イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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Q……例のスケッチブックってセカイ由来ですか?
A……いいえ、セカイは全く関係ありません。記憶喪失えななんやセカイ側が訴えたら勝てるレベルの異物混入です。

この物語でセカイが出るのはかなーり先なので、答えておきますね。

(後書きにちょっとオマケがあります)


10枚目 夏休みにはカワイイを

 

 待ち望んでいた夏休み期間。

 

 8月に入る前に宿題を全て終わらせて、残りの期間は絵を描く為の時間にした。

 

 雪平先生の絵画教室が休みの日を見計らい、山へ、森へ、川へ、海へと自然の多い場所へ飛び出して。

 今まで見たかったちょっとお高めの有料の美術展や、植物園、興味があった場所を見て回っては、絵を描く夏休みを過ごしていた。

 

 日焼けだけには注意しているものの、それでもやっぱり心なしか肌が茶色に近づいてきているような……

 いや、そんなの幻だ。気のせいであってくれ、というか気のせいであれ。

 

 とんでもない事実に震えながら目を逸らせば、1日過ごす毎に昨日の自分よりも更に成長していると感じるような、充足感のある日々。

 それは雪平先生の評価もコントラストの差や構図、密度の違いが出てきたと言われることが増えてきて、自分の力がメキメキと伸びている実感があった。

 

 とはいえ、褒め言葉の10倍は酷評のナイフで刺されるので、いつも心は滅多刺し。

 ダメージの回復は間に合っていないけど、そこは気力で乗り切っている。

 

 

 ……そんな風に夏休みの半分を過ごしたが、実は1つだけ全く練習が足りてないものがある。

 

 最近は自然や生き物、建物は描いていたのだが、人物画だけは描いていないのだ。

 そのせいか、人を描いた絵だけクオリティがガクンと落ち、最近の雪平先生にもその弱点を指摘されていた。

 

 

(人物画の練習が必要なんだけど……えぇと、個展で聞いた練習方法はいくつかあったんだよね)

 

 

 絵を上達させるにはとにかく描くしかないのだが、人物画の難しいところはモデルが人であるということで。

 どんなに親しい友達であっても、貴重な夏休みを拘束してしまうのは難しいし、気後れしてしまう。

 

 

 

 そういう理由もあり、教えてもらった方法の中にある『人通りの多い場所でスケッチする』を実行しようと思い、宮益坂まで来ていた。

 

 

(ここなら絵画教室の帰りでもすぐに描けるから、良い練習になりそうね)

 

 

 鼻歌を歌いたくなる気持ちをグッと堪えて、スケッチブックを固定する。

 多くの人が通る人通りを、老若男女関係なく赴くままに絵を描いていった。

 

 1人、また1人と手当たり次第に絵を描いて、1冊のスケッチブックを埋めた頃。

 

 何故かまた、個展の時を再現したかのような吸引力を感じた。

 このセンサーにビビッとくる過剰反応みたいな何か。もしかして、また迷子とか?

 

 手早くスケッチブックを片付けて、周囲を見渡す。

 私のセンサーに引っ掛かったのは……少し前からずっと立っている子だった。

 

 ふわりと宙を舞うピンクがかった白髪。影ができてしまったアメトリンのような瞳。

 赤のちょっと大きめのリボンが短い髪を飾っていて、それだけでも可愛らしいなと息が出てしまう。

 

 服も気を遣っているのか、短めの髪にピッタリなホワイトロリータの組み合わせは、ファッション雑誌に取り上げられても不思議ではない。

 服のセンスといい、是非とも絵として収めたい子だった。

 

 

「……はぁ」

 

 

 あんなに気合の入った可愛い服なのに、何か嫌なことがあったのか。

 佇むその子は大きなため息を漏らし、暗い表情をしている。

 折角オシャレをしただろうに、曇り空のような顔で1日を過ごすのは勿体無い。

 

 そんなことを思いながらも観察していると、私と似たような思考回路をしている人がいたのか、暗い顔をするあの子に声をかける人がいた。

 

 

「ねぇ、君──」

 

 

 1人の男が近づいて、ニヤニヤと笑いながらリボンの子に声をかける。

 鬱陶しそうな顔を笑みで覆い隠して対応している姿を見るに、待ち合わせしていた友達というわけでもなさそうだ。

 

