彼女は困惑していた。
自分とデートしていたはずの彼が偶然に?それとも必然的に?とも云えるタイミングで現れたジャック・ハンマーと殴り合い、蹴り合っている。たがいに同等の
「グガアァァッッッ!!!」
「ッッシャアァァッ!!!」
大振りの直線的なテレフォンパンチが何十回目を迎えるたびに弾ける両者の頭から鮮血が舞う。ふと彼女はジャックの身体が膨張し脈動するのが見えたその時だ。彼女はようやく思い出した。ジャック・ハンマーの真骨頂はドーピングを越えた先───。
轟音────。
かつてピクルと恐竜の戦いで聴いた肉を叩き潰す音など比較にならないほどエグい音が野次馬を貫き、彼女の聴覚を貫く。電柱はへし折られ、商店街の店舗や道路脇に停っていたトラックは半壊し、不良の抗争でもこうはならないだろうと野次馬は考える。
「ゴッ、オオォオオオォッッッ!!!」
ジャックは吼える。
シャツを、ジャケットを、無理やりに引き裂いて上半身を露にする。その背中にはハッキリと鬼の貌が存在していた。かつて見た弟の背にあった貌よりも凶悪に笑う鬼の貌だ。
ジャック・範馬、血の覚醒である。
熱いッ。熱いッッ。熱いッッッ。
グツグツと体内を駆け巡る血潮の熱量にジャックは言い知れぬ高揚感を抱く。ドーピングによる身体の変革では絶対に味わえない未知の感覚に気がつけばジャックは走っていた。
ピクル目掛けて一直線に走り、跳んだ。分厚い靴底が立ち上がったばかりのピクルの顔面を蹴り抜き、彼の巨体を半回転させる。ゆっくりと後ろに振り返ろうとした瞬間、ジャックは己の背中をひび割れたガラス越しに目撃する。
実父、範馬勇次郎。異母兄弟、範馬刃牙。彼らに出現していた鬼の貌。ようやく範馬勇次郎と同じ領域に踏み込めたと云う達成感を感じ、僅かに警戒が緩んだ顔面にピクルの拳が打ち込まれる。
またも轟音────。
「グルルゥッ」
ピクルは怒っていた。
己のツガイの前で何度も地面に倒れ伏すと云う屈辱を与えられるどころか己を狙った大きな雄が戦いは終わっているような雰囲気を纏い始めたのだ。許さない。絶対に許さない!とピクルはジャックを睨み付け、ジャックもまたピクルを睨み付ける。
「ククッ…ゴツいパンチだ」
「ゴグウゥッ」
ジャックは首を押すように「コキッ」と骨を鳴らし、ピクルの近くに歩み寄る。たがいに身長差はなく、パワーもスタミナも同等。だが、ジャックは圧倒的に技術で上回っている。
「ガァッ!!」
「ジャアッ!!」
ピクルは大振りな右ストレートを放つ。が、手首を弾くように軽く往なされ、真逆にジャックの右フックを顎に受け、その振り抜いた勢いを乗せた後ろ回し蹴りがピクルの首に打ち込まれる。
この間、僅か二秒の攻防である。
しかし、二人の動きを見えたものはいない。辛うじて打ち終わりを見えたケッパーは未だにデートを邪魔されて拗ねているが。ピクルもジャックも全く気が付いていない。
「フンッ!!」
「グギャアガァァアッッッ」
両雄、たがいに噛みつき。だが、ケッパーからすれば己のツガイであるピクルが出会ったばかりの雄といきなりキスをしているようにしか見えず。彼女は「くきゅいああぁぁぁっ」なんて悲鳴を上げ、その場で気絶してしまった。
当然、ピクルもその悲鳴に反応する。
なんと中途半端な幕引きだろう。
とは言え。ジャックも流石にケッパーを抱き抱えておろおろとしているピクルを殴り飛ばす事はせず、彼の肩を引きながら「良い病院を紹介してやる、着いてこい」と言ってピクルを連れていく。
〈鬼の貌〉
範馬の血統
ジャック・範馬の覚醒に伴って出現したもの。その凶悪な鬼の貌は範馬勇次郎に酷似しており、彼の強さその物を物語っている。また、範馬勇次郎と同様に鬼の貌は消えることはない。