「……やっとか」
先行したヒヨリの安全を確かめる声を聞き、ハシゴの鉄棒を握りしめて力を込め体を持ち上げる。ギシリギシリと古く錆びた金属の軋む音を聴きながら、ついに僕らは月明かりを目にした。
暗く狭く、ジメジメとしたカタコンベともこれでお別れだ。
月明かりの照らし出すその建物は至る所に銃痕を作った古く、どうやら主を失ったらしい教会のような場所だった。
「ここがアリウス自治区か?随分と寂れているな」
「昔はそうだったけど、今はもう少し先にあるよ。といっても、どこもこんな感じだけどね」
「ふーん。まあ、静かな分ブラックマーケットよりはマシだな」
「……ここは訓練場でした」
「…訓練場?」
僕の背中に負われてたくせに妙にグッタリとした先生がヒヨリのつぶやきに返す。
「元は遺跡だったんだけど内戦が終わったあとは訓練場としても使われたの」
「内戦…?」
「十年くらい前にアリウスが二つに分かれておきた戦争。同年代の子達ならみんな知ってる」
「物騒な話だ。まあ
「そう、物騒な話。面白い話じゃないよ。任務とは無関係だし進んで話したくはないな」
「……そうかい」
確かアリウスはかつてのトリニティ内での分裂でできた学校なんだったか。エデン条約のあとに読んだ資料のどっかに載ってた。分裂に分裂を重ねてさらに戦争。あっちは煌びやかなお嬢様って雰囲気出してるくせに随分と血生臭い歴史と関係を持っているじゃないか。
「私……私、まだ覚えてます。アズサちゃんと初めて会った場所がここでしたよね」
「……」
アズサ?ああ、アイツか。トリニティに潜入してたっていう、あの時ヒフミと一緒にいた奴。
「どの訓練だったかな。射撃か、爆弾製作か……『大人』の命令に従わなかった子がひどく殴られて…」
「……」
「周囲はみんな見てるだけで、でもその子は何度も起き上がって大人を睨んでいました…」
「……強いな」
「このまま放っておいたらヘイローが壊されてしまいそうだったのに……私は怖くて動けなくて……そんな時サオリ姉さん…いえ、リーダーが走ってきて…」
「……思い出に浸るのは後にして。今は任務に集中するよ」
少し強めの口調でミサキが周りの景色を眺めながら思い出をなぞるように語るヒヨリを咎める。どうやら彼女にとってあまり語りたくないものではないらしい。少し気になりはするが、まあ無理に聞きはしない。今はそんな暇ないしな。
「それで…これからどうするの?」
「……」
「大人を連れてきたはいいけど、私たちだけでこの自治区と彼女……それに“あの時のアイツ”を相手にするなんて不可能だよ。どうやって姫を助けるの?」
「……」
「リーダー?」
ミサキがさっきから黙っていたサオリに問いかける。が、それに彼女は何も返事をせず無言のまま。サオリが無口なタイプな人間だってのは知っていたが、これは少し変だ。一旦先生を背から下ろしていた僕は彼女の様子を見ようと近づき──
「ちょ、おい!サオリ!?」
彼女が突然胸に倒れ込んできたのを支える。
「おいおいなんだ?そんなに僕の胸が触りたかったのか……って熱!?大丈夫かお前!?」
「…すごい熱。こんな状態になるまで我慢するなんて」
彼女の額に触れた手のひらから伝わる熱に思わず声を上げる。熱いってものじゃない。徹夜で先生が倒れた時もここまではならなかった。ここまで相当無理をしていたみたいだ。
確かにそういえば今晩は少し前まで雨が降っていた。雨水にさらされながらまともな休憩もできず追ってから逃げ、そのままここまできたとなれば当たり前か。
「……リーダーはもう4日近く休んでない。負傷してる上に睡眠不足と疲労……気力で我慢するのも限界だったんだと思う」
「ど、どうしましょう…」
「……おい、確か君なにか薬持ってなかったかい?」
「っあ!うん。カバンの外ポケットに……」
「……探せってか」
