絶対にデレない敵役生徒   作:有機栽培茶

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2.先生の独白

 

  6月6日。天気は快晴。

 

 昨晩雨が降ったのか少し湿っぽい芝生とそれを縫うようにして進む蟻の軍勢。

 

 仕事に追われ、ようやくできた僅かな休息の時間。

 それは偶然か必然か、私は彼女に出会った。

 

 ベンチに座る私を見下ろす彼女は可愛いというよりもカッコいいと表現される部類の顔立ちで、ジーパンにTシャツというラフな格好と、ウルフカットに整えられた髪の間から伸びる2本のツノが太陽に照らされ美しく輝いていた。

 

 一瞬見惚れてしまうも、すぐに彼女の頭上に浮かぶ物体、ヘイローを見て姿勢を正す。

 

 自分は“先生”であり、相手は生徒。

 生徒相手にみっともない格好は見せられないと思ったから。

 

 でも少しそれは遅すぎたのかも知れない。

 

 

「あはは」

 

「となり、座ってもいいかな?」

 

 

 何か面白いものを見つけたかのように笑うと、彼女は私の横を指差してそう言った。

 

 

「あ、うん…いいよ」

 

 

 咄嗟のことに、頭に浮かんだ言葉がそのまま出力される。

 

 だがよくよく考えてみればその選択は間違いだったと気づく。

 着崩されお世辞にも整っているとは言えない服装に、寝起きそのままの、元気な寝癖が立ったままのだらしない状態。化粧もできておらずこれでは最近できた目元の隈も丸見えだ。

 

 これではあるべき“先生”の姿としてふさわしくない。

 

 

「あ、ご、ごめんね?邪魔だったよね。すぐ退くから…」

「えぇ?いやいや。構わないよ。僕も少し休んでいこうと思っただけだしね」

 

 

 しかしそれは叶わず、少し浮きかけた腰は再びベンチの上に戻されることとなった。

 

 落ち着かない。そわそわとする。

 一度気にしてしまったら次々と不安が湧き出てくる。

 

 風呂は入ったはずだが臭く無いだろうかなどというくだらない、しかし今の自分にとっては重要な問題が次々と浮かび上がってくるのだ。

 

 そんな決して居心地の良いとは言えない沈黙を破ったのは私ではなく、その生徒だった。

 

 

「うーん。今日はいい天気だね」

「え…そう、だね?」

「本当ならピクニックセットでも広げて優雅なお食事タイムとでも行きたいんだけど…ああ、うっかり。僕としたことが、どうやら忘れてしまったようだ」

「…そうなんだ?」

 

 

 演技じみた口調と動きに目を奪われる。

 まるで一流の役者のような動きをする彼女はそんな様子を眺めてボケーっとしていた私を少し見つめるとニコッと笑ってこう言った。

 

 

「だからさ。ほら、暇つぶしに何か話してくれないかい?」

「へ?」

 

 

 呆気に取られていたものだから、思わずおかしな声が出てしまう。

 

 まるで『物語に登場する主人公』を演じる役者が如き雰囲気を醸し出してきた彼女が一変、飲み会での上司の無茶振りのようなことを言い出すのだから無理もないだろう。

 

 

「え、えーっと…」

「ほら、なにかないかい?」

「と、特にないかな?」

「いいや、あるはずだよ。僕にはわかる」

 

 

 少し頭を捻らせ考えていると彼女は顔をぐいっと近づかせ、その真っ赤な瞳でまっすぐこちらを覗き込んでくる。

 

 

「そうだな……ふむ…ご存知の通り多才で天才な僕だが、同じように趣味もたくさんある。そのうちの一つがみんなのお悩み解決さ。立場上そういうことが多々あってね。続けるうちに好きになっちゃった」

「それにさ、ほら。僕らはお互い出会ったばかりの赤の他人。他人同士だからこそ気軽に話せることもあるんじゃぁないのかい?」

 

