イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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今回で100話ジャスト、一応、これでカーネーションはおしまいです。








100枚目 血痕から想起して

 

 

 

 

 ──今日も、真っ白な紙が私の前に立ち塞がる。

 

 

 奏の曲ができたので、本格的に絵とかも描いていかなくてはいけないのだけど……私はセカイに閉じ籠って1人、絵を描いていた。

 

 どうしてかって?

 奏の曲を聴いてから、私の胸の内が奏の曲に相応しいものを仕上げないといけないと、叫んでいるからである。

 

 ──奏が作った曲や後から聞いた瑞希の話によると、公園でのあの姿は私の最初の予想が的中しているどころか、奏の綺麗な思い出を振り返ることができた時間だったらしい。

 

 私がバカみたいなことを考えている間に、奏は自分の世界を広げたのだ。

 

 歌詞もまだできていないのに気が早いかもしれないが、こういうのは前もって備えて悪いことはない。

 力作を作り出す為にも、あの曲に良いイラストをつけるためにも、今から構想を練りたかった。

 

 

(奏が1歩先に進んだ曲に付ける絵なんだから、生半可なものはダメ……なんだけど)

 

 

 残念ながら、そうポンポンとアイデアが出てくるほど、私は器用でも何でもない。

 いつも通りに絵と向き合うしかなくて、小細工として今まで乃々木公園で描いたスケッチ達を取り出した。

 

 乃々木公園は私のお気に入りの場所なので、10冊以上は参考になる線画がある。

 最近描いたものから、中学の時に描いたものまで1つ1つ眺めて、イメージを膨らませよう。

 

 いつものように奏が送ってくれたデモを流して、カーネーションをスケッチしている部分を探していると、茶色っぽい赤が滲んでしまっているスケッチブックがいくつか出てきた。

 

 

(うわ、懐かしい。これ、血の跡じゃん。ってことは2年前……中3の時のスケッチブックね。表紙を見なくてもわかっちゃうなぁ)

 

 

 中学2年生の時も必死だったけど、中学3年の時は違う意味で必死だった。

 あの期間は酸素があるはずなのに、呼吸ができているようには思えないぐらい、息苦しい日々だったと思う。

 

 スランプからどうしても脱却したくて、足掻いていた。

 

 授業と病院の時間、後は睡眠の時間以外はずっと絵を描いていた中学時代。

 それこそ、ご飯は部屋に持ち込んで左手に箸と、右手に鉛筆とどちらに集中すればいいのに、何かを描いていないと不安だった。

 

 そんな生活を送っていたので、右手は当然のように腱鞘炎になって、病院では「休憩時間を作るように」と注意されたのは良い思い出である。

 

 そこで素直に休む程賢い人間ではなかった私は、鉛筆を手に巻き付けて描き続けて。

 そうやって無理矢理描き続けていたら、しまいには爪が割れて指から血が出てしまい、紙が汚れてしまうからと包帯の上から鉛筆を巻き付けていた記憶が蘇った。

 

 

(鼻血が出てスケッチブックを丸々1冊赤黒カラーリングしちゃうまで、無茶苦茶やってたんだよね、彰人や愛莉にバレないように)

 

 

 たぶんお母さんにはバレてたけど、当時はどうやって彰人や愛莉にバレないように無理するか、考えるのに必死だったっけ。

 

 

(凄い日は20時間ぶっ通しで描いてたし、中々バカなことをしてたよね。今も絵が優先なのは変わってないけどさ)

 

 

 あの頃は人様には正常に見えるように、しかし部屋では頭のねじを全力で抜いてる勢いで絵にのめり込んでいた。

 限界を常に越え続けようとして、そうでないと再び絵を描けないのではないかと、怖かったのだ。

 

 

 ──本物の天才というのは10才を超える前から絵を描いて、絵の先生に「何か光るものがある」と思わせることができる存在らしい。

 

 しかし、私にはそれがなかったようで。

 光るものは記憶を捨てても手に入らず、先が見えないスランプだけが私にやって来た。

 

 

 そんな私が持っていたのは──先生になってくれる人達と、コネによって効率的に絵が上達できる道順。後は絵に捧げる時間だけ。

 

 