「ごめん、ちょっと私も疲れちゃって……ヒバナちゃんが激しくするから…」
「背負われてただけで何もしてねーだろうが!?」
「ジェットコースターみたいだったけど!?」
「それはすまない!」
ガサゴソと先生のカバンの外ポケットあさって見れば、あった。いくつかあるが……まあ、無難に解熱剤で大丈夫だろう。なぜか浣腸とかあるが絶対違う。
「……持ち歩いてるんだ」
「コンビニで売ってるからね」
「君はいっつもチョコバーを買ってきては無駄遣いするなと怒られていたな」
「へへへ…」
「ほら。これを飲ませてあげな。君がわたした方が彼女も安心する」
「…そうだね。ありがとう……リーダー。これ飲んで。楽になるよ」
ミサキがサオリの口に錠剤を含ませ、横に寝かす。
「……先生、ここで少し休まないか?」
「そうだね。ここで少し休もう。私も…限界……」
「寝ずの番は私が…?」
「交代でやるよ。ヒヨリも休まないと。先生は……もう寝てるか。ヒバナも寝て。不寝番は私が先にやるから」
「いや、僕がやろう。今この中で一番余裕があるのは僕だ。君らは先に寝ろ」
「……よく動けるね。先生を背負ってたし、一番動いてたと思ったけど」
「体力には自信があってね。もやしじゃ風紀委員は務まらない」
「じゃあ……ありがとう。先に寝させてもらうね」
「ん。任せておけ」
とうに寝たバカに上着を被せ、僕も柱に背中を預けて空を見上げる。敵に見つかるかもしれない関係上、光源はランタン型の懐中電灯飲みなお陰で夜空に輝く星空がよく見える。ここに来る前、僕がD.U.シラトリ区で見たものと同じ、美しい夜空だ。
トリニティでも、ゲヘナでもそうだった。僕が害獣と貶した奴らにも“大切な人”がいたように、奴らも同じ空の下で暮らしてる。
僕はバカだから、変にメルヘンなことは言えないし、だからと言って奴らのことを許したり害獣扱いをやめたりするわけじゃない。いかなる理由があろうと僕の友達を傷つけた理由にはならないからな。害獣は害獣。しっかりと奴らには罰を与える。そこは変わらない。
だが、なんというのか……言葉にし難い、そんな不思議な気分だ。
「……あ、あの……ヒバナ、さん?」
「ん?なんだ。寝ないのか?」
「少し、眠れなくて……あのっ!」
「大きい声を出すな。で?なんだ」
「あ…す、すみません……その……なんでヒバナさんは私たちを助けてくれるんですか…?」
どうやら眠れないらしいヒヨリがオドオドしながらそんなことを尋ねてきた。
「……言っただろ?今捕まってるっていうアツコ含め、君ら全員をシャーレで捕まえるためだ。君らはトリニティ及びゲヘナ。そして連邦生徒会の下部組織たるシャーレに手を出した。厳正なる方の元捌かれ罰を受けるべきだ」
「でも、それだけじゃ、ないですよね…?」
「……どうしてそう思った?」
「その…ほら、さっきも『大切なものを失った先人』って…」
「あー……そうだな。そんなことも言ったな」
少し後悔。あの時はタイムリミットへの焦りや、聖園ミカという強敵に合ったことへの昂り。そして何より害獣どもが害獣のくせに一丁前に人間らしいことを語っていたことへの苛立ちと戸惑い……そんな勢いから口走ったことだったが、失敗だったな。
「……僕にはさ。昔親友がいたんだよ。こんな粗暴な僕に優しくて気の合う親友が……それを、守れなかった上に、傷つけた。他ならぬ僕の手で。それだけだ」
「………」
「そうだ。眠れないんだろ?だったらさっきの思い出とやらを聞かせてよ。僕も話したんだから、暇つぶしにさ」
「あ……は、はい。少し長くなりますけど…わかりました」
「大変だったなぁ!!!安心しろぉ!?俺たちがお前らに普通の幸せを教えてやるからなぁ!?虚しいなんて言わせないからなぁ!?」
「み、みなさん起きちゃいますよ…」
僕はヒヨリから彼女達の過去について聞いた。そして泣いた。
