『……ベアトリーチェ。そろそろ奴らがくる』
バシリカに差し込む月光によって作り出された幻想的な光景。その一点に広がった闇から姿を表した機械人形、掃除屋が、背を向ける貴婦人ベアトリーチェに話しかける。
その視線の先に目を映せば、柱に赤い血管のような蔓で固定された、まるで救世の為に贄となった神の子が如き哀れな少女の痛々しい姿。
そしてそんな貴婦人のそばに控えるはガスマスクを身につけ、威圧感のある大型の銃火器を二丁携えた長髪の幽霊──偉大なる聖女バルバラの
『…悪趣味だな』
「貴方の価値観に興味はありません」
『そうか』
端的でそっけない会話。背を向けたままその素顔を見せない貴婦人と、顔を歪めることすら叶わない機械人形。しかしその2人によって作り出された“間”は、その場の不穏な雰囲気を醸し出していた。
『儀式は』
「問題ありません。既に、彼女らの足掻きは無意味なものになりました。当然の帰結といえばそうですが」
『そうか……ならば、すでに幕引きを行っても問題はないな』
だがその間はすぐに崩されることなる。
掃除屋の全身を覆う黒いコート。その袖から一本のマチェットを取り出すと同時に地面を蹴り上げ、その間合いを瞬時に詰めた。
「────!」
だがその奇襲に、まるで初めから解っていたかの様に反応するのは聖女バルバラ。彼女は声にならない叫び声をあげながらその両手の巨大な銃身を彼に向けようとし、そして片方を彼の足蹴りによって吹き飛ばされた。
だが複製されども聖女は衰えぬ。半身に無視できない衝撃を受けながらも、もう一方の銃火器を鈍器のように扱い、振り下ろされかけた掃除屋のマチェットを吹き飛ばす。
大勢を大きく崩した聖女バルバラと武器を失った掃除屋。一瞬の攻防で逃した決着はすぐにはつかない。そう思われた。
だが───
「───ぁ゛…──…─…ぅ」
『……』
崩れ落ち灰となって消え去る聖女を最後にその勝負の終幕はすぐに訪れた。一発の銃声と、掃除屋の吹き飛ばされたマチェット、それを持っていた右手の肘から吐き出される硝煙と共に。
「…暗器ですか。いかにも下賎な傭兵らしい」
『“神秘破壊弾”、実践データのない兵器を用いることは不安であったが……
コートを脱ぎ捨て、彼の機械の体が明らかになると共に腕の仕込み銃がガションと動くとともに空薬莢が排莢され、地面を軽快な金属音と共に叩く。
「なんのつもり、と聞いておきましょうか」
『…わかっているだろう。それは私のセリフだと』
COLT FRONTIER SIX SHOOTER 44-40。通称ピースメーカーの真っ黒な銃口がベアトリーチェの背を捉える。
『…この儀式は計画にあった貴様は崇高へと…より正確に言えば色彩の力、その一片のみを利用して至るためへの儀式のはずだ。だが、
「……なんのことでしょう」
『答える気がないのならここで貴様には退場願う。あまり私を舐めない方がいい』
「……ふふ、舐めるな。そう、舐めるなときましたか」
不気味な笑い声と共に振り向いた彼女のその素顔は───
『───ッ!』
一瞬の思考の隙間。彼は即座に引き金を引こうとしたが、それは彼女にとって圧倒的な隙になり得た。たとえ一フレームの空白だったとしても、
地面を突き破り生えてきた真っ赤な血管を彷彿とさせる蔓に貫かれ、そのまま縛り上げられた掃除屋をその幾重もの眼球で見上げる彼女。勝敗は一瞬にして明白であった。
『黒服!計画は失敗!ベアトリーチェの処分を……くそっ!』
「繋がりませんよ。すでに彼らとのコンタクトを取る方法は潰しておきました」
『……貴様』
「そう、これは貴方にお伝えした儀式ではありません」
『……』
「これは色彩を呼び寄せ、その存在そのものを利用し私を崇高へと導くためのもの……そして色彩はすでに訪れ、私は直に崇高へと至る」
『貴様……それが何を意味するのか、理解しているのか…!?』
「ええ、ええ。十分理解していますとも。色彩。ゲマトリアの敵にしてキヴォトスの外部の存在にして神秘を──この世界をも書き換えうる存在。その一端のみを利用するつもりでしたが…こちらの方が確実で、何よりどこかの鼠が考える杜撰な罠にハマる必要もない」
『っ…!いつから気づいて…!?』
「あなたの言った言葉を、意趣返しとしてあえて使いましょうか」
────あまり大人を舐めないことです。
「…っ!これは…」