 天才が当然のように捧げているものしか捧げられなかったけれど、それでも側から見たら『本物』に見える程度にはなりたくて。

 光るものがないのであれば、手元にあるものを削って磨いて、それらしく輝かせるしかないと必死だったのだと思う。

 

 

(必死だったとはいえ、バカなことをしたよね……あっ、思い出したら震えが)

 

 

 何回目かの南雲先生との会話の時に「時間の無駄だね。それとも1発屋になりたいの?」と真顔で言われた時のことを思い出し、体を震わせる。

 間違った努力で結果が出るほど、世の中は甘くない。そんな言葉と共に般若顔で絞られた時のことなんて、今でも思い出すのが怖い。

 

 

(ふぅ、震えが止まった……時間で勝負できないのならいつも通り、何パターンか描いて瑞希と詰めるのが良さそうね)

 

 

 その辺りのセンスは瑞希の方が高いし、今回の奏の曲には瑞希も1枚嚙んでいるようなものなのだ。存分に意見を聞かせて貰おう。

 使えるものを何でも使わないと、横たわる差なんて一向に縮まらないのだから。

 

 そんなことをスケッチブックを眺めながら考えていると、後ろから悲鳴のような呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「え、絵名……!?」

 

 

 何事かと振り返ると、真っ青な顔をした奏が大慌てでこちらに向かってくる。

 

 

「絵名、大丈夫? どこを怪我したの?」

 

「え、怪我って何の話?」

 

「だって、そのスケッチブックについてるのって、たぶん血だよね……?」

 

「あぁ! いや、これは違うの。ほら、色は綺麗な赤じゃないでしょ。今付いた血じゃないから」

 

 

 奏に私の手を確認させて、一応スケッチブックも見せる。

 じっくりと見逃さないように確認した奏は胸を撫で下ろす。

 

 

「そっか、よかった。もしかしたら怪我してるんじゃないかと思った」

 

「ごめんね、ちょっと1人で絵を描きたいなーって思ってさ」

 

「そうなんだ。でも……どうして血だらけのスケッチブックを持ってるの?」

 

「参考に今まで描いた絵を見返してたの。血塗れなのはその……恥ずかしいけど、昔は色々やってたから」

 

 

 先程まで振り返っていたことの中で、このスケッチブックが出来上がる過程を奏に話す。

 すると、わかりやすいぐらい眉を下げた奏が弱々しく微笑んだ。

 

 

「絵名も無理してたんだね」

 

「そこまで言うほどでもないけどね。腱鞘炎とかスタートラインみたいなものだし」

 

 

 あの日々や南雲先生にバレてからのケアの方法の指導も、得難い経験だった。

 

 奏の視線がものすごーく痛いけれど、後悔はしていない。

 奏だって倒れるまで曲を作っていても、反省こそすれ後悔はしていないようだし、それと同じである。

 

 

「でもこれ、中学の時のスケッチブックだから。今はやってないよ」

 

「うん、知ってるよ。でも、そのスケッチブックを見ていたら、絵名も無理をしてきたんだなって」

 

「はは……奏に偉そうに言ってるのに、自分はやってきたのかって話よね」

 

 

 自分も同じようなことをやったからこそ、本当なら奏を止める権利なんて私にはないし、止めるのも躊躇ってしまう。

 

 一生懸命になって突き詰めるのだって、きっと大事なことなのだ。

 その結果、体を壊してしまったら元も子もないので周りも止めるのであって、無理を全くしないのも違うと、私は思うのである。

 

 

「それで、奏は何の用事でここまで来たの?」

 

「一休みしようと思ってセカイに来たら、ルカから絵名がここにいるって聞いて。一緒に来たんだ」

 

「一緒に? でも、ルカの姿はどこにも……」

 

「──あら、ずっとここに居たのに。絵名ったらひどいわ」

 

「うわっ!?」

 

 

 奏と私の間にぬっと現れたルカがくすくすと笑っている。

 驚き過ぎて声も出ないとは今の状況か。鼓動が早くなって煩い心臓を押さえつけつつ、ルカから距離を取った。

 

 

「ビックリした……いるならいるって言って欲しかったんだけど」

 

「ごめんなさい。てっきり見えているものだと思っていたの」

 

