IS神峰録 作:アリガートル
「お世話になりました」
「はい。これからもお身体に気をつけてくださいね」
退院の日。先生に別れを告げて、龍姉の押す車椅子で病院を後にする。長かった病院生活も終わり、俺は龍姉に連れられて神峰重工の海上拠点であるマザーベースへ行くことになった。
何でも、既に重要人物保護プログラムを悪用して無理矢理に無国籍にして既に法外の存在らしい。その理由は、龍姉がISコアの製造方法を知っているから。その身内の俺もプログラムを適用して守らなければ、また人質に取られる可能性を考慮してとのこと。
病院の前に車が止められていて、運転席から女性が降りてくる。
「時間通りだな社長」
「ありがとうね玲奈」
その女性はそう言うと、こちらに視線を向けてくる。
「はじめまして?」
「起きてる時に会うのは初めてだな。はじめまして、柊 玲奈だ」
手を差し出されるので、迷いながらもその手を取る。少しニギニギと感触を確かめた後に、少し笑って手を離す。
「元気そうだな。2年寝てたとは思えないぐらいだ」
「リハビリ頑張ったんだ」
「そうか。よく頑張ったな、真琴」
車椅子ごと、車の後ろに乗り込み出発する。目的地は重工保有の港で、そこから船でマザーベースを目指すことになっている。
「左腕の調子はどうだ真琴」
「左腕?大分動くようになってきてる。左手でも箸を使えるようになったんだ」
「そりゃ良かった。それの開発に私も参加しててよ。調子良いならこっちも冥利に尽きるってもんだ……義足の方はまだちょっと待っててくれ。問題が出来ちまった」
「大丈夫だよ、左腕だけでも」
「真琴、それじゃ駄目なの。真琴にはちゃんとした生活をしてほしいから……だから……」
「……そっか、それなら待ってるよ」
それから港に着くまでは無言だった。港についてからは船に乗り換えて、そこから30分くらいでマザーベースに到着した。船から降りて、エレベーターで甲板に上がっていく。
「ようこそ、マザーベースへ」
感想としては、広いだった。病院の中しか知らない俺からすれば、この海上プラントは広すぎた。龍姉のその言葉に何を返せばいいのか分からなくて、ただ沈黙してしまう。
「部屋に行こうか」
甲板を移動するための車に乗り込み、また暫く揺られる。一際大きい甲板にビルの様な建物があるプラントに到着して、そこで車を降りる。
「ここが住居プラント一号。ここが私達の家だよ」
部屋に入り、構造の確認をする。キッチンにリビング、俺と龍姉の部屋に風呂とトイレ。
「こっちが真琴の部屋ね。自由に……使ってね。手伝ってほしい事があれば、遠慮なく言ってね」
言い淀んだ理由を察して、何も言わなかった。龍姉はちょっと出てくると言って部屋を後にした。やけに生活感の無いこの部屋に違和感を覚えていると、柊さんが入ってきた。
「よう。今は私が面倒みてやろう」
「ありがとう柊さん」
「玲奈でいいよ。名字は余り好きじゃないんだ」
「わかった……玲奈さん」
「そこは呼び捨てだ」
「わかった、玲奈」
「それで良い」
くしゃ、と頭を撫でてソファーに座る玲奈に先の疑問を聞いてみる。
「玲奈、龍姉はここで生活してるんだよね」
「そうだ」
「その割に余り生活感無いんだけど……」
「あー……あの人、結構忙しいからな。私とかが定期的に掃除したり何だりしてるからかもな。ここにいる時間より工房にいる時間の方が長いし」
「龍姉は働きすぎだね」
「ああ、帰ってきたら少し休めって言ってやれ。ああ、それとこれからは私が家庭教師になる。勉強を始めていくからその心づもりでな」
「分かった」
暫くして、龍姉が戻ってきた。会ってもらいたい人がいるという。ラボプラント、製品の研究開発の為のプラントに向かい、その中へ入っていく。
「その人って誰?」
「私の友人。脚の事で協力してもらうの」
照明が消されているのか、閉鎖的な建物内部では視界が余り確保出来ていない。玲奈に車椅子を押してもらいながら、その暗闇を進んでいく。
「やぁ、良く来たね」
照明に照らされて、一人の女性が姿を表す。
「久し振り……ああ、今は初めましてだっけ、まーくん」
コツコツ、と足音を立てながらこちらに近付いてくる。兎の耳の様なものを頭に着けて、メルヘンチックな服装をした見知らぬ女性。
「は……お久しぶりです、えーと……」
