ねーだろうからなぁ」
「その挑発に俺が乗るとでも?」
「ああ、知らねーな。でも乗るんじゃね?」
「禪院のボロ雑巾の群れがこのオレ様に勝てる訳ないんだし、禪院家って猿しかいねーもんな!」
「直毘人も扇も、直哉も甚壱も、真希も真衣も、みんな等しくニホンザルだからなぁ!」
「なにを!」
その言葉と共に襖から飛び込んできたのは、隣の部屋に待機させていた扇と甚壱。甚壱の隣にいた直哉は部屋の目の前で奴のプレッシャーに気づいたのか固まった。
クソ、相手が猿だからと念の為待機させていたのが裏目に回ったか。まさか隣の部屋にまで響くような大声で煽ってくるとは思わなんだ。
そもそもなんでコイツはここまで一人一人の名前を知っている。どこからその情報を得た?
だが今それを考える余裕はない。
そして、俺が今この場を治めるため、禪院家を守るためにできることはただ一つしか残されていない。
「その挑発に乗ってやる。
いつ、どこでだ。しっかりと縛りは結ぶ。
お前策士だな」
「今から、俺が雑魚呪霊を祓った廃学校でやる」
「参加者は、炳と躯倶留隊全員。
お前は参加しなくていいよ。強さ知ってるみたいだし」
「俺のこと陰で馬鹿にしてた奴ケッコーいたし、そいつらにはどっちがモンキーか分からせなきゃなぁ?」
扇の殺意がさらに増す。
ふざけるな、絶対に勝てないのにそんな相手に殺意を見せるな。
殺されるぞ。
「おい、縛りを結べ」
「ああ、わかってる。
誰も殺さない、だろ?
特別大サービスだ、再起可能なレベルまで甘ちゃんどもには手加減してやるよ」
「貴様……!!」
「お前、流石に口を慎めよ?」
「──」
目の前のコイツの強さを知らない乱入者の三者三様の態度に俺は頭を抱えて天井を仰ぐ。
縛りは結んだが、果たしてどこまで無事に済むか。
勝てはしない、蹂躙はされるだろう。
被害よ、小さく収まれ。
最後の方のナナミン
『待ってください、待ってください、待っ──』
展開早いもんねしょうがないね。
ちなみに禪院家のことは、五条先生に仲間じゃないけど出来れば殺さないでもらえると嬉しいなと、事前に言われています(追いかけっこすることは言っていない)。
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