私にとって戦華ヒバナという人物は、かけがえのない友達で、私の隣に立ってくれる人で、私を私として見てくれて、ありのままの私を認めてくれた人。貴方の隣にいる時だけ、私の心は落ち着けた。
貴方はいつだって私の隣に立ってくれて、いつしか私はそれが当たり前だと思っていた。
──私は一番じゃない。ただの代用品に過ぎないって心のどこかで気づいていたはずなのに──
「やあヒナちゃん。久しぶり」
「……」
いつも通りのシャーレの執務室。今日は珍しく時間の取れたらしきヒナちゃんが先生の代わりに僕の監視役としてやってきた。あの先生だっていつも僕と一緒にいるわけじゃない。特に、今日みたいにトリニティへの仕事などという──僕を連れて行ったら絶対まずいことになると分かっているほどには、あのバカも理性が働くらしい。
だが僕は仮にも罪人。そんな僕を一人にするわけにもいかず、いつもはユウカさんなどの監視役が付くのだが、今日はそれがヒナちゃんだったというわけだ。
ちなみに先生はヒナちゃんがきた瞬間、枕にして寝ていたぼくの膝から抜け出し身なりを正し、髪も整え顔もしゃんとして「じゃあ、ヒナちゃんよろしくね」などと言って出ていった。その間扉が開き切る僅か1秒にも満たず。あまりにも一瞬のことで、かろうじて僕が目にとらえられたくらいの速さ。意地でも僕以外に先生以外の自分を見せないっていう責任感が見て取れた。僕の前でも普段からそうして欲しいものだ。
「……」
「……?」
しかし、おかしい。話が始まらない。一緒に仕事を始めてはや30分。一言も発さないのだ。確かにヒナちゃんは無口だ。必要最低限しか口を開かず、話すよりも相手の話を聞くことを好むタイプだ。僕が風紀委員にいた時だって僕から話しかけることがほとんどだった。
けどこれは違う。書類仕事をしながらヒナちゃんにバレないようチラッと彼女の様子を伺えば……ほらまた。
チラリチラリとこちらを見てきてはすぐ逸らし、何か落ち着きのない様子。
あれはいつも通りの『話すことがないしこのままでいい』状態ではなく『話したいけどどう声をかけたらいいのかわからない』ような状態に見える。
となれば僕の方から声をかけるべきだ。彼女とはこれでも長い付き合いだし、彼女みたいな子の扱いには慣れている。
「んー…ヒナちゃん、ちょっと疲れちゃったし一緒に休憩しない?」
「……ダメよ。まだ書類が残ってる」
「いいってそんなの。先生にまかしちゃえばさ」
「…先生を過労死させる気?」
「かもね」
「……そう」
……慣れている、はずなのだ。だが、どうも話が続かない。ヒナちゃんが話したいって思っているというのは僕の勘違いか?
いや違う。アレを見てほしい。ヒナちゃんの頭上、頭頂部に生えたアホ毛。それが忙しなく動いているではないか。まさしくアレはヒナちゃんの精神の乱れを表しているに違いない。いつもだったら落ち着いてへにゃっているのを僕は知っている。
アホ毛の暴れ具合は扇風機の風が当たってるから?
それはそう。
とはいえ、先ほどのが冗談だとしてもヒナちゃんが落ち着かない様子なのは事実だろう。だが僕から話しかけても良い反応はもらえなかった。であればもう仕方がない。少し居心地が悪くはあるが、ヒナちゃんの方から話しかけてくれるのを待つしかあるまい。
「……ヒバナ」
よし来た!
「……今日、は…いい天気ね…?」
……ん?
「そうだね。雲のせいで太陽は見えないけど、この季節だ。曇りの方がかえって暮らしやすくいい天気と言えるのかもしれないね」
「え……あ…そうね」
「……」
「……」
微妙な空気が僕たち二人の間に流れる。
終わり?終わりなのかい?今ので?そう思って彼女を見つめると、目が合った瞬間に逸らすように伏せてしまう。
…僕、何かしたかい?
