「馬鹿な……この僕が、こんな…あり得ない…!」
わなわなと怒りに震える手を抑え、理性を保とうとする。
あり得ない。受け入れられない現実に怒りとも羞恥心とも形容し難い感情が溢れ出しては抑えきれず、必死にそれを否定しようと…これが夢か何かであり現実ではないのだと首を振るも、“ソレ”は無情にも現実を突きつけてくる。
「僕は…僕はゲヘナの風紀の象徴たるゲヘナ風紀委員副委員長だぞ…!?こんな…こんなことがあって良いはずがない…!」
必死に目の前の現実から逃れようとしてか、無意識のうちに一歩後ろに後ずさる。そして気づく。この僕が“こんな物”に恐れを抱いているのだと。さらに湧き出る形容し難い負の感情。
自分には不要な物だと、必要のない物だと切って捨てたにも関わらず、いざ対面すればこの程度僕の敵、否、障害にすらならないと舐めてかかったものに恐れ慄いている。
その事実が、あまりにも認め難い事実が巨大な怪物となって自分を押し潰そうとしている。
「あり、得ない……!!」
僕は膝から地面に崩れ落ちた。
そう。今日この時こそ。僕が───不良どもの恐怖の象徴として君臨していた元ゲヘナ風紀委員副委員長であり、現シャーレ所属“先生の懐刀”と不名誉ながらも確かにその実力を保証する二つ名を背負ったこの僕が、あまりにも圧倒的な大敗を喫した瞬間であった。
「………ただの定期テストだけどね?」
「ただの定期テストでも……!!」
───この僕が失態を晒したことには変わりない!
僕はそのまま頭を抱え地面にうずくまる。拍子に舞った一枚の紙には確かに『26』という鮮血に染まった字がその存在を憎たらしいほどに主張していた。
「クソ…!この僕を見下すな!!そんな目で、僕を見るな!!」
「あと8枚あるけど……」
「き、貴様…!そのような蛮行が許されると…!」
「はい」
「クソッタレの先公が…!これで勝ったと思うなよ…!」
先生がピラリとめくった数枚の紙に書かれた悲惨なほど低い真っ赤な文字。その一つ一つが僕を嘲笑っているように見えた。
「…多分、私の立場から言うべき言葉じゃないと思うんだけど……ヒバナちゃんはゲヘナ全体で見ればよく出来てる方だと思うよ?」
「纏めてんじゃねぇ!!」
「えぇ…?」
ゲヘナ全体で。そう、“ゲヘナ全体”。そのくくりに僕が入ってしまってはダメなのだ。生徒の大半を己が欲望のままに振る舞う“害獣”どもが占めるあの動物園での平均以上は、つまり一般的な“人間”の中での最低値。もしくはそれ以下かもしれない。
3歩歩けば少し前のことも忘れてしまう、だなんて馬鹿にされることもある鳥さんだが、中には鴉など人間並に知能の高い種類もいる。トリニティの害鳥どもはその類だ。
奴らは表向きには煌びやかなお嬢様学校というイメージを纏いながらも裏で隠れて陰湿なイジメを行う。外部にまで悪行が広まるほど堂々と身勝手な振る舞いをするゲヘナの馬鹿どもとは違って考える力があるという証。
知能が足りなければ
それではダメなのだ。
僕は人間だ。人に仇なす奴らを駆除する立場にあるべきなのに…!なのに…!!
「微分積分ってなんだよ!!素のままでいろよ!」
階差数列ってなんだよもっと単純な増え方しろよ!芳香族ってなんだよ反応全部覚えられねえよ!光の回析ってなんだよ!そもそもお前は波なのか粒子なのかどっちなんだよはっきりしろよ!
はぁ、はぁ……無理だ…僕には、この世界は難しすぎる…!
