1.先生
6月6日。天気は快晴。
透き通るような青空と木々を靡かせ通り抜けていく心地の良い風。
なんでもない平凡な日常の中。
それは偶然か必然か、僕は彼女に出会った。
美人か否かで言えば美人であると肯定され、しかし美女か否かと問われれば少し疑問が残る程度の幼さを残した顔立ち。
道端を歩けば10人中10人が振り返るとは言わずとも、よくよく見れば魅力的だと気づくその女性は、しかし仕事終わりのサラリーマンが如く疲れ果てたオーラを放ちその魅力を打ち消していた。
ベンチの傍には飲みかけのコーヒーの缶。髪の隙間から覗く薄っすらと隈のできた目元。
暑すぎもせず、寒すぎもせず。優しく僕らを照らす太陽とは対照的にどんよりとした雰囲気を周囲に漂わせるそのスーツ姿の女性。
興味は湧き立てられ、僕は気づけば彼女に声をかけていた。
「となり、座ってもいいかな?」
それが僕と彼女の初めての出会いだった。
あ、ああ、あー
んん?これでいいのかな?
こういうのは初めてだから、どういうふうに始めた方がいいのかはわからないけど、やっぱり自己紹介は必要だよね。
えーっと、初めまして読者諸君、でいいのかな?
僕の名前は戦華ヒバナ。
先に断っておくけど、てんせーしゃ?とか、そういうのじゃないよ。
ただの一般生徒。ピッチピチな17歳の美少女JKさ。
さてさて、自分語りはこの辺にして、そろそろ本題に入ろうか。
まず初めに言ったように、僕がこういった記録を取ることはこれが初めてなんだ。
なにせ僕のような平凡な一生徒の日常を描いたって面白くはないだろう?だから記録を取るとしたら何か特別な、面白いことがあった時だけ。
そ。つまりはそういうこと。そのくらい特別なことが今僕の身に起こっているのさ。
それは何かというと───
(ピコン)
「…ヒバナ、さっきから携帯がなってるよ。」
「ん?ああ、ヒナちゃんごめんね。うるさかったよね」
「そうじゃなくて、友達じゃないの?」
「いんや。宣伝メールだよ。最近うるさいからね」
──嘘である。
怪訝そうな顔でこちらを見つめる友人を置いて、未だ通知を吐き出し続ける携帯をマナーモードにする。
しかしほんの一瞬、見えてしまった通知の内容。
「…勘弁してくれないかな」
小声で愚痴るのも仕方がないだろう。
何せその通知のほとんど…いや、全てが同一人物から送られてきたモモトークのメッセージなら、誰だって辟易するはずだ。さらに言うならばその内容もほとんど同じものなら尚更だろう。
会いたい。
寂しい。
貴方がいないと不安。
次はいつ会える?
そんなメンヘラチックなメッセージが軍隊をなしてやってきているのだ。恐ろしさすら感じるほどにね。いつか僕は背中からナイフで刺されるのかもしれない。
ため息一つ。
さてさて、皆さんも気になってるだろうメッセージの主。一体こんな激重な連投を繰り返すお馬鹿さんはどこの誰なのか。
なぜかはみ出た横乳で皮膚呼吸をする行政官殿か。
褐色銀髪な好きな人は好きそうな切込隊長殿か。
それともよくよくみるとスカートの上からおへそらしき陰影が確認できる真面目ちゃんか。
それとも僕と交流のあるその他の生徒たち?
