「凄惨な現場ですが、覚悟はいいですか。
虎杖君」
「無理はすんな。違和感を感じたら2人とも撤退しろ。
だがベストは尽くせ、虎杖」
「応!!」
キネマシネマ、突入。
『今回の任務、僕はいけなくてねー。その代わり黒い精子と信頼できる僕の後輩を連れて行ってもらうことにしたから。
これがその一級呪術師の七海君でーす!!』
『肩を組むのやめてください』
七海建人は、隣で無理やり肩を組んでいる目隠しをチラッと見て大きなため息を吐いた。
黒い精子についてはもう任務を共にしたくないと言ったし、そもそも死刑にするべきだと上にも言っていたはずだ。
だがその返答は酷いものだった。
ーーーー呪術総監部より通達。
黒い精子の秘匿死刑を本日につき取り消し、護衛を行うこと。
また、幻影の呪霊の発生、および生得領域に日本全土が取り込まれたことを確認。
現時点で祓うことは不可能であるため、経過観察を行うこと。
死刑にしろと言っていたのに、上が今度はそれをやめろと言ってきた。
この時点で矛盾が生じているしそのあとはもう別の呪霊についての話だ。
もうどうでもいいと思っている。
死刑を取り消すだけの何かを黒い精子がやったな。
それは最早確信だったが、七海建人には何もできなかった。
特級術師でもないから発言に意味がないのだ。
故にどうしようもなく七海建人は立ち尽くしていた。
「虎杖君、私は七海建人です」
「う、うっす」
「君も自己紹介を」
「虎杖悠仁です!よろしくお願いします!」
「今回の任務について聞きたいことはありますか?」
「いや……、とりあえずはないけど……」
「なんですか」
「怒ってますか?」
「怒ってないですよ」
不味い。
虎杖君はもう黒い精子のことを完全に仲間だと認識している。
五条さんも肉体的に最強であること以外信用できないのを考慮するともう絆されているな。
チッ、私1人でどうにかできる範疇はもう超えてしまっているか。
「虎杖君」
「……」
「私は上のやり口が嫌いです。大嫌いです。
だから聞かせてください。
宿儺という爆弾を抱えていながら、自身はそれ以上に有用であると示すことはできますか?」
「……俺が弱いことは、ここ最近で嫌というほど思い知ってる。
強くなけりゃ死に方を選べないことも知った。
だから強くなる。
役に立って、認めさせてやるから、少し見ててくれよ」
「私でなく、上層部に認めさせてくださいね」
「あ、ハイ」
「五条さん、黒い精子は?」
「今は部屋にいるはずだよ。あいつは2人にもう会ってるしね。
見た目もアレだし」
「あ、七海さんもう黒井に会ってたの!?」
「会ってましたよ。好きではないですが。
なんなら嫌いですね」
「ーー気をつけてください。
下手すると、日本が終わりますよ」
「その時はわかってる。僕がなんとかするさ」
私が帰り際に彼の耳元でボソリと言った言葉は、五条悟には響かなかった。
「悠二、これが呪力の残滓だ。
呪術師は基本的にこれを見て呪霊の動き方や行動パターンを判断する。
優れた奴なら呪霊の目的、今被害者がいるであろう場所までわかったりする。
いいな?」
「応!」
「あくまであなたは非常時にのみ対応してくださいね。
下手な戦闘は許可されていません。護衛対象です」
「わかってる」
「それと虎杖君。
残滓は意識しなくても見えるようにして下さい。呪霊よりは見にくいですが慣れれば雰囲気ですら感じられます」
「う、うす」
廊下の突き当たり、階段の上だな。
そこから強い呪力を感じる。
黒い精子の言うことを虎杖君が完全に信じ込んでいるのはいつか彼に地獄を見せてしまうだろうが、今じゃないことを願うしかないな。
「行きますよ。
無理はしないでください。危険を少しでも感じたらすぐに離れること。
気楽に行きましょう」
「あ、はい」
メリハリはつけるべきだ、今のように緊張感を常に持っていれば肝心な時に疲労で役に立たなくなってしまう。
七海建人は息巻く虎杖と黒い精子を尻目に歩き出した。
いた。
人ほどの大きさの呪霊が2体。場所は建物の屋上。
