敷地にある一番大きな建物に入ってすぐの階段を登ると、そこには一つだけ扉があった。
廊下と呼べるものも人ひとり立てる程度しかない。この時点で確認したいことが一つ増えたが、電は間髪入れずに目の前の扉をノックする。
「開いているから入ってくれ」
中からノックの返事が聞こえる。その声は意外にも若い男の声であった。
その声を聞いてから電はドアを開け、中には入っていくので、それに続いて入ってドアを閉める。
「失礼するのです。司令官、本日着任した方をお連れしたのです。」
電は海軍式の敬礼を行い、声を発する。その姿は洗練されており、更に違和感を覚える。
「ご苦労、買物帰りだったのに済まないね。」
司令官と呼ばれた男も返礼を行い、温和な笑みを浮かべつつ電を労う。その後に視線は彼女に向いた。
「ようこそ。私はこの鎮守府農場を管理する管理人兼、司令官をやっている。駆逐艦「満潮」、君の着任を歓迎しよう。」
司令官は彼女…満潮に対しても歓迎の言葉を発した。
「失礼だけど、いくつか質問してもいいかしら?」
満潮はぶち込まれた大量の情報を処理しきれないながらも、少しでも疑問を減らすために頭を抱えたくなる衝動を気合で抑えつつ言葉を紡ぐ。
「まあ、ここの性質上そうなるね。時間が許す限りは受け付けるよ。長くなるだろうしここから先はお互い座って話そうか。電、買ったものの整理が終わったらお茶を淹れて持ってきてくれるかな?」
司令官は満潮に応接スペースであろうテーブル席のソファを指して座るように促す。
電は「準備するのです」と応えてそのまま入った扉とは別の扉から部屋を出ていった。
満潮が座ると、司令官は口を開いた。
「質問を受け付ける前にここの基本的な事を話しておくよ。ここは知っての通り横須賀鎮守府の食糧供給拠点になっている。こんな設備がいる理由としてはまあ、一部ではあるが大食漢な子もいるのと、外から買い付けたのでは物量面や予算面の圧迫があるから。ということになっている。」
司令官が食糧供給拠点と言った辺りで満潮は俯いてしまう。そしてボソリと「やっぱり飛ばされちゃったのか」と呟いた。
「飛ばされた?なにか勘違いしてるようだね。君のような高練度の艦娘を左遷してる余裕はこの国には爪の先程もない。」
司令官は耳聡くその呟きに対して反論する。
満潮はそれを聞いて顔を上げる。
「先程までの話はみんなが知ってる大前提だよ。ここまでは表向きの話。ここから先が外では話せないこの鎮守府の本当の役割。そう、結論だけ言えばここは農場を隠れ蓑にした鎮守府なんだよ。海に直接介していないだけの変わった鎮守府。」
それを語る司令官の笑みは先程までの温和なものからイタズラが成功したようなニヤリとしたものにへんかしていた。
「ちょっと待ちなさい。海に面していないのにどうやって出撃する気よ。」
満潮はもう理由がわからなかった。
「その辺はおそらく説明するより見たほうが早いから、申し訳ないけどまずはここがそういうところだという認識でいてほしい。これを前提に質問してくれれば大体は答えられるよ。」
司令官はそんな満潮最大の疑問を脇に置いて別の質問を促す。
この様子では今すぐ答えてくれそうにはないと満潮は感じて満潮は一度諦めることにした。
「じゃあ、ここに入って一番最初に感じたことよ。階段を登ってきたけどその先にはこの部屋の扉しかない構造って一体どうなってるの?」
満潮は仕方ないので電に聞こうとしていた事を質問する。
「いい質問だね。この構造はこの鎮守府のとっておきそのものなんだよ。そしてさっきの質問の回答の一つでもある。」
「前置きはいいから単刀直入に答えを言いなさい。」
司令官の含みのある言い方に満潮はとうとう強い口調で答えを促す。
「うん、ようやく調子が戻ってきたようだ。っとすまない、簡単に言えばだね、この区画は飛行船の一部分になるんだよ。君たちを海まで輸送するための高速飛行船の操舵室がここになる。」
司令官の答えにポカンとした顔をする満潮。
正直どこの漫画の世界だと言いたくなる。
「ほら、実際を見ないからそうなるだろう?」
そんな顔をする満潮に司令官は苦笑気味に言葉を紡ぐ。
そんな時、ジリリリリ!と古めかしい電話の着信音が鳴り響いた。出どころは司令官の机の上のあるこれまた古めかしい黒電話からだった。