イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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101枚目 できるものなら

 

 

 

 

 画材を片付けて、教科書とノートしかない机に向かうこと……大体数時間ほど。

 ようやく勉強がひと段落ついた私は、椅子に座ったまま大きく伸びをした。

 

 

(あ~、やっと半分まで終わったーっ)

 

 

 私だって年がら年中絵を描けるのであれば、描いていたいのだが……残念ながら今の身分は学生。

 あの憎きすまし顔に何らかの変化を与えるためにも、勉強は必須事項なのだ。

 

 それでなくても、そろそろ2回目のテストがある時期である。

 絵を描くことは第1優先だとしても、2番目ぐらいには勉強を優先しなければならない。

 

 

(優先しなきゃいけないのは確かだけど……ちょっとぐらい、休憩しても良いよね)

 

 

 これが絵であれば『ちょっとぐらい』なんて言葉は出てこないのだが、生憎、相手はほんの少し和解しただけの天敵である。

 隙を見せたら怠け者の本性が顔を出して来て、私に妥協という免罪符を手渡してきた。

 

 きっと、ここで嬉々としてそれを受け取るからこそ、私は勉強でまふゆに敵わないのだろうけど……それは一旦、無視するとして。

 

 苦手科目を終わらせたから休憩するという名目でセカイに行くと、今日は珍しい2人組が並んでいた。

 その場にミクがいればそこまで珍しくないのだが、現在、私の目の前にはまふゆとルカ以外に誰もいない。

 

 不思議なこともあるものだ。

 紫とピンクの後ろ姿を眺めつつ、私は声をかけた。

 

 

「おはよ~。何か珍しい組み合わせだね、2人揃って何してるの?」

 

「私は本を読んでる」

 

「私は横から覗かせて貰ってるだけよ」

 

 

 まふゆが読んでいる横から、ルカがお邪魔していると。

 2人に言われると納得できる密着具合だ。主に、ルカがまふゆにべったりという形で密着しているので、主導者が一目でわかる。 

 

 

「ふぅん、それでそんなに近いんだ。けど、そんなに密着されてたらまふゆは読み難くないの?」

 

「気にしてないから。それで……ルカは読んだ?」

 

「ええ、ページをめくって大丈夫よ」

 

 

 気にしてないという割に、読んでいるかどうかは気にするらしい。

 

 邪魔じゃない、という意味で『気にしてない』という言葉を使ったのだろう。

 そう思うとまふゆとルカの組み合わせが微笑ましく見えてきた。

 

 

「ちなみに、2人は何の本を読んでるわけ?」

 

「英語の教科書」

 

「有名な童話の原文が載ってるのよ。絵名も読む?」

 

「……う、ううん。その教科書は持ってるし、遠慮しておく」

 

 

 ルカは何も知らないから好意でそう言ってくれているが、数学の後に英語をやるのはキツい。

 

 それに、まふゆの英語の教科書という言葉と、有名な童話の原文というルカの発言。

 それらを照らし合わせ、私の頭が弾き出した『次の定期テスト範囲』という答えが、脳内の私を崖っぷちに立たせた。

 

 公園では好きでもなければ趣味でも何でもないと言っていたのに、どこでも勉強に励むあの姿が、学年1位を取る人間の努力だと納得すれば良いのか。

 

 今はルカも一緒だからそこまで苦しそうには見えないものの、私自身、勉強した後の疲れもあるのだろう。

 少しばかり根を詰め過ぎているまふゆが心配になる。

 

 

(その辺りは様子を見つつ、かな。強要し過ぎるのも違うだろうし)

 

 

 まふゆや瑞希から強引だと言われているけれど、そんな私も考えているし、無計画に誘っているわけではないのだ。

 

 ……私はそのつもりでも、相手にとってはそうじゃないかもしれないので、反省するべきところは多いだろうけど。

 

 

(はぁ、勉強をしなきゃいけないっていう現実を思い出したら頭が痛くなってきた。こういう時は現実を直視したら悪化するし……)

 

 

 私の人生の作戦は『好きなことにはとことん追求し、嫌いなことからは全力逃避』なのだ。

 

 今回も逃げさせてもらうために、自分の部屋に戻って簡単な画材を腕に抱える。

 そのままセカイに戻り、まふゆとルカをスケッチブックに収めることにした。

 

 

(ルカはまだ描けてなかったし、ちょうど良いタイミングってことで)

 

 

 ページをめくる時ぐらいしか動かないのを利用して、私はスケッチブックに鉛筆を走らせた。

 勉強という嫌なことが頭の片隅にあるおかげか、今日は一段と筆のノリが良い。

 

 あっという間に線画を終えてしまったので、私は再び部屋へ。

 画材を入れ替え、ハンガーにかけていたエプロンを掴み、セカイに帰還する。

 

 ここまで短期間にセカイを行き来する人は誰もいなかっただろう。

 それぐらいセカイと自室を反復横跳びし、準備を整える。

 

 幸か不幸か、相手が気遣ってくれているのか。

 まふゆとルカはまだ、仲良く教科書を読んでいるらしい。

 

 教科書なんて読み込むほど見たいものでもないのに、何が楽しいのやら。

 ちっとも羨ましくない方面の才能に思考が持っていかれそうになるのを堪えて、今度は絵の具をつけた筆で紙の上を撫でていく。

 

 どれぐらい絵を描くことに集中していたのやら。

 

 教科書を読み終えたまふゆとルカが背後で絵を見ていても気がつくことなく。

 そろそろ夕飯の時間ではないかと、リンに肩を叩かれてやっと、私は2人がいなかったことに気がついた。

 

 

(あっ……やっちゃった)

 

 

 まふゆはセカイからいないし、ルカもどこかに行ってしまった。

 

 セカイで項垂れる私に残っていたのは、完成した絵と終わっていない勉強。

 後は元気を出せと言わんばかりに肩を叩いてくれた、リンだけである。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 25時前。

 作業が始まる時間までに何とか予定していた範囲の勉強を終わらせて、私は大幅に消耗した体力のまま、ナイトコードに入る。

 

 

「おつかれぇ」

 

『おやおや~、まだ作業前だっていうのにえななんが1番疲れてそうだね。どうしたの?』

 

「途中で遊び過ぎたの。それで、予定を巻き返してたら疲れたのよね」

 

 

 1番乗りだったらしいAmiaの軽口に返事しつつ、私は机に突っ伏した。

 声がくぐもっているせいで私がどんな状態なのか分かったのだろう。楽しそうに笑う瑞希の声が聞こえてくる。

 

 

『雪から聞いたよー。今日はずっとセカイで絵を描いてたんだって?』

 

「うん、そのせいで危うく今日の予定が崩れるところだった」

 

 

 正直、巻き返さなくても良かったかもと思う心があるけれど、こういうのは後回しにしたら望まぬ結果を招きかねない。

 時間を忘れるぐらい絵に集中して、体力を吹き飛ばした私が悪いのだ。甘んじて受け入れよう。

 

 

『えななんってばこんな調子で大丈夫かな~』

 

「大丈夫って何が?」

 

『Kが苦戦してて、この前作った曲の打ち上げができてないでしょ? 一旦落ち着いた今こそ打ち上げチャンス! 延期してた打ち上げがボクらを待っているんだよっ』

 

「ほんと、打ち上げが好きだよね」

 

 

 最近ではニーゴのMV担当兼打ち上げ担当にもなっているAmiaの言うことだ。

 ハッキリと言われたら、いくら『鈍感』と言われてしまう私でも理解できた。

 

 

「今からセカイで! とかバカなことを言いださないなら、いつでも大丈夫だけど」

 

『面白そうだけど、それはちょっと違うからやらないかなぁ』

 

 

 どうやらAmiaの中で解釈違いが起きたらしく、歯切れの悪い声が聞こえてきた。

 声から乗り気ではないことが伝わってくるし、これならばこの後すぐに打ち上げだ~と言い出すことはなさそうだ。

 

 体力消耗イベントの阻止ができたことに胸を撫で下ろしている間に、私の耳がボイチャに入ってきた特徴的な音を1つ拾った。

 

 

『あ、雪じゃん。今日は3番目だよ』

 

『そうなんだ。最後だと思ってた』

 

 

 パソコンの画面の隅に表示された時刻は1時となっていて、作業を開始する時刻を示している。

 どうやら時間ピッタリに来たから、雪は最後だと思っていたらしい。

 

 いつもならばKも来ている時間なので、そう思うのも無理はないか。

 僅かに体力が回復してきたので、突っ伏していた体を起こす。

 

 

「そういえばさ、雪って来週、どこなら空いてる?」

 

『来週? またどこかにいくの?』

 

「どこかっていうか、前回の曲の打ち上げがまだでしょ。いつもAmiaに頼っちゃってるし、今回は私が企画しようかなって」

 

『えななんが打ち上げの企画に積極的だなんてめっずらしー。明日は雪かな?』

 

「そこ、失礼なことを言わないの」

 

 

 こんな暑い日に雪なんて降るわけがないのに、私と雪の会話に乱入してきたAmiaが失礼過ぎる。

 最初の方に1回一緒にやった後はAmiaに任せきりだった私も悪いけど、それでも黙ってて良いだろうに。

 

 

「とりあえず、Kに聞いてから進めるからね」

 

『Kなら打ち上げの許可ぐらいくれるだろうし、先に予定と候補地をまとめとこうよ。早めにやりたいし、パパッと決めた方がいいって!』

 

 

 打ち上げ担当のAmiaの提案から、私が主導と言ったはずなのにポンポンと決まっていく。

 

 これはKが来る前に全部決まってしまいそうだ。

 そんな予想通りに、凡その打ち上げの内容が決まってから、Kのアイコンが現れた。

 

 

『ごめん、遅れた』

 

「ううん、こっちは別の話をしてたから大丈夫だよ。それにしても、Kが作業の時間に遅れるなんて珍しいね。何かあったの?」

 

 

 何時もであればナイトコードだけでも先に繋いだり、1日中繋ぎっぱなしの時もあるKだからこそ、珍しく感じる。

 

 何かトラブルでもあったのか。心配を隠して答えを待っていると、気まずそうな声が鼓膜を揺らした。

 

 

『今日……いや、昨日かな。家事代行に来てくれる日なのを忘れて、徹夜したんだ』

 

「あー、最後まで残ってたよね。え、朝もログインしてたけどずっといたってこと?」

 

『うん。お昼ぐらいに寝ようとしたら、家事代行の人が来る日だってことを思い出して。だから頑張って起きてたんだけど……代行の人を見送ってからの記憶がない』

 

 

 夕方頃に見送ったらしいので、かなりぐっすりと眠ったようだ。

 

 Kの話が終わるのを見計らったように、Amiaの笑う声が聞こえてくる。

 

 

『最近のKは頑張り過ぎて寝不足だったし、ちょうど良かったんじゃない?』

 

『そうだね、頭はスッキリしてるよ。お腹が空いてるのがわかるぐらい』

 

 

 Kがそう言うと、空耳のはずなのに胃が空腹を訴えるような音が聞こえて来た気がする。

 

 私ならばこの時間からの食事なんて言語道断だが、Kは食べられる時に食べなくては断食チャレンジをしかねない。

 そのまま作業を始めようとするKに、私は待ったをかけた。

 

 

「作業の前に何か軽く摘んできたら? 後、この前の曲の打ち上げの計画をしたいから、時間もらってもいい?」

 

『……じゃあ、何か食べれそうなもの持って来て、食べながら話を聞かせてもらおうかな』

 

 

 Kが席を離れている間に、Amiaの悪戯っ子のような声が聞こえてくる。

 

 

『雪、こういうのが深夜の罪深い行為、飯テロって言うんだよ』

 

『そうなんだ、知らなかった』

 

「はいはい。雪は知らなくてもいいことだし、Amiaはバカみたいなことを吹き込まないでねー」

 

 

 ……冬弥くんの時といい、隙を見せたら誰かに余計なことを吹き込むのは何とかしてほしいものである。

 

 

 






次回予告
ヒント……実は記憶喪失えななんは夏祭りに行ったことがありません。

愛莉さんと遊びに行った時も夏祭りだけは避けてたぐらい徹底してます。
そんな夏祭り編、次回からスタートです。
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