「おいおい……確か君はトリニティの腐った部分代表みたいな性悪お姫様じゃぁないか!!!」
「……なんでここにゲヘナがいるのかなぁ?」
薄暗い墓地に合わないような真っ白なドレス風の制服と、トリニティ特有のパステルカラーなピンク色のロングヘアーが悪目立ちする。何度か会議で言葉を交えた程度だが僕はこいつのことをよぉーく覚えている。
一言で言えば性悪。トリニティ生の陰険で捻くれた性格を表すような人間だ。口を開けば僕たちを含むゲヘナへの悪口や癪に障る言葉の数々。ゲヘナへの悪口には同意するところはあるが、ムカつくやろうだ。どうやら僕と同じ裏切り者──コイツの場合裏切り度合いが桁違いだったようだが──ってのもムカつくな。
「それはこっちのセリフだよトリニティ。檻の中にいると聞いていたが、まさか賄賂でも渡したのかい?くくく、まさかそこまで腐っていたなんてなぁ!?」
「うんん、自力で出てきちゃった⭐︎」
「……自力で?」
「拳で⭐︎」
「こぶしで」
一瞬頭が空白になる。こぶし…拳で!?看守でもぶちのめしたのか!?いや檻の中だしまさか牢屋をぶち破って……いや流石にね。僕でもできない芸当だ。どちらにせよなんだこのお姫様。今までのイメージと違うキャラしてるぞ。僕らの先回りをしてカタコンベにいる点含めトリニティは予想以上に実力主義なのか?
「まあいいや。そこのゲヘナ風紀委員長の金魚のフンに用はないの。私が遭いたかったのはそっち」
「はぁ!?誰が金魚の糞だって!?」
「……」
「元気にしてた?私あなた達に会いたくってさ。だってほら……私たち、まだお話ししなきゃいけない事があるんじゃないかなって」
そう言って一歩踏み出す彼女に、凄んでいた僕も流石に違和感を感じる。威圧感?なんだこれは?いや、覚えがある。が、ありえない。いやいや、だって僕が、元風紀委員副委員長が、ありえないじゃないか。だって、ヒナちゃんぐらいだぞ?こんな───
「ね?」
──この僕が臆するなんて。
「私もこれまでそれなりに貴方達と行動してきたからさ。ここにくるってすぐに分かったよ」
あんな明るく呑気で場違いな存在が、この場においてもっとも“やばい”のだと僕の本能がアラートを鳴らしている。それもただただ力だけの問題じゃない。ただの怪力バカなら、何ら問題がなかった。問題はその精神性。目が据わっている。ああいうのが一番恐ろしいのだと、僕はヒナちゃんで知っている。むしろ、あの時の感情を押し潰したような無表情よりも、彼女のような無邪気に隠れた狂気の方がずっと恐ろしい。
あいつはあんな世間話をするようなノリで、一体内心何を考えているのか。想像もつかない。
「……戦華ヒバナ」
「っ!…なんだい?」
「先生が来るまで時間を稼ぐ。いけるか?」
「……はは。この状況で無理です、なんて言えるわけないじゃないか」
冷や汗が垂れる。僕は自分が好戦的、バトルジャンキーな自覚があったはずなのだが……不思議と気持ちは昂らなかった。むしろ得体の知れない何かを相手にしているようで、逆に冷えてしまうね。
「ねえねえ、私の話聞いてる?無視?無視って酷くない?これでも一緒にクーデター起こした仲なのに」
───それって……仲間外れじゃないの?
