IS神峰録 作:アリガートル
「つまり、神経系と接続するために機械を身体に取り付けるって訳だ」
玲奈の説明を聞きながら、完成した脚を見る。塗装も何も行われていない状態の、金属製の脚。これが、俺の脚になる。
「ただ……これには多少問題があってな。神経系と直接繋ぐ構造の関係上、幻肢痛や頭痛、または身体に痛みが出る可能性がある。それと、身体の外から異物を入れることになるから、術後は発熱、痛みを主な症状として拒否反応が出るだろうが、医療用ナノマシンでそれらを緩和する。覚悟は良いか?」
「……出来てるよ」
「分かった。手術の準備を進めよう」
玲奈は出ていき、龍姉が戻ってきた。
「……手術は成功する。それは約束できるし、失敗するつもりも理由もない。でも、術後に身体が慣れるまでは大変だと思う」
両手で右手を包み込み、俯いたまま龍姉は続ける。
「真琴に普通の生活を送って欲しいのは、私のエゴ。だから、真琴が望まないのなら、私は……私は……」
「龍姉」
顔を上げて、目が合う。
「俺はもう覚悟が出来てる」
「……ごめん、そうだったね。気にしないで、心配だっただけなの。ごめんね」
暫く無言のまま、時が流れる。自然と、龍姉が手を離して立ち上がる。
「準備してくる、待っててね」
▼▽▼
「……社長、いつまでそこに座り込んでるつもりだ」
「ごめん玲奈、今行くから」
「飯食ってねぇだろ。これでも食って少しぐらい貧血とかにならないようにしろよ」
投げ渡されたゼリー飲料を受け取る。
「手術が控えてるんだろ。真琴の為を思うなら万全を期して臨めよ」
「そうする」
立ち上がると、立ち眩みがして倒れそうになる。それを受け止められて、もののついでの様に担がれる。
「玲奈、降ろしてくれるとありがたいんだけど」
「今の見て降ろせるかよ」
「準備があるからさ、ね?」
「手術には参加するなよ。その状態じゃ真琴を殺しかねないからな。私はこれでも医者の端くれだった。幾ら社長と言えど、危ないものは止めさせてもらう」
「ごめんって、謝るよ。だから降ろして」
「降ろさないって言ってるだろ。自分のトラウマと折り合いもついてない奴が、自分可愛さに人を巻き込もうとするな」
仮眠室のベッドに放り込まれ、封を開けたゼリーを渡される。
「水分不足は約5日、餓死は条件次第だが約3週間。自殺の予定が無いなら、まずは自分から見直せよ」
暫く、呑み口を見詰めていたが口を付ける。握り締めて、無理矢理に流し込む。その間も、真琴とのやり取りが考えを支配する。私は真琴の覚悟を踏み躙ろうとしていたのか?エゴを押し付けてしまったかもしれない、真琴の人生に干渉しすぎているのかもしれない。
「睡眠障害、強迫性障害に加えて拒食症まで発症するつもりか?」
「……真琴……」
「鬱も追加だなこりゃ」
大げさに肩を竦める玲奈を見る。
「随分酷い有り様だな、社長。2年間で睡眠障害、強迫性障害にトラウマを抱えて、鬱病を発症。身体はボロボロなのに弟の為を思って更に死に近づいてる」
「……分かってよ、私には、もう真琴しかいないの」
「それでアンタが死んだら元も子もないだろうが」
また、動悸がする。不安感に襲われ、嫌な汗が吹き出て背中に服が張り付く。
「れ、玲奈……私、私行かなきゃ」
「座ってろ」
「真琴!真琴が!」
「うるせぇ黙れ!」
頭が真っ白になって、思考が飛ぶ。胸倉を掴み上げられて、殴られた事を認識するのに、時間がかかった。
「自殺志願者が人を助けられるかよ馬鹿が!自分の状況も認識出来てねぇで正常な人間気取りやがって!」
また、胸倉を掴み上げられる。
「手術はこっちでやる。それとアンタを社長から引き摺り下ろす算段も立ててやる。それで二人で静かに隠居だな」
パッと離されて、玲奈が言葉を吐き捨てて去る。考えが纏まらず、動くことすらままならないはずだったのに、突然涙が溢れてくる。感情が滅茶苦茶で、私自身何を思っているのか分からなかった。
殴られた頬が痛い。でも、真琴の方がもっと痛い。私は五体満足でいるのに、両親は死んで、真琴は腕と脚を無くして、私は何を思えばいいのか分からない。罪悪感が湧き上がって、気付けば謝罪の言葉を口にしていた。こんな事をしても真琴は、お母さんは、お父さんは許してくれない。
私だけ、私だけが何も失ってない。
▼▽▼
「りゅーちゃんはどう?」
「自殺志願者と何ら変わりやしねぇよ。あんなの」
「……やっぱり酷いね」
「真琴が起きてからのほうが悪化したんじゃないのか?寝てる時は少なくともマトモな人間のフリは出来てただろ」
「そうかもだけどさぁ……」
「アンタも、友人なら声ぐらいかけてやれよ」
呆れた様子の玲奈と、顔を覆う束。龍華の状態は非常に悪いとしか言えず、このまま社長の座から下ろして真琴と隠居させる計画が既に画策され、その実行が現実味を帯びてきている。
「正直、りゅーちゃんはああいうタイプだと思わなかったなぁ」
「昔の社長は尖ってたのにな。失ってから初めて気付くとは可哀想だな」
「あの頃のりゅーちゃん、未来を夢見てたし、私と同じくらい凄かったのになぁ」
「盛者必衰だな。アンタも気をつけろよ」
「ご忠告どうも。じゃ、まーくん呼んで手術始めようか」
その後の手術の場に、終ぞ龍華は現れなかった。