ぶっぶー。全部不正解。もしそうだったら事はもっと簡単だっただろう。
「あ、いたいた!」
…答え合わせの時間だ。
こちらに向かって手を振りながら走ってくるスーツ姿の女性。ネクタイをピチッと締め、首からカードホルダーを下げるというサラリーマン風な格好。
普段滅多なことでは動じないヒナちゃん委員長が僕の横で目を見開いている。それもそのはず。彼女はただの生徒じゃない。否。そもそも生徒ではない。
キヴォトスでは珍しい僕たち生徒と同じ姿で、しかしヘイローを持つことはない立派な
彼女こそ、今最も世間の注目を集めていると言える人物。
「先生!?!?」
“先生”その人なのだから。
最近のことだと、廃校も同然のアビドスを悪質な借金取りから救ったなどと言う壮大なことから、友達との関係に悩む生徒の相談に乗ってあげたなどという些細なことまで。
横乳行政官殿の暴走時や、先述したアビドスの件で間接的にではあるが関わりがあった僕も直接出会ったのは“あの日”が初めて。
それまでは僕も、きっと今ほとんどの生徒たちが思い描いているであろうものと同じ人物像を先生に対して持っていた。多少の懐疑心はあったものの、キヴォトスには珍しい立派な“大人”なのだろうと言う勝手で一方的な信頼。
だがまさか、それがこんな形で裏切られるとは思っていなかった。
「先生、なんでここに?」
「シャーレの仕事で近くに来ててね。終わったからちょっと顔を見せにこようと思って」
「そ、そっか。じゃ、じゃあお茶を用意…」
「ごめんね。このあとすぐ別の用事があるから…」
「そう…」
しょんぼりするヒナちゃんも可愛いね。
そう僕が現実逃避気味に遠い目でその光景を眺めていると彼女、否、先生はツカツカとこちらに近づいてきて、僕の顔をじっと眺めだす。真っ黒な感情を感じさせない無機質な瞳で、しかしどこか湿度を感じさせる視線で。ジィッと上目遣いでこちらを見つめてくるのだ。その間約2秒。文字に書き出せば短く感じられるだろうが、その僅かな時間は僕自身の体感ではそれ以上に感じられた。
夏に入り始めたからか、はたまた別の要因か。背中が汗で少し気持ち悪かった。
「じゃあ、
気づいた時には先生は僕たちから離れたところに立っており、来た時同様に手を振って去っていくところだった。
緊張の糸が切れる。
僕はヒナちゃんにバレないよう、しかし思いっきり息を吐き出した。
「…今日の先生、どうしたんだろう」
「んー?僕にはいつも通りに見えたけど」
嘘である。得体の知れない緊張感に支配されて気づく余裕もなかった。
「まあ、先生ともっと話せなかったのは残念だったね」
「…そんなに、わかりやすかった?」
「うん。めっちゃ出てたよ。羽に」
慌てて自分の羽を押さえるちゃんヒナ委員長。そのお顔は真っ赤っかである。
「…そういうヒバナはどうなの?」
「別にー?関わったことがあると言っても事務的なことだけだしね。あ、顔はいいと思ってるよ?」
「…ヒバナ。これも追加でやっておいて」
「ちょっと!?パワハラだよそれ!?」
どっさりと追加で渡される書類の山。
僕以上に仕事をしているヒナちゃんに向かって「横暴だー」などと冗談めかして言っていると、再び携帯のバイブ音。マナーモードにしてもバイブは切っていなかったことに今気づく。
気が滅入るほどの書類の山は横乳行政官殿に回してやろうと考えながら携帯を開く。いい加減返信してあげないと可哀想だというほんの少しの罪悪感と、その他多数を占める仕事中だからやめてくれという苦情を伝えるために。
そして僕はすぐに、少しでも反撃してやろうと思った自分を呪いたくなるのだった。
『どうして無視するの?どうして話しかけてくれなかったの?ヒバナちゃんは私の味方でいてくれるって言ったよね?』
そんな感じのメッセージが追加で20件弱。どれも長文である。
僕は天を仰いだ。
メンヘラメールの主ことみんなの頼れる大人、先生。
嗚呼、どうして僕はあの日彼女に話しかけてしまったのだろうと深く後悔するのだった。
戦華ヒバナ
ゲヘナ学園3年生
風紀委員副委員長などという行政官殿と双璧をなすゲヘナNo.2という立派なポストに就いており、ヒナ委員長のことをちゃん付けする自称平凡な一般生徒。少しキザな所がたまに傷。噂では少し危険な思想を持っているようだが、基本は誰にでも優しくゲヘナでは珍しい常識人のように見える。ファンクラブがあるらしい。
先生との接点もありストーリーにも登場するが、未だプレイアブル化はされていない。