ジャック・範馬は緊張していた。
ピクルと激闘を繰り広げた翌日。彼の暮らす家にやって来た範馬勇次郎は「明日、飯に行くぞ」と唐突に告げるだけ告げると帰ってしまった。だが、ジャックにとって父親との食事会は初体験そのものだ。
閉店間際の本屋でマナー本を購入し会食のギリギリまで熟読する。十二時間に及ぶマナートレーニングを終えるとジャックは徳川光成経由でジャケットを購入し、どんな会食に出席しても恥ずかしくない格好を心掛ける。
「ホウ。マナーは知っているようだな」
「…ほとんど付け焼き刃ですが」
範馬勇次郎の言葉に思わず敬語になる。
やはりジャックは緊張しているようだ。物凄く?とんでもなく?とにかく緊張している。己のマナー態度ひとつで範馬勇次郎に泥を塗るかもしれないと云う。なんとも言えない理由ではあるが───。
「ジャック兄さん…と、オヤジ」
「遅いぞ。刃牙ッ」
がちゃりと部屋に入ってきた異母兄弟の範馬刃牙をジャックは見る。いちおう、カジュアルなジャケットは身に付けているが、ほとんど着せられているようなものだ。
おそらく徳川光成の計らいだろう。
「まあいい。座れ」
「あ、うん」
「ククッ、刃牙。中々に決まっているぞ」
「そう…かな?」
他愛ない親子の会話だ。どこか不格好で、ちょっとだけズレている。けれど。範馬の兄弟は他愛ない事を父親に話し、日々のなんてことない出来事を伝える。ふつうの、どこにでもある親子の団欒だ。
「そういえばジャック兄さん」
「なんだ」
「ピクルと戦ったってマジ?」
その一言で会食の空気が変わる。
範馬勇次郎のオールバックに整えていた頭髪がゆっくりと逆立ち、ワイングラスを口許につけたまま微動だにしない。それが却って恐ろしいと範馬兄弟は思う。しかし、今回の会食は親子の団欒であるため暴力を振るうことはない、はずだ。
「刃牙、お前はどうする?」
「いや、文化遺産じゃん。さすがに世界的遺産を傷付けるなんてできねえよ」
「フン。くだらんな」
範馬勇次郎の一言に刃牙は首を傾げる。
「お前達に流れる範馬の血は純度は違えど大差などないだろう。だが、刃牙よ。お前とジャックでは決定的に違うものが存在する」
「……なんだよそれ」
「強さへの執着だ。お前は俺と親子の様に過ごせれば良いとストライダムに言ったそうだが。ジャックは俺を越えんと足掻き続け、血の覚醒を経て俺のすぐ後ろまで追い付いた」
褒められた。認められた。ジャック・範馬は例えようのない幸せに泣きそうになりながら範馬勇次郎と刃牙の会話を見続ける。兄として、息子として、見届ける必要があるのだ。
「ジャックッッッ!!」
「は、はい!」
突然の呼び掛けに姿勢を整える。
「明日、貴様と立ち合ってやる」
たった一言だけ。
されど範馬勇次郎の言葉だ。ようやくジャック・範馬は範馬勇次郎に深々と頭を下げる。その様子に刃牙は「ちぇっ」と悪態をつき、不貞腐れたように視線を剃らした。
〈範馬刃牙〉
範馬勇次郎の息子
地下闘技場のチャンピオン。ピクルと戦うことに意欲的ではないと指摘されたうえにジャック・ハンマーと戦うという宣言を目の前でされ、ちょっとだけ不貞腐れている。