イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

102 / 254

夏祭り編、本格的にスタートです。
(ただし夏祭りに行くのはまだ先のお話)



102枚目 夏祭りの足音

 

 

 

「うーわ、外暑過ぎでしょ」

 

 

 涼しい店内から出た瞬間、襲い掛かってくる熱風に私は顔を顰めた。

 これから宮益坂を通り、大通りから帰らなくてはいけないのか。打ち上げしていた時は浮ついていた気持ちも地面に潜ってしまいそうだ。

 

 

「絵名、嫌なのはわかるけど歩こうよ。止まってたら迷惑だよー?」

 

「そうね。早く帰って涼みたい」

 

「なら足を動かそう。動かさないと何時まで経っても帰れないし、奏達も待ってるからね」

 

 

 瑞希の言う通り、私の前には奏とまふゆが歩いていた。

 このまま暑さと戦っていたら置いて行かれるのは確実だろう。仕方がないが、瑞希の言う通り歩くしかない。

 

 

「はぁ、今年は更に暑くなってない? 冬かと思ったら夏が来てるし、私の過ごしやすい春はどこに消えたのよ」

 

「別に絵名の春じゃないけど、最近は春と秋の影が薄くなってきちゃってるよね」

 

「秋とか1番良い時期なのにね」

 

「絵名にとってはチーズケーキやパンケーキの新作が美味しい、食欲の秋だもんね」

 

「そこは芸術の秋にして」

 

 

 秋にはサツマイモや栗など美味しいフェアが多いのは事実だけれども、私達に近いのは芸術の秋だろうに。

 

 そんなバカみたいな会話をしていると、いつの間にか宮益坂まで歩いていた。

 

 いつもと同じならば、今日の打ち上げはこの辺りで解散だろうか。

 全員そのつもりでここまで歩いてきたはずなのに、予想外のものが待っていた。

 

 

「この道、工事で通行止めだって」

 

「……え? 困ったな。わたし、駅の方にあるCDショップに行きたかったんだけど」

 

 

 まふゆがじっと看板を見ている横で、奏は困った顔をしている。

 嫌な予感がしたので私も2人の間から看板を覗き見て、通行止めの範囲を確認した。

 

 

「嘘でしょ、この先の大通りまで通行止めなの?」

 

 

 大通りを通って帰るのが1番早いのに、それを封じられてしまったらしい。

 これは遠回りかもしれない。暑さも相まって憂鬱な気分になっていると、隣に並んだ瑞希が手を挙げた。

 

 

「じゃあさ。少し遠回りになるけど向こうの公園の方から帰ろうよ。そこを突っ切れば駅まで真っすぐいけるしね」

 

「へぇ、そうなんだ。奏とまふゆも、瑞希が提案してくれてる道でいい?」

 

「うん、少しでも近いのならそっちに行きたいかな」

 

「私はどっちでもいい」

 

 

 奏もまふゆも賛成してくれたので、私は改めて瑞希に目を向ける。

 

 

「瑞希、案内お願いね」

 

「はいはーい。それじゃあ、行こっか!」

 

 

 看板の前に屯していた中から1人、瑞希は抜け出して先頭を歩きだす。

 私達も瑞希の後を追うように、暑い夏の道を歩き出した。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 公園を抜けて、神社の境内まで来た瑞希は大きく手を広げた。

 

 

「とうちゃーくっ! ここまで来れば駅まで真っ直ぐ帰れるよー」

 

 

 瑞希の言う通り、手を伸ばした先には見覚えのある道が見える。

 

 こんな近道があるなんて、今まで全く知らなかった。

 感性を磨くには対象の興味から、と意識しているので寄り道をすることもあったのだが……瑞希の好奇心には敵わないらしい。

 

 

「よくこの道を知っていたね」

 

「人通りもそこまで多くないし、まさに隠れた近道! って感じよね。すごいじゃん、瑞希」

 

「えへへ。この前、この辺をフラフラ〜って歩いてたら、偶然見つけたんだよねー」

 