「え、そうなの? ごめんね、全然気が付いてなくて」

 

「気にしてないからいいわ」

 

 

 私が無視してしまったというのに、ルカは本当に気にしていないのか薄らと笑みを浮かべたままだ。

 ルカは心が広いのかもしれない。そう思っていると、ルカの口角がさらにつり上がる。

 

 

「ルカ、どうしたの?」

 

「いいえ。何でもないわ」

 

(……やっぱりルカって、意地悪かも)

 

 

 ルカの様子を見るに、どうやら私は遊ばれていたらしい。

 彼女の発言の真偽は不明だけど、今のルカからは瑞希のようなイタズラを仕掛けてきそうな雰囲気を感じる。

 

 迂闊に踏み込めば痛い目を見るのは勉強済みなので、別の話に切り替えよう。

 

 

「ところで、奏。休憩ついでに話を聞かせて欲しいんだけど、いいかな?」

 

「話って?」

 

「ここで絵を描いていたのも、MV用の絵の案を出すためだったのよね。だから、今回の曲を作る前にやっていた事とか、改めて聞きたくて」

 

「──あら、おかしいわね」

 

 

 逃げ切ろうと思っていたのに、何故か追撃するかのようにルカの青い目が細められる。

 猛烈に嫌な予感がしたけれど、逃げる場所がない私には無防備に受け入れるしかない。

 

 

「絵名は乃々木公園に来ていた奏達を見ていたでしょう?」

 

「あれ。絵名、あの時にいたんだ。声をかけてくれても良かったのに」

 

「あー。それは……」

 

 

 まさかあの日躱したことを突っ込まれるとは思っておらず、私の口からは言葉が上手く出てこなかった。

 2つの目に見つめられると、逃げ腰の私も覚悟を決めるしかない。

 

 

「あの時、まふゆと一緒にいたから。奏達の邪魔をするのは悪いなって2人で話してたのよ」

 

 

 ただ、勇気はなかったのでバカなことを考えていたことだけは省いた。

 視界の端に笑みを浮かべているルカがいるけれど、全力で無視だ。反応したら相手の思う壺だから無視である。

 

 私とルカが無言で戦っていると、何も知らない奏は納得したように頷いた。

 

 

「そうだったんだ。気を遣わせちゃってごめんね」

 

「ううん、そんなことないって。奏達の件は私が勝手にしたことだから」

 

 

 私の内心を見通すように笑っているルカに話の方向を曲げられたけれど、あちらも楽しそうなのでもう曲げてくることはないだろう。

 

 そう信じることにして、私は話を戻すための声を出す。

 

 

「話がズレちゃったけど、改めて奏の曲のことについて、聞いてもいい?」

 

「うん、いいよ。それで絵名の力になれるのなら」

 

「私も混ぜてもらってもいいかしら? 奏のあの曲から絵名がどんな絵を描くのか……興味があるもの」

 

 

 ルカの『興味』という言葉に体が跳ねそうになったものの、よくよく言葉を咀嚼すれば、ただただ私の描く絵に興味を持ってくれているらしい。

 

 さっきのような、横から拳を振り下ろしてくるような真似をしてこないのであれば、身構える必要はないだろう。

 

 

「そういうことなら大丈夫。それじゃあ、奏。まずは曲のこの部分なんだけど──」

 

「えっと、そこは……」

 

 

 ルカに見られながら、私は奏とイメージを共有していく。

 昔の思い出、というのが難敵ではあるものの、皆の足を引っ張らないようにアイデアをまとめなければ。

 

 

 ──この時はまだ、自分が1番足を引っ張ると思っていたのだ。

 

 まさか、歌詞の方が出てこないなんて……普段のあいつから想像できるわけがないのだから。

 

 

 

 






記憶喪失えななんは先生達から見ても、光るモノ……飛び抜けた絵の才能があるとは思われていません。
ただし、強迫観念のような執念と恵まれた周りの環境、時間はあります。後は『特殊な記憶喪失』という唯一無二の経験から構成された感性を使って周りと戦っています。

これも『才能』といえば、才能なのでしょうね。


さて、カーネーションは想定よりも軽めで終わりましたが、次回は夏祭りの前振りから始まります。(今回は幕間はありません)
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