IS神峰録   作:アリガートル

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第五話:液状化

 両親から、千冬の第二回モンドグロッソ出場を現地に応援へ行かないかと誘われたが断った。千冬には申し訳ないが、今は次世代型IS『ネクスト』の組み立てが先だ。この組み立てを急げば急ぐほどに、倉持や他国に対しての優位と神峰重工のリードが取れる。

 

 あの時は、そう考えていた。

 

 連絡を受けたのは、真夜中だった。三人が拐われて、両親は死亡、弟も大怪我を負った事をドイツの提携企業の担当者から通報を受けて、ドイツに飛んだ。その間は、現実味が無くて心の何処かで否定していたとすら思う。

 

 しかし、現地について愕然とした。

 

 両親の遺体は酷く損傷していて、即死していたのは素人目に見ても明らかだった。問題は真琴だった。医療用ナノマシンを投与して、輸血が行われ、瓦礫に潰された腕や爆発で焼けた脚は切断を余儀なくされていた。

 

 ここに来て、私は喪失感を得た。

 

 両親の焼死体を前に、ただ呆然と立ち尽くし、声を掛けられて真琴の手術をガラス越しに見た。変わり果ててしまった弟の姿に、自然と涙が溢れて膝から崩れ落ちた。失ってから初めて気付いた、その存在の大きさに私は耐えきることが出来なかった。

 

 予てより両親と親交のあった八雲グループの代表取締役夫妻が来てくれて、どうにか私を回収したらしい。気が付けば、ベッドの上にいた。

 

「龍華くん、起きたか」

「……翔太郎さん、ここは」

「真琴くんと同じ病院だよ」

「真琴……真琴は!?真琴は、どうなって」

「落ち着いて聞いてくれるか」

 

 その声色は今でも覚えている。酷く、残酷な事を伝える声色で、抗いようのない事実を突き付けられる事を覚悟させるものだった。

 

「左腕は前腕が欠損、両足も切断し……今も目が覚めていない」

「そ、れって」

「恐らくだが、昏睡状態にある」

 

 そこからの事はよく覚えていない。だが、一つだけ確信があった。あの錯乱に近い精神状態の中でも、私は動いていた。後に、千冬や八雲の夫妻から幽鬼の様であったと言われる程に憔悴した私は、遺体安置所を訪れていた。

 

「……お父さん、なんて呼んだの何時ぶりだっけ。最後くらい、まともに会話すれば良かったね。もう後悔しても遅いんだけどさ」

「お母さん。反抗期だったのかもね、私は。せっかく作ってくれたご飯も食べないでさ。もう、お母さんの料理食べられないんだよね」

 

 私は隠し持っていたISを起動し、両親の遺体を調べる。死因だとか、そういうものを探しているわけではない。

 

「あった」

 

 重工の為なら命を賭ける父なら、隠すとしたらそういう事をするだろうと思っていた。父の遺体を調べると、体内から重工独自規格の記憶媒体が出てくる。

 

 無傷では無かったが、データの抽出は出来るだろうと遠隔で読み取り、抽出を開始する。

 

 龍華へ、これは遺書になるだろう。我々は今、誘拐されている

、真琴も一緒だ。重工の情報を狙った犯行だろう。だから、これに全てを託しておく。あの時に、我々を頼ってくれてありがとう。親らしい事は出来なかったが、どうか龍華の願いを叶えてほしい。それだけは言わせてくれ。真琴だけは守るが、どうなるか分からない。もし、真琴と生きて会えたなら、守ってやれ。重工の事は忘れても大丈夫だ。もし、覚悟が決まったのなら継いでくれ。龍華になら安心して任せられる。もう時間がないようだ、さようなら、愛してる。

 

 その最期の手紙と、圧縮された様々なデータの入ったファイルを抽出する。

 

「……ありがとう、さようなら。私も愛してるよ」

 

 父と母に別れを告げて、手術を終えた真琴の下へ向かう。

 

「龍華、お前……」

「……千冬、か。もう大丈夫」

 

 私を見つけるなり、驚いた様子で駆け寄ってきた千冬にそう告げて真琴の病室に入る。千冬も察してくれたのか、部屋に入ってくることはなかった。椅子に座り、遺った右手を取る。

 

「真琴、今までごめんね。私が馬鹿だった、間違ってた。こんな事になってから、気付くなんて余っ程だね。でも、安心してほしいの。もう大丈夫だから、絶対に真琴を守る。もう二度と離したりしないから。待ってるね」

 

 手を離し、気付くと涙が頬を伝っている。それを拭い、部屋を出る。

 

「ありがとう、千冬」

「……真っ当に立ち直った訳じゃなさそうだな」

「何が?もう大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

「今のお前は昔の私と同じだ。何かの為に自分自身すら犠牲に出来る。もう一度考え直せ、でなければ死ぬぞ」

「大丈夫だって、千冬。私はもう大丈夫だから」

「龍華……」

 

 千冬に背を向けて、八雲夫妻の所へ行こうとして、崩れ落ちる。それを間一髪で千冬が支えてくれる。

 

「あ……れ……?」

「当たり前だ馬鹿!2日も何も食べてないんだぞ!」

「あ、はは……そんなに経ってたんだ、早いね」

 

 引き摺られて、近くのソファーに座らされる。なにか買ってくると言って千冬が駆けていくのを見送り、暫くぼーっとしていたが、翔太郎さんが通りかかる。

 

「龍華くん!?ここで何を……大丈夫かい?」

「翔太郎さん……大丈夫、大丈夫です。ようやく食欲が出たんですけど、動けなくて……千冬に買いに行ってもらってるんです」

「そうか……良かった」

「それと、翔太郎さん。私、重工を継ぎます」

「な……いや、そうか……だが、君はまだ若い。今から継ぐのはまだ控えても」

「駄目なんです。それじゃ……それじゃあ遅すぎる」

「遅すぎる?」

「私は、両親に重工を託されています。それを継がなければ、私が、私が……」

「龍華くん、駄目だ。一度考え直した方が良い。今の君には精神的な負担が大きい。落ち着いて判断ができるときまで待った方がいい」

「それじゃあ遅すぎるんです!」

 

 一瞬、翔太郎さんが仰け反る。そこに千冬がやって来て、私に買ってきてくれたものを渡してくる。

 

「……ごめんなさい、ですがこれは譲れません」

「分かった。私も協力する」

 

 去っていく翔太郎さんの背中を見ながら、袋を開ける。

 

「何を話していた?」

「重工を継ぐ。両親の遺したものは私が全て継ぐ」

「……そう、か。お前も大変だな」

 

 それから、数日して両親の遺体と真琴を日本へ移して、私も日本へ帰国した。そして、私は正式に神峰重工を継ぐことになった。

 

「おはよう、皆。新社長の就任式という訳で集まってもらったけど、恐らくは困惑していると思う。若すぎる、早すぎる、代々継いでるとはいえ、家族経営の極みだと思っているかもしれない。だけど、安心してほしい。私は既に覚悟を決めてこの役職を継いでいる。皆にも覚悟を持ってほしい。世界の最先端を行く、神峰重工の社員であるという覚悟を。重要な情報があれば、テロリストが狙ってくる程の企業に勤め、自分達が何を成すのかをもう一度確認してほしい。それが私からのお願いだ。これで、就任の挨拶を終わる。今日はありがとう」

 

 大丈夫、大丈夫。私はお父さんのように上手くやっていくさ。重工も継いで、後は真琴が起きるのを待つだけだ。大丈夫、絶対に起きてくる。大丈夫、私は上手くやれる。大丈夫、私なら出来る。何が何でも、やってやる。

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