「ヒーナちゃん。はい。渡された分の書類終わったよ」
「ん。ありがと……じゃあ、これ」
「うえぇ!?まだあるのかい!?」
「文句は万魔殿の連中に言って」
「はぁ…マコトちゃんさぁ…」
カリカリとただひたすらに紙にペンを走らせるだけの音が鳴り響く執務室。書いても書いても終わらない書類の山。むしろ増え続けている気すらするのは気のせいだろうか。これも全てそこかしらで問題を起こすゲヘナ生徒の問題児達の後始末と考えればやってられない。
美食研究会に便利屋68、そして温泉開発部などの部活に始まり、そこらのくだらない不良達など。そいつら全てが僕たち風紀委員の敵だ。なんなら同じくゲヘナを収める立場であるはずの万魔殿からも嫌がらせの如く追加の書類が送られてくるのでいつだって僕らは書類のプールに溺れることになる。
◯してやるぞ陸八魔アル……!!
「失礼します。ヒナ委員長、追加の書類です」
「ああ、アコ…そこに置いておいて」
「わかりました」
そう。これが僕たち風紀委員の変わり映えのないいつもの日常───
「っっっ!!!!!」
「うわっ!?ちょ、ちょっと!?ヒバナさん!急に台パンしないでください!」
「…いや、ごめん。少し取り乱した」
……ってたまるか。
こんなクソみたいな毎日が日常であってたまるか!!
僕はもっと楽しいことをしたいの!こんな室内で書類仕事だなんてごめん被りたい!!ああできることなら僕も風紀委員なんてさっさと辞めて好き勝手やりたい!!クソが!!!はぁ…はぁ……すまない。少し、ほんの少しだけ取り乱してしまった。
「……ごめんアコちゃん。ペンが折れちゃった。寿命だったのかな?代わりを持ってきてもらっていい?」
「またですか?この前も真っ二つにおりましたよね?はぁ……気をつけてくださいよ。待っててください。今持ってきます」
「ごめんねー?」
真っ二つに折れたベールペンを行政官殿に持っていってもらう。ああ、これでめでたく今月のボールペン破損数20本達成だ。
いくら安物とはいえ壊しすぎ?
仕方がない。それくらいストレスが溜まるのだから。
「……ヒバナ、いつもありがと」
んーーー???急にどうしたちゃんヒナ委員長。頑張ってる私へのご褒美か〜?
「ははは。急にどうしたんだい?デレ期か?」
「デレ期って何よ……いや、いつもめんどくさいって言いながらも私の仕事を手伝ってくれてるから」
「別にー?好きでやってるわけじゃないさ。副委員長だなんてたいそうな肩書を貰ったんだから、自分の仕事をやってるだけ」
「でもその副委員長だって、私が委員長になったからなってくれたんでしょ?」
「んー……あははー…」
「誤魔化さないで」
「まーあ?そんなこともあったかなー?」
今更ではあるが、僕とヒナ委員長は今のゲヘナ学園に入学する以前。つまり初等部(小学校)からの付き合いだったりするんだよね。まあいわゆる腐れ縁ってやつだ。
「…ふふ。昔はあんなにもヤンチャだったのに丸くなったものね」
「ちょっとぉ?僕の黒歴史掘り返すのはやめてくれないかい?」
「“白影”だったっけ」
「やめてくれないかなぁ!?まじで!」
「それが今じゃ風紀委員なんてね」
「それを言うならヒナちゃんだって……いや、ヒナちゃんは昔から真面目ちゃんだったね。つまんないの」
あー……あんま話したくはないけど、昔はこんな僕でもちゃんとゲヘナゲヘナしてたってわけ。流石に強盗とか虐めとかカツアゲとかはしてないけど、気に入らない奴がいたらボコったりしていたらいつの間にか変な二つ名までつけられてね……うん……しかもその頃はそれすらも気に入っていたものだから救えない……
なんなら、そんな二つ名を持っているくせに真面目ちゃんな昔のヒナちゃんに『悪いことしちゃダメだよ』ってボコられていたからね。
かっこつかねー……。
「でも……本当にいつもありがと」
「……どうしたのさ急に。変なの食べた?」
「文句ばっか言ってるのに何だかんだ風紀委員を続けてくれて」
「別にそれはヒナちゃんのためじゃなくて自分がやりたいからだし…」
「ずっと思ってたの。多分、ヒバナが居なかったら私はどこかで折れてたんじゃないかなって」
「ないない。ヒナちゃん強いもん」
「…ヒバナ、ちゃんと聞いて」
「はい」
まーでも真面目にヒナちゃんなら僕が居なくてもちゃんとやっていけそうだけどね。風紀委員長。ストレスマッハで胃に穴空いてそうだけど。現に僕は空きそうだし。
「……ちょっとこっちきて」
「え、え?待って?今のそんな気に触った?ごめんね?真面目な時にふざけちゃて。だから暴力ははんたーい…なんて…」
「ヒバナ」
「はい」
ヒナちゃんに呼ばれ、仕方なく席を立って彼女のもとに行く。
嫌だなー…ちゃんヒナのチョップ痛いんだよなぁ……頭が陥没するくらい…。
「ん……よしよし」
………ん?
「……え、えーっと?ヒナちゃん?これーは、どーいう…」
「いつものお礼。私のために頑張ってくれて、ありがとう」
「………」
「……ヒナちゃん本当に何か変なもの食べた?」
「……」
「いったぁ!?」
ちょ、チョップ…!!あ、頭が凹む…!!ゲヘナ最強のチョップは頭が陥没する…!!!!
