【スケッチブック君の設定】
・1、2、3ページ目まではスケッチブックに絵を描くと記憶を収集されます(現在1ページ使用済み)。
・4ページ目(最後のページ)に絵を描くと命も収集されます。
・その代わり、願い事は大体叶えられます(記憶を取り戻したいとかそういうの以外)。
☆絵を描かないと焦れたスケッチブック君が催促してきます。←New!
家に帰ってお母さんに夏祭りの件を報告していると、ちょうど家に帰って来てたらしい彰人とばったり出会った。
彰人はその場に立ったまま、何も言わずに考え込んでいる。
……もしかして、私とお母さんの話を聞いていたのだろうか。
そうであっても、聞いてなかったとしても。それに触れに行く気にはなれず、素知らぬ顔して声をかけた。
「おかえり、彰人。今日は遅かったじゃん」
「まぁな」
「今日も練習だったの? その手にあるのは……最近できたショップの袋? ふぅん、いつもの練習とはまた違うみたいね」
「別に何だっていいだろ。何でお前に話さなきゃいけねぇんだよ」
嫌そうな顔を見せるのはいつものことなので、ちらりと袋の中を盗み見た。
覗き込んだ袋の中には、ほぼ新品同然なダンスシューズが入っている。
彰人には少しカッコ良すぎるようにも見えるが、彼の好きそうな色合いのシューズだ。
歌を主軸にしている彰人がダンスシューズを買って遅くまで練習し始めるなんて──何かあったと自白しているようなもので。
「へぇ、新しいことに挑戦中なんだ。たぶん、イベント関連だよね」
「うるせえな。別にいいだろ、何でも」
「はいはい、あんたなら心配いらないだろうけど、あまり力入れ過ぎないように気をつけなさいよ。じゃ、練習頑張ってね」
「……おう」
彰人の返事を聞いてから、私はこれ以上話すつもりはないという意思表示を込めて背中を見せる。
これ以上話しても良いことはないと判断した私は、そそくさと自分の部屋に戻ってベッドに身を投げた。
(それにしても……ダンスシューズか)
態々新しいシューズを買って夜遅くまで練習しているのを見るに……彰人の『やるなら本気で』というスタンス的にも、どこかのイベント関連なのは確実だろう。
普段のイベントなら歌の方がメインだし、ダンスシューズを買うほどのダンスパフォーマンスを披露するとは思えない。
なんとなく予感に身を任せてシブヤ夏祭りのアマチュア部門に出てくる人を調べてみる。
SNSに大々的に発信しているメンバーの評価の傾向から、凡そ『歌よりもダンスを主軸にしている人達』という評価が浮き彫りになってきた。
そこから出演予定を発表していたところが1つ、取り下げているのを鑑みると……彰人達はシブヤ夏祭りのライブに参加する可能性が高い。
冬弥くんだけなのか、それとも皆で参加するのか。そこまではわからないものの、彰人もシブヤ夏祭りにいる可能性が高いのは確かだ。
(アレ、置いてる場所は変えてなかったよね)
捨てることなく取っていた唯一の夏休みの宿題、日記。
1年と書いているそれは記憶を無くす前の……中学1年の絵名が書いた日記だった。
シブヤ夏祭りで彰人に迎えに来てもらい、一緒にライブを見た。
ライブでは暗そうだった彰人が久しぶりに楽しそうに見えた、という文字が消されていたけど、読み取れるぐらいに残っている。
もしかしたら彰人が今、歌っているのもこの日記の出来事がきっかけの1つとしてあるのかもしれない。
(だから、彰人も悲しかったんだろうな)
彰人にとっては大事なことも思い出せないし、このままでは今の記憶を……もっと酷ければ命すら無くしてしまう可能性があるのであれば、忘れてしまったものを取り戻すのは諦める──なんて覚悟をしてしまったのだ。
弟にとっては大切なモノだとわかっているのに、ソレを捨てようとしている姉。
なんとろくでもないことか。間違いなく、私の行く先は地獄だろう。
そんなことを考えている間に、スマホの画面に1件の通知が表示される。
仕事の早い瑞希が夏祭りの詳細を詰めたようで、予定やら書かれた文章がナイトコードに送信されていた。
「夏祭り、かぁ」
アマチュア部門のライブも見る予定なので、彰人が出るつもりならば会場で見かけるだろう。
その時、思い出す気もない自分が彼の近くにいてもいいのかと、心の奥底に泥がたまっていくような気分になった。
……………………
私が夏祭りに憂鬱になっていても、時間は過ぎていく。
彰人の方もかなり詰め込んでいるようで、いつもより帰りが遅い日が続いている。
それもそうか。ニーゴの面々で夏祭りに行く日まで残り僅かなのだから、彰人にとっても残り僅かの時間でパフォーマンスの完成度を高めなければならないのだ。
(やるからには本気で、か。そのせいか最近のあいつ、疲れた顔をしてるのよね)
昨日ちらりと見た眠たげな弟の顔を思い出す。
今日も私がご飯やお風呂を済ませてもまだ帰って来ていないようなので、今日もまた、疲れた様子で返ってくるのだろう。
ご飯を食べるのなら温めた方がいいのかもしれない。いや、この時間だと食べずに寝るのだろうか?