「無理しなくていいよ。まーくんの事はりゅーちゃんから聞いてるから」
気付けば、玲奈がいなくなっていて、龍姉も先に入って行って逸れたままだ。
「本当は、まだ会う予定じゃ無かったんだけどね。りゅーちゃんがどうしても、って言うから会うことになったんだ」
ズイッと女性は吐息のかかる距離に迫る。両腕は抑えられ、車椅子の俺はどうすることも出来なかった。
「……やっぱり、まーくんだね。ああ、ごめんね。篠ノ之 束、好きに呼んでね」
「た、束さん、近い……」
「そうだよ束。やることは早めに済ませるよ。真琴の負担にもなるんだから」
龍姉が現れ、束さんは振り返る。名残惜しそうに俺の頭を撫でると束さんは軽い足取りで龍姉の下へ向かう。
「じゃ、これから身体測定しよっか!まーくん!」
「義足作るための身体測定だから、安心して。玲奈、準備は?」
「終わったよ。後はやるだけだ」
「流石りゅーちゃんのボディーガード。役に立つときもあるじゃん」
「大天災に褒められて光栄だぜ」
装置を起動しながらそんな話をしている三人。俺は装置の所まで車椅子を押されてベッドに寝かせられる。
「……ねぇ、りゅーちゃん」
「何?問題でも?」
「ううん。そんなことじゃないんだけどさ」
束さんはモジモジと、いじらしげに龍姉に告げる。
「シリアス保つの限界なの……」
「勝手にすればいいじゃん」
「はー!お許しが出た!まーくんに初対面でミステリアス美女の印象植え付けたかったけど限界だー!」
そう叫ぶと俺のことを抱きしめて脚をバタバタとする。メッチャ苦しいし、柔らかいし。
「束、真琴が苦しそう」
「むー、仕方ないなぁ。先に検査終わらせちゃうか」
「脚があると思って動かすイメージだ真琴」
何らかの機器を取り付けられて、暫く寝転ぶ。あーだこーだと話しているのを聞きながら、検査が終わるのを待つ。
「……ん、これぐらいデータ取れれば十分だ社長」
「ありがとう玲奈。真琴、検査は終わりだよ」
「そりゃ!まーくんに触るのは私だ!」
束さんが龍姉より早く機器を取り外していく。龍姉は一瞬、真顔になったあと溜め息をついて装置を弄っている。
「今のはな、真琴の脚を動かす神経の信号を録ってたんだ。それの強さとかで義足の構造が変わるから、必要な事なんだぜ」
「データ取れたし、2日くらいあればできるね」
「ん、今日はこれぐらいにしておこうか。玲奈、真琴を部屋まで送っていって。先に取り掛かっておくから」
「了解だ社長。行くぞ真琴」
▼▽▼
「りゅーちゃん、今日はここまでにしようか」
その一言で、時計を見る。既に深夜の2時を指していて、玲奈もいなくなっていた。束も時間を忘れるタイプだと思っていたが、そうでもないのかもしれない。
「……寝れないのは知ってるよ」
「睡眠薬はオーバードーズを危惧されてドクターストップ。眠れない夜の辛さは知ってる?」
「横になるだけでも十分回復になるよ、束さんだってそれくらいは知ってるよ」
「……ごめん、ありがとう。戻るよ」
ラボプラントを後にして、部屋へ戻る。極力音を立てないようにシャワーを浴びて髪を乾かして、リビングのソファーに座る。既に時計は3時を指しているが、一向に眠くならない。
急に不安感に襲われて、心臓の辺りを握り締めながら真琴の部屋へ入る。ベッドには、2年間変わりなく眠り続けた真琴の姿があった。手が震えて、喪失感と恐怖心から呼吸が浅くなる。罪悪感に胸が押し潰されそうになるのを必死で堪えながら、ベッドの横にひざまずく。
震える手でその右手を取る。しかし、反応は無い。寝ているのだから当たり前だ、と思う心ともしかしてまた真琴は眠り続けてしまうのではと思う心の2つがあり、自然と涙が零れ落ちてくる。もう喪いたくない、もう無くしたくない、もう独りになりたくない。
「りゅ……ねぇ……?」
右手が動き、涙を拭う。
「泣いてるの?」
「……ごめん……起こしちゃったね」
右手を頬に添えて、その体温を感じる。
「真琴、わがまま言っていい?」
「良いよ、何でも言って」
「……一緒に寝よう、あの頃出来なかったからさ」
その返答は、布団を捲ることだった。溢れる涙をそのままに、真琴が空けてくれたベッドに入る。抱き締めて、その存在と意識を認識する。
「温かいね、龍姉」
「……そう、だね。真琴」
その日は、久し振りに良く眠れたと思う。