ああ、僕が間違っていた。彼女達が害獣?とんでもない。彼女達にはそれ以外の道がなかったのだ。無くされてしまったのだ。確かに彼女達は罪人かもしれないが、救いようのない害獣などでは決してない。絶対にない。僕が保証する。
僕が、僕たちシャーレが絶対に彼女達をこの悪意によって作られた地獄から引き摺り出してやると強く決意した瞬間である。
「……もう起きてるよ」
「ごめんね。私も聞かせてもらってたよ」
「面白い話をしているな」
「り、リーダー!?」
調子が戻ったのか、抱きついて頭を撫でていた僕とされるがままのヒヨリの後ろからサオリが顔をのぞかせる。どうやら薬のおかげで熱は引いたらしい。とはいえ、無理は禁物だ。
「おいサオリ。熱が下がったとはいえ、あまり無理はするなよ。あくまで薬で下げている状態だ。完全に治ったわけじゃないからな。きつかったらすぐにいうんだぞ。絶対に無理はするなよ。いいな?」
「あ、ああ……どうしたんだ?」
「…さあ。変なものでも食べたんじゃない?」
「失礼な」
「でも、ヒバナのいうとおり今が正常なコンディションじゃないことを忘れないでね……それで?これからどうするの?」
「姫ちゃんを助けるんですよね?」
「ああ。アリウスのバシリカに向かい、姫を救出する。最初の目標はそれだけだ」
ミサキとヒヨリの問いにサオリはハキハキとした声でこたえる。だが帰ってくる2人の反応はあまり良いものではなかった。
「……バシリカにはどうやって進入するつもり?既に私達が自治区に潜入してることは彼女も知っているよ。それに……アイツもいる。よっぽどの策がないと、彼女やアリウスの部隊を欺けてもアレは……」
「“アイツ”って…?」
「……多分。先生やヒバナも知っているんじゃないかな。アレはアリウスの外でも有名だったって話だし……」
「なあ……そのアイツってよ───アレのことか?」
僕は杭を抜いて先生の前に立ちながら、月明かりの当たらない暗闇の中を指さす。正確には、その暗闇の中ただ一つ光赤い人魂のような光を。
「っ!皆、構えろ!」
コツ、コツ、コツ。と石畳を硬い靴底が叩く音と共に、その人魂の正体は月明かりの下に姿を表した。
黒いロングコートを羽織ったその下は黒光りする金属光沢。身長2mはあるだろうその巨体は生徒ではない、まさに僕の後ろで少し後退りしている大人と同じもの。この臆病ものとは違う、まさに本物の大人であり───指名手配もされている正真正銘の“悪い大人”。
「掃除屋…!」
先生の恐怖と怒りに満ちた声が響く。
──掃除屋。
その存在は僕も知っている。ブラックマーケットに掃除屋あり。そんな言葉が生まれるくらいには有名な都市伝説的存在だ。以来の達成率は脅威の100%であり、ブラックマーケットで起こる”殺人“の事件の9割方は奴が関わっているという噂もあるほどに怖られている最強の傭兵。
僕たち風紀委員もやつを追って、ヒナちゃんが一度交戦したらしいが逃げられ、ついぞ捕まえることはできなかった。
そんな奴がどうしてここに……。
『武器を下げろ。こちらに交戦の意思はない。ベアトリーチェ…マダムの目もここにはない』
「それを信じると思う…?」
『……久しいな
「…会ったことがあるのか?」
「昔ね……あいつに狙われた子がいてね。その時に……気をつけて。あいつは極悪非道なクソ野郎だ。子供を人質に取るようなゲス野郎」
『……酷いいいようだな』
「事実でしょ?それに…ゲマトリアだったなんてね。どうりで。納得だよ」
『誤解だ。ゲマトリアに入ったのは最近の話だ』
あの普段はビビリで温厚なこいつがここまでいうなんて、相当キレているな。
「だったらあの子は…
『さあな。私は既に彼女を解放した』
「嘘をつくな!あの子は家にも帰ってなかったしモモトークも返事は返ってこなかった!貴方が何かしたとしか思えない!」