 かなり可愛い子だし、躱し慣れているのかと思ったけれど……あの子の方が押されているように見える。

 周りの人も通り過ぎるだけで、ナンパっぽいのに割り込む人もいない。誰も助ける気配もない、と。

 

 ……冷静な部分が放置してもいいと言っていても、私はこういう場面を見過ごせる人間ではなかったらしい。

 

 

「お待たせー。長いこと待たせちゃってごめんね!」

 

 

 スケッチブックを左手に、右手を大袈裟に振りながら走って近づく。

 男もリボンが特徴的な子もポカンと口を開いてこちらを見る中、微笑みながら「ほら、行こう」と相手の手を掴んだ。

 

 

「あ、おい!」

 

 

 後ろから慌てて声をかけてくる男がいたけど、ここは聞こえないフリ。

 

 

「手、痛かったらごめんなさい。あの人が追いかけて来ないところまで離れますよ」

 

 

 リボンのあの子には聞こえる程度の声量で声をかけて、早足でその場を離れる。

 急に現れて手を引いているのに、リボンの子は文句の1つも言わずに着いて来てくれた。

 

 

「ここまで来れば追いかけて来ないでしょ……あの人、あなたの知り合いとか友達じゃないですよね?」

 

「え、うん。初対面ですけど」

 

「それは良かった。まだ待ち合わせ先で待つつもりなら、少し時間を置いてから戻ってくださいね。じゃ、私はこれで……」

 

「待って」

 

 

 手放したはずの手が、今度は向こうから掴まれた。

 まさか相手の方から掴まれるとは思わず、予想外の行動に私の声が上擦る。

 

 

「えぇと?」

 

「その……ありがとう」

 

「別に、私がしたかっただけですので」

 

「それでも、ありがとう」

 

「……そう」

 

 

 素っ気ない対応でさっさと離れようと思ったのに、相手の手を掴む力が思ったよりも強くて離脱できない。

 それどころか「助けてくれた人なんだから敬語はいりませんよ」とまで言われる始末だ。

 

 じゃあ、お互いタメ口でってことになったのだけど、改めて思う。

 ……これはどういう状況なのだろうか? と。

 

 私は困惑し、相手は手を繋いだまま何も言わない。

 いつまでもその子と見つめ合っているのも勿体無いので、試しに交渉してみることにした。

 

 

「あのさ……この後、時間空いてる?」

 

「え? うん、特に予定はないけど」

 

「じゃあ、私の絵のモデルになってよ。いいよね?」

 

 

 左手のスケッチブックをひらりと振って、見せびらかす。

 これで嫌がられるなら冗談と笑って、それまで。

 

 さて、どういう反応が返ってくるかなと楽しみ半分、好奇心半分で観察していると、相手は大きく目を見開いてから、楽しそうに笑った。

 

 

「強引だなぁ……ボクがモデルで変なものを描かれるのは嫌なんだけど。それって可愛く描いてくれたりするの?」

 

「可愛くって言われても価値観は人それぞれだし、約束できないわよ。だから、私らしく描かせてもらうわ」

 

「……そっか」

 

「で、結局、描かせてくれるの?」

 

 

 半目で問い掛ければ、キョトンとした顔で首を傾げていた相手は笑うのだ。

 

 

「……ちゃんとキミらしく、ボクを描いてよ?」

 

 

 どうやらOKみたいである。

 私は掴まれた手をもう1度繋ぎ直して、目的地へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、どこまで行くの?」

 

「もうちょっと待って」

 

 

 リボンの子の問いかけを軽くあしらって、私は乃々木公園の中をずんずん進む。

 近くに花壇もある噴水広場まで歩いた私は、近くにあったベンチを軽く掃除してからモデル候補を招いた。

 

 

「はい、ここに座って」

 

「隣に?」

 

「そう。後はお茶もあげるから、座ってスケッチと話に付き合って」

 

「お茶ねぇ……飲みかけは嫌なんだけど」

 

「そんなの渡すわけないでしょっ、バカ!」

 

 

 初対面なのに、何か気を遣わなくてもいい気がするというか。

 気が合うっていうのは、こういうことを言うのかもしれない。

 そんなことを考えていても顔にはおくびにも出さず、私は休憩中に買っておいた温い麦茶を手渡した。

 

 

「はい、冷たくないけど」

 

「熱くないのなら大丈夫だよ」

 

「そ。なら早速、描かせて貰ってもいい?」

 

「どーぞ」

 

 