「!」

 

 

 その言葉を聞いて私はようやく気づいた。

 

 名前すら知らない、出会って数分しか経っていないこの子はこの子なりに私を心配してくれているのだと。

 それに気づいた途端に、“先生”である自分が生徒である彼女に気を遣わせてしまったということへの恥じらいを覚えてしまう。

 

 そしてそれと同時に見ず知らずの私を心配してくれたこの子の優しさに、仕事で疲れ切っていたこともあり涙が溢れそうになる。

 

 嗚呼、言ってしまおう。

 

 そう思って口を開こうとするも、『私は先生である』という事実が口を閉じさせ……しかし、『この子なら話してもいいかも』という根拠のない信用が私の口を再度開かせた。

 

 今考えればおかしなことをしてしまったように思う。

 

 でも、多分その時の私は限界だったのだと思う。

 精神面でも肉体面でも。

 

 なんでもいいから何かに縋りたかったのだと思う。

 

 

「…じゃあ、聞いてくれる…?」

「もちろん。僕のピクニック代わりの暇つぶしに付き合っておくれ」

 

 

 それから私はぽつりぽつりと自らの“悩み”を話し始めることとなった。

 

 

「……えと…なんて呼べばいいかな」

「ん?ああ。便宜上、Hちゃんとでも呼んでおくれ」

「…じゃあ、Hちゃんはさ。目が覚めたら何も思い出せなくて、何も分からなくて、自分自身も何者かわからない…なんてことはある?」

「…記憶喪失、ってやつかい?」

 

 

 「へぇ?」と面白そうに口元を緩める彼女に私はわからないと答える。

 

 

「わからない…わからないんだ。今の私になる以前の私はどこで生きて暮らしていたのかも。……私と同じ姿をした大人を見たことがないから、そもそも“以前の私”というものは存在するのかもわからない」

「ふーん…?」

「なのに、何もわからないのに、『みんな(生徒)を助けないと、守らないと』っていう得体の知れない義務感が湧いて出てくるんだ」

 

 

「理想の大人であれ」

 

「生徒を助けろ」

 

「キヴォトスを救え」

 

 

「訳がわからない。自分が何者かさえもわからないのに。自分じゃない誰かが私にそうしろと命令するように。私はそれに従わなければならないという強迫観念のようなものを感じて。自分が自分でなくなるようで。そもそも“私”は存在するのかなんて考えちゃって…」

 

 

 ──全てが恐ろしくて仕方がない。

 

 

 本当に“私”は存在するのか。私の行動は自分自身が決めた意思なのか。そもそも私は一体何者なのか。

 

 本当の私はこんな高尚な人間ではないかもしれない。

 もっと臆病で、理想とは程遠い人間かも知れない。

 最も身近にあるはずの自分自身がわからない。

 

 それなのに増え続ける生徒たちからの期待の眼差し。

 完成されていくハリボテの理想像(先生)

 

 それが、あれが、これが、全てが怖くて気持ち悪くて不安で、それなのに『生徒を助けなきゃ』『大人としての役割を果たさないと』『みんなの理想像を守らないきゃ』などと考えてしまう。

 

 みんなの期待に応えないといけない。

 得体の知れない義務感に応えないといけない。

 

 私は、全てに応えなければ─────

 

 

「なるほどね」

「…ふぇ?」

 

 

 それは突然だった。

 

 少女のその声がしたかと思えば、優しく体を抱き寄せられる感感がして、涙で歪んでいた視界が一気に暗くなる。

 唯一わかるのは顔に当たる何かしらの柔らかい感触のみ。

 

 

「ふふふ。なかなか難儀な悩みを抱えているみたいだね」

「あ、え、Hちゃん…?」

「まあまあ、落ち着いて、聞いて」

 

 

 優しい口調で、何か諭すような言い方で私に話しかけてくる。

 

