彼女は自分を
彼女は範馬勇次郎の襲来と云う。
もはや核爆弾の発射に等しい出来事を体験した事による、ある種の心因性ストレスを感じていた。地上最強の生物。彼女にとって範馬勇次郎とは空想の人物であり、あの漫画を見る分には「かっこいい」や「すごいなあ」なんて陳腐な感想を抱いたりする程度の存在だった。
だが、実際に出会ってしまえば彼女の認識は一瞬にして覆ってしまった。いや、その認識が覆ることはごく当たり前の事なのだ。もしも、もしも。この世界に彼女以外の転生者が居たとして、普通に範馬勇次郎を見ることが出来るか?
その答えは否である────。
いったい、この現代でティラノサウルスやステゴサウルス以上の威圧感を放つ人間がいる?そんなもの範馬勇次郎以外に存在しない。辛うじて恐竜並みに強いと感じる闘技者は知っているけれど。彼女にとってピクル以上の強さを全身で感じたのは範馬勇次郎だけなのだ。
彼、烈海王は恋い焦がれていた。
ピクルと云う古代原人はどうやって四千年の歴史を誇る中国拳法に対処するのかを寝ても覚めても想い続けていた時の事だ。ピクルの保護者的立場かつ現代の社会を彼らに教授するアルバート・ペイン博士の「ピクルの遊び相手を探している」と言う話を彼は聞き付け、誰よりも何者よりも早く烈海王は日本の重鎮たる徳川光成に掛け合う。
是非、この烈海王を遊び相手に────。
この胸の内に秘められた淡い恋心をピクルにぶつけたい。その一心で烈海王は徳川光成に自己推薦を繰り返す。私ならばピクルの遊び相手を務めるのに適していると彼は豪語する。
「しかしのぉ…烈よ」
「無論、ピクル相手に無傷での生還は期待しておりません。しかし、私はピクルと仕合をしたいのです。…遥か太古より甦った白亜の戦士に中国拳法がッッ!武術がッッ!彼に通じるのかを私は知りたいッッッ!!!」
徳川光成は烈海王の言葉に唸り、悩む。己の裁量のみで決めるには余りにも大事過ぎるのだ。徳川光成といえど世界の文化遺産を傷付けるなど不本意ではある。だが、やはり烈海王VSピクルというドリームマッチはどうしても見たい。
「三時間じゃ」
「は、なんと?」
「お主とピクルの仕合は三時間きっかりじゃぞ!下手をすれば喰われるとペイン博士も言っておるし。中国の拳雄、烈海王の頼みといえど人間を喰らう仕合なんぞ、わしは見んからね?」
ピクルとの仕合は三時間だけ───。
それでは足りない?否、徳川光成の示した条件は的確であった。三時間と云う短くもなければ長くもない。それだけあれば十二分に中国拳法をピクルにぶつけ、どう対処するのかを知ることは可能である。
烈海王にとって三時間は全てをさらけ出すのに事足りる時間だ。しかし、それに対して、遊び相手を欲するピクルはどうだろうか?と彼は静かに悩んだ。己のみ至福の時間を堪能するのは、あまりにも不誠実であると烈海王は思う。
ゆえに烈海王は中国拳法の真髄を。烈海王と云う中国最高峰の拳法家を。白亜の時代を生き抜いてきた太古の戦士に骨の髄まで、たっぷりと彼に全力を以てぶつけることを誓った。
〈烈海王〉
中国の拳雄
ピクルに恋い焦がれて、彼の遊び相手になると直談判した現代最高峰の拳法家。白亜の時代にいない己の全てをさらけ出し、ピクルに己と云う雄に自分を刻みつけるつもりで仕合を望む。
〈徳川光成〉
日本の重鎮
人間を喰らう仕合は見たくない。しかし、烈海王VSピクルというドリームマッチは見たいので、三時間だけ仕合を認める。もっとも仕合を止めるのはケッパーなのだが……。