僕たちが聖徒会や掃除屋の呼び寄せたレギオンを切り抜け手たどり着いたバシリカ至聖所の無駄に大きな扉を開いた先でまず目にしたのは柱に磔にされるアツコと言う名の少女。そして彼女の前に佇む巨大な赤い木のような、否、花のような化け物。そして僕らも横に叩きつけられたように横たわる機械人形───先ほど戦ったばかりの掃除屋の姿。
『……来て、しまったか』
「掃除屋!?なんで貴方が…!?それにあの化け物は!?」
『……ジジ…逃げろ。私は、失敗した……アレは、ベアトリーチェは呼び寄せてしまった……すでに先生には、生徒会長が用意した人形である、所詮物語の中の存在である貴様には…どうすることもできない』
「どういう……まさかあれがベアトリーチェだって言うの!?」
──お待ちしておりましたよ。先生…私の敵対者よ。
赤い花はこちらを見下すようにそのいくつもの目を向ける。たったそれだけ。それだけの動作で僕らを酷く恐怖へと貶めた。足がガタガタと震える。こんなことは初めてだった。ブチギレモードのヒナちゃんを前にしても感じなかったほどの“恐怖”。
「ベア、トリーチェ……!」
震える声で、先生はその怪物を睨み返す。しかしそんな彼女をソレはまるで哀れで矮小な小動物が無意味な威嚇をするのを嘲笑うように声を漏らすだけ。
「ですが、遅かったですね。儀式はすでに進行しています。もはや私でさえも止めることはできないほどに」
「っ!」
「ロイヤルブラッドの神秘……それは所詮窓をこじ開け、かの存在との繋がりを作るためのきっかけにすぎません。本命はキヴォトスの外の存在。色彩の力を得て崇高へと至ること………そして既に色彩は到来し、儀式はほぼ完遂したと言っていいでしょう」
そう言ってヤツが指したバシリカの天井。それを視線でおった先で、初めて気づいた。割れたステンドガラスと、その空いた穴からのぞく
───目が、合った。
「っあ……」
「ヒバナちゃん!?」
足から崩れ落ちる。絶望、恐怖、傍観。人は、巨大で圧倒的な存在に出会った時、何もできないのだと。その無力感を噛み締めることとなった。僕も、アリウスの皆も、そして先生でさえも。その恐怖に足を動かすことすら叶わない。
そのはずだった。
「う、うわあああああああ!!」
叫び声。その声の主は意外にもヒヨリだった。彼女は恐怖に突き動かされるように。しかし同時にその恐怖を振り払い家族を助け出すと言う明確な意思を持ってそのライフルをベアトリーチェに向けてはなった。
そしてそれはミサキも、サオリも…そして先生も同じだった。
「──っ!みんな!いくよ!」
「ヤバそうだけど…やるしかないよね…」
「ああ……姫を、アツコを助けだそう」
先生はタブレットを、彼女たちは銃口を。それぞれ化け物に向け、立ち向かう意思を見せた。
────だが、既にこの物語はそんな勇気などで解決できるものではなくなってしまっていた。
「ひぇ!?」
「うわっ!?」
「ぐっ…!」
「みんな!?」
小蝿を振り払うが如く軽く振るわれた赤い蔓のようなやつの腕の動きでアリウスたちは吹き飛ばされ、そしてすぐにあのアツコのように絡め取られ、捕まってしまった。
「そんな……ぁ……っ!」
躊躇いは一瞬。絡め取られた皆への心配もそこそこに先生は“大人のカード”を抜き取った。彼女もまたこれまでの戦いを得て大人として、先生として成長していた。今自分が何をなすべきか。どうすべきなのか。正解への最適解を即座に導き出すことができていた。
だが、それも──彼女の切り札たる“大人のカード”も意味をなさなかった。
なぜなら既に彼女は物語の主役の座から引き摺り下ろされてしまっていたから───より正確に言えば、彼女と言う代用品が主役を務めることができた物語は、すでに書き換えられてしまったから。
「…なんでっ!?」
「愚かですね。既に答えはそこのガラクタが提示したでしょう?世界は書き換えられ、貴方は主役の座を下された……所詮物語内の存在であるあなたがいくらその身を捧げようと、異なる世界を書き換えるにたる奇跡にはなり得ません」
「…そん……な…」
「哀れですね。既にあなたは敵対者にも、道端に転がる石ころ程度の障害にもなり得ません」
コツン。手のひらサイズの、もはや何の意味すらなさなくなってしまったカードが地面に転げ落ちる。ソレを恐れながらも“いざという時に使えば場面をひっくり返してくれる”と、妄信的な信頼をおいていた彼女にはもう何もない。生徒を失い、カードすら失い、心すら砕かれた彼女はもはや何者でもない。糸を持ってくれる人がいなければ何もできない傀儡に過ぎなかった。
「さあそこでご覧ください。私が更なる高みへと昇詰める様を。そう、今まさに私が色彩によって崇高へと至る様を───…なんですか?」