「銃火器の扱い方や物語の読み解きは出来てるんだけどね。……ちょっと意外かも。ほら…ヒバナちゃん人の心…」
「わかるけど???」
あんたが傷心してた時話聞いてやってたの誰だと思ってるんだ。君みたいな面倒なやつが近くにいれば自然とできるようになる。
それに銃火器は、別に僕拳銃とかSMGを一切使わないってわけじゃないしね。基本銃弾よりも僕が動いて殴った方が早いから、相手の動きを阻害する用のネイルガンとか対重装甲用の杭を使ってるだけで、めんどくさくなったら銃も普通に使う。
「くそっ…!どうすれば…!」
「…ふふふ。ヒバナちゃん。君の目の前に立っている人が何者か忘れたのかな?ふふ。ついに私の出番が…!」
「あ、先生はNGで」
「なんで!?」
「君に教わるくらいなら自決する」
君に教わるのは屈辱以外のなんでもないからな。
だが、このままじゃダメだ。たとえその資格がもうなかったとしても、あの子の親友として僕は人でなくてはならない。ただ己の力に慢心して馬鹿の一つ覚えで暴力を物事の解決方法として頼り切るばかりではダメなんだ。そのせいであの過ちがあったことを忘れたのか。
となれば自分で勉強するか…誰かに教えを乞うしかない。
自分で勉強…は、まあ難しい。まず自分一人じゃ不良どもの駆除や積み上げられた書類仕事に目が移ってしまい集中できない。なんで勉強中にまで仕事に忙殺される悪夢を見なければならないのか。
なら誰かに教えてもらう、だが…まあまず先生は除外して、第一に挙げるのならヒナちゃんか。昔、あの子に教えてもらえなかった時代わりに教えてもらっていたからね。
だが…今も昔と同じように教えてもらおう、というのは無理だろう。降りかかる風紀委員の仕事にゲヘナの害獣どもの鎮圧。今の彼女にはやることが多すぎる。その上で僕の勉強の世話をして貰うなんて申し訳なさすぎるからね。……というかなんであの忙しさであの子は点取れてるんだ?
第二に挙げるなら…アコちゃんかな?風紀委員の行政官を務めるだけあって頭がいい。ヒナちゃんほど親しかったってわけじゃないけど多分僕がお願いすれば文句を言いながらも教えてくれるだろう。横乳呼吸なんておかしな生態をしている彼女だけどいい子なんだ。
でも、彼女に頼るのも無しだ。理由はヒナちゃん同様。僕が抜けた分の皺寄せはおそらくあの子に行ってるからね。過労死しちゃう。
次にイオリちゃんとチナツちゃんだけど…あの子達も同じ理由でダメだ。
これでも僕は優秀だったからね。書類仕事から戦闘まで。切込隊長なイオリちゃんや救護係のチナツちゃんの仕事を奪っちゃうくらいには活躍していた。アコちゃんなんて、僕を『ヒナちゃんと同じくらい強くて頼りになるけど雑に扱ってもいい人』って考えて、とりあえず僕を突らせれば大体解決すると考えていた時期があったほどだ。流石に酷くない?
とまあ、そんな僕が抜けた穴は大きいわけで……ただでさえ迷惑をかけているあの子達にこれ以上頼るわけにはいかないのだ。
なら他に誰を頼ろうか。
そう考えて次に上がるのは万魔殿。風紀委員の次に交流があったのは、一緒に悪巧みをしていたあの子達だ。
だが…まずイブキちゃんは学年が違うから除外して、マコトちゃんは単におバカさんだから論外。いや生徒会長なんてやってるから勉強はできるのかもだけどあの子に教えて貰うイメージが湧かない。
そして最後にイロハちゃん。万魔殿の常識人枠なあの子だが……あの子はダメだ。あの子は人を堕落に誘う正真正銘怠惰の悪魔。あの子に頼ろうだなんて思ったら僕はダメ人間にされてしまう。
そうなればどうしようか。ヒフミちゃんは学園が違うからダメだし、最近忙しいとも聞いた。ゲヘナの不良ども?いや論外だろう。まず僕はその害獣どもと同類にならないよう勉強しようとしているのだから。
じゃあ他に誰に…誰に……あれ?詰んでないか?
「やっぱり私に頼るしかないんじゃないかな!」
「それは絶対にいやだ」
「そんなにいやなの!?」
「君に教えを乞うなんてトリニティの害鳥どもと仲良くしろって言われるのと同じくらいいやだ」
「じゃあ土下座するから!足だって舐めるから!」
「君の土下座なんて見たくもないし足はあんたが舐めたいだけだろ!!」
「先生ー?入るわよ…って、げっ!?副委員長!?」
わいわいぎゃーぎゃーと騒いでいたら執務室の扉が開き誰かが入ってきた。目を向ければそれは見覚えのある顔。赤髪に高そうなコートを羽織った、The・アウトローな格好をした生徒。
「君は……便利屋68の陸八魔アルか。何の用だい。また食い逃げでもしたというのなら今ここで罰を…」
「してないわよ!?そもそも何で挙げる例がそれなのよ!?そんなにしてないわよ!?それにアレは不可抗力で…!」
「してるじゃないか。…で?何の用だ」
「当番よ!?先生もなんとか言ってちょうだい!?」
「…本当かい?」
「うん。今日はアルちゃんに頼んだんだ」
振り向いて聞けばいつのまにかいつもの先生モードに戻った彼女が頷く。
「…ならいい」
「わかってもらえたようで良かったわ。ところでさっきは何を騒いで……あら?これは?」
「っ!み、見るな!」
陸八魔アルが床に落ちていた一枚の紙を拾い上げる。それはまさに先ほど僕が落としてしまった僕のテストの答案用紙。
「……えっと…」
「………」
「………次頑張ればいいじゃない!」
「く、殺せ…!」
なんたる屈辱。こんな、こんな害獣に同情の目で見られるなんて!あり得ない!この僕が、あってはならないことなのに!