 

 まふゆと私の褒め言葉に瑞希は照れた様子で頭を掻く。

 照れる瑞希に奏は小さく頭を下げた。

 

 

「ありがとう、瑞希。おかげで助かったよ」

 

「どういたしまして! じゃあ、残りの道もさっさと行こうよ」

 

 

 瑞希がぐいぐいと先に進もうとするのとは対照的に、境内の方に視線を向けた奏は足を止めた。

 

 

「……ねぇ、あれってなんだろう?」

 

 

 奏が指差す方には、忙しなさそうに何かを準備している人達が見える。

 赤と白の幕であったり、学校とかでもよく見るイベント用のテント。後は神社という場所から私は1つのイベントに辿り着く。

 

 その思考の答え合わせのように、まふゆがポツリと呟いた。

 

 

「看板に、シブヤ夏祭りって書いてある」

 

(……シブヤ夏祭り、ね)

 

 

 

 頭の中にふと、悲しげな声が蘇る。

 

 

 ──そうか。変なこと言って、悪かった。

 

 

 こことは違っていたのだが、夏祭りをしていた前を彰人と通ったことがあった。

 あの時はどうして彰人が悲しそうだったのかわからなかったけれど、今なら何となくわかる。

 

 ……恐らく、彰人にとっては大切な出来事が『夏祭り』にあったのだろう。

 

 偶然、学校の宿題の日記にそれらしいページがあったので、私の予想は間違いないと思う。

 ちょうど今、まふゆが言った『シブヤ夏祭り』にて、彰人に靴を持って来てもらったとか、そういうことが書かれていた。

 

 

(思い出せないのに、彰人には悪いことしちゃったな……それに、これからもっと悪いことしちゃうんだよね)

 

 

 私はもう、あのスケッチブックを破棄してやると決めたのだ。

 それが『2度と記憶を思い出すことはない』原因になったとしても、スケッチブックを処分すると決意した。

 

 そのせいなのか、夏祭りという言葉を聞くと胸がズキズキと痛みを訴えてくる。

 私は痛みを無視するように、昔に調べた夏祭りの情報を記憶の片隅から引き出した。

 

 

「シブヤ夏祭りって、屋台とかもたくさん出るらしいわね。ライブイベントもあるから、盛り上がるんだって」

 

「へぇ、ライブイベントかー。どんな人が来るんだろ?」

 

「スマホで調べたら出てくるんじゃない?」

 

 

 瑞希の疑問をスマホでパパッと検索すると、情報があっさりと出てきた。

 ほら、とスマホを見せると、瑞希がキラリと目を輝かせる。

 

 

「ほうほう、色んな人が来るんだね……って、ZERO stearも来るの!?」

 

「ZERO stearって、確かアニソンシンガーだよね?」

 

「奏、大正解! この人、今期の人気アニメの主題歌も歌ってるんだ。夏のアニメの人気はこの人のおかげと言っても過言じゃないぐらい人気なんだよ」

 

 

 テレビをほぼ見ていない私は知らなかったけれど、瑞希や奏にとってはパッと出てくるぐらい有名な人もいるらしい。

 

 瑞希は有名な人ばかりで嬉しいのか、私のスマホなのに勝手に私の手の指を滑らせて内容を見ている。

 ……別に見るのはいいのだけど、見るなら自分の手で見てくれないだろうか。私の手を使う理由がわからない。

 

 

「どれも知ってる名前ばかりだね! あぁ、でも……このA-GURIって人は知らないかなぁ」

 

「えっ、A-GURIも出るの?」

 

 

 奏が真っ先に反応したA-GURIという人は、最近動画サイトで人気が出て来ている人らしい。

 あまり人前で演奏する人ではないから、奏はビックリしたようだ。

 

 瑞希も知ってるような有名人ばかり集めているのかと思いきや、新進気鋭の人も参加しているし、アマチュア部門のステージもあるとのこと。

 歌だけでなくダンスなどもできる人が揃っているようで、奏もまふゆも積極的ににシブヤ夏祭りのことについて調べている。

 

 普段、あまり乗り気じゃない2人が釣られているのだ。

 それを黙って見ているほど、ウチの打ち上げ担当は大人しくなかった。

 

 

「皆、興味津々だねぇ……じゃあさ、折角だし皆でこの夏祭りのライブイベントに行こうよ!」

 

(えっ。ライブは兎も角、夏祭り?)