 宮益坂では暗い顔だったが、今は控えめだけどほんの少し笑みを浮かべている。

 相手が気分転換できてそうなら良かった。

 

 

「ここ、花壇もあって綺麗でしょ」

 

「うん、そうだね」

 

「……噴水とか見てると、悩みとか一緒に流れろーって思うし。最近見つけた私のお気に入りの場所なのよね」

 

 

 今日のリボンの子はナイーブな日だったのか、ほんの少し明るさに影ができていた。

 今日は気分が落ち込む日だったから、可愛い格好で気分転換をしようとしていたのかもしれない。

 

 

「あんたは普段から絵とか描くの?」

 

「ちゃんとした絵は図工の時間とか、最近なら美術の時間ぐらいかな。後はザビエルの頭をちゃんと育毛したり?」

 

「あれ、トンスラっていう髪型だから、ありがた迷惑でしょ……まぁ、絵が好きとかじゃないなら、描かないわよね」

 

「そういうキミは、絵が好きなんだ」

 

「うん。時間があればずっと描いてたいぐらいには好き」

 

 

 ただの受け答えのはずなのに、隣から息を呑むような音が聞こえてきた。

 そこからまた、雑音と水の音、私が走らせる鉛筆の音だけが聞こえてくる。

 

 2人から声が出ることはない。初対面で話さないなんて気不味いはずなのに、それが不思議と心地よくて。

 

 

「へぇ、もう形になってる」

 

「モデルが良いからねー」

 

「……他の人にはおかしいとか、変だって言われるんだけどな」

 

「それは見る目ないのね。良いものは良いんだから、感性が死んでるんだなって哀れんであげたら?」

 

「なにそれ、すごい強気じゃん」

 

 

 リボンの子は楽しそうに肩を震わせて笑っていたのに、突然、その動きを止めた。

 何か見てはいけないものを見てしまったように固まってしまい、浮かんでいた笑みも消えてしまう。

 

 どうしたんだろうと視線をなぞってみると、公園を横切る中学生っぽい子達の姿が見えた。

 もう一度視線を戻せば悲しそうに眉を下げ、俯くその子がいて。

 

 どう考えても普通ではない様子に、私は眉間に力を入れてしまう。

 今、目の前に鏡があればリボンの子とは対照的に、ぐいっと釣り上がった眉が見えるだろうなと思うぐらい、虫の居所が悪かった。

 

 

「あんた、もしかしてあいつらにいじめられてる?」

 

「え? いや、違う違う。あの子達はただのクラスメイトだから、気にしないでよ」

 

「気にしないでって、あんたの方が相手を気にしてるでしょーが。そんなにビクビクされたら、1発ぐらいビンタした方がいい相手なのかと思っちゃうじゃん」

 

「ビンタって……それはまた随分と暴力的な解決法だねぇ」

 

「それで解決するなら良いじゃない。まぁ……世の中、それで解決しないことが多いんだけどね」

 

 

 この記憶喪失だって、私がいなくなって解決するのなら、すぐにでも『消える』って選択肢を選べるのに。

 隣の子の悩みだって、そう簡単なことばかりじゃないのが世の中で、本当にどうしようもないことが多い。

 

 

「だからさ、悪いことしてないんなら、堂々としてなさいよ」

 

「……え?」

 

「どうせ何したってこんな世の中じゃ、絶対に文句言われるんだから。カワイイでも何でも、自分の好きなものは好きだって貫いた方が得よ」

 

「……キミ、簡単に言ってくれるね」

 

「はぁ? 好きを貫くのが簡単だと思ってんの? そんな甘ったれた言葉、私の前で使わないでよね! 次同じこと言ったら喧嘩よ、喧嘩」

 

 

 簡単なら、私は絵を描いていて泣いたり、悔しいとか、苦しいとか傷ついたなんて思ったりしない。

 相手も苦しんでそうなのに免じて許すが、苦労も何もしてない奴に言われてたら怒鳴ってた発言である。

 

 

「苦しくても、辛くても、貫けるから自分の中で譲れない『好き』なんでしょ。そうやって好きを貫くあんたが良いって言う奴だって、無駄に人類は多いんだから、1人や2人や……まぁ、たくさんいるわよ」

 

「1、2、たくさんって、数え方が頭が悪い人みたいなんだけど。そんなにいなかったらどうするのさ」

 

「少なくとも、私はあんたが好きを貫く限り、良いよって応援するから。よかったわね、最低でも1人は確保できたじゃん」

 