頭を捻っても弟の考えはわからないので、とりあえず放置することにした。
変に気を遣うよりも聞いた方が本人の意向に沿えるし早い。余計なことはしない方が良いだろう。
「ふあ、ねみ……」
どうやら私の選択は正しかったようで、帰ってきた彰人は体力を使い切りましたと言わんばかりの疲れた顔で部屋に入ってきた。
ご飯一瞥しただけでお風呂場に向かっているが……この調子だとアレにも気が付かなさそうだ。
「彰人、おかえり」
「おう、ただいま」
疲れがピークなのか、彰人はどこかぼんやりしている。
このままお風呂に向かったら滑って倒れるか、湯船で寝そうだ。少し起こした方がいいかもしれない。
「ぼんやりしてるみたいだけど、どうしたの?」
「なんでもねぇよ」
「……ふぅん」
精根尽きてます、といった雰囲気を出してたのは誰なのやら。
本人はしっかりしているつもりなのだろうけど、傍から見たら疲れているのは一目瞭然である。
とはいえ、それを指摘すれば拗れるのも目に見えているので、一旦無視することにした。
「お風呂も良いけど、お母さんがプリン買ってきてたよ」
「プリン?」
「そ。食べないのならもったいないし、私が食べるけど」
「いらねえなんて言ってねぇだろ。食うから」
「はいはい。一応、夜ご飯も冷蔵庫にあるから食べれるなら食べなさいよ。まぁ、疲れた時は甘いものを食べるのが1番だろうけどね」
それにプリンならば食欲がなくても食べやすいだろうし、お誂え向きだろう。
彰人は「疲れてなんか……」と何か言いたげだったけれど、こちらは押し問答をするつもりはない。
「ふあ、眠いから私は部屋に戻るね。あんたも早く休みなさいよ、おやすみー」
「おう、おやすみ」
あくびを見せて扉に向かうと、彰人はあっさりと引き下がった。
(彰人にああ言ったから部屋に戻ったけど……今日は作業もないのよね)
今日は既にやりたいことは終わらせているし、時間がある。
絵を描いてもいいのだけど、それだと奏が作業の休みの日を作ってくれた意味がないだろう。
(たまにはゆっくり画集を見るために、セカイにでも行こうかな)
部屋で見るのもアリだが、画集に触発されて絵を描いてしまうこともあるので、今日はセカイで集中しよう。
いつものようにスマホを操作すると、光に包まれる。
──光が消えて目を開くと、リンが地面に向かって蹲っていた。
何かあったのだろうか。バーチャルシンガーが体調不良なんて聞いたことがないが、心配だ。
「リン、大丈夫?」
「……っ!? え、絵名?」
かなり集中していたのか、こちらに気がついた瞬間、リンは飛び跳ねるように驚く。
どうやら体調不良というわけではないらしく、何かを背中に隠したリンがこちらに振り返った。
「見た?」
「えっと、何を?」
「わかってないならいい。絵名は何も見てないってことにして」
「何も見てないのは難しいんじゃ……」
「何もないの、わかった?」
リンから言葉にし難い圧を感じて、私はおとなしく頷いた。
そんなこちらの様子を見て安堵しているリンの姿から、とても知られたくないことをしていたように見える。
(セカイにいるバーチャルシンガー達ってプライバシーがないようなものだし……申し訳ないことをしちゃったかも)
そう思って見ていないフリを選択したのに、何故かリンは目の前で隠していたものを片付け始めた。
チラリと見えるのは紙と、それに描かれた人の絵。
一瞬しか見えなかったものの、その絵のモデルは茶色い髪の女の人に見えた。
茶色の髪といえば──メイコか。髪は長くなかったし、その可能性が高い。
もしかしたらリンはこっそり、セカイの皆の絵を描いていたのかもしれない。
きっとリンは恥ずかしかったのだろう。
誰かがメイコに話すことを考えたら、バレたくないリンの気持ちもわかる。
「リン、ちゃんと内緒にするからね」
「……たぶん絵名の考えてることは違うから、どうでもいいよ」
「えぇ?」
言っていることがわからなくて首を傾げると、リンに大きなため息を吐かれてしまった*1。
そんなに的外れなことを考えていただろうか。
これでも私は観察力には自信があるのだが*2……
「それで、絵名はセカイに何しに来たの?」
「今日はゆっくりと画集を見ようと思ってさ。誰かに用事があるってわけじゃないよ」
「ふぅん」
呆れなのか何なのか、リンは目を細めてこちらを見ている。
落ち着かないぐらいまじまじと観察してくる視線だ。一体何が気になったのかと問いかける前に、リンの声が響く。
「本当にそれだけ?」
「え、うん。そうだけど」
「そう言うならそれでいいけど、画集を見るならここで見ていけば」
リンは三角形のオブジェに腰を下ろして、トントンと隣を叩いた。
何か言いたげだったのが気になるが、リンの厚意は伝わってくる。
「じゃあ、読ませてもらおうかな」
私はリンの言葉に甘えて隣に座り、画集を開く。
暫くの間、リンの視線が私の顔に向かっていたのだが、数ページほど見ている間に画集の方へと視線が移動した。
「そういえば、今日はリン以外は誰もいないんだね」
「……ミク達はまふゆの方にいるから」
ちらりとリンの方を見ても、彼女の視線は画集に向かったままだ。
言葉にはしていないが、どうやら私に気を遣ってくれているらしい。
恐らくこの場に座るように言ったのも、今の私がまふゆ達と会うのを避けるためだろう。
「ありがとね、リン」
「別に。静かな方がいいだけ」
興味なさそうなフリをして画集を眺めているリンを見ていると、不思議と底に溜まっていた泥のような何かが消えていくような気がした。
リン「絵名の鈍感……」
と言いつつ、ホッとしている後ろ姿を目撃しているミクさんがいたとか。