「ひ!?こっちに来ました!」
「散れ!正面から受けるな!」
言ってもなぁ!と僕は内心避けれる速さではないと愚痴りながら杭を構える。避けれる速さではない───が、受けれない速さではない。
「ああそうだな、同感だ。仲間外れは、よくないよなぁ!?」
僕も混ぜてくれよ!そう叫んで僕は杭を振り翳した。
「ごほ…っ!」
ふざけやがって……。血の滲む視界で僕は砂埃の中ただ1人立ち、スクワッドのミサキの胸ぐらをを掴んで持ち上げながら笑う天使、聖園ミカを見る。
ああくそ、怪力バカだとか言ったが、撤回しよう。
「……化け物か、テメェは…!」
「あはは。酷いなぁ。知ってるんだよ?私。貴方だってエデン条約で友達のこと裏切ってたんでしょ?ゲヘナらしいね!」
「はっ。僕ァ黙ってただけだ。テメェほどじゃぁないさ」
「……へぇ?」
ははっ!ゲヘナごときの戯言でキレてるんじゃねぇよお姫様!なぁーんて、煽れたら良いんだが、そうもいかないくらい余裕がなくなってきた。くっそ、足に力が入らない。ショットガンもネイルガンちょうど弾切れ。あーもう、だから弾が必要な武器は嫌いなんだ。
「まあいいや。それでサオリ?本当にこれでもう終わりなの?あの無口な子の代わりにこのゲヘナを入れたみたいだけど……本当にこれだけ?お飾りの人形だって今のあなたよりはうまく戦えるんじゃない?」
「……っ!」
サオリは諦めずミカに銃口を向け、引き金を引くが銃からはなるべき破裂音はせず、カチンと虚しく撃鉄が虚しく空をきる音がするのみ。
「ぐ、ぁっ……」
「ミサキ…!」
「へぇ……あなた達も仲間は大切なんだ?てっきり、任務のために一緒にいるだけだと思ってた」
グッと締め上げられ身を宙に持ち上げられるミサキ。それを見たサオリから悲鳴に近い叫び声が上がる。
……害獣のくせに、そんな顔してんじゃねぇよ。
「どんな人だって大事な存在っているよね。うんうん。私にもいたからわかるよ。あなたたちが殺そうとしたセイアちゃんのことなんだけどさ」
大切な人、ねぇ。
イラつくな。全く。本当に。腹の奥底がムカムカする。
全くもって、本当に。
『お金ならいくらでも渡します!それでも足りないのなら、持ってきます!だから、だから、だから、もう……殴らないで……!』
“俺”が守れなかった大切なもの。
“俺”の手が届かなかった、あと一歩で守れなかった大切なもの。
目の前で壊された大切な宝物。
───大切な友達。
「でも、全部無駄になっちゃった」
「ぐっ…!!」
「ミサキ!!!」
ああ、本当に……なんでテメェら害獣が、人様のモノを散々壊し、傷つけ、奪ってきた害獣が。なんでそんな顔をするんだ。なんで“それ”を語るんだ。てめぇらは、ただ嘲笑って、平気で弱者を甚振って、何でもかんでも奪って壊して傷つける、そんなクソ野郎だろうが。なぁ?そうなんだろ?そう、あってくれよ。なあ。トリニティ。それにアリウス。テメェらはそうあるべきだ。そうだろ?
「私の…大切なもの……ぜーんぶ、なくなっちゃったんだよ?」
じゃないと。
「だからさ、貴方達……特にサオリ。貴方達も私と同じ痛みを受けなきゃね。私が失った分だけ、あなた達も失ってよ。そうじゃないと──」
そうじゃないと。
「不公平でしょ?」
「……だからって他人のもの奪ったらテメェが悪者になっちまうんだよ」
「っ…!」
俺はあらん限りの力を振り絞って、ミサキに向けられた銃を蹴り上げ、そのままコイツを引き剥がす。
「うぅ……」
「ミサキ…っ!ヒバナ、なにを!?」
「……貴方にはわからないよ」
「はっ!わかるつもりもねぇよ。わかりたくもねぇ。テメェも、こいつらの気持ちも!わかりたくもねぇし、傷の舐め合いをするつもりもねぇ!」
「……」
「だがな……大切なもんを失った先人として、いや、生徒間の問題を解決するシャーレ部員として。他人を傷つけ、そしてテメェの友も傷つけるような行動は俺が止めさせてもらう」
「……先人って…知ったかぶって、偉そうにして…!」
「その通りだよヒバナちゃん!」
「!?」
「げ…」
カタコンベの後ろの通路から、聞き慣れた嫌な奴の声が無駄に大きく響く。くそ……聞かれたくないやつに聞かれたくない無駄にカッコつけたセリフを聞かれた。
「よく言ったよヒバナちゃん。ヒバナちゃんがそんなこと言うなんて…!」
「……別にいいだろ。僕は元風紀委員副委員長。正義側の人間だぞ。こんくらいカッコつけたセリフ吐いたって……やっぱなし!聞かなかったことにしてくれ!恥ずかしい!」
「うんうん。大丈夫!私はヒバナちゃんがちゃんとシャーレの部員として自覚してくれてることが嬉しいだけだから!あとは任せて!」
「だー!そっちもなし!!くそ!こいつの前では言わないようにしてたのに!」
暗闇の中から姿を表したのは案の定あのバカ。閃光弾の影響は治ったのか、なんかめちゃくちゃピンピンしてる。さっきまであんな内心ビクビクしてビビってたくせに今は無駄に自信に満ち溢れた…というか、めちゃくちゃ嬉しそうな、テンションアゲアゲな顔で出てきやがった。クソが。こりゃしばらく擦られ続けるな。だるい。
「先生!?」
「先生……」
「それで……ミカ、一体ここで何をしているの?」
が、一転。ミカに向き直るとしゃんとした締まった真面目な先生の顔に戻った。どんなテンションしてるんだこいつは。隠れて例のカードでも使ったんじゃないだろうな。
「えっと…私は、その……そ、それよりもどうして!?ね、ねぇ先生!?どうして先生がスクワッドと一緒にいるの…?こんなはずじゃ……ねぇ、どうしてこうなるの?よりによってこんな姿を…どうして…」
と、僕が先生の奇行に呆気を取られていたらあっちもあっちで変なことになっていた。なんだ?急にどうしたんだ…?あんな戸惑って、悲しそうに………あ?いや……はは。まさか、な?だってこんなバカに…なあ?