強くはない、1体は虎杖君に任せて問題ないな。
ただ彼は子供だ。
「君はその一体をやって下さい。
無理でしたら私がやります。その時は私の方へ誘導してくださるとありがたいです」
「えっーと、俺も一応、普通に呪霊とかは払ってきてるんだけど……。
一般人ほど弱いってわけでもないし」
「弱さ、強さなど関係ありません。あなたは子供です。
いくら死地を乗り越えてきていたとしても、あなたは大人になったわけではない」
鉈を呪霊へと私は突き出し、ため息をついてやつを見定める。
呪霊にしては妙にはっきりしている気がするが関係ない。
「筋肉痛が明後日に来るようになったと気づいたり、家の近くにあったパン屋が遠くに移転したと気づくこと。
そんな小さな絶望の積み重ねのもとで、人は大人になるのです」
ーーーーーーーーーー
あー、ちょっとダリィな。
七海建人に信用されてないのを強く感じる。
さっきからチラチラと見られてるのがその証拠だ。
戦うなって言われてんのも俺を守るというより闘いの状態に移行させないためだろう。
バカが。
五条悟が元気な時点で暴れられる訳がねぇだろ。
さて。
七海が鉈で呪霊を一刀両断しながら術式の説明をしている。
物体の7:3の位置に弱点を生み出す術式……、正直障害でもねぇ。
そもそも切るっていう術師だ。コイツ単体なら俺はダメージを受けることはない。
ま、俺がいる前でペラペラ喋ったっつーことはやつも諦めてんだろうな。
お。
虎杖もぶん殴っている。
なんだっけ、勁庭拳だっけか、たしか物理で殴った後に呪力で殴るみたいな面白い技で結構強いんだよな。
オレも練習で一回殴られたからもうやられたくないけど。
なんかウザいだけで怪我する訳じゃねーからお邪魔技という印象が強い。
てか今気づいたけど呪霊じゃねーな、コイツら。
呪霊なら食らった後に傷ついた部分から黒い呪力の煙とか上がったりするんだが、それが全くないなら改造された生物か?
オレに負けず趣味が悪い、面白い奴がいるということだ。
よっーしゃ、今は人間様のためにせいぜい利用されてあげようじゃねーか。
ーーーーーーーーーー
『真人。君にお願いがあるんだ。
僕を先生と呼んでくれるかい?』
『漏瑚、花御、お願いがある。
僕の生徒である真人と仲良くしてね』
『陀艮、君も友達として真人と仲良くしてね』
「学校ごっこ、ねぇ……」
「どうしたんですか?」
「僕の先生についての話さ」
真人は下水道の中で、ハンモックに横たわりながらその下にいる順平と話を進める。
最近夏油がおかしい。
なぜかと聞いてもあいつは、事情が変わったんだ、としか言わない。
何か考えている。
「今まで殺した人間の数は68、今週殺した数は11……。
ペースとしては多い方かな。
かわいそうに」
「なんで、そんな無関係な人を思っているんです……?」
順平はいじめられてきた子供だ。
故に、他者、特に見知らぬ人に対する慈愛の心はない。
だがその順平の前で真人は人を悼んでいた。
「ほら、仏壇。
急拵えで石乗っけてるようにしか見えないけど、これも先生がやれってさ。
自由に生きるとしてもこっちの方がどうやら祓われにくくなるらしくてね」
仏壇に添えるのはさっき河原で摘んだ花の数々。
真人はそれを置いたのち手を合わせた。
目を瞑り、慈しむように見せる。
人を殺すときはその数を指折って悲しむ素振りをしながら殺せ。
道徳は持っているふりをしよう。
呪霊同士では仲良く、友情を育め。
なんでもやってみよう。
どれも夏油に言われたことだ。
ピンチになれば仲間が駆けつけてくれるように。
戦いになっても、正義のもと敵を殲滅できるように。
俺たちが主人公になれるように。
『幻影夜行のもと、僕たちが主人公になる。
みんな、物語の中の世界でなんでも奇跡を起こせる自由な主人公になろう!』
真人の想起した夏油の口角は、上がった。
幻影夜行……古来から日本の上空を徘徊して呪力を取り込み続けている存在、幻影の呪霊の術式。呪力から読みとった記憶で再現した術師や呪霊を使役できる。東堂の存在しない記憶を全て現実に出来たりする。