「…そのいつも通りの態度に助かっていたりするんだけどね…」
「う、がぁ……な、何か言った…!?」
「なにも?」
「ほ、ほんとぉー?」
「またチョップして欲しい?」
「はい!ヒナ委員長は何も言っていません!」
僕は委員長に口答えすることなく素直に席につき、書類仕事を再開する。
いや怖いよヒナちゃん。ヒナちゃんチョップは岩をも砕きヒナちゃんパンチは戦車を吹き飛ばすんだからさ。むやみやたらに人に使っていい技じゃないんだよ?
まあ、そのあとは特に何事もなく書類を処理していく。ヒナちゃんもアレ以降喋らなくなってしまったし、僕も特に喋る話題がない。あるとしても先生の愚痴だが、それは先生へ一方的に好意を向けてなかなかそれを伝えることができていないヒナちゃんに溢すのは中々酷と言うものだろうしね。もしかしたら今度はヒナちゃんパンチを喰らうことになるかもしれない。そうなったら僕は今度こそあの世行きだ。
あー暇である。
いや、暇ではないのだけど、こう、同じ作業ばかりしていると飽きてくると言うもの。何か刺激が欲しくなってくる。
そんな時僕の視線はある一枚の書類に奪われることとなった。
それは先ほど行政官殿から渡された書類の山からはみ出た一枚。
そこにデカデカと書かれた名前に、僕は興味を持った。
「ふーん…?『エデン条約』、ねぇ?」
「っ!?」
その単語を口にした瞬間ヒナちゃんの顔色が変わる。
「長年険悪な関係にあったゲヘナとトリニティを結ぶ平和条約。なるほどねー。こりゃ重要な書類だ。アコちゃんも疲れていたのかな?これを僕に渡すなんて」
「ヒ、ヒバナ…それは…」
「ヒナちゃん、隠してたでしょ。これ」
そう言って僕はその書類をヒナちゃんに突きつける。ヒナちゃんに限って、副委員長の座についている僕にそんな重要な情報を伝え忘れるなんてことはありえない。そもそも彼女のミスがあったとしても、その話題が今までアコちゃんやその他の役員から僕に一切伝わってこなかったのはおかしい。
つまりこれは意図的だってこと。
ま、理由はなんとなくわかってるけどね。
「…ご、ごめんなさい。でも、ゲヘナでも特にトリニティを嫌悪しているヒバナはこれに納得しないと思って……でも、これは重要なことなの。辞めることはできない…」
「いや?別に僕はこれに関して反対なんてしないよ?」
「…え?」
わぁ。ヒナちゃんの呆けた顔。珍し。カメラ用意しとけばよかった。
「だってこれ、要はずうっと睨み合ってたトリニティと仲良くしましょうってことでしょ?いいじゃん。反対するわけないさ」
「…てっきりヒバナは反対すると思ってた……」
「いやいや。だってよくよく考えてみてよ。これが締結されれば今までゲヘナトリニティ間で起こってた問題の解決に労力を割かなくて良くなるんだよ?つまり無駄な仕事が一つ減るってこと。これを喜ばないわけがないじゃない」
「そうなの…?でも、今までヒバナはトリニティのこと…」
「確かに嫌いだったよ?何せ仕事を増やすクソどもだったからね。でもそれがなくなるんだったらどうでもいい。そんなトリニティだからーって恨むようなバカじゃないよ僕は。実際トリニティの友達いるしね」
「え、聞いてなかった………じゃ、じゃあヒバナもこれに賛同してくれるってことでいい…?」
「勿論。これからは僕もそれに協力するよ。遠慮なく頼ってくれて構わないさ。仕事を減らすためなら僕は協力を惜しまない」
「そっか……ふふ。ありがとう。そうだよね。ずっと一緒にいたのに、変に疑っちゃってごめん」
「全く。ほんとだよ。ひどいなぁ。ぷんぷん」
「ふふふ」
一瞬の緊張から一転、和やかな雰囲気に戻る。
ヒナちゃんは僕が『エデン条約』について知って反対すると思っていたんだろうけど、そんなことはない。むしろ
だがそんな和やかな雰囲気も長くは続かない。
「委員長!副委員長!!」
「お?どうしたー?」
黒髪おかっぱに軍服を着た女の子……あー…誰だっけ?確かリエちゃんだったっけ?ミハリちゃんだっけ?まあいいか。ゲヘナ風紀委員の一般生がドアを勢いよく開けて執務室に入ってきた。まあ、この様子じゃあ要件は十中八九厄介ごと。
「美食研究会が暴れています!」
ほーらな。
「美食ねー。まーたやってくれちゃって」
「…どうする?」
「僕が行くよ。書類仕事より体を動かす方が好きだからね。王様は玉座に座って僕の帰還を待っているといいさ」
「…いや。私も行くよ」
「おお?」
「私も体を動かしたい気分だったから……久しぶりに一緒にやろう」
「はは。久しぶりにヒバヒナコンビ結成かい?」
「それダサいからやめてって言った」
「ひどいなー。結構いけると思ったんだよ?」
「まあ、いいや」
「「さっさと終わらせよう」」
風紀委員の仕事は大変だ。
戦華ヒバナと空崎ヒナ
彼女たちは昔からの旧知の仲の様だ。
不良と優等生と言う関係ながらに仲が良く、今でもそれは続き、副委員長と委員長という互いに支え合うかけがえのない仲になっている様に見える。
空崎ヒナは戦華ヒバナのことを心を許せる唯一の友人と思っており、同様に戦華ヒバナも空崎ヒナのことを友人と想っているよう見える。
ゲヘナ最強と、それに次ぐ実力と噂される彼女たちのコンビは悪さをする不良たちにとって恐怖の対象以外の何者でもない。