 頭を動かし、見上げた彼女の顔は優しげにこちらを見つめていた。

 どうやら私は彼女に抱きしめられ、頭を撫でられているようだ。普段の私なら先述したような思いに駆られ、すぐさま彼女から離れていただろうが、なぜか不思議と彼女の一挙手一投足に心が惹かれ安心感を覚えてしまっている。今すぐ離れないといけないとわかっていても体が動かない。

 

 

「うん。いい子だね」

「……」

「そうだなぁ…うん、便宜上君のことをTちゃんと呼ぶけど…Tちゃんの悩みは、多分、私が答えを教えてあげられるようなものではないと思うんだ。これは君自身の、君にしかわからない問題であるから」

「……」

「けれど、それを君が見つけられるよう。もしくは君がその悩みに潰されないように手助けをしてあげることはできるかも知れない」

 

 

 ぽやっと不思議な感覚に陥りながら、なぜか彼女の言葉はスラスラと頭の中に入っていく。

 

 

「君は、“本当の自分”っていうのはなんだと思う?別に難しいことを聞いている訳じゃない。その人自身の、ありのままの自分がなんなのかって話だ」

「……わかん、ない」

「そっか……僕はね。それは時折見せる人の弱さだと思っている。どんな人だって、みんな仮面を被っている。それは地位だったり立場だったりプライドだったり。理想の自分という仮面を被っている」

「……」

「でもね、時折それが剥がれることがあるんだ。誰だってそんな重い仮面をずっとつけていることはできないからね。追い詰められたり、精神的に限界だったり、はたまた日常的なふとした場面で。何かしらのきっかけでそれが露見してしまう」

「……」

「その露見した“弱さ”。僕はそれこそが“本当のその人”だと思っている」

 

 

 ───つまりね?

 

 

「ぁう!?」

 

 

 一層笑みを深めたかと思えば、おでこに痛み。デコピンをされた。

 

 

「今こうして僕に助けを求め、そして情けなく僕の胸に顔を埋めて泣いていた今の君こそ、本当のTちゃんだと、僕は思っているよ」

 

 

 「ま、あくまで自論だけどね。」と締め括った彼女は私を抱きしめていた手を離してしまう。

 それに名残惜しさを感じでしまうのはおかしいことだろうか。

 

 

「どうだい?僕の胸を堪能した今の気分は」

「…え!?あ、そ、その…ごめん…」

「ぷ、あははは。いいんだよ。面白い話を聞かせてもらったお礼さ。それに僕の自論通りに考えるのなら、今の君はその“義務感”という仮面を外してしまうほど限界だった、と考えることもできる。ならそれをこうやって発散しないと君は潰れてしまうだろう?」

 

 

 大丈夫?おっぱいもむ?というやつだ、と軽口を叩きながら彼女はベンチから立ち上がった。

 嗚呼、行ってしまう。行かないで欲しい。彼女と出会った数分前とはまるで違った思いを抱いて手を伸ばし……止めた。

 あくまでこれは暇つぶし。彼女は私に付き合ってくれただけなのだから私がそれを引き止めるのは無粋というもの。

 

 

「あ……そ、その…ありが───

 

「はい。僕のモモトークの番号」

「…え?」

「もし君がまた限界になって、僕に甘えたいよ〜ってなったら掛けてくるといい。でもあくまで他人同士のままがいいというのなら、それはそのまま捨ててしまっても構わないよ。その場合、僕は次から君とは会ったことのない赤の他人として接しよう」

 

 

 「それじゃあね」と手を振りながら歩いていく彼女。

 私は彼女からもらった小さな紙切れを握りしめ、そして。

 

 

「あ、ありがとう!!!」

 

 

 彼女の背中にそう叫んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして私が彼女のモモトークにメッセージを()()()()()のはその数時間後だった。




ヒバナ「うわ、なんかめっちゃメッセージ来てるんだけど。スパム?」
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