 

 言いたいことを好き放題言って、相手の反応も見ずに私は自分が描きたかった絵をリボンの子に突き付けた。

 

 

「って、話してる間にできたわよ。この絵、結構いい感じじゃない?」

 

「へぇ。鉛筆と消しゴム以外使ってなかったのに、こんな絵が描けるんだ……!」

 

「褒められるのは嬉しいけど、素人の絵だから……あんたらしさ、ちょっとは出せてたらいいんだけどね」

 

「ボク的には、すっごくカワイイと思うから大丈夫」

 

「そう? ならよかった」

 

 

 じっと見ていたスケッチブックを返されたので、私は描いた1ページを千切って写真を撮った。

 写真さえあれば、私は大丈夫。もしもがあっても、記録として残せるなら平気だ。

 

 

「ねぇ、今日の記念に貰ってくれない?」

 

「いいの?」

 

「別に、いらないなら持って帰るけど」

 

「あぁ、貰う。欲しいから!」

 

 

 麦茶を片手に、紙も持って笑ってくれるリボンの子。

 初対面の相手だけど、やっぱり……暗い顔よりも明るい顔の方が似合う気がする。

 

 だから、目の前の子が笑ってくれるだけで、私も少しだけ嬉しくなった。

 

 

「今日はありがとう。良い経験になって助かったわ」

 

「こちらこそ、絵もお茶もありがとう。今日はその……楽しかったよ」

 

「そっか」

 

 

 楽しかった、か。

 それなら良かったし、無理矢理誘った甲斐があったというものだ。

 

 

「今度描けるなら、もっとあんたの言うカワイイっての、表現するから」

 

「今度って、連絡先も交換してないのにあるの?」

 

「あんたが嫌じゃないならあるでしょ。今度会えたその時は、ちゃんと名前も教えてあげる」

 

「えぇ……今、教えてくれても良いのに」

 

「それは私の都合で嫌だから、却下で」

 

「なにそれ。身勝手だなぁ」

 

 

 そう言う割には、リボンの子も名乗らずに笑っているだけだった。

 自分も名乗らないなら良いじゃないかと、私は苦笑しつつも手を挙げた。

 

 

「じゃあ、またね」

 

「っ……うん、またね」

 

 

 私がゆるりと手を振ると、リボンの子も目を見開いてから、控えめに手を振り返す。

 

 またねの言葉通り、本当に再会できるのかはわからないけれど。

 私の方は少なくとも、次に会った時はもっと良い絵が見せられるように、頑張らなければ。

 

 

 




というわけで今回はニーゴ結成前第2遭遇者──リボンの子こと、暁山(あきやま)瑞希(みずき)さんにご登場いただきました。

公式様の性別:?に則って、あえて性別を明記する記載をしなかった結果、読みにくい文になっていたら申し訳ございません。

姉希さんと瑞希さんって歳の差ありそうですし、小学生ぐらいの瑞希さんが姉希さんの中学とかの制服姿を見て、「わぁ、お姉ちゃんカワイイ!」とか言って目を輝かせてた過去があったのかもとか考えると……幸せになってほしいなぁって思いますよね。


☆★☆



《???》

 中学生になってから『制服』というものが苦手になった。

 お姉ちゃんのを見てた時はカワイイなって思って、好きだったのに。
 このままだとお気に入りのリボンも、カワイイと思った服も、全部嫌になっちゃいそうで、息苦しくて。

 だから、制服を見なくて済む夏休みが来てくれて嬉しかったのに。
 学校が休みの日でも『制服』は追いかけてきた。

 誰にも迷惑をかけてないんだから、休みの日ぐらい好きな格好でいさせて欲しいのに、夏休みにも講習やら部活やらで制服を着ている子がいる。
 大好きな服を着ても、そいつらは追いかけてきた。

 こちらに指を指して、おかしいって言ってくる。
 変だって、変わってるって、まるで鬼の首でも取ったかのように、はっきりと聞こえる声で彼らは言うのだ。

 それが息苦しくて、逃げたくて、いっそのこと誰かにどこかへ連れて行ってもらえないかなって思っていたら──


「お待たせー。長いこと待たせちゃってごめんね!」


 その『誰か』が手を握ってボクが行きそうで行ってなかったところへと、連れていってくれたんだ。

 ──だからこの日から、ボクのお気に入りの場所に『乃々木公園の噴水広場』が追加されたんだよね。
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