これが先生だったのならまだわかる。僕が捕まっていた時に散々『君のことが嫌いだ』って言っていたんだからそれで距離を取るのはまだわかる。と言うか距離を取るのが普通で、前以上に距離を詰めて…というか密着してくる先生がおかしいのだが。
だがヒナちゃんには先生に言ったようなことは言っていない。仕事の合間合間に訪問してくれた彼女に対して僕は前と変わらない友達としての接し方をしていたから。別にこれは演技でもなんでもなく、素だ。僕はヒナちゃんのことを別に嫌ってはいないし、むしろゲヘナの中ではトップクラスに好印象を抱いている。確かにその強さへの嫉妬とかがないとはいえないけれど、それだけだ。
ううん……やっぱ人と接すると言うのは難しいね。興味のない相手だったら適当にあしらうだけでいいのに、仲良くしたい相手には途端に難易度が跳ね上がる。僕はコミュ力が高い方だと思っていたのだけれど……もしかしたら比較対象*1が極端に低かっただけかもしれない。
「……はぁ」
「っ…」
何かいい案はないものか。ヒフミちゃんあたりならわかるかな?ペロロ様に狂っているやばい子だけど、害鳥どもの中で育ったとは思えないまともな人間だしね。ペロロ様が可愛いのはわかるけどね。あと少し普通という自称に首を傾げることはあってもまあ許容範囲内だ。ゲヘナの害獣どもの方がもっとやばい。
けれどあの子は今勉強で躓いたらしく補習授業部などと言う部活に入れられ自由に身動きが取れない状況らしい。可哀想だし、やり過ぎな気もするが……まあ、勉強は大切だ。僕も苦手で毎回赤点ギリギリを取ってしまっているけど最低限は取れている。テストどころか授業すら出席しない害獣どもと同列になるのは嫌だからね。
それに噂で聞いたのだけど、補習授業部はあのエデン条約に関わっているなんて話だ。害鳥どもの長の一人がエデン条約を妨害しようと目論む裏切り者候補を集めて監視しているらしい。そんな話を僕に甘えてくる某ダメ大人から聞いた。確かにあんな事*2があったのだから裏切り者を警戒するのもわからなくはない。
……身近なところに頼れる大人がいるじゃないかって?
数多の生徒たちと交流があり、人間関係による問題もたくさん解決してきた、僕が今抱えているような問題を相談するにはもってこいの大人が?
ふむ。そんな素晴らしい人がいるのなら是非とも紹介して欲しいものだね。少なくとも僕の周りには毎日毎日僕のような犯罪者に依存し甘えてくるダメ人間しかいないように見える。
全く…どうしたものかね。
「…ね、ねえヒバナ」
手詰まりだ。そう思っていた時に控えめな様子で、ようやくヒナちゃんが僕に話しかけてきた。よしきた大チャンスだ。これを逃す手はない。
「なんだいヒナちゃん。僕でよかったらなんでも話聞いちゃうよ」
「ありがとう……あの…あなたは、私のこと───
─────プルルルルル
ああ、なんてタイミングの悪い。
「……チッ」
「っ……」
ガチャリと少し乱暴にかかってきた電話を手に取った。
「はいもしもし。こちら連邦捜査部シャーレです。はい……はい………あーはいはい。わかりました。すぐ向かいますね」
電話越しに頼まれた依頼は不良に連れて行かれた友人の救出。こんなものヴァルキューレあたりに頼めと一蹴したいところだが仕方がない。先生にはどんな依頼でも怪しいものじゃなかったら引き受けろと言われている。後から小言を言われるのはごめんだ。さっさと害獣処理と行こうじゃないか。
「ごめんねヒナちゃん。少し野暮用が入った。さっさと片付けてくるから、後で話を聞かせてもらってもいいかな?」
「…うん。わかった。頑張ってね」
「この程度、頑張るまでもないさ」
依頼は一瞬で終わった。ダッシュで現場に駆けつけて、パパッと害獣どもに釘を打ちつけて、「もっと持ってんじゃねぇのか!?ほら!はねてみろ!」と典型的なカツアゲを受けていた依頼人の友達を助け出して依頼完了。あとはヴァルキューレに後始末を頼んで終了だ。
だけどシャーレに戻ったあと、結局ヒナちゃんは言いかけていた事を話してはくれなかった。業務が終わるまで口数は少ないまま。
はぁ……やっぱ友達ってのは難しいね。
空崎ヒナ
彼女は今まで友達と思いながらも心のどこかで不安と、諦めを抱いていた。自分は所詮空いた席を間に合わせで埋めるためでしかなく、所詮は“あの子”の代用品でしかないのじゃないか。自分はどこまで行っても真の意味で彼女の友達になることはできないんじゃないか。そんな不安はあの事件をきっかけに大きく、はっきりとしたものになる。暴露された彼女の本音。トリニティとゲヘナが大嫌いだと言う彼女。じゃあ、自分は?そんな疑問を今日も彼女は聞き出せなかった。嫌われていると言う事実を受け止めたくなかったから。認めたくなかったから。もし聞いてしまって彼女が自分の予想通りの回答をしたら……その先を考えたくなかったから。今日も彼女は一歩を踏み出せないまま足踏みをしている。
戦華ヒバナ
え?普通に友達だと思ってるけど?