ガキンッと、想像以上に固かったのか、どこからか放たれた銃弾がベアトリーチェの胴に命中し火花を散らす。
その弾丸の主は、ボロボロの体でショートを起こしながらも銃口を向け、引き金を引いた掃除屋……そして、捕えられ、絶体絶命でありながらも抵抗をやめなかったスクワッドのみんなだった。
『……ちっ。すでに…変質した神秘には、意味をなさないか…』
「無駄な足掻きを…まだ抵抗すると言うのですか?」
『ああ。たとえ、勝率が低かろうと、それが無に等しかろうと』
「──引けない時がある…!」
そして、先生もまた。
「協力して掃除屋!状況は、よくわからないけど利害は一致してるはず」
『…ああ。そうだな。その通りだ。何か策は?』
「ない!で、でもどうにかみんなを助けて態勢を立て直せば」
『そんなことをしている時間は、ない。だがもっと簡単な策はある』
「それは!?」
『秤アツコを殺す。色彩と世界の繋がりを保つ為の鍵である彼女を失えば全ては崩壊する。ヤツが本格的に色彩と接触しそれら全てを手に入れ崇高となったらもう止められない。やるなら今しか───』
「ダメだよ!そんなの!生徒を傷つけるのは私が許さない!」
『だったらどうするっていうんだ!?』
「───俺に、任せてくれ」
だったら、僕が立ち上がらないわけには行かないだろう。
「ヒバナちゃん!?」
恐怖などに屈するものか。アレがなんだと言うのか。ただ赤いだけの枯れ枝じゃないか。黒い星?だからなんだ。ただ力を与えるだけ与え、その行く末を本人は誰も手を出せないところから眺め嘲笑う。テメェのような臆病者を、なぜ恐れる必要がある。
──それに俺は恐怖如きで友を助けるのを諦めるほどの臆病ものじゃない。
『ま、まて!何をするつもりだ!』
「解決策がある!誰も傷つかずに全部解決できる方法が!」
これは賭けだ。だが、俺には絶対勝てるという確信があった。ヤツは……未だ僕を見つめるヤツは、俺を選ぶという確信が。
駆け抜ける。重く輝く、多くの聖者の遺灰を散らしてきたこの釘と共に。
駆けて駆けて駆けて───
「ベアトリーチェ!!!!」
「……鬱陶しいですね」
振り下ろした釘は──刺さることなく空を切った。
浮かび上がる体。脇腹を締め付ける赤い蔓が、僕を罠にかかったウサギのように吊り上げる。
「叫びながらただただ突進するだけ。考えなしにもほどがありますね。恐怖で気でも狂ってしまったのでしょうか。それとも元々狂うほどの頭すらなかったのか……まあいいでしょう。貴方は特別に贄として彼女と共に捧げて差し上げましょう」
「ぐっ……」
「ヒバ──
『ヒバナちゃん!!!』
「貴方の存在はずっと目障りでした。あの贋作に変わって…よりにもよってこのバシリカでくだらない希望や明日のことなどを語って。つくづく忌々しい。生徒は絶望し、虚しさの中ただ私たち大人に利用されればいいというのに」
「ヒバナ!」
「ヒ、ヒバナさん!?」
「ヒバナ…くっ」
「ですがそんな貴方にも私の役に立つチャンスを与えて差し上げましょう。さあ、感謝を────
「──ありがとうベアトリーチェ……俺の、思った通りに動いてくれて」
「──何を…?」
『───まさか』
天井にも届きうるベアトリーチェより高く、柱に縛り付けられたアツコよりも高く、僕らを見上げる先生達より遥かに高い。そして───僕を見つめる“ヤツ“に最も近い位置。
縛り付けられた俺は手に持った釘を───聖釘を、逆手に持ちあげ。
『…ダメだ』
「おい色彩とやら……テメェもこんな行き遅れババアよりも、ピッチピチの美少女JKの方がいいだろ?」
『やめろ──!』
───振り下ろした。
「俺自身を生贄として捧げてやる!俺自身はどうなったって構わない!だから今だけは!アイツらを助けることのできる全部を!崇高とやらも──全て!俺によこせ!───俺を、
────理解できぬ。
色彩。それはキヴォトスの外部から訪れる光。意思の疎通もできず、目的も不明で、ただ到来するだけの光。そう語られた存在は……言い方を変えればキヴォトスの外にあり、その物語を眼差し──そして改変するもの。つまり、私たち二次創作者と捉えることもできます。あくまでコレは一説にすぎません。ですが、それを真とするのなら。
この世界において。二次創作者という色彩によって歪められた世界における色彩とは何か。
この世界を、物語を眼差す者。それは、もう答えるまでもないのではないでしょうか。
繰り返しお礼を申し上げます。
アンケートのご協力。ありがとうございました。