「くそっ!そ、そういう君は何点なんだい!?まあ!?いつも不祥事ばかり起こしている君がいい点を取れるわけがないとは思うが!」
「えっと……76…」
「……は?」
「た、確かこの教科は76点だったはずよ…?」
「……」
その時、僕は膝から崩れ落ちた。
僕の中の大切な何かが音を立てて破れた気がした。
「……せ…」
「え?」
「…殺せ!僕に、生きている価値はない…!」
「えぇ!?」
もう、無理だ……こんなほぼ不登校で非公認のペーパーカンパニーを運営して問題ばかり起こしている問題児に、僕が負けるなんて!僕に生きている価値なんてないんだ…!
「そ、そんなことないわよ!ほら、いつも風紀委員で頑張ってたじゃない!貴方のおかげで助かってるって柴関の店長も言ってたわよ!それに今だって、こんなにも書類仕事をして立派じゃない!」
「なんでこんな奴に慰められなきゃいけないんだ……」
「せっかく慰めてあげたのにひどい言われようね!?!?」
僕は…弱い…!
己の弱さを噛み締め、涙をこぼす。あまりにも情けない。惨めな姿を僕は晒していた。陸八魔アルはそれを見てアワアワとどうするべきかもわからず戸惑っていた。
そんな混沌に包まれた中、妙に静かにしていた先生がようやく口を開く。何か閃いたような、そんな声色で。
「そうだ!アルちゃんに勉強教えて貰えばいいんじゃないかなヒバナちゃん!」
そんな爆弾発言を投下した。
「…は?」
「…へ?」
「ちょうどいいんじゃないかな?アルちゃん勉強できるし、時間もあるでしょ?今日は当番の仕事しなくていいから、ヒバナちゃんに勉強を教えてあげてほしいな」
「ま、待ってくれ先生!それはナシだ!」
「え〜でもヒバナちゃんアルちゃんがダメだってなったら、他に誰に教えて貰うの?先生はいやなんでしょ?」
「そ、それは……!」
「いないでしょ?ならしょうがないじゃん。アルちゃんは良い子だからきっとちゃんと教えてくれるよ。それに、ヒバナちゃんはアルちゃんに勉強教えてもらえるし、アルちゃんには先生からそのお礼として依頼料を払うからさ。これでWin-Winだね」
「く…だ、だが…!」
「それとも一人で勉強できるの?ヒバナちゃん」
「………っ!」
ドン!
床に拳を叩きつけると、そのまま頭もつけて絞り出すようにこう言った。
「…僕に…勉強を、教えてください…!よろしく…!お願いします…!!」
「……へ?」
きっと僕はこの屈辱を生涯忘れることはないだろう。
ちなみに陸八魔アル改めアルちゃんの教え方はわかりやすかったし、話してみればなんでアウトローなんかに憧れてしまったのかと疑問を抱くほどに普通の良い子だった。害獣扱いは改めようと思う。
あとリピートした。依頼料はもちろん自分で払った。
家庭教師陸八魔アル
ゲヘナにテストがあるかとか疑問はあるけど、一応学園なのであるということで。あとアルちゃんは根が真面目ちゃんなので学校は便利屋68でサボっててもテストがあったらちゃんと受けてそうということで。メガネアルちゃん好き。でもやっぱ今のアルちゃんのあの太ももとスリットの隙間は絶景。
???「お前のような木端は知らんだろうがな…僕たちは『足超』にアサインされている…僕らの立ち絵にも表れてるが、作者の性癖は太ももだ。いくら太くたっていいのよ………うぉ、それは流石に太すぎ」
ちなみにヒバナちゃんの得意科目は国語。苦手科目は数学と化学。
作者の得意科目も国語で苦手科目はそれ以外。ちなみに作者は理系である。