「?」
と思ってバカに目線を向ければ特に何もわかっていない様子。何をしてんだこの姫様にテメェはよ。
そう心の中で愚痴っていれば爆風と共に姫さんがいた後方の扉が吹き飛んだ。そしてその中からゾロゾロと湧いて出てくる雑兵の群れ。
ああくそ。キリがねぇ。ゴリラ姫様からの連戦はきつい。それに時間も押している。
「いたぞ!聖園ミカもいる!撃て!」
「ミカ!」
「ぐ……先生、時間がない。すぐ入らないと…」
「ミサキ……わかった。ミカはとにかくトリニティに戻って!後で説明するから!」
「走れ!時間がないぞ!」
「ちっ!僕が道を開く!ついてこい!」
唖然としているミカを置いて、僕たちは湧き出てくるアリウス兵の群れを切り開き、カタコンベの暗号の道へと突き進んだ。
「はぁ…はぁ……セーフ…」
「……まだ通路が閉じるまで猶予がある。追っ手が来る前に急がないと」
ようやくたどり着いたカタコンベ内部はより薄暗く、そして先ほどまでいた通路とは違い岩壁が剥き出しで整備もそこまでされていないようだった。それもそうか。放棄された施設で、利用する者も分校一つとなればこんなものだろう。だが、それを利用できるか否かはまた別の話だ。
「移動するぞ。先生、ここから先は道が複雑だから気をつけた方がいい」
「……」
「……先生?」
「……もう」
「?」
「もう、だめ」
そう、このダメ人間が利用できるか否か、がな。
はっきり言ってこの馬鹿でアホなもやしがここまで来れたことが奇跡に近い。よくついて来れたな、と褒めてやってもいいくらいには。
故に、ここから先。今までの通路より道も複雑で歩きにくく、さらに敵もより多く出てくるであろうこの先。先生の体力が持つかと言えば………否、だろうな。
「はぁ……僕が背負う。残弾数が心許ない中すまないが、いざという時は頼んだ」
「わかった」
「……」
「…?なんだよ。不思議そうに見て」
「い、いえ!その……私たちのことを信頼してくれるんだな、と」
「あ?悪いかよ」
「ひ、ひぃぃ!そうじゃなくてぇ……今まで、その…戦闘もほぼ貴方1人で片付けてくれましたし……先生だって、自分のそばにおいて……私たちを警戒しているように見えたので……」
「……お前、よく見てるんだな」
「そ、それほどでも……」
よいしょっという掛け声とともに先生を背負う。グェッという声が聞こえた気がするが、気にしない。
「別に、今でもお前たちを信頼したわけじゃないさ。あと僕1人でやったのは信頼してなかったってのもあるが、弾薬をそこまで必要としない僕がやった方が効率的ってだけだ」
「じゃ、じゃあなんで…」
「……別に。お前たちの戦闘技術を見て任せられると判断しただけだ。信頼じゃない。信用だ」
「ヒバナちゃんは君たちのことを信頼できるって思ったみたいだよ」
「出鱈目をいうんじゃねぇ」
「で、出鱈目じゃないよ……ほら、ヒバナちゃんホントに嫌いな人に『すまない』とか『頼んだ』とか言わないじゃん…」
「…黙っとけ」
「ぐぇ!?」
全くこのバカは……僕が害獣を信頼?んなわけないだろう。
「……あの、先生……もしかしてヒバナさんはツンデレというものなんじゃ……」
「そう…その通りだよヒヨリちゃん」
「聞こえてんぞ」
僕たちはカタコンベの奥へと足を進めた。