『ならそうだな。
「ふざけるな…!」
今にも飛びかかりそうになる先生を抑えながら相手の様子をみる。話を聞く限り僕だって今すぐ飛び掛かりたいほどのクソ野郎だが、少しの疑問が引っかかる。伊江ノナカ……うーん…どこかで聞いたことがあるようなないような。まあ、今考えるようなことじゃないだろう。相手に集中しろ。奴はヒナちゃんから逃げられるような手練れだ。交戦の意思はないと言っているが不意打ちしてこないとも限らない。集中しろ。
『……その話はそのあたりにしよう。私がわざわざここにきた理由はそんな無駄話をするためじゃない』
「何を…!」
『私の目的は“物語の再現”。故に諸君がその軌跡をなぞれているか不安であったが杞憂だったようだ』
「……」
『だが、プログラミングで既存のモノに一つ変更点を書き加えると途端にバグが生まれ正常に動作しなくなるように……この物語にも、一つだけ異物が混ざっているな』
そう言って、奴が指を僕に向ける。それと同時に先程まで僕の後ろに隠れていた先生が僕を庇うようにして前に出た。
「っ!?お、おい!?」
「させない…!何をしようとしているのかわからないけど……ヒバナちゃんに手は出させない!」
『……随分と警戒されているらしい。まるで野良猫のようだ』
おいおい、君が僕を庇っても意味がないだろうと彼女を後ろに下がらせようとするが、頑なに動かない。両手を広げその小柄な体でどう守るのか、やつから僕の身を守ろうとしている。
『そう警戒するな。私はバグを問答無用で削除するようなことはしない……これは提案だ。ヒバナ、君は私と共にこい。そうすれば君をアリウス自治区からD.U.シラトリ区へと帰してやろう』
「は?そんなこと信じると……」
「……それをしてお前になんのメリットがある」
「ヒバナちゃん!?」
が、僕の前じゃそんな先生の抵抗など無駄。ぐいっとどかして前に出る。
『……先ほど言ったように、私の目的は物語の再現。そしてこの物語において貴方の出演は予定されていないものだ。故に、ここで退場してもらうのが良いと判断した』
「なるほどなぁ?だったら、ここでそうやって僕を油断させて連れて帰るふりをして、先生達に見つからないとこでこっそり処理した方が楽だもんな」
『否。それはない。掃除屋の名にかけて約束しよう』
「へーぇ?ならそうだな。その提案に──」
僕は引き止める先生を無視して一歩前に足を進め、そして───
「乗るわけないだろうばぁーか!」
───思いっきり中指を立てた。
「誰がお前のような犯罪者を信用するか!寝言は寝て言え。それに、こいつらを置いて逃げる?それこそあり得ない。論外だ。僕はそんなクズに成り下がるつもりは毛頭ない。僕はコイツらを助けると誓ったんだ」
『……………そう、か。いいだろう』
そういうと彼は片手をあげる。『ここで始末する』とでも続けるのかと僕たちは身構えるがそれは杞憂に終わった。
彼が指を振ると同時に彼の背後に出現した真っ黒な“穴”。不可解なその穴に彼は飲み込まれるように姿を消していった。
『……最後に忠告だ。Prayer……
赤く不気味に光る眼光と、その不気味な言葉を最後に、奴はその穴ごと暗闇の中に消え、後には静かな遺跡が残るだけであった。
「……なんだったんだあいつ」
1人だけジャンル違いのホラゲーから出てきたんじゃないかと、僕は体を小さく震わせたのだった。
伊江ノナカ。記録に残された生徒名簿にヒットする生徒はいなかったらしい。彼女が本当に実在する人物なのなら、きっとブラックマーケット出身なのか、なんらかの理由で退学処分を受けた生徒だろう。
また、とある元トリニティ生陰キャ引き篭もり傭兵兼ゲーマーのユーザー名が『伊江ノナカ』と偶然の一致をしているらしいが、そこに関係があるかは不明。
コモリ「もし実名使って足がついたら面倒だし偽名使ったろ」