 

 

 さっき思い浮かんだことのせいなのか、瑞希の提案にすぐに追従することができなかった。

 それどころか、どうにも乗り気になれなくて、何とか言い訳を考えてしまう。

 

 

「流石にいきなり野外ライブは大変なんじゃない? 室内でも結構体力使うのに、夏の野外なんて体力的にも大変でしょ」

 

「絵名や奏が熱中症で倒れそう」

 

「まふゆ、一言多い」

 

 

 まふゆの発言に奏が「うっ」と胸を抑えているではないか。

 私が含まれているのは『口は災いの元』で許せたとしても、奏を巻き込むのはいただけない。

 

 私がまふゆにジトっとした視線を送っていると、瑞希が私のスマホで検索したら内容を指さしてくる。

 

 

「でも、ライブは夕方かららしいよ〜? 今よりは涼しいだろうし、大丈夫なんじゃないかな」

 

「涼しくなるのなら、頑張ってみようかな。冷たい飲み物を持っていけば、何とかなるかもしれないし」

 

「えっ。奏、行くつもりなの!?」

 

 

 珍しく外出に前向きな奏に、私は声を出して驚いてしまった。

 あまりにもオーバーな反応をしてしまう私に奏は苦笑しつつ、こくりと頷く。

 

 

「A-GURIの生歌は聴いてみたいし……それにこんな機会、滅多にないだろうから」

 

「よーし、奏は決まりだね。それで、まふゆはどう?」

 

 

 瑞希がそう問いかけるものの、まふゆは難しいのではないだろうか。

 夏は予備校も課題とかを本格的に増えてくるのである。なので行かないと言う確率が高そうなまふゆに乗っかって、私も……

 

 

「予備校があるけど……この日は講義も早く終わるし大丈夫だと思う」

 

 

 まさかの返答である。

 奏もまふゆも積極的なので、益々夏祭りは乗り気ではないと言い辛くなってしまった。

 

 

「ねぇ、絵名はどうかな?」

 

 

 窺う様な視線を向けてくる瑞希は、私が逡巡している様を見透かしているようだ。

 ここで断ることもできるけど、一時的な気分で断るのも後味が悪い。

 

 

「……そうね、じゃあ私も行こっかな」

 

「決まりだね! 奏も行くんだし、途中で倒れたりしないように、野外ライブにあると便利な物とか色々まとめておくよ〜♪」

 

「ありがとう、瑞希。頼りにしてるね」

 

「お任せあれ! 詳細も後で送るから、確認よろしく〜」

 

 

 遅れそうなら早めに連絡を入れること。後日詳細を送るから確認するように。

 流石はニーゴの打ち上げ担当みたいなところも兼任するようになった瑞希だ。とんとん拍子で話が進んでいく。

 

 

(夏祭り……皆には関係ないんだから、気持ちを切り替えないと)

 

 

 折角、皆で行くことになったのだ。

 私の個人的な思い出で楽しめないのは本末転倒だろう。今すぐどうにかできない悩みは一旦、脇に置くべきだ。

 

 

(夏祭りのライブってことは、この祭りが彰人とライブを見た夏祭りなんだろうな)

 

 

 それでもすぐに切り替えることは難しくて、結局、奏達と駅付近でわかれるまで、ひょこひょこと出てきてしまう思考に意識を持っていかれてしまった。

 

 

 

 






春は花粉が嫌いですし、夏は暑いのが苦手なんですけどね……秋ならスポーツ以外はどれも好きです。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。