巨凶・範馬勇次郎は怒っていた。
いったい、何に対して────。
そんなモノは決まっている。己に比肩しうる存在であり好敵手として必ず候補に挙がっていたアメリカ最強の男に対して範馬勇次郎は嘗て無いほど。火山の噴火などと云う生易しい表現では例えられないほどに怒っているのだ。
「待っていたぞ、アンチェインッッッ」
「全く、いきなりだな」
どこか呆れたように溜め息を吐くオリバの足元には彼の監視と奉仕を兼ねていた選りすぐりのボディーガード達が無惨にも転がっている。皆、一様に首筋に赤みがかった痣が出来ている。
しかし、それ以外に目立った外傷はない。たった一撃でボディーガードは昏倒しているのだ。当然と言えば当然の結果であることは事実だが、オリバにとってボディーガードの不在というのはとてつもなく面倒な事でしかない。
やれやれ。と、オリバは首を横に振る。
範馬勇次郎の怒りの理由は直ぐに分かった。白亜記最強の戦士と先んじて戦った事を彼は怒っているのだ。あまりにも身勝手すぎる理由と断じるのは簡単だ。だが、オリバはイタズラを思い付いた子供のように笑うと────。
「彼との語らいは実に良かったよ!」
オリバは普通に範馬勇次郎を煽った。
「カァッッッッ!!!!!」
怒髪天を衝く?そんな生易しいモノじゃない。
範馬勇次郎は怒りを爆発させ、筋肉が二回り確実に膨れ上がるのをオリバは直視した。ヤベェ、煽りすぎた。そう思ったのも束の間────。オリバはダイナマイトを土手っ腹に叩き付けられたような衝撃を受け、三部屋ほど壁をぶち抜いていた。
「ブワッハァーーーッ!!…とんだ挨拶だぜ」
お気に入りのシャツを破り捨て。オリバは逆三角形の範馬勇次郎に匹敵しうる筋肉を盛り上げ、一直線に向かってくる彼の顔面を殴り付ける。岩盤、岩山、とにかく何か分厚くドデカい岩石や鉄塊を殴ったような。とても人間を殴ったとは思えない感覚にオリバは困惑し、己の拳を見つめる。
「いったい、何を惑う。最初から分かっていた筈だ。貴様の拳で俺の腹筋を貫くことなど出来ない事は理解しているだろう。よもや刃牙に負けた後遺症で耄碌したかアンチェイン」
「知っているとも。だがね。私とて男だ。知っているからやらない?絶対にノーだ!貫けないのなら貫けるまでぶん殴るッッッ!!!!」
「良かろうッッッ!!!」
クロスカウンター。
いや、ただの拳をぶつけ合っただけだ。範馬勇次郎の猛攻に一歩も劣らない殴打をビスケット・オリバは繰り返し、反撃する。一合、二合、三合、お互いの顔を弾き飛ばす。次第に勇次郎は怒りではなく歓喜の貌を浮かべていく。
おれは範馬勇次郎に比肩しうる。おれは範馬勇次郎に匹敵しうる。彼は幾度となくそうやって自身の強さを誇張する輩をぶちのめし、徹底的に蹂躙し尽くして叩き潰してきた。
だが、ビスケット・オリバは違う。
彼は間違いなく範馬勇次郎に匹敵───。否、彼こそ範馬勇次郎と同等の強さを誇っているアメリカ最強の男なのだ。
「グッフウゥ……やはり届かないか」
「いや、貴様の拳は確かに届いた。この範馬勇次郎が貴様を認めてやろう。ミスター・アンチェイン、繋がれざる者よ。貴様は紛れもなく範馬勇次郎の次に強い男だッッッ!!!!」
範馬勇次郎は充実感を味わっていた。
己の全力をぶつけて尚も砕ける事のない筋肉を備えたアメリカ最強の男に範馬勇次郎は獰猛な笑みを浮かべ、称賛の言葉を贈りながら渾身の一撃をオリバの胸部に打ち込んだ。
〈この世で二番目に強いヤツ〉
ビスケット・オリバの異名
地上最強の生物たる範馬勇次郎の認めたアメリカ最強の男だ。おそらく範馬勇次郎に比肩しうるのは